祝 お出かけ ⑦
「これはどうでしょうか?」
姪っ子ちゃんがハンカチを広げて見せる。選んだハンカチはどちらかと言うと柔らかい雰囲気のハンカチだった。どう見ても姪っ子ちゃんは自分で使うために選んだようには見えない。そのハンカチをみた令嬢はあっさりと同意していた。
「そうですわね。お嬢様には大人っぽいのも似合うと思います」
「ですよね。ドレスは可愛いのを選んだので、ハンカチは大人っぽいのでも良いと思いました」
姪っ子ちゃんはいい仕事した、と言いたげな感じで嬉しそうだ。どうやら私のために選んでくれたハンカチらしい。なんで? と思ったが私が選んでほしいと言ったので私のものを選んでくれるのは当然か、と今更ながらに気がついた。そうなるとおそろい作戦のハンカチをどうするべきか、と思ったが、せっかくだ、選んでくれたハンカチを色違いで揃えることにする。令嬢には似合いそうだし、姪っ子ちゃんには逆に大人っぽいものを使う機会になれば良いと思う。
そう決めた私は、ピンク・白・レモンイエローの三枚を選んだ。私の購入意思を悟った隊長さんが購入してくれる。ハンカチは別々に包むようにお願いした。隊長さんはその意味を理解ができなかったようだが、そのまま店員さんにお願いしていたので、後は出来上がりを待つだけだった。楽チンでありがたい。
令嬢たちは色違いで複数枚を揃えることは不思議ではないようで、購入に言及されることはなかった。購入した商品は隊長さんが持ってくれたので、帰りに二人に渡そうと思う。
雑貨屋さんを出ると、最後は隊長さんのお勧めのお店になるという。せっかくなので、学用品も揃えるようだ。私が好きに選んで良いらしい。
選ぶ学用品には規定があって、その中から好きな物を選ぶことになるのだそうだ。収入の差が大きい場合もあるので、そこが問題にならないように購入する商品の金額は決まっているという事だった。その辺の配慮はありがたいと思う。生徒が学用品の事で【恥ずかしい】と思う事や不公平感は出ることは少ないだろう。
そんな話をしていると、もう一度露店の前を通る。面白いものはないかと思っていたら、喧嘩をしているわけではないのだろうが、露店の人に文句? イチャモン? をつけているような声が聞こえてきた。私はその声に思わず目を奪われる。
「こんな気持ちの悪いもの、売ってんじゃねーよ」
「そうそう。こんなの人が食うもんじゃねーだろ」
どうやら売り物に文句をつけているらしい。私がその方向を見ていると隊長さんが視線を遮るように私の前に立った。どうなっているか見えない、がそれをいいことに隊長さんに聞いてみる。
「隊長さん。何事かしら?」
「お嬢様。お嬢様が気にするような事ではございません」
「でも。あれでは言いがかりではないかしら? 大丈夫なの?」
「あまり関わりになることはしないでください。危険です」
隊長さんは私の前から動かなかった。声だけが聞こえてくる。私は気になって覗こうとするが、それを阻止されてしまう。
「やめてください」
声は続いて聞こえてくる。露店の人は大丈夫だろうか?
「こんなの売れねーよ」
「これは果物なんです。美味しいですし、甘いんです」
「嘘をつくな」
「本当なんです」
大きな物音が聞こえる。箱を蹴ったのか、制止の声は続いていた。
お店の人は果物と言っていたが、あんな事をされては商売にならないだろう。売り物は無事だろうか?
「隊長さん。困っているみたいだわ。助けてあげられないかしら?」
「護衛の者たちだけならそれも良いのですが、今日はお嬢様たちの安全が最優先です。街の警備に伝令を出しますので、その者たちに任せましょう」
「そうね」
私は自分たちの安全が優先と言われればゴリ押しはできなかった。隊長さんの今日の任務は私たちの護衛だ。困っている人を無視するのではなく、伝令を出して救援をお願いするという、それは隊長さんにできる最善の方法だと思う。それは正しい。だが、お店の人の安全もだが、正直に言うと、果物も気になる。寒い季節の赤い果物といえば、という気持ちだ。どうすればよいだろうか?
本来ならすぐにこの場から離れたほうが良いのはわかっている。だが現物を確かめたくて動くことができなかった。私が動かずグズグズしていると、しびれを切らした隊長さんが私を強制的に抱っこして動こうとした。そのときに、ガラの悪いオニーサンたちが私達に気がついた。
よくドラマで見る【何見てんだよ】とこちらに近づこうとしてきた。そのことに気がついた隊長さんが氷の瞳でお兄さんたちを見る。冷たい瞳にお兄さんたちが一瞬ひるんだが、このまま引き下がれないと思ったのか、もう一歩こちらに近づいた。私は自分がグズグズしていたことを後悔する。自分だけなら自己責任だが、ここには令嬢や姪っ子ちゃんもいるのだ。彼女たちに何かあったらと思うと、申し訳なさと、自分の危機管理のなさに後悔しか湧いてこない。
今さらだが、ここを立ち去るべきかと思いながらハラハラしていると、警備の兵士の人たちがこちらに走って来るのが見えた。
お兄さんたちも警備の人に気がついて、まずいと思ったのか一瞬にしてその場からいなくなってしまった。蜘蛛の子を散らすとはこのことだろう。
いなくなったことに私はホッとしたが、私を見る隊長さんの目が冷たかった。今回は安全確保のために動かないといけないのに、グズグズしていた私が悪い。言い訳のしようもなかった。これは帰ったらお説教案件だな。自覚を持ちつつ隊長さんに【ごめんなさい】をする。私が悪い。帰ったらお説教も甘んじて受けることも約束しておく。
反省の態度は必要だと思うが、あんまり気落ちすると空気も悪くなるし、姪っ子ちゃんや令嬢もいるので、皆が楽しめなくなるのは申し訳ないので気分を切り替える。ついでに果物も確認したい。お説教も確定したのだ、なにかしらの成果は持ち帰りたい気持ちがある。自分の責任だが、ここまで待ったのだ。気になる果物の確認だけはしたかった。
「隊長さん。せっかくだから、果物を確認したいわ」
「お嬢様」
呆れと、少しばかりの反省を促す色が滲んだ声だった。もしかしたら反省ではなく、諫める意味かもしれない。だが注意事項は帰ってから聞くのだ。今は今だけは確認事項を優先させてほしい。
わがままで申し訳ないも付け加えておこう。
「帰ってからゆっくり聞くわ。隊長さんが言っている事は正しいと思うのも理解しているわ。私が悪いし。でも、今は果物を確認したいの。自分の不手際を忘れてるわけではないから。お願い」
「そんなに気になるのですか?」
大事なことなのだと説明し、果物を見ようとすると、露店のおじさんが私達の方へやってきた。
「ありがとうございます。困っていたんです。いなくなって助かりました」
「いいのよ。おじさん。果物を見せてもらっていいかしら」
「ええ。ぜひ見てください。甘いし、みずみずしくて美味しいんですよ」
おじさんは嬉しそうに私を露店の方へ案内してくれる。姪っ子ちゃんや令嬢は戸惑っているようだったが、声をかけて一緒に見てもらうことにした。
「やっぱり、いちごなのね」
私は見せてもらった果物を開口一番納得する。
おじさんは私の反応に驚いていた。ちなみに、姪っ子ちゃんや令嬢は赤い果物に忌避感があるのか少し遠巻きにして、管理番が不思議そうに私を見ていた。





