11.鼻が良いのは端から知っている
砂漠に現れた本来生息しない魔物を前に、オームギは絶句していた。
今までエルフの亡霊としか出会わなかったはずの地に、似つかわしくない獣達の姿。シキは驚きながらも戦闘態勢へと移行し、そのまま賢人に知識を求める。
「オームギ!! こいつらはなんだ!?」
「ディビアード……別名、熱帯の狡猾者。死肉を食らうハイエナから生じた魔物、と言えば察しが付くかしら」
「熱帯……? ならば、遭遇しても不思議ではないはず……」
「言ったでしょう? 死肉を食らうって。この砂漠には、生き物なんてヘビやサソリぐらいしか住んでいないの。だから本来、砂漠近くまでは来ても、こんな不毛の地へ足を踏み入れる事なんてない」
「だったら、あのオアシスの存在に気づかれたのではないでしょうか!?」
「そんな事分かっているわよ! だから今まで気づかれないように対策していた。貴方達が現れたからにしても、気づかれるまで早すぎる……!」
オアシスを形成するにあたり、辺りの地形や生態系は全て理解しているはずだった。だからこそ、オアシスを隠す術を突破されてから魔物が現れるまでが異様に早く感じたのだ。
それだけでなく、他者から隠れるエルフ型の魔物の狩り中に、死肉を探す魔物が現れたという現象。双方の性質は矛盾しており、本来巡り合うはずはなかった。故にディビアード達は砂漠に立ち入らなかった。
納得のいかない事態に頭を抱えるオームギ。そんな彼女に対し、シキは目の前の事態を伝え確認を取る。
「どちらにしろ、死肉がないなら用意するというのがあちらの考えのようだ! どう対処する、オームギ!!」
「……どうもこうも、コアが見つかっていない以上、やる事は一つよ。散りなさい。集団狩り!!」
オームギは大鎌の刃の先を地面に当てる。そのまま刃先を擦らせすくい上げるように空へ振ると、斬撃が一匹の魔物に直撃した。
「グルゥゥゥ…………!!」
四足歩行の魔物は斬撃に飛ばされ宙を舞い息絶える。だが、それだけでは終わらなかった。
シキやオームギ達を囲っていたディビアード全ての個体が、斬撃を受けた一匹と同じように四方八方へ吹き飛んでいたのだ。
「なにが……起きた?」
戦闘態勢を取ったまま、シキは目の前で息絶える魔物達を見て、何が起きたのか理解出来なかった。
「全体攻撃ってところかな。同じ種族、武装、そして同じ敵意を向けた者のエーテルへ同調させて、全く同じ現象を起こさせる。ようするに、集団で襲い掛かったら負けって事よ。ま、単独で来ても勝ち目はないけどね」
力強く斬撃を放った勢いで、オームギの足は大地から離れ身体は少し浮いていた。風に吹き飛ばされそうになるとんがり帽子を片手で押さえ、白の魔女はゆっくりと着地する。
「さて、今日はこの辺りにしましょうか。悪いけど貴方達、そこの魔物を運ぶの手伝ってくれる?」
「運ぶってどこに」
「オアシスに決まってるでしょ。他にどこがあるの」
「運んでどうする気だ? 調べるのか?」
「そ。一匹は調査用に。ついでに魔物避けでも作りましょうか。同族の臭いがあると、共食いを恐れて近づかないのよ」
「一匹……? では他の個体はどうするのです……?」
「もちろん、食べるに決まってるじゃない」
げっっっ。と、シキとエリーゼは怪訝な表情をする。今の今まで襲い掛かって来ていた魔物を、この賢人は食べると言い出したのだ。
久しぶりの肉だのなんだのと一人盛り上がっている賢人を横目に、シキとエリーゼはひそひそと話し始める。
(おいエリーゼ。エルフの食文化はどうなっている!? あんな腐臭のキツい魔物を食らうなどと言い出したぞ!!)
(確かに、一部の魔物は食す事が出来ます。しかし、死肉を漁る魔物の肉は流石に食べない……はず)
苦い顔で何やらこそこそする二人を見て、オームギは不思議そうな様子で割って入った。
「なになになーにを相談しているのかな? まさかすぐコアが見つかるとか、思っちゃってた訳?」
「いやそこではない……。他の個体はどうするか、念のためもう一度言ってくれないか?」
「え? だから食べるのよ。全部。ここらじゃ中々お肉は手に入らないの。オアシスでも家畜は飼ってないし、お肉を食べるのは何ヶ月振りかしら? ひょっとしたら数年食べてないかもね。あぁ、想像したらよだれが……」
じゅるりと口元を拭うオームギを見て、聞き間違いではないと言い聞かせられたシキ達。思わず後退りをしてしまうシキの腕を、がっちりと掴んで離さない存在が一人。
「…………」
「ネオン……! 貴様……!!」
「…………!」
「ええい! あんなもの食えるものか!! 腹を壊しても知らんぞッ!!」
「…………!!」
「貴方達二人して何してる訳……? 早く手伝わないと砂漠で野晒しにするわよー」
傍から見ればじゃれている二人を横目に、オームギはひょいひょいと魔物を二匹担ぎ上げる。
「食べるかどうかは置いておいて、ひとまずは従った方が良さそうです。どちらにしろ私達に拒否権なんてないでしょうし……」
「…………!」
「分かった、分かったから離せネオン! そうだ、食べるか否かは私達が決めれば良いのだ。食いたい奴だけ食えばいい。あんなもの、私がわざわざ好き好んで食べなくとも奴には関係ないのだからな」
口では何とでも言うが、ネオンの腕は未だにシキを掴んで離さない。砂漠の暑さだとか踏ん張りが効かない砂上の柔らかさだとかを一切無視して、ネオンは一歩一歩と大柄なシキを引っ張って魔物の亡骸へと誘導する。
それだけ力が有り余っているのならお前が運べと言いた気なシキであったが、ついにネオンに力負けしたシキはエリーゼと共に残りの魔物をオアシスへと泣く泣く運ぶのであった。




