33.甘美な鳴き声
暴走する白蛇を守るため、立ち塞がったエルフの生き残りと褐色肌の鳥使い。だがラボンの操る圧倒的な魔術を前に、二人は身体の自由を奪われてしまう。
拒む意識とは裏腹に、レンリはその手を白蛇へ向けトドメの一撃を放とうとしていた。危機的状況の中、シキの一声でネオンは洗脳されたオームギとレンリに触れる。
ネオンに触れられた二人は、せき止められていた川が溢れ出すように多量の汗を頬へ伝わせた。
「間に合った、か……」
「…………」
息を取り乱しながらも、落ち着きを取り戻すオームギとレンリ。あと一歩のところで作戦を邪魔されたラボンは、眉間にしわを寄せ歪んだ表情で邪魔をしたシキとネオンを睨み付けた。
「おやおや……本当に邪魔な人達です。ミネルバ君!!」
「はぁいラボン様っ。欲深き双武器!!」
「させない、氷結精製:氷柱の監獄!!」
ラボンの一声により、エルフ型の魔物を薙ぎ払っていたミネルバが飛び込む。放たれた赤い閃光はネオンを目掛けて一直線に伸び、ラボンの能力を解いてしまう彼女の無効化を図った。だがネオンのピンチにいち早く反応したのは、同じくエルフ型の魔物に囲まれていたエリーゼであった。
離れた戦場から真っ直ぐ伸びるミネルバの動きを予測し、彼女の前へ氷で出来た多数の檻を設置する。斧と槍双方の衝撃を起こす斧槍も、刃先が当たるまではただの刺突に変わりない。
不規則に設置された氷の檻はそれぞれに歪な隙間を持っており、真っ直ぐに突き進むミネルバの斧槍が直撃する物もあれば、隙間を通り抜けミネルバの身体のみに当たる物も混在していた。
立ち塞がる檻を壊すため斧での斬撃に切り替えざるを得ないミネルバは、ラボンの呼びかけに答えるまでにタイムラグを要してしまう。
協力関係にあった相手には裏切られ、寡黙な部下は気を失い、一番の側近はここぞという時に間に合わない。刺客達が役に立たないと判断するや否や、ラボンは抱えていた長毛の猫を野に放つ。
「にゃー」
長毛の猫は呑気な声を戦場へと響かせる。同時に、倒れていた獣型の魔物が血肉を漏らしながら立ち上がる。立ち上がった魔物達は長毛の猫を中心として鋭い牙を剥き出しにし、取り囲むシキやレンリ達へ睨みを利かせていた。
「まさか、この猫が操っていたとでも言うのか……!?」
本来絶命しているはずの魔物すら操る、新たなる刺客。ラボンという男の長寿の血に対する異様な執着を目の当たりにして、シキはどうすればこの男に勝てるのか思考を張り巡らせる。
覆せない数的有利に暴走する白蛇のタイムリミット。そして洗脳という圧倒的な制圧力を誇る術を前に、シキが今勝利を掴むために出来る事とは。
答えの見えないギリギリの状況下で、彼の考えを一瞬にして吹き飛ばしたのは、それを隣で見ていたレンリの言葉であった。
「お、お前は……まさか……!!」
驚きの声を抑えきれないレンリ。シキが彼へ視線を向けてみると、レンリが驚いているのはどうやら長毛の猫の存在のようであった。
仲間にすら見せていなかった切り札を切ったのか。レンリは想定を超える刺客の存在に驚いているのだと思った。だが実際はまるで違っていた。
レンリは相棒達を助けるためにやり方の気に入らないラボンへ協力していた。だがその正体は、彼らへ協力すればハロエリとハルウェルを助けられる。そう思い込まされていたに過ぎなかった。そもそも赤の国の刺客である彼らは、レンリと相棒達の協力をする気すら無かったのだ。
ラボンの言葉と行動の矛盾によりレンリの洗脳に歪みが生じ、結果として彼はラボンを裏切る選択を取った。だが、それだけではなかった。レンリが騙されていたのは、相棒の治療方法だけではなかった。もっと残酷な真実。今までの自分の行動に吐き気すら覚える嫌悪。騙され続けた、彼らの正体。それは。
「ハロエリとハルウェルをこんな状態にしたのは、お前じゃないか……ヴァーミリオン!!」
ネオンに触れられ、レンリにかかっていた全ての洗脳が解ける。
レンリの言葉に返事をしたのは、目を真っ赤にして白蛇を睨んでいた貴族風の男ではない。彼よりもっと下の位置。後ろ足で呑気に身体を掻く小さな毛玉にして、刺客達を取りまとめる真のボス。
男の腕に抱えられていた長毛の猫こそが、生物兵器の第一人者にして赤の国グラナートの幹部が内の一人。この事件の真の黒幕、ヴァーミリオンであった。
「おやおや、バレてしまいましたか」
長毛の猫は、甘い鳴き声を上げレンリの言葉を嘲笑っていた。




