ダンスの講師がやって来た
筆頭さんとの話し合いの翌日、早速とばかりにダンスの講師がやって来た。
そのことを朝食後のお茶を飲んでいるときに告げられる。
「2~3日後ではなかったの?ずいぶんと早く来られたのね?」
「陛下からの依頼ですので予定を繰り上げたのでしょう。しかし、先触れもなく姫様にお会いしようなど」
筆頭さんは口元に冷たい笑みを浮かべている。
周囲に冷気が漂っているようだ。マナー違反と言いたいらしい。
言いたいことは理解するが陛下からの要請だ。早めに対処しようと気を使っているのならそこまで目くじらを立てることはないと思う。私個人の意見になるのだが。相手にも事情はあるはずだ。そこは聞いてあげても良いのではないだろうか?
というわけで、そこは一言、いっておこう。
「相手も先触れの出せない理由が在ったかもしれないし、陛下の希望に添えるようにと急いだのかもしれない。事情も解らずに決め付けるのは良くないわ。事情を聞いて来てくれる?その理由次第で会うことは決めましょう?判断は筆頭に任せるわ。後から理由だけを教えてもらえるかしら?」
「畏まりました。お任せください」
その言葉とともに筆頭さんがドアの向こう側へと消えていった。
ダンスの講師が来たとなれば、実質的に来週から本格的な授業が始まりそうだ。マナーの授業に関しては少しずつ生活の中に混ざりはじめている。さっきも先触れがないと筆頭さんは言っていたが、あれはダンスの講師に合わせて言っているだけで実質的には私に先触れを出す習慣をつけるように言っているのだろう。
これからはこれが日常になるのだ。今は大丈夫だがこれからはどうなるのか。無理な時は早めにギブアップを伝えよう。密かに心に誓っていると筆頭さんが帰ってきた。
「どうだった?」
「講師の方は昨日まで領地にいらして今朝戻って来たそうです。帰ってきたその時に陛下の依頼を耳にしてそのまま此方に来られたそうですわ。姫様をお待たせしてしまったと、大変気にされていました」
「そうだったの。慌ててしまったのね? 気の毒な思いをさせてしまったわね」
「どうなさいますか?」
「判断をお願いしたつもりだったけど、聞いてくると言うことは会っても問題がないという事ね?」
「判断がお早いですね。理解があって助かります。今回の場合は褒められた事ではございませんが、相手の心情を考えますと少しは柔軟な対応が必要だと判断しました」
「ええ、私もその方が良いと思うわ。陛下からの依頼を待たせたと思っているならいたたまれないでしょうしね」
「はい。それがよろしいかと」
「では、客間よね?」
「姫様?」
「何かしら?」
客間に向かおうとした私に筆頭さんからの声がかかる。心なしか刺が混じったような声かけだ。
何か問題があったのか分からない私は筆頭さんを見て首を捻る。
ため息を付きたいだろう筆頭さんは堪えている様子。これは私が筆頭さんに慣れてきたから感じる事で、慣れていない人には優雅な微笑みだけが映っているはずだ。
「そのままのお姿でお出ましになられるおつもりですか?」
「だめ? 問題かな?」
今日のデイドレスは侍女さんズが選んでくれたものだ。
肌寒いからと少し厚めの生地、色は薄いピンク、私には似合わないのでは、と言ってみたが見慣れないからだと言われ、試してみた色だった。
似合わないから見苦しいかな?
慣れない色のドレスだったことを思いだし、確認する。
「やっぱり似合わないかしら? 見苦しい?」
「いえ、良くお似合いですわ。そのことを問題にはしておりません。突然いらしたお客様でもお客様です。支度も無しにお会いになるのは問題ですわ」
「支度?」
「当然です。必要な事です」
「でも、もう来てるのよね?」
「あちらも先触れ無しに来ているので、待つのは承知の上です。わたくしからも支度に時間がかかることは伝えております」
「あ、はい」
私は何も言えずに頷いた。
庶民感覚で軽い感じで会いに行ってはいけなかったらしい。
私は客を待たせつつ支度をすることとなる。
前回、陛下をお待たせした事もあったがあの時と状況が違う。
あの時は陛下のフライングで私の用意が間に合わず時間をもらった。さすがに普段着で陛下の前に立つ勇気がなかったからだが、今日は私はデイドレスで、作業がしやすい服装をしているわけではない。
そこまで人前に立つときに問題になるとは思えなかった。私の感覚と淑女の感覚では大きな隔たりを感じていた。今度から本格的なマナーの授業が始まるがついて行けるだろうか? かなりの不安を感じる。
今後に不安を覚えている間に支度は終わっていた。
鏡に映った私は自分を見て、ドレスが変わった以外に自分の変化に気がつくことは出来なかった。
あ、後は髪型も変わっていた。それぐらいだ。
その2点以外に変わったことが解らず、支度の意味を筆頭さんに聞く勇気もなく、黙って客間に向かうことにした。





