25.紫のシルエット
静寂に包まれた中、ぽつりとストウムが呟いた。
「……アネさんは、どうしてこんな命令を俺達に出したんだ? そもそも、アネさんは今何をしてんだ。俺達にこんな店を襲わせて、アネさんは何をやろうとしてんだ……」
彼の言葉に、盗賊団の一味は呆然とした様子で彼の顔を覗いていた。
「紫の炎ッス……。アレが、きっかけに違いないッスよ!!」
そんな中で一人、盗賊団の少女が声を上げた。
氷の檻から放たれたそれはストウム達盗賊団へではく、シキに向けての言葉であった。
「少し前の事ッス。無理やり北の関門を超える前に、ウチとチャタローとアネさんで辺りの調査を先行して行ったんスよ。その時見つけたのが、あの無人の不気味な屋敷だったッス。それからの事ッス。アネさんは緑の宝石がついた腕輪を付け始めたと思うと、北側への道を塞ぐようにアジトを作ったり、付近の情報をやたらと手に入れるようになったのは」
「待てミルカ。それと今のアネッサのどこが関係しているのだ? もう少し簡潔にまとめてはくれないか」
アネッサの情報を急かすシキを前に、話を聞いていた別の少女が根底を覆す質問を投げかける。
「シキさんこそ待って下さい。ミルカさん、あなたは何を言っているのですか? 北に屋敷など無いですよ……?」
「なんだと!?」
情報の矛盾。錯綜する戦場後で、戦うべき理由が噛み合わない。
「なっ!? 嘘じゃないッス!! 確かにウチとアネさんはその屋敷を見たッス。だからこうして周辺にアジトを構えて、その屋敷を攻略するためにこの地へと一時的に留まっているんスから!!」
「でもそんな屋敷、私は見た事も当然聞いた事もないのですよ!」
「待て、待ってくれ二人とも。このままでは話の真意を見失いそうだ。アネッサは言っていた。この近辺には屋敷が三つあると。一つは王族と関りを持つという大きな屋敷。一つは大きさの割に人影が無い不気味な屋敷。そして最後に昨日、盗賊団が襲い奪った西に関所を持っていた屋敷だ。この地に一番詳しい奴に話を聞きたい。近辺に屋敷は三つあるのだな? エランダ」
いままで固く口を閉ざし、聞き役に徹していた老婆にシキは話を振った。返って来た答えは、意外そのものであった。
「もう何十年と住んでいるが、その人影のない屋敷とやらは知らないね。当然、見た事も無ければ噂一つ聞いた事がないよ」
あると思い込んでいたはずの屋敷は無かった。つまり、アネッサが変わったきっかけと思われる理由そのものが存在していなかったのだ。
「そ……ん、な。ウチは本当に見たッスよ! アネさんと二人、この屋敷はマークしておこうって話したんス! チャタローもいたッスよね? あの場で、ウチらの会話を聞いていたッスよね……?」
「フン、ニャー」
「チャタロー!!」
歯車が一つ、また一つと外れ、今までの出来事の全貌がまるで霧のように消え去っていく。
北の屋敷なんてものは存在しなかったのではないか。そもそも、そんなものを見たという事実すら間違えた記憶ではないのか。
そうであると、確信を持てないから認識出来なくなっているのではないか。
そう、それこそが答えであった。
「!! 違う。間違っているぞ。屋敷も、アネッサも、紫の炎も。全てが最初から間違っていたのだ!!」
一人。答えに気づいたシキは、周りの戸惑いの目にさらされながら不敵な笑みを浮かべていた。
「エリーゼ、ミルカ、そしてネオンにチャタロー。お前達は既に知っているはずだ。そこにあるのに認識できないもの。認識する事で現れたもの。記憶に刻む事こそが入り口となっていた、あの洞窟の事を……!」
その言葉を聞いたエリーゼは震えていた。その答えに対してではない。その答えが存在する事にである。
「そんな……はずは……」
桁違いなのだ。現象も、事象も、それに注がれたエーテルの量も。
シキの読みは常人の考えをはるかに凌駕した、それこそエーテルというものの本質に疎い彼にしか思いつかなかった、不可能に近い領域であったのだ。
「まさか。……まさか屋敷そのものが。いや、あの土地そのものに認識を阻害する術がかけられているとでも言うのですか」
エリーゼの言葉に、その場にいた全ての者が身震いする。




