閑話 隊長の過去
私は近衛騎士団、一部隊の隊長をしている。
今年成人を迎え社会勉強の一環として配属された。
後々は違う役職に就くことが確定している。
私の叔父は陛下だ。
陛下の姉が私の母になる。母の初めての子である私は陛下の初めての甥だ。
そのためか陛下は私を可愛がってくれていた。乗馬や狩り等も陛下から教えていただいたし、初めての馬は陛下からの誕生日プレゼントだった。
嬉しくて嬉しくて、乗馬に行きたいと良くねだっていたのを覚えている。
時間のあるときは付き合って下さった。
いつからだろう。それが恐れ多いことだと言うことを覚えたのは。自分でも良く覚えていないが、何かの時に父から良くないことだと言われて、言動に気をつけるようになった。
自分たちは人から妬まれやすい立場になるのだから、言動に気をつけろ。人の目があるから、周囲に気を配るようにと注意されてから、気をつけるようになった。
陛下に馴れ馴れしいことは人の妬みを買うことなのだと教えられたのだ。同時に人には裏表があり、表で言うことは本心とは限らない。人を観察して見分けるようにと注意されていた。
今思えば5歳や6歳の子供に言うことではないが、父なりに私の事を心配していたのだろう。今の私ならその時の父の気持ちが理解できる。
当時の私は気をつけてはいたが、自分で実感することはなかった。
その事を実感したのは、幼年学校に入学してからだ。
自宅からも通うことが出来たのだが、父の提案で寮に入ることになったのだ。初めての一人での生活、私は不安を覚えていたが、幸いにも周囲が良くしてくれていると思い、何とか学校生活を送ることが出来ていた。
しかし、周囲は優しい訳ではなかった。
それを偶然知ることになる。
年末だったと思う。長期休暇のために帰宅の準備をしていたのだが、支度が早めに終わったので友人の準備を手伝おうと、部屋を訪れた時だった。廊下を通る時に聞こえてしまったのだ。
彼らは私の事で陰口を叩いていたのだ。
聞くに堪えない内容だった。
当時の私は泣いて部屋に帰った事を覚えている。
私は彼らの事を友人だと思っていたのだが、彼らは違ったのだ。
私はショックだった。
同時に父が言っていたことを思い出し理解した。
私は人に妬まれる立場である事、人には裏表があることを。
自宅に帰った私は父にその話を隠すことなくすべてを話した。父は黙って聞いていたが、私を叱ることなく『理解できたか?』とだけ聞いてきた。それに頷くと対応方法を教えられた。
表面上は仲良くすること。同時に何を考えているのか観察し想像すること。周囲の人間関係にも目を配り把握すること。子供に教えるべき事ではなかったのかも知れないが、当時の私には必要な事だったのだと思う。
その時に身につけた観察力や把握力は、今の私には欠かせないものになっている。
学校に通うようになってから、陛下からはよそよそしい、と言われるようになった。TPOを分けるようになったと言ったら、早く大人になってしまったと言われた。同時に必要なことだから仕方がないとも。
陛下も経験された事なのかも知れない。このことについて話したことはないが、皆大なり小なり経験しているのだろう。
私はそう思っている。
それからはひたすら観察力を磨いて行った。そうすることで面白いほどに周囲の人間を動かせるようになっていったからだ。同時に生活があまり楽しくはなくなった。
観察することが忙しく、人と話すこと、過ごす事が楽しいとは思わなくなったからだ。
仕方のないことだと諦め、学校を卒業し、隊長職についた。
職に就いてからも基本は変わらない。
周囲をどう動かしていくのか、その事だけを考え仕事をしている。
大人になれば少しは変わるかと思ったが変わらない。子供も大人も基本は同じ。
自分が損をしない。力の強い物には擦りより利用する。そう思っているのは自分だけで、実は利用されている事に気がついていない。
哀れなものだ。
そうして過ごしているときに、陛下と宰相から緊急の案件を依頼された。
離れの姫様を護衛するように言われたのだ。
留学生として来ていることは知っていたが、会ったことはなかった。
初めて姫様を見た時は驚いた。異国の姫と聞いていたが、年齢よりも小さく見える。そして、服装がみすぼらしかったのだ。仮にも姫だ、もう少し服装があるだろうと、思った。ディドレスではなく、城下町の子供が着るような服を着ていたのだ。
その姿を見たときに何かあるのは理解できた。
この服装も意味があるだろうと、そのまま陛下の前に行く事にした。姫様はあんまりだと言っていたが、この事がなにかの役に立つと思って、聞こえないふりをした。
その後は思いがけない事が続く。
金庫番や侍女長の事はともかく、姫様が面白かった。陛下を相手に裁判をしろだの、さりげなく部屋の不満を言ったりと、今までの経験が何も役に立たなかった。初めての事だ。
興味が先に立つ。
近くで見ればもっと面白い事があるかもしれない。そう考えた。
運が良い事に、護衛として姫様の後ろに立つことになった。
初めから予想外の事が多すぎる。
言葉遣いを変えろだの、試食会をしたり、陛下を味方にしたいから手伝えとか、思ってもみなかった。
商人や管理番との関係も楽しかった。二人共私に怯えていたのが、少しずつ遠慮がなくなっていく。裏も調べてみたが、あまり変わりはなかった(愚痴はお互い様だ)。
私の生活が一変する。何もかもが変わっていく。
人との関わりが楽しいと思ったのは初めてだった。この人間関係なら、今までの生活とかけ離れたこの生活なら、何か違うものを手にすることができるかもしれない。私は柄にもなくそう思っていた。
姫様の事で陛下に何か考えがあるらしい。
私にとっては従兄弟の殿下と、思っているようだ。それが姫様にとって良いことなら何も言うことはないが、違うなら何か手を打つ必要がある、と、思っている。
これは姫様や商人たちには言えないことだ。
陛下に逆らう気持ちはないのだ、慎重に見極めよう。
私はこの生活を手放す事はできないのだから。





