お正月小話
ちょっと遅くなってしまいましたが、感想コメントで素敵なお題を見せていただいたので
小話を書いてみました。
気に入っていただけると嬉しいです。
城下を一人の男性が足早に歩いている。目的地が決まっているのかよそ見をする様子はなかった。
今日は冬で風が強い日のため寒かったのか、それとも目的にしていた店が見えてホッとしたのか肩の力が抜けたようだった。
男性は店に通い慣れているのか、ドアをためらわずに開け中へ入っていく。
「いらっしゃいませ」
大声ではないが、店員の小気味いい声が響く。店員は来店の挨拶とともにお客の方へ寄っていくものだが、今回は少し様子が違うようだ。店員たちは男性を見かけたと同時に一人は店の奥の方へ、一人は男性の方へ向かう、二手に分かれたのだ。その様子は男性からも見て取れたが、男性はそのことを気にかけている様子はない、むしろ当然のことと思っている様子だった。店員の一人が目の前に立つが挨拶もしなかった。
「隊長様。ようこそお越しくださいました」
「商人はいるのか?」
「はい。今呼んでおります。お時間をいただけたらと」
「いや、来たようだ」
話をしていると奥から商人が出てくるのが見えたようだ、商人が隊長へと声をかけていた。
「いらっしゃいませ」
商人が隊長へ丁寧な挨拶をする。
トリオ内でのこの二人。仲は悪くないのだが何となく反りが合わない様子が伺える。姫様の前ではそんな素振りは見せないが、本人同士はそう思っていた。
二人の意見は正しくて、少し違うようだと思っているのは管理番だ。トリオの中で自分は影が薄いと思っている管理番だが、穏やかな性格で争いを好まないためか、二人の抑え役という側面がある。
隊長たちの自覚はないが、あーだこーだと言い合っていても最後の最後で言い合いを収めるのは管理番がいるからだ。
管理番は本気で問題になる前に止めてくれると感じている、それと同時に隊長や商人の根底に、本人には言えないが、本気で怒らせてはいけないのは管理番だと思っているようだ。
トリオがうまくやっているのは、本人も自覚はないが管理番のおかげなのかもしれない。
「今日はどのような?」
その話し方を聞いた隊長が誰も気が付かないほど小さく嫌な顔をする。商人の話し方がよそ行きなので気持ちが悪いのかもしれない。小さな表情の変化だったが見落とす商人ではない。商人も仕方がないことなのに、と思いながら客室へと促し隊長も頷いた。
客室へと入ると同時にお茶が供され店員が出ていくと、席に落ち着いた二人の雰囲気は瞬く間に変化する。商人はいつもの気安い、どちらかというと砕けた雰囲気になっていた。
「どうしました? この時期に珍しいですね?」
「いや、急にお芋さんが必要になったのだ。悪いがこちらへ回せる余裕はないか?」
「離宮には、姫様の分は余裕を持って回していますが、足りませんでしたか?」
この返答を聞いた隊長は余裕の、いやどちらかというと少しだけ人の悪い笑みを浮かべ自慢のように宣った。
「今度、姫様にご一緒させていただくことになったのでな、そのために必要なのだ」
「ご一緒?」
商人がその言葉に反応する。隊長が姫様と一緒にお芋さんが必要、ということは新しいメニューを作るのだと一瞬で理解できる。
商人は自分は簡単に離宮へ行くことができない。身分上それは仕方のないことだと分かっている。分かっていても、自分が離宮に行けず姫様との交流も限られているのに、隊長は関係なく姫様と新しいメニューを作るのだと思うと、ぐぬぬ、と唸りたくなるくらい悔しい気持ちが沸き上がってくる。
悔しいくせに商品が欲しいと言われると販売しないという考えが出てこないのは商人が商人たる所以だろう。ある意味感心な考えだ。
腹の中の悔しい気持ちを押し殺しつつ表面上はにこやかに、とはならずムカつくな、と顔に書きながら商談を始めてしまうところはトリオの気安さなのだろうか。
「どのくらい必要なんですか?」
「そうだな。あるなら多い方が良い」
「全部は難しいですよ。実演販売のブースでも人気なんですから」
「分かっている。そこまで欲しいというわけではない。余裕のある部分で販売してもらえればそれでいい」
「わかりました」
商人の顔にはムカつく、余裕のあることを言いやがって、が追加された。普段の商人なら、笑顔しか見せないのに隊長の前ではその限りではないようだ。
ムカついている商人は、その気分のままに隊長に何を作るのかと尋ねていた。情報収集は忘れないらしい。材料を買うのなら作る料理は知っているだろう、という意味もあり当然の質問だ。優越感の隠せない瞳を持った隊長は口調だけは平常心を装いつつ答えていた。
「新しいデザートだ」
「デザート?」
「そうだ。口当たりはまろやかで、甘さはスッキリとしていてしつこくない。こんなデザートもあるのだと驚いたな」
「その口ぶりでは試食されたんですね」
試食、という言葉に商人の悔しい感情が溢れている。自分もその場にいれば、と思わずにはいられないのだろう。
だが、商人がいるからこそ新しいデザートが生まれるのだ。いくら料理の手順を知っていても、材料を知っていても、材料そのものがなければ絵に描いた餅なのだ。
商人も隊長もそのことを知っている。だからこそ冗談のような話はしていても、それ以上に嫌味な話にはならないのだ。その気遣いは忘れていなかった。
「では、余裕分は買い取らせてもらうな」
「承知しました」
付き合いがある分商談は簡単なものだった。値段の相談すらない。ふっかけるようなこともなければ、値切られることもないのは承知なのだろう。そこにも信用が垣間見えるのだが、その事を当然と思っている二人は気がついてさえいなかった。
「では」
「ありがとうございました」
立ち去る隊長に定型文の挨拶をする商人だった。
「隊長さん。こんなに買ってきたの?」
隊長が買ってきたお芋さんを見た姫様の言葉だ。
言葉の中に多分に呆れが含まれている。隊長は詳しいことは語らず。
「美味しかったので、心ゆくまで食べたいと思いまして」
「気持ちはわかるけど、一人で消費できる量ではないと思うけど?」
「問題ありません。その時はその時ですので」
「そうなの?」
姫様は首を傾げたまま隊長さんへのお菓子教室を始め大量のお芋きんとんを創り上げた。
自分が持ち込んだ分の処理は隊長さん一人で頑張っているんだろうな、そう思っている姫様だった。
その量はかなりのものになるが、隊長はすべて持ち帰った。
「あんなにあるのに、隊長さん。大丈夫かしら?」
とは心配している姫様の言葉である。
翌日。トリオの面々を渡り歩く隊長さんの姿を知っているのはトリオだけだった。





