出発
翌日。テンランス方面へと向かう魔石列車の中には、オウカとアンナの姿があった。
それも一等車……個室である。
「ビックリした……まさか一等車の部屋を買えるなんて」
走り出している魔石列車の席に座りぼーっと天井を見上げているアンナの姿を見ながら、オウカは「そりゃどっちの意味だ?」と聞いてみる。
「両方よ! ただでさえ高い魔石列車の一等車⁉ 値段もエグいし買うにも品格がどうの……と……」
言いながらアンナの声はだんだん勢いを無くしていく。
そう、アンナの目の前に座っているのは……黒髪のお嬢様そのものなオウカだ。
ついでに言えば盗賊どもを倒して金品を回収しまくった結果のお金持ちでもある。
一等車の料金を支払う時に躊躇う様子もなかった辺り、本当に相当なものだ。
「……オウカ。貴方出来ないことあるの?」
「カタナ見つけること」
「そうね……」
正直、アンナがオウカにしてあげられることがあるかちょっと不明なくらいなのだが……しかしまあ、そんな凄いオウカのパーティメンバーが自分だというのは、アンナとしては誇らしくはあるのだ。
……そこまで考えると、アンナも少しばかり気分が落ち着いてくる。
窓の外を見れば物凄い速度で景色が流れていて、馬なんかより余程速いのが分かる。
だというのに、馬車よりも揺れが少ないのはどういう仕組みなのか?
「魔法技術の粋なんだってよ」
「へ⁉」
「どうなってんの、って顔してやがったからな」
ニヤリと笑うオウカにアンナは「うう……」と呻き顔を赤くする。
本当にオウカには敵わない。
それを改めて気づいてしまったのだが……これはもう本当に仕方がない。
だから、アンナは深く考えることをやめて「なんか凄いのね」と頷いていた。
「ああ、とはいえ三等車あたりになると、その辺が大分『予算を抑えた構造』になるみてえだが……安全性は変わんねえって話だ」
「ふーん? サービスが凄いだけじゃないのね」
「全部含めてサービスだろ」
「それもそっか」
用意された果実水も焼き菓子も、全部一等車としてのサービスなのだ。
金を払った分の満足度を提供されているのだと思えば、アンナとしてもそれを思う存分享受しようかという気持ちになってくる。
早速クッキーをつまんで口に入れれば、サクッとホロッと口の中で溶けていく。
上質な砂糖を使っているのか「甘くて美味しい」という感想しか出てはこない。
「んー……すごい……! こんなの買ったらどれだけの値段するのかしら!」
「いや、そりゃ高級品だろうけどよ。たぶん、そこまで凄ぇもんでもねえぞ?」
「え、そうなの?」
「おう。こういうのは黒字になる程度のものしか置かねえからな」
「こんなに美味しいのに?」
「そういう感想が聞ける程度のものってことだよ」
確かに良いものではある。それはオウカにも分かる。
しかし、王室に献上するような代物ではないのは確かだ。
ただでさえ魔石列車は維持に金がかかる代物だ。常に何処を削るかを考えている魔石列車の運営団体が、無料のクッキーに最高級品を用意するはずがない。
元々一等車というサービスで責任は果たしている、と言い張ったというのは有名な話だ。
食べてみればやはり、とオウカは思うのだ。
以前どこぞの金持ちを助けたときにご馳走になったものと比べれば多少ボソボソしている。
「まあ、いいかって感じだな……」
「実は何処かのお嬢様とかだったりする?」
「しねえよ。まあ、今はナリはお嬢様だけどよ」
「本当にねぇ。あそこでも有名だったはずなのに、駅員、オウカだって気付かなかったし」
「第一印象ってのは固定観念に繋がるもんだ」
「具体的には?」
「サムライ冒険者」
「よく分かったわ」
そこから外れれば気付かない。確かにその通りだろう。
何しろオウカと名乗ってさえ駅員は同一人物だと気付かなかったのだ。
そのくらいに冒険者というものが下に見られているのかもしれないが……まあ、そこはさておいて。
豪奢なベッドまで置いてあるこの個室で5日も過ごせば着くというのだから、本当に凄いとアンナは思う。
乗合馬車であれば、常に荷物の心配をしながら狭い空間を取り合うのだから、内鍵のついている一等車の個室の、なんと素晴らしいことか!
「列車強盗が出るっていうのも、こういう格差に嫉妬してのものなのかしらね?」
「いや、単純に金目当てだろ。金持ちが詰まってんだからよ」
「でもコレ襲うってのは正直割に合わないと思うんだけど」
護衛だって乗っているし、何よりこの全てを置き去りにするような速度。
何処の誰が襲えるというのだろうか?
アンナとしてはもう何の心配もしていないのだが、オウカはそんなアンナを見てフッと笑う。
「何よ。三等車に強盗が混ざってるかもとかそういう話?」
「まあ、常にそういう危険性はあらぁな。だから護衛が乗ってるわけだが」
「じゃあ何よ」
「たとえば、そうだなあ……二等車以上に乗ってた場合は少しめんどくせえだろうな?」
何処かで何かが壊れるような音がしたのは……まさに、その時だった。




