19.百の先へ
朝のオアシスにて、幻想的な湖の側で話をするオームギとエリーゼ。エリーゼはオームギと交流を深めるために自身の所持する魔道具『何でもホットサンドメーカー』を取り出し、作者とされるクリプトの話題を持ち出した。
しかしオームギは魔道具の存在を知らず、始まりの魔術師クリプトはオームギとの旅を終えた後、その料理を再現するため魔道具を作ったと気づいたのであった。
「そうですか。この魔道具については知りませんでしたか……。では尚更、この魔道具について知りたくなったでしょう! オームギさんの料理技術をどこまで再現出来るのか、是非この私に挑戦させて下さいっ」
「待った待った、勝手に話を進めないで。そもそもとして、それは本当にクリプトが作った物なの? というか、もし本物だったとしてどうしてそんなもの貴方が持っている訳?」
「それも合わせて確認してみたかった、というのが本心ですね。正直本当にクリプト作かは断言出来ません。ですが効果は確実、噂に聞いたものと瓜二つです。そして何故私が持っていたのか。それは私の実家が長く魔術雑貨屋を営業しており、取引の中で偶然手に入れたからです」
「話の筋は通っている、か。まぁ、本物なんじゃない? その壊滅的なネーミングセンスを聞く限りはね」
「本当ですか! クリプトとお会いになった方からのお墨付きとは、これは嬉しくなってしまいますね」
「いや、ここでの出来事は全部忘れて貰うって言ったでしょ」
「そうでしたそうでした。嬉しさのあまりうっかりしていました」
「どこまで本気なんだか……」
頭に『何でも』と名付け作り上げた魔道具が、実際に万能な性能を持ち合わせている。そんな性質を持つ物の精製など、オームギの知る限りでは一人しか思い当たらなかった。
それは偶然か必然か。始まりの魔術師がもたらした、奇妙な出会い。
相手の調子に乗せられながらもつい話し込んでしまったオームギは『何でも』集めたり収穫出来る大鎌を握り直し、そっと警戒心を解いたのだった。
「というか、そんな話が聞きたかったの?」
「そんな、とは?」
「クリプトはどうとか、ホットサンドがどうとかよ。結局ここを出る時には忘れるって分かっているのに、そんな事をしてどうなるって話じゃない」
「言われてみればそうですよね。ですが本題は最初に言った通り、朝食のお手伝いが目的です。一応私もあのメンバーの中では調理も担当しているので、腕には自信がありますよ」
エリーゼに言われ、ふとオームギは彼女達が旅をする様子を思い浮かべる。見るからに不器用そうなシキと、掴みどころが無ければ何を考えているのかも分からないネオン。
自然とエリーゼがまとめ役になるのは火を見るよりも明らかであった。
「…………ねぇ、エリーゼ」
「……? はい?」
「貴方はどうして、旅をしているの?」
ある男は、世界中へ眠る記憶を探すため旅をしていると言っていた。そして無口な少女は、彼の手伝いをするように横に立っていた。
では、この少女は何を思って旅をしているのだろう。そんな疑問が、百年以上オアシスへ隠れ続けた彼女の脳裏に浮かんだのであった。
「コアはその杖に取り付けられたままだし、貴方も記憶を探しているって訳ではないんでしょ。クリプトの研究? 七つ道具とかいうものを探している? それとも料理人としての腕を上げるためかしら?」
「どれも魅力的ではありますが……もっと大切なものを探しているのです」
「大切なもの?」
「家族です」
家族。それは、かつて賢人と呼ばれた種族の彼女には、もういない存在。
「家族って……。貴方の実家は、確か魔術雑貨屋をやっているのでしょう?」
「ええ。私と祖母の二人で。祖父が亡くなった後兄がいなくなり、兄を探しに出た両親もまだ帰って来ていません」
「…………そう。見つかるといいわね」
「いえ、必ず見つけ出します。だから私達を見逃して下さい。そう言ったら、オームギさんは私達を解放してくれますか?」
「それとこれとは話が別。貴方が家族を見つけたいように、私だって安息を手に入れたい。妥協なんて許されない。そうでしょう?」
「……はい」
「分かっているならそれでいいわ。話し込んでいるうちに日も上がってきたし、さっさと食材揃えて朝食にしましょう」
「…………はい」
きっと、仲間を捨てて好奇心を取り、旅人と共に外の世界へ出たオームギに、エリーゼの全ては理解出来ないのだろう。
だが、オームギだって譲れないものはある。そのために費やした時間も環境も、もう二度と帰って来ないのだから。
それでも。
「なにボサッと突っ立ってんの? 手伝うってなら早く付いて来なさい。貴方も腕を振るってくれるんでしょ?」
誰も不幸にならない選択だってあるかもしれない。
百年振りの尋ね人は、砂漠の魔女に可能性を示すのであった。




