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第八十話 二人組の負の遺産

ギリギリになってしまって申し訳ない。

 意識が朧げで何も考えることができず、視界はぼやけていてまともに視る事ができない。

 それから誰かの声が聞こえるような気がする。だけれど、脳の処理が追いつかないのかノイズにまみれた雑音のようにしか聴こえない。まともに反応できないまましばらくすると、とうとう何も聞こえなくなった。

 すると次の瞬間には、肌を突き刺すと錯覚しかねない強烈なプレッシャーを浴びせられたのである。

 それも死を覚悟する程だ。おかげで一瞬にして意識が覚醒した。


「っ!?!?」


「あら、壊れてなかったようね。安心したわ」


 頭上からシーディア様の声が響く。頬からは硬くても冷たい感触がある。

 どうやら床に降ろされたようで、縛られている感触はない。ただし、解放されていても指一本すら満足に動かせなったりする。

 かなり体力を消耗しているようだ。やはり半日というのは長過ぎる。


(起こし方としては刺激が強過ぎるぜ。ともあれ、どうにかギリギリのところで凌ぎ切れたか。キツかったな……)


「立ち上がりなさい……と、言いたいところだけれど、無理そうね。あんなに暴れてたから、体力を使い果たしたのかしら?」


「そ、そうみたいです」


 途中まではうろ覚えでしかないが、苦しみから逃れようと無我夢中で体を捩らせていた記憶はある。

 それが原因なのは確かだろう。けど、直接の原因であるシーディア様が他人事のように言うのはどうかと思う。

 もちろん、口に出すわけにはいかないけど。


「ふふふ。あの時のカイトったら、泣き叫んで酷い顔になっていたわね」


 思い返すように口にする様子は、どことなく愉しげである。

 そんなシーディア様とは対照的に、俺は遠い目をして乾いた笑い声を出すことしかできなかった。


「あはは……」


(そりゃそうだろう。涙が枯れるまで泣いた自信があるからな)


 きっと頬には涙が流れた跡が残っているに違いない。


「さてと、今回は仕方ないから運んであげるわ」


「お手数お掛けします……」


 とは言ったものの、これからどこへと向かうのだろうか。

 もしかしなくとも、次なる地獄めいた苦しみが待ち構えているのかもしれないな。


(はぁ……辛い)


 嫌なことを考えてしまって鬱な気持ちになりながらシーディア様に身を任せていると、体をあっさりと持ち上げられた。

 そこまでは良かった。問題はその先だ。


「いや、あの、どうしてお姫様抱っこで?」


「あらあら、わたくしのお姫様抱っこはご不満かしら」


「べ、別にそういうわけでは……」


 実際に不満があるわけではない。

 ただ単純に恥ずかしいというのもあるし、密着して否応なしに柔らかい感触がするしで、色々と気まずいのが本音だ。

 だというのに、当の本人は気にする素振りを見せていない。


「こうやって何度も運んであげた筈だけれど……あぁ、そういえばその時は気絶してたかしら」


「毎回こうやって運んでくれてたんですか?」


「ええ、そうよ」


 道理で慣れた手つきだったわけだ。

 となると、これで恥ずかしがるのも馬鹿らしくなってくる。


(それに……もっと恥ずかしい姿を既に何度も見られてるしなぁ。マシとはいえ、今に至っては半裸だしよ)


 いっそのこと、羞恥心なんて捨ててしまった方が気が楽なのだろうか。

 と、疲れ切っているせいか思わず変なことを考えかけてしまった。

 これはよろしくない兆候だ。余計なことを考えるべきではない。今は少しでも体力と気力が回復するように、体を休めることに専念しておこう。

 そう心に決めて目を瞑り、シーディア様の腕の中で揺さぶられること数分。目的の場所に着いたのか、立ち止まった。


「そろそろ一人で歩けるかしら?」


「何とか……」


「そう」


 たった数分の休息ではあったが、立って歩く程度の体力は回復していた。

 床に降ろされると、手を引かれて部屋の中へと入った。


「この部屋は?」


「わたくしの部屋よ」


「へ?」


 何の意図があってシーディア様の部屋に連れ込まれたのだろうか。

 疑問に思っていると部屋の奥にあるベッドまで強制的に歩かされ、何故か座らされた。


(もしかしなくとも、シーディア様のベッドだよな?)


 触れることさえ恐れ多い。

 だというのに、反射的に立ち上がろうとしてもやんわりと肩を押さえつけられた。


「あの……」


「そのままで構わないわ。今は休んでなさい」


「では、お言葉に甘えさせていただきますけど……ここでは一体何を?」


「あなたの記憶のおかげで、一気に大量の料理レシピを知ることができたのよ。だから書き記しておこうと思ってね」


「そういうことでしたか」


 てっきり何かをされるかと思って密かに緊張していたのだが、危害を加えるわけではないようで一安心だ。

 ただ、緊張が解けたせいか眠気が襲いかかってきた。気を抜けばこのまま横になって眠ってしまいそうである。


「今のわたくしは機嫌がいいから、ベッドで寝てもいいわよ。だけど、わたくしの目の間で無防備な姿を晒したら……“悪戯”しちゃうかも」


「今ので目が覚めたので、そのようなことにはならないかと」


「ふふっ、つれないわね」


 冗談ではない。

 シーディア様の言う悪戯なんて、絶対に度が過ぎているに決まっている。

 悪戯という単語だけで末恐ろしくなって、眠気なんて吹っ飛んでしまった。


「なら、暇潰しに本でも読んでるといいわ」


 それだけ言うと、シーディア様は机に座って執筆を始めた。

 羽根ペンとインクを使っているだけなのに、真剣な表情と美貌が相まってまるで中世の絵画を観ているようだ。


(しかし、ジロジロ見ているのも失礼だよな)


 シーディア様から視線を外し、壁際に設置された本棚に注目した。


「本ねぇ……どんな内容なんだ?」


 数ある本の内の紫色が特徴的な一冊のタイトルを読んでみた。


(えーと、『壊さず堕とす心得』?)


 不穏な気配をどことなく感じたが、別に意味不明なタイトルというわけではなさそう。

 だが、堕とすってのは何のことを指しているんだ?

 気にはなるが、読む気になれないから他の本を見てみよう。


(隣の本は……『征服する愉しみ』だって?)


 何を征服するのやら。

 そんな疑問はさておき、嫌な予感しかしないからスルーで。


(上の棚には別の系統の本があったりしないかな。お、薄っぺらい本があるぞ)


 立ち上がって本棚へと近づき、目についた一冊を手に取って表紙を見てみた。

 するとその本には衝撃的なタイトルが書かれていたのだ。


(は? 『Mへと堕ちる爛れた日常』だと? とんでもないタイトルだな? それに際どい服を着せられた美男子のイラストは何なんだ? 絶対にこっちの世界にあっていい代物じゃないだろ?)


 ツッコミどころ満載の本の正体は、俗に言う“薄い本”であった。

 ジャンルは違えども、“薄い本”を元の世界でも何度か目にすることはある。が、こんな異世界でも目にすることになるとは思わなんだ。


(文字が日本語だから、出どころは元の世界であることはほぼ確定。持ち込んだ人物は……例の二人組しかいないよなぁ)


 どうして“薄い本”や変わったタイトルの本をこんなに持ち込んだのやら。

 しかも、この本棚にある全ての本を持ち込むのは物理的に厳しい筈だがな。二人組についての謎がますます深まるばかりだ。


(それはそうとして。まさかとは思うけど、ゴルディア様たちはコレを読んだ影響で、ああなってしまったのでは?)


 だとすれば、とんでもない負の遺産を残したものだ。“薄い本”のおかげで俺はとばっちりを受けていると言っても過言ではなかろうか。

 そしてフィアンさんが読んだ“薄い本”とやらは、これのことを指しているのだろう。本人は影響を受けたとも言っていた。


(もちろん『竜人の里』の人たちもこれを読んだ可能性もあるわけだよな。つまり、俺に向けていた視線の意味は……そういうことだったり?)


 そう考えただけでゾッとした。

 これ以上深く考えるのは精神衛生的によろしくない。

 ここは見なかったことにするのが賢明だろう。

 だが、色んな意味でショッキングだったせいか、どっと疲れが出た。

 ひとまず本を元の位置に戻し、ベッドに戻って腰掛けた。


「お気に召さなかったのかしら?」


「理解できそうになかったので……」


「そう、それは残念ね」


 どこまで本気で言っているのやら。

 俺に視線を向けずに、執筆を続けている今では真意をはかることはできそうにない。


(って、いかん……疲れたせいかまた眠気が……)


 あまりにも眠気が強いせいか、たまらずベッドの上で横になってしまった。

 するとベッドの柔らかさに身を包まれ、落ち着くような香りが鼻腔をくすぐる。

 これはマズい。強烈な眠気に誘われて意識を手放してしまいそうだ。


(あれっ、シーディア様ってこんないい匂いがしていたのか。いつも緊張していたから気づかなかったな)


 眠気によって、普段は意識しないことに気を取られ、意識が遠のいていくのを察知することができなかった。

 当然ながら、数秒後には……。


(ヤバい、眠い)


 ここで寝てしまえば、シーディア様によって“悪戯”されてしまうかもしれない。

 それは理解しているが、この眠気に抗うのは無理そうだ。


(目覚めたら、無事であることを祈ろう。もうどうにでもなれ……)


 こうして俺は眠気を受け入れて、意識を手放したのである。

 内心で無事であることを祈りながら。


とまぁ、ゴルディア様たちの性癖が歪んでしまった原因が明かされた回ですね。

ちなみにこのような負の遺産は他の場所でも登場する予定です。

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