BBQからの
殿下はどう答えるのだろうか。
私は興味深く殿下と令嬢を見ていた。
令嬢は考えをまとめながら農家の問題点について話していく。殿下は頷きながら令嬢の話を熱心に聞いていた。
「わたくしは、貧富の差はなるべく少ないほうが良いと思っています。少なくとも子供が風邪をひく、なんて心配する家庭環境はなくすべきだと思うのです」
「令嬢、言いたいことはわかる。生まれた子供のことを心配しないといけない、という環境は良くないことだ。だがそうだからと言ってなにかあったからと、彼らだけ保証するのはどうだろうか? それは公平ではないだろう。他の商売を行っている者たちはどう感じるだろうか? 環境を整える必要があることは間違いないが、何もかも保護するのは」
「ですが、収入については彼らだけではどうしようもないこともあります。天候や作物の病気は彼らの責任ではないはずです」
「令嬢、考えてほしい。交易をしているものたちも条件は同じはずだ。交易中に嵐に会うこともあるだろうし、船が難破することもあるだろう。それは彼らの責任ではないはずだ。それも同じように保証していてはキリがない」
「それはそうですが」
殿下と令嬢の意見の交換を後輩組は聞き入っていた。と、思っていたらお嬢様がおずおずと言い出した。
「あの。最低価格を決めて販売先を固定するのではいけませんでしょうか?」
「どういうことかしら?」
令嬢がお嬢様の意見に食いついた。光明を見つけた気分なのかもしれない。目がキラリと光ったような気がする。だがお嬢様は自信がないのか、口を挟んだことを後悔したのか俯いて口を閉ざしてしまった。俯く必要なんてどこにもないのに、どうしたのだろうか?
私は疑問を感じたが令嬢は理由を知っているようだ。お嬢様の顔を覗き込みながら諭すように話しかけていた。
「ごめんなさい。言い方が悪かったわね。あなたの考えを教えてほしかったの。わたくしでは思いつかなかった事みたいだわ。教えてくださる?」
「はい」
お嬢様は小さな声で話しだした。
「わたくしが思ったのは、最低価格と販売先が決まっていれば収入が不足するということはなくなるのではないかと思いました」
「そうですわね。販売先が決まっていれば売れなくなるということはなくなりますわね」
「はい。それに最低価格が決まっていれば、安く買われて困るということもなくなるのではないでしょうか?」
お嬢様は令嬢が意見を否定することなく聞いてくれたので安心したのか続きも口にしていた。殿下もこの意見に反対はしなかった。思いつかなかったのだろう。私としては心配な部分もあるのだが、この意見が実際に使われる事はないだろうし、後から気がついてもらう方向でよいだろうと、思っていたら姪っ子ちゃんが心配そうに言い出した。
「あの、それでは困るお店もあるのではないでしょうか?」
「困るお店? どういう意味かな?」
「殿下。あの、お店って購入先が決まっていることが多くて。直接農家と契約している事が多いんです。野菜の味が好きだから、とか。大きな野菜が多いからとか、農家さんがいい人だから、とか。それなのに購入先を変更されると困るお店も多いと思います」
「そうなのね。知らなかったわ」
「ご令嬢。申しわけありません」
「いいのよ。知らない事を教えてもらうんだもの」
意見が活発に交換されている。いいことだ。なんとなくランチミーティングのようだ。でも悪いことではない。今のうちから意見を交換する、話し合いができる、というのはいいことだと思う。私はそのまま話を聞いていた。
生徒組は話し合いに夢中になっていて、手はすっかり止まっている。
ちなみに、私と隊長さんはしっかりと食べていた。管理番は姪っ子ちゃんが心配みたいで生徒組を眺め続けている。
どうしようか、このまま話し込むならお茶を出して喉を潤しながら話したほうがいい気もするけど、夢中になっているところに声をかけると場が崩れるだろうか?
生徒組の話し合いは続く。聞いているだけかと思っていた次男くんも意見があるようだ。
「姪っ子さんの話も理解できるのですが、もう一つ気になることがあります。最低価格を決めるということは、その金額でいいと思って、高く売れるものを安く買われるということには繋がらないでしょうか? 安く買われては別な意味で安く買われる気がします。そんな事ってないでしょうか?」
「ないとは言えないな、言いたくはないが、全員が全員、公正な人ばかりではない。君の意見はいいものだと思う。そこを工夫すればいいと思うのだ」
殿下はお嬢様の意見を全否定するのは悪いと思ったのか、工夫が必要だと言い出した。その意見に令嬢も頷く、自分にない視点に感動しているようだ。
殿下の言葉に全員が注目する。
殿下は少し考えながら話をまとめだした。
「今。問題になっているのは農家の収入だ。安くて困っている、収入が少ない、そのため子どもたちも大変な思いをしている。その点が心配な点だな? 令嬢」
「はい」
「では収入を上げればいい。そのための工夫が必要だ。そこで購入先を決める。最低価格を決めれば問題が小さくなるのではないか? 君はそこに目をつけた」
「はい。そうすれば最低限の収入は保証されます」
「そこからだったな。安く買い叩かれる心配と、もう一つは品物がなかった場合だ。天候不順で野菜ができない可能性もある。その時はどうするか? という問題点だな」
殿下の振り返りに全員が頷く。この問題は永遠のテーマだと思う。自然はいつだって優しい訳では無い。皆はこの問題にどう答えを出すのだろうか。
だが、ここまで来て意見が止まってしまった。
基本的に彼らは学生で学んでいる立場。後輩組は一年生で基礎過程に入ったばかりだし、最上学年は今から実習に入る。意見が止まるのは無理がない気がするが、考えるのをやめてもらっては困るのだ。ここから考えるからこそ新しい気づきが出て来るのだと思う。でも、行き詰まったときは違う目線が必要だ。その点だけは伝えてもいい気がする。
「皆は自分たちだけでどうにかすることを考えていないかしら? 介入するのはどこが介入するの? 介入先は一つだけとは限らないのじゃない?」
「介入先?」
殿下はつぶやき、令嬢は首を傾げる。後輩組は全員で顔を見合わせた。私はもう一つこの国の仕組みを思い出してほしいと思った。
「この国は領主がいて、領地を治めてその領主たちを国が治めているわ。全体をまとめている形ね。他には統治や安全に関わる機関がないかしら?」
「関わる機関?」
令嬢は機関がピンとこないようだ。だが、他にも方法はあるのだ。間接的ではなく直接援助を行う方法もある。考えれば方法なんていくつでもあるのだ。固定的な考えにとらわれないでほしいと思う。
「別に収入に拘る必要もないと思うわ。他の方法もあると思うのよ。問題点を忘れないでね。根本的な事も良いけど直接的な方法でもいいと思うのよ?」
生徒組は顔を見合わせながらぶつぶつと呟き出す。その真面目な様子に私はこれ以上の邪魔はできないなと思うと、もう一つの焼きおにぎりとお肉をお皿に乗せる。
「食べながら考えても良いと思うわよ」
「ありがとうございます」
すっかりと忘れていた生徒組は口々にお礼を言いながらフォークでお肉を刺す。
令嬢と殿下は二人で直接的な方法は何なのかと相談を始めていた。内容的には根本的な本題に立ち返ろうとしているようだ。
私は頑張れ、と思いながら見守ることにしてデザートの確認をする。
BBQのデザートは焼き芋でしょう、とかって思い込んでいるので支度をしていたのだ。きれいに洗ったお芋さんをたっぷりと濡らし、その上に破れにくい紙をこれまたたっぷりと濡らして包み、それを炭火から少し離してじっくりと焼きあげる事にしたのだ。BBQ開始から仕込んでいるので、そろそろ焼きあがるころだ。
お芋さんは万能食材だな、と思いつつ焼き上がりを確認する。
今回たっぷりと濡らして焼き上げたのはしっとりとすることを期待してのことだ。パサパサした焼き芋よりしっとりとしたほうが美味しいと思うのだ。完全に私の独断と偏見なのだ。そしてその考えは正しいと信じている。
その考えに基づいて作った焼き芋は問題なく焼けているようだ。巻いていた紙は少し焦げていたが中の方に問題はないようだ。
私は無事を確かめるために一つを取ってお芋さんを割ってみる。
割られた焼き芋は中は黄金色になっていてホカホカと湯気を立てていた。それと同時に甘い匂いが広がる。焼き芋の甘い匂いはクリームや砂糖の匂いと違い柔らかい優しい匂いだ。
許されるならその匂いの中に顔を埋めて匂いを嗅ぎたいところだがそんな変態臭いことはできないので我慢するが、それでも胸いっぱいに香りを充満させることは忘れない。
生徒組は頭を働かせ続けている。
そろそろ糖分補給が必要だと思う。





