12.ぬかるみ
警報が鳴り、咄嗟に備品室へ隠れたシキ達。
そこに居合わせたのは、敵国の中で何年もの間身を潜めていた、ダーダネラの少女ウィスタリアであった。
非常時に偶然出会ったシキ達へ、彼女は内情を知る者として彼らの目的に助言する。
「咄嗟に隠れたがこれは何の警報だ? まさかもう私達が侵入したと伝わってしまったか……?」
「こ、この警報は職員が行ったものではなく、施設に備えられた防衛魔術の一つです。恐らく先ほどの衝撃に反応したのだと思いますが……。し、しかし施設内の実験に反応した事なんて今まで一度も……」
大型の魔物をも手中に収まるヴァーミリオンの研究所にとって、衝撃や轟音などはさほど驚く事でも無い。日常的な異常に反応するほど、単純な魔術が施されていないのは明白だ。
であればこの施設の中では、侵入者であるシキ達以外の異常な何かが起こっている。考えられるとすればシキ達が侵入直後に遭遇した、研究所の職員達が現れた本来の目的だろうか。
明確には分からないが施設内の注意が別へ向いているのであれば、行動するには早い方がいい。
シキがウィスタリアへ防衛魔術の詳細を聞こうとしたその時、状況はまたしてもシキ達を待たず、変わり続ける。
「警報が、止まった……だと?」
あれほど大騒ぎしていた施設内が、突如として静寂を取り戻す。
ウィスタリアが恐る恐る扉を開け外を覗くと、広がっていたエーテルの赤い点滅も落ち着きを取り戻し、遠く長く続く通路は普段通りの薄暗さと静寂を放っていた。
「そ、外に異常は見られません。足音も、妙なエーテルも感じません」
「ならば焦る必要もない。先ほどまでの作戦を続けるだけだ。そうだ、ウィスタリアにも内容を共有しておこう」
不利な状況での侵入となった場合を危惧しての警戒心から足早に事を進めようとしていたシキであったが、警報が止まったのなら話は別だ。
本来想定していた通り、職員達にかけられた洗脳魔術を解きながら各部屋の解放を進め、魔物の管理を奪い戦力を削ぐ。そして手薄となったヴァーミリオンを直接穿つ。目標はすぐそこまで迫っていた。
残りの数部屋ほどを解放すれば、大半の魔物が操られる事なく戦えると思っていたシキ達であったが、作戦の全容を聞いたウィスタリアの顔色が曇る。
ウィスタリアは意気揚々と備品室から出ようとするシキを呼び止め、ある不安を口にした。
「ヴァーミリオンの居る部屋には研究員の中でもごく一部しか入れません。し、しかも入った研究員は、何日も出てこない日が続くのです」
「ふむ、何が言いたい?」
「施設の構造を把握する中で気づいた事がありました。ま、まるで地中の何かを避けるように、研究所も実験場も横に長く作られていたのです」
「それと出てこない研究員に何の関係が……ッ、まさか!」
「この施設にはまだあるはずなんです。さ、さらに地下の階層が……!」
シキ達は建ち並ぶ研究室の先に、ヴァーミリオンの部屋があると思っていた。思って、信じて疑わなかった。
広大な洞窟の中の研究所に下層が存在するなど、誰が想像していようか。
見据えた先の敵は、より強大な影を落として底が知れない。しかし、だとしても、シキ達に退くという選択肢など、存在しない。
「……警報は止んだのだ。ならば行こう。奴の元へと……!」
シキ達は残りの研究室の解放を進める。
そして最後に残った、ヴァーミリオンが居るとされた部屋へと、手をかけるのであった。
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「準備はいいな? では行くぞ!!」
力強く扉を開け、シキ達は突入した。
眼前に広がるは、他の研究室によく似ていて、それでいてどことも違う異様な空間。
1人の大柄な男が拘束され、大量のエーテル結晶体と繋がれていたのだ。
「ヴァーミリオン……ではない?」
「あいつはスワンプじゃないか。なんでこんな所に……?」
目の前の光景に動揺するシキ達に、彼をよく知るレンリはその名を告げる。
かつて砂漠の地下で戦ったヴァーミリオンの手下が1人、泥のエーテル使いスワンプ。
その時こそ泥で出来た偽物であったが、今目の前にいる彼はどうやら本物のようだ。
拘束されたまま動かないスワンプを見て、シキはレンリに確認を取る。
「眠らされている……のか? レンリ、奴は何者なのだ? ヴァーミリオンの手下ではないのか?」
「俺も詳しくは知らん。ヴァーミリオンが外へ出る時はいつも居る用心棒で、どれだけ傷を負ってもいつの間にか回復していやがる。常に無口で考えの読めない、不気味な奴だったよ」
素性の分からない上本命でない相手を前に、シキ達は互いを見合わせ意見を確認する。
最初に口を開いたのは、魔道具の類に詳しい魔導雑貨屋の娘、エリーゼであった。
「あの大量のエーテル結晶体は全て、彼に向けてエーテルが流れています。泥の魔術とはそれほどまでして回復が必要な、消費の激しい術なのでしょうか……?」
「でも外出時の用心棒でしょ? エルフやそこのダーダネラの子ならともかく、普通の人間がそこまでエーテルを体内に貯蓄なんて出来る訳? 出来たとしても膨大な回復が必要だっていうなら、こんなのほっといてヴァーミリオンを探すべきよ」
不思議な設備を見て、賢人と呼ばれたエルフの一人、オームギも自分の考えを皆に伝える。
不用意に刺激して襲われでもすれば、それこそ目的が遠ざかるばかりなのは明らかだ。
オームギの見解を前に、シキもこれまでの経験から該当しそうな事実を探し、照らし合わせる。
「貯蓄かは分からんが、吸収できる奴ならここに一人いるな。だが手下であるなら、あの過度なまでの拘束はなんだ? 仮に奴もヴァーミリオンに操られているのだとしたら、今触れた方が良いのではないか? ネオンの手で」
「…………」
シキの言葉を聞いて、レンリはぴくりと眉を動かす。レンリ自身もまた、仲間の二羽の鳥に魔術をかけられヴァーミリオンに加担していた身なのだ。
本当にシキの言う通りであれば、とレンリは推察する。そうだ。あの拘束は、大型の魔物や凶暴な動物を制御する魔道具によく似ている。
「シキ、ネオン。おそらく奴も操られている。触れてやってくれ」
「…………」
ネオンはレンリの目を見て、そのまま振り返りスワンプの元へと一歩踏み出した。その時だった。
「──ッネオンちゃん伏せて!! 愛災ッッッ!!」
「…………!」
アイヴィは咄嗟に強固な黒いツルを生み出し、シキやネオンの目の前を覆い尽くす。
だがツルは数秒も持たず、無数の衝撃で蹴散らされた。
「グオオオオオオオオオオゥゥゥ!!!!!!」
覆っていたツルを塗りつぶすように、獣のような大型の魔物が突如出現し、破壊し、シキ達へと襲い掛かる。




