美味しいBBQの食べ方とは
私は管理番にもトングを渡しながら、これでお肉を焼くのだと説明し注意点を付け加えていく。生肉と食べるフォークは別にするように注意しなければ、と思っていた。
こちらで感染症の話は聞いたことがなかったけど、注意はした方が良いと思っている。
備えあれば患いなし、の法則に則ることにした。
管理番にその気持ちが伝わったのかは分からないけど、聞いた説明にいちいち復唱や確認を繰り返していたので問題ないと思う。難しい事をお願いしているつもりはないけど、料理をしない管理番からすると間違えないように、との気遣いなのだろう。
それを笑うつもりはない。
そうして私と管理番が肉を焼いていると、次男くんと殿下が話しているのが見えた。
初対面の時、ガチガチに緊張していた次男くんを思い出す。
ダンス教室のとき、殿下に初めて会った次男くんはかなり緊張していて、あの時に気軽に話せたのは姪っ子ちゃんだけだったのではないだろうか? そう考えてしまうくらい、申し訳ないぐらいに緊張していたのだ。
令嬢との練習の時は足を踏まないようにと必死に気をつけているのが見て取れた。
先輩で女性の足を踏むなんてできないだろうけど、緊張しているのを見て申し訳ないのと、どうしてそこまでと思い、翌日教室で次男くんに聞いてみたら、知らない話が出てきて身分社会を再認識する結果になった。
理由の一つは、間違いなく殿下だった。
次男くん的に遠くから見かけるだけだ、と思っていた人と間近に接することになって、ビビってしまったというのが一つ。
もう一つは学校中の憧れである令嬢と、ダンスの練習をする事になってしまった、という事に緊張してしまったらしい。
会うことになると思っていなかった殿下と令嬢のダブルパンチで、緊張するのも無理もない話だろう。
それを聞いた瞬間申し訳ない、とお詫びの言葉が口をついて出てしまいそうになったが、なんとか堪えた。
ここで私が申し訳ないと言ったら、ダンスの練習会に参加してくれた気持ちを否定することになるし、一般的に殿下に会うことは名誉なことなので、会わせてごめんね、という訳にもいかない。
それと、最大の理由は身分上私が謝罪をする事ができないということがある。
私に謝られたら、次男くんは困ってしまうし、それが周囲にバレたら偉そうなことをして、と非難の的になるだろう。
以前なら、うっかり謝罪していただろうが。今回は堪えた。私的には成長だと思う。
申し訳ないことをしたなら、ゴメンね、と簡単に言える社会になって欲しいと切実に思う。
なにはともあれ、その次男くんが殿下とおしゃべりをしているのだ、少しは殿下に慣れてくれたのだろうか?
殿下も年下のお友達ができれば考え方や、自分が気を使う立場になる事もあるのだと、感じることができるかも知れない。
ぜひ、そうなって欲しいと思う。
それは間違いなく殿下の成長につながると思うのだ。
まあ、私には関係のないことだから、そこまで真面目に考える必要はないと思うのだけど、隊長さんが気にしているので、どうにかならないかな? と思っているのも本当の気持ちだ。
感情というのは複雑なもので、一つに定まらない。
自分でもどうしたいのか分からず、もやもやしたものを抱えてしまったので私は美味しいお肉を食べて、気持ちを切り替えることにした。
基本的に私は単純なので美味しいものを食べれば、嫌なことはコロッと忘れてしまえる。
そこは自分の長所だと思っている。
私は気合を入れて食べるぞ、BBQコンロと向き合った。
お肉を焼いているといい匂いが周囲に立ち込める。お肉の焼ける匂いは、理性破壊させる事のできる、人類の最終兵器だと思っている。
これに抗える人はビーガンやベジタリアンの人と、お坊さんぐらいではないだろうか?
私は最終兵器をせっせと生成しながらお肉を配っていく。
2周目の最初に配るのも殿下と隊長さんだ。
本当なら頑張ってくれていた次男くんや令嬢、姪っ子ちゃんたちに配りたいのだが角が立つので順当に配ることにしていく。それに殿下も頑張ってくれたのは間違いないし。
殿下は自分に配られたお肉を見て嬉しそうだ。
味見をしたのでなおさら食べたかったのだろう。
隊長さんも一緒に満面の笑みだった。
喜んでもらえて何よりだと思う。
配っていたら男性陣(学生組を含む)が口いっぱいにお肉を頬張っていた。
一所懸命モグモグしているのが見える。
君たち、お行儀的にそんなに口に入れていいの? と心配になるぐらいの食べっぷりだった。
女子組はそこまではないものの、同じように一生懸命モグモグしているのが見えた。
なんとなくシュールな絵面である。BBQコンロの周囲で男女混じって一生懸命お肉をハミハミしているのだ。
「姫。これはなんという食べ物なのだ。とても美味しいな」
私と目があった殿下が開口一番にそう宣った。
これはお肉ですが? BBQとさっき説明したと思いますけど? と言わなかった私を褒めてもらいたい。どう考えてもお肉のことではなく、BBQのことを聞いているのだろう。
ここで意地悪を言うのも大人げないので素直にBBQだと答えておく。2回目なのでぜひ覚えておいて頂きたい。その思いが通じたのか殿下は覚えた、と言わんばかりに頷き、隊長さんも美味しいと同意していた。
二人が満足しているのをいいことに、生徒組もモグモグを継続中。
だったら、ということで私も管理番もお肉を食べ始めた。
やっぱりBBQは美味しい。素材そのものも美味しいし、炭で焼いているので香りもいいのだろうけど、この雰囲気も美味しさに加味されていると思う。
食事は何を食べるかというのも大事だけど、どこで誰と何を食べるか、というのも大きいと思っている。
美味しい高級品を上品な場所で食べていても、その相手が自分の苦手な人であったり、喧嘩している相手だったら美味しくないと思う。
たとえスープとパンだけであっても、大好きな人たちと笑って食べることができればそれだけで御馳走だと思う。
この場の全員が美味しそうに食事をしていることに私は満足感を持っていたし、この場にいることに不快感もなく楽しんでくれているからだと感じている、何よりも嬉しいことだと思っている。
しかし、彼らは若いだけあって食欲が半端ない。焼いたそばから肉が消えていく。
女子組は男子たちよりは量が入らないのか、噛む回数が多いのかペースがかなり違う。
それでも普段よりは食べているのか、両頬がテカテカしていた。
私はこのままでは、お肉を食べ尽くしそうな(食べ尽くしてもらっていいのだけど)勢いの男子陣のために秘密兵器を出すことにする。
天下の炭水化物、おにぎりだ。そして焼きおにぎりに成長させるのだ。彼らの食欲が旺盛だとしてもこの焼きおにぎりがあれば心配ないだろう。足りないということはないはずだ。それに焼きおにぎりを食べ尽くされようとも、炭水化物第二弾。焼きうどんが控えている。何も心配はいらないのだ
私は悪者らしく、ふっ、ふっ、と含み笑いをしながらおにぎりを出す。
このおにぎりを見ていたのは管理番だ。私の行動を見守りながら、何をするのだろうと興味津々だったが、おにぎりを見て配るのだと思ったようだ。
納得したように手を差し出してくれた。
「姫様。皆様にお配りします」
「ありがとう。管理番。でも違うのよ。これを配るのは焼いてからなの」
「焼く? おにぎりを焼くのですか?」
「そうよ。皆には作ったことはなかったわね。管理番も楽しみにしていて。美味しいのよ」
「ありがとうございます。おにぎりを焼くなど聞いたことがありませんでした」
管理番も弾けるような笑顔だ。いつも遠慮がちの管理番なのだけど、今日は外だということで開放感も手伝っているみたいだ。
今日はトリオの一人、商人もいないし、周りは高位貴族の子弟ばかりで気を使って楽しめないと思っていたので、管理番も楽しんでくれているようで少し安心できた。
管理番は焼きおにぎりを知らないので、どうするか気になったようだが、名前でだいたい察したのだろう。このまま焼きますか? と聞いてきたのだ。
その言葉を聞いた私は生意気だが、管理番の成長を感じた。料理に苦手意識を持っていたあの。管理番が、と思ったのだ。成長するんだな。何事にも慣れるんだな。正直な私の感想だ。
管理番の成長を感じつつ、おにぎりを網の上に置く。このままでは味がしないので醤油ベースのタレを塗るのだ。
刷毛で焼ける前に薄く塗り、本格的に焼けた後にもう一度塗ることによって味がしみて美味しくなると思っている。これは私の主観なので、他の人にとって美味しくなかったら申し訳ないなと思いつつ、焼いていく。
私がおにぎりを焼いていると全員新しい食材に気がついた。
一斉にこちらに注目し、じーっと見つめている。気になるなら聞けばいいのに、聞きにくいのか沈黙と視線が痛い。
その中でも特に視線が痛いのが隊長さんと殿下だ。その次は次男くん。
男子陣と男性の視線が痛い。令嬢たちの視線はなんだろう? という疑問の視線だ。
教えるのは簡単だが、自分で解答を見つけてほしいという気持ちがないわけではないので、私は無言を貫き、黙々とおにぎりを焼いていく。それとは別に野菜とお肉も焼くのを忘れてはいない。
おにぎりはじっくりと焼くので時間がかかる。その間に野菜も食べてもらおうという考えだ。
野菜はキャベツやピーマン。トマトも焼いている。意外に思われることも多いのだが、トマトは焼いても美味しいのだ。大玉を半分に切ってそのまま焼くだけ。焼いていたら管理番が目を剥いていた。焼きトマトのことは聞いたこともないらしい。
今日は知らない事だらけだね。なんて思いながら野菜を配る。
ここで、子供らしさが出てくるなんて思わなかった。
意外なことに次男くんがトマトが嫌いらしい。少し小さな声でボソボソと遠慮します、みたいなことを言っていた。 野菜なのでできれば食べてほしいけど、無理強いもしたくないし、私が食べろって言ったら間違いなくパワハラ案件だ。
どうしようか。
しかし、次男くんとしてはこの面子の中で遠慮します、とは思い切ったことを言ったなと思う。
私が出したものを断るのは勇気がいることだ。その勇気は別方面で使ってほしいが、それだけ嫌いなんだと察することができる。
令嬢や姪っ子ちゃんにも野菜なんかを配りながら考えていたら、意外なことに殿下が助け舟を出してくれたのだ。
「では、私と半分にするか?」
「殿下?」
隊長さんが何言ってんの? みたいに驚いているのを気にせず殿下は次男くんに話しかけ続ける。
「姫がせっかく作ってくれたのだ。私と半分にして試してみればいい」
その言葉に全員があんぐり口を開けたと思う。その中にはもちろん私も含まれている。
殿下は周囲に気がついていないのか、そのまま次男くんに続けて言った。
「せっかく姫が焼いてくれたんだ。少しぐらい食べてみたほうがいいだろう。全部は残すと申し訳ないから私と分け合おう」
すごい、殿下がバージョンアップして、人を気遣える人になっている。
少しだけ方向性に問題があるけど、次男くんの事を思って言っていることは間違いない。
殿下にこんな事を言われては次男くんは断れるはずはない。だが、殿下は次男くんにとっていい方法を、と思ったのも間違いないだろう。
ベストな答えではないだろうけど、殿下なりのベターなのだろう。
殿下の言葉に次男くんは頷くしかなくて、私は二人のお皿に半分こしたトマトを乗せた。
乗せられたトマトを次男くんは悲壮な顔で見つめた後、意を決したかのように目を瞑り、トマトにかじりついた。





