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第六話 『復讐か、心象か』 

間が空いてしまい、申し訳ありません。

 

 孤児院から帰ってきた翌日。

 ベッドで横になって、孤児院での光景を思い出していた。


 戦争で家族や住む場所を失った子供達。

 英雄として戦ってきた時も、彼らのような存在は幾度となく目にしてきた。

 大切な人を殺され、住んでいた村や街を奪われ、泣いている子供達を。


 ――その泣き顔を笑顔に変えられたら、どれだけ良いだろうと。

 

 英雄時代に俺はそう思った。

 それは今も、変わっていない。助けたいという心象こころは何一つとして。

 綺麗事だとか、偽善だとか、そういう言葉は振りきって、確固たる意志として持っている。


 だが。


 腕を斬り落とされ、胸を貫かれた痛みを覚えている。

 用無しだと嘲笑うあいつらの顔を覚えている。

 リューザスの記憶で見た、私欲の為に俺を裏切ろうとするあいつらの顔が頭に焼き付いている。


「……許せない」


 憎い。

 あいつらは許せない。


 改心?

 俺の知った事か。

 どれだけ謝ろうが、覆水は盆に返らない。

 俺を裏切ったという過去は変わらない。


 四肢を斬り落として、傷口を火で炙って、眼球を抉りとって、鼻と唇をそぎ落とし、際限ない苦痛と絶望に叩き落として。

 俺を裏切ったのは間違いだったと後悔させて、謝罪させて、その上で殺してやりたい。


 そんな憎しみで塗りつぶされた思考を、あの孤児院の子供達の笑顔が凍らせる。


「……笑っていた」


 そう。子供達は、笑っていた。

 まだ五、六歳の小さな子もいた。教国では肩身が狭いであろう亜人もいた。

 それぞれが家族や友達や住んでいる場所を失ったというのに、笑っていたのだ。


 彼らを笑顔にしたのは、ジョージとリリーだ。

 二人を殺せば、俺が彼らの笑顔を奪うことになる。

 復讐を優先するのか、心象りそうを優先するのか。

 

「……温い」


 ――他人を優先するなど、温いと嗤う自分がいる。


 俺は決めたはずだ。

 どんな手を使っても、あいつらに復讐すると。

 目の前に復讐対象がいるのに、何を迷うことがある。


「俺は――――」



「――魔王キィィック!!」

「ぶはッ!?」


 脇腹に衝撃が走り、ベッドから叩き落とされた。

 顔面から床に落下して、ゴロゴロと転がる。


「……痛ってぇ」


 俺のベッドの上に、憮然とした表情のエルフィが立っていた。

 それも、右足を突き出して、蹴りの格好で。


「……何しやがるエルフィ!」


 体を起こして睨みつけると、エルフィは「ふん」と鼻を鳴らした。


「さっきから悩み過ぎだ」

「な……。お前、俺がどんな選択をしても尊重するって言ってたじゃねえか」

「うむ。それはその通りだ。伊織の選択は尊重するし、私はそれを受け入れよう」


 だがな、と指を突き付けてくる。


「さっきから一人でブツブツブツブツと……! 辛気臭いしちょっと不気味だ! せっかくの林檎パイが不味くなるだろう!!」

「あのなぁ……! 俺は、ぶっ」


 口を開いた瞬間、林檎パイを突っ込まれた。


「見ておれん。このまま部屋にいても暗くなるばかりだ。外に出るぞ外に」


 今日は注文していた靴が完成する日だろう、とエルフィが外へ出る支度を始めた。

 その横暴さに憤慨しながら、口の中のパイを咀嚼する。


 ……確かに、靴は三日くらいで出来ると言っていた。

 今日はちょうど、注文してから三日目になる。


「……ほら、行くぞ」


 倒れたままの俺に、エルフィが手を差し伸べてくる。


「……ああ」


 その手を取り、気分転換がてら、靴を取りに行くことにした。

 


「よく来たな、兄ちゃん。やべえのが出来たぜ」


 興奮した面持ちの店員から渡されたのは、靴型の魔力付与品マジックアイテムだった。

 冒険者が好んで履くような、機動性と頑丈さを重視した魔物の皮で作られたブーツ。

 そこに、分割された覇王烏賊クラーケンの魔核が埋め込まれていた。


「作った奴から聞いたが、受け取った魔核が持ってた効果に、ちょちょいと適当な魔術を合わせてみたらしいぜ」


 その靴が持っている効果は二つ。

 一つ目は魔力を流すことで発動する加速ブーストだ。

 水の魔力を靴から放出することで、瞬間的な加速が可能なようだ。

 

 直線上にしか動けないから注意しろよ、という店員の言葉に頷く。


 そして二つ目。

 これは覇王烏賊クラーケンの魔核の性質を利用した効果だ。

 この靴に魔力を流すと、足元の状況に関係なく、移動することが可能になるらしい。

 これがあれば霊山のような足場が不安定な場所でも、関係なく戦うことが出来る。

 しかも、水の上を滑って移動することも可能のようだ。


 かなりいい物が手に入った。

 多めに代金を支払い、ホクホクとした気分で店を後にする。


「剣といい、鎧といい、また、いい装備を手に入れたな」

「ああ、良い靴だ。"蒼碧の靴"とでも名付けようか」


 帰ったら、早速この靴に履き替えて効果を試そう。


「そういえば、エルフィは何か装備を買わなくてもいいのか?」


 出会ったから、エルフィはずっと同じ服を着ている。

 漆黒のドレスだ。

 洗濯している所も見たことがない。


「…………」

「失礼なことを考えているな。魔王キックしていいか?」

「考えてない」


 まあいい、とエルフィは自分のドレスを摘む。


「これは私の魔力で構成した物でな。フルプレートの鎧なんかよりも、よっぽど防御力は高いぞ。……洗わなくてもいいしな」

「へぇ。いいな。魔力で作れるんだったら、俺の装備も何か作ってくれよ」

「別にいいが……私の強力な魔力を直に纏い続けることになるから、多分今の伊織だと魔力に耐えられないぞ」

「耐えられない?」

「ああ。全身の穴という穴から血が噴き出ることになる。それもいいなら作るぞ?」

「いらん」


 ぱっと見、防御力が高そうには見えないが、相当に硬いらしい。

 それなら、確かに装備はいらないな。


「伊織が何か買ってくれるなら、受け取ってやってもいいぞ」

「お前、金は十分持ってるだろ」

「贈り物は別腹だ」


 それから、ぶらぶらと聖都の中を歩きまわった。

 温泉都市などと比べて、清掃が行き届いていて街は比較的綺麗だ。

 エルフィも感心していた。


「しかし、ものものしい連中が多いな」


 都市のあちこちにいる聖堂騎士団を見て、エルフィがそう呟いた。


「最近、行方不明になる人がポツポツいるらしい。それを警戒してるのかもしれないな」


 まあ、それが無くても、魔族が入り込んでないか、聖堂騎士の連中は目を光らせているだろうが。


 そんな話をしながら、エルフィに引っ張られ、食い歩きをしながら都市を歩いた。

 宿に帰ってきた頃には、すっかり日が暮れていた。

 知らない内に、結構な時間歩き回っていたらしい。


 夕食を終え、部屋で落ち着いた頃。

 俺は、自分の中である答えを出していた。


「エルフィ、俺は――――」





 

 孤児院に来訪者があった翌日の早朝。


「ユーマ君! バイバイ!」

「元気でね!」


 孤児院の入り口で、子供達が涙を流しながらユーマの見送りをしていた。

 ユーマは魔王軍のせいで村を焼かれ、家族と別れ離れになってしまった妖精種エルフだ。

 去年、ジョージとリリーに連れられて、この孤児院にやってきた。


「みんなぁ……! また、会いに来るからね……!」


 見送られるユーマは、顔をクシャクシャにし、子供達に手を振る。

 孤児院には亜人が多くいる。

 ジョージ達は別け隔てなく人間にも亜人にも接しているため、孤児院の中には差別はない。

 人間も亜人も関係なく、皆が家族だ。


「行っちゃった……」


 ジョージとリリーに連れられて、ユーマは森の方へ歩いて行った。

 ユーマの家族はすぐ近くに来ていて、聖都で再会するんだとジョージは言っていた。

 

「……いいな」


 ユーマに手を振っていた子供の一人、ミシェルは小さな声でそう呟いた。

 これからユーマは家族と幸せに暮らすのだろう。

 孤児院には皆がいるから寂しくないが、それでも本当の家族に会えるのは羨ましい。


「シーナちゃんも、家族に会いに行っちゃったし……」


 森の中に消えていったユーマを見て、ミシェルはそんな風に思うのだった。


 

 ミシェルは聖都シュメルツから南西の方角にある、のどかな村で暮らしていた。

 裕福という訳ではなかったが、父、母、姉と共に過ごす日々は幸せだった。


 父がくだらないことを言い、ミシェルと姉が冷たい目をして、母だけが大笑いする。

 姉と一緒に畑仕事のお手伝いをして、父と母に褒めてもらう。

 月に一度、父が街で買ってきてくれる果実のパイを皆で楽しみにする。

 そんな他愛もない生活が、ミシェルは好きだった。


 でも、長続きはしなかった。

 二年前、村の近くで大量の魔物が発生した。

 村は魔物で埋め尽くされ、その時にミシェルは家族と離れ離れになってしまった。


「パパ、ママ……お姉ちゃん。どこ……」


 家族は見つからず、お腹が減って、どうしていいか分からない。

 そんな時に、たまたま聖堂騎士団の人に拾われた。


 そして、この孤児院に連れてこられたのだ。


「ミシェル。家族が見つかるまでは、ここが君の家だ」

「遠慮せず、何でも言ってちょうだいね」


 不安で仕方なかったミシェルを迎えたのは、優しそうな夫婦だった。

 ジョージとリリー。

 二人は家族が見つかるまで、ミシェルの面倒を見てくれると言った。


 孤児院は聖都シュメルツから少し離れた所にある、森に囲まれた場所にあった。

 建物は綺麗で、中には子供の為の玩具や絵本がたくさん置いてある。

 庭には遊具もあった。


「今日から新しい仲間が増える。ミシェルだ。皆、仲良くしてあげて欲しい」


 孤児院にやってきた見せるを待っていたのは、たくさんの子供達だった。

 ミシェルと同じように家族と離れ離れになった子、家族を失ってしまった子。

 猫人種ワーキャットや、妖精種エルフの子供もいた。


「亜人がいるなんて……ちょっと怖い」


 ミシェルは最初、そんな風に思っていた。

 村に亜人は一人もいなかったし、亜人はメルト様の教えに背く存在、なんていう人もいる。

 亜人は悪い存在なんじゃないか。

 そう不安に思うミシェルに、リリーは言った。


「人も亜人も何も変わらないわ。皆それぞれ、いい所があるのよ?」


 半信半疑だったらミシェルだったが、すぐにリリーの言ったことが正しいと分かった。

 孤児院にいる子供は皆、別け隔てなくミシェルに接してくれた。 


 それでも、家族と離れ離れになり、ミシェルは心細かった。

 それに、ミシェルはもともと口下手で、あまり他人と喋るのが得意ではなかった。

 別け隔てなく接してくれても、上手く返せず、あまり馴染めずにいた。


 そんなミシェルを元気づけてくれたのが、シーナだった。


「私、シーナっていうの。ミシェルちゃん、よろしくね!」


 活発そうな短めの茶髪と、頭から生えた二本の猫耳。

 太陽のような明るい笑顔を浮かべた、猫人種ワーキャットの少女。


 シーナはミシェルが寂しい思いをする暇がないくらい、一緒にいてくれた。

 といよりはくっついてきた。


「ねねね! ミシェルちゃんの髪、綺麗だよね? 何かしてるの?」


「ねぇ! 遊ぼうよ! 眠い? 駄目駄目! 子供のうちにそんなこと言ってたら! ほら行くよ!」


「じゃーん! ミシェルちゃん誕生日だったよね? これ! 花で作ってみた!」


 正直、最初は鬱陶しかった。

 声が大きいし、強引だったから。

 だけど、そんなシーナの明るさに触れている内、落ち込んでいるのが馬鹿らしくなってきた。

 自分と同じ境遇の子がこんなに元気なのに、自分は何をグズグズしているのかと。


 そう思ってからすぐに、お互いは親友と呼べる存在になっていった。


 シーナのお陰で、二月も経つ頃にはミシェルも孤児院に馴染むことが出来た。

 メルト様の教えを勉強しなくちゃいけないとか、勝手に外に出ちゃいけないとか、夜は出歩いちゃいけないとか、面倒くさいこともあったけど、孤児院での生活が楽しくなっていた。


 友達もたくさん出来たし、ジョージとリリーはとても優しい。

 たまに友達が家族を見つけて出て行ってしまうのは寂しいし、家族に会えないのは辛かったが、それでもミシェルは幸せだった。


「ミシェルちゃん! いつか家族が見つかったら、私のこと紹介してよ」

「どうして……?」

「私の家族にも、ミシェルちゃんのこと紹介するから! そしたら、私達二人の家族と一緒に、温泉都市とかに旅行に行ってみない?」

「……旅行。行きたい」

「でしょでしょ!」


 二人で作った料理をお互いの家族に振る舞うとか、お泊り会をするとか。

 シーナと、そんな約束をしたりもした。


 そんな生活が二年も続き……。

 ジョージとリリーから、シーナの家族が見つかったという報せが届いた。


「そっかぁ……。お母さん達に会えるんだ……」


 ポロポロと涙を零し、シーナは喜んだ。

 いつもは明るく、はっちゃけていたシーナが涙を流して喜んでいる。

 それを見て、ミシェルは心の底から、「良かったね」と思った。


 でも、シーナと別れ離れになるのは、凄く寂しかった。

 少し落ち込むミシェルに、涙を拭ったシーナは言った。


「ミシェル。そんな顔しないで! ミシェルの家族もすぐに見つかるよ」

「……でも」

「大丈夫。それに、またミシェルに会いに来るから。旅行、約束したもんね」

「……うん。約束」


 約束を胸に刻み。

 そうして二日前に、シーナは孤児院を去っていった。


「ん……っ」


 頬をペチっと叩き、ミシェルは気を取り直す。

 こんな風に落ち込んでいては、シーナに笑われてしまう。

 それに、十二歳のミシェルは、孤児院の中では比較的大きな方だ。

 自分が落ち込んでいては、年下の子も不安になってしまう。


「……よし」


 ジェームズ達はユーマを送りに出て行った。

 あとのことを頼むと、二人に言われている。


「皆、中に戻るよ」


 シーナや家族と再会するまでに、精一杯成長して驚かせてやろう。

 他の子達に指示を出しながら、ミシェルはそう決意するのだった。

 





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