07.この世界には
結晶へと触れた瞬間、男の頭の中に様々な記憶が流れ込む。
(この景色は、何だ……?)
どこかの自然の中から夜空を見上げるような視線。腕や足、胸や喉が焼けるように熱かった。
痛みのあまり男は叫び声を上げ出そうとする。だが男の意識に反し、記憶の中の男は口元を歪ませる。
「わ、私には、まだ……使命が……。私はまだ、何も……果たせてなど……ッ!!」
使命とは何だ? 記憶の中の男は、何を果たそうとしていた?
答えを考える間もなく、突如として時間は加速し目まぐるしく昼夜が入れ替わる。
辺りの自然は凄まじい速度で成長し、衰退を挟んでは再び生い茂る。
瞬きをすると景色が入れ替わった。そこは深い深い水の中。
僅かに差し込む水面の輝きが辛うじて居場所を伝えている。何も聞こえない。何も響かない。点滅するような水面の光だけが、時間の経過を教えてくれていた。
強い眠気を覚え目を閉じた。すると、意識が揺らぐのを感じた。
景色に意識を向けてみる。見えたのは木々に囲まれた河原。
どことも分からない景色の中。目の前には、少女が佇んでいた。
少女は何も言わずしゃがみ、男の意識へと手を伸ばす。
少女の手に包まれると同時、満たされた安堵感によりしばしの眠りに就いていた。
そしてまた、ふとした拍子に意識が目を覚ます。そこは、見覚えのある森の中であった。
目の前では先ほどまで戦っていた化け物が暴れており、対峙するように寡黙な少女と、黒い衣服をまとった赤髪の男が立っていた。
(あの服にこの状況、まさか、あれが私の姿……なのか?)
潰れた植物の上から世界を見渡しているような視点。
男と少女を連れて姿を消すと同時に、布を被せられ悶える化け物の姿が目に入った。
(これは私達が逃げた後の出来事……。私は何を見せられている? 私は、何を思い出そうとしている……!?)
どこからか、破裂音のようなものが聞こえた。
音を聞いた化け物が、跨ぐように視線の上を移動する。そして落ちて来た布によって視界は真っ黒に染まり、意識は再び薄れていった。だが直後、再び意識は起こされる。
「少し汚れているが……問題はあるまい」
深い水の底から浮上するように、溢れ出る記憶と今までの思い出が重なっていく。
(ケープを回収した直後の出来事……か)
ぶつくさと考え事をする男の側で、寡黙な少女はそっと、記憶が見せる視線の前へ立ち塞がる。
何も言わぬ少女はジッと見つめ、そして手を伸ばし再び男の意識を包み込んだ。
(お前が大樹を指差したのは、お前にも目的があったからなのか)
どこからともなく思い出された景色は、誰のものでもない。
それは少女の差し出した、無色透明の結晶に蓄えられた『記憶』なのであった。
折れていた足が、過去を取り戻すように元の形へと修復される。
怪我をしていたはずの全身が、在りし日を思い出すかのように身軽になる。
無であった記憶の断片が、少女によって埋められる。
「そうか。私を見つけ出したのは、お前であったのか」
のしかかる大樹を退かし、男は立ち上がる。
この世界に眠る未知の力を、男はその身に宿らせる。




