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第十九話 『英雄再現』

「は……死に体の分際で驚かせやがって。いいよ。だったら、今目の前であの女を殺してやるッ!」

 

 憤怒したディオニスが、エルフィスザークを甚振る為に抑えていた魔力を開放した。

 揺れる水面のように空間が揺らめくと、禍々しい魔力を内包した無数の剣が現れる。


「さようなら、エルフィスザーク! 安心しなよ、アマツもすぐにキミの後を追わせるからさぁ!」


 甲高く耳障りな嘲笑を響かせながら、ディオニスが腕を振り下ろした。

 それを合図として、無数の刃が弾丸となって磔になっているエルフィスザークへ発射される。


 ――ここまでか。


 回避することの出来ない死が迫る。

 死んだエルフィスザークを待つのは、音も光もない闇だ。

 

 体が震え、息が乱れる。

 あの暗闇を思い出すだけで、身が竦む。

 

 磔にされた自分は、もうどうあっても助からない。

 だから。


 ――だから、せめて、伊織には生き伸びて欲しい。


 最後にそう願い、エルフィスザークは諦めた。

 一秒先の死に怯え、その目を閉じた。


「――――」


 しかし、衝撃はなかった。

 ただ、風を感じた。

 次いで、鉄の砕ける音が連続した。


 何が起きたのか。

 戸惑い、エルフィスザークは目を開く。

 

 自分に迫っていた全ての剣が、粉々に砕け散っていた。

 ただの一本も残さず、完全に。

 驚くべき現象に、しかしエルフィスザークの意識は別に向けられている。


 ――開いた視界に、炎が揺れていた。


「――――」


 穏やかで、温かな炎。

 それが本当ではないと気付くのに、数秒の間を要した。

 静かに揺れる炎――その正体はよく知った少年だった。


「い、おり」


 だが、伊織の放つ闘気は普段とはまるで異なっていた。

 元魔王たるエルフィスザークですら、気圧される程の重圧。

 それは、そう。


 ――まるで、いつかの英雄のような。


「ありがとう、エルフィ」


 『紅蓮の鎧』――装備した者の魔力量によって、紅蓮に染まる面積の増える魔術服。

 それが今、余すこと無く紅蓮に染まりきっていた。

 炎のような外套を揺らして、伊織が振り返る。


 そして、穏やかな口調でこう言った。


「――もう大丈夫だ」


 その手に握る翡翠の光を放つ業物の剣が煌めいた。

 瞬間、エルフィスザークの四肢を壁に縫い付けていた剣が砕け散る。

 水に向かって落下した直後、ふわりと体が浮いた。


 気付けば、エルフィスザークの体は伊織によって抱き抱えられていた。

 そして一足で部屋の入口の前にまで跳躍すると、伊織はエルフィスザークを優しく床へ置いた。

 

「…………」


 無言のまま、ディオニスが"壊刃装填ブレード・トリガー"を発動した。

 生み出された刃が連射され、伊織に飛来する。


 だが――


「柔剣・第六鬼剣――"崩刃"」


 迎え撃った伊織の一太刀によって、全ての剣が粉々に砕け散った。

 爆発する猶予すら与えられず、一瞬で。


「は、はぁ!?」


 その光景に、ディオニスが目を剥いて叫ぶ。


「何だよ、それ……! お前、力を失ってたんじゃないのかよッ!!」

「……何を驚いてる? お前が教えてくれた技だろ」


 動揺するディオニスとは逆に、伊織は落ち着き払っていた。

 その姿に、ディオニスが憤怒する。


「力を隠していたのか……!? アマツ、僕を騙したな! この卑怯者めッ!!」

 

 伊織が力を隠していたのだと思い、ディオニスが激昂して喚き散らす。

 だが、エルフィスザークは気付いていた。

 彼が纏う魔力は、かつてとは少し違う。


 強大な魔力と、揺らがない心象。

 その二つを兼ね備えた者のみが到達することの許された領域。

 喪失魔術ロストマジックと並ぶ、魔術の奥秘。


 その名は、


「――"心象魔術"」

  

 ――天月伊織は今、魔術の極地に到達していた。


「はッ! 今更本気を出したって遅いんだよッ! 僕はッ! 君をッ! 完全に凌駕してるんだからさァ!!」


 ディオニスが吼える。

 ありったけの魔力を解き放ち、周囲に無数の剣を展開した。

 それは今までの数の比ではなく、また込められた魔力量も膨大だった。


「少しだけ待っててくれ。――すぐに終わらせる」

 

 それを前にして、伊織は静かに言った。


 直後、風が吹いた。

 同時に、目の前の伊織の姿が掻き消える。


「終わるのは君だ、アマツゥゥウウ!!」


 水魔将の放つ、嵐のような喪失魔術。

 その中を心象魔術を纏う元英雄が駆ける。


「――――」

 

 伊織にぶつかった刃が、尽く砕け散っていく。

 一度も足を止めること無く、瞬く間に伊織はディオニスへ距離を縮めていった。

 その姿に、ディオニスの背中に冷たい物が走る。

 

「――ッ、"壊魔ブレイク・マジック" 」


 焦り、指を鳴らすディオニス。

 膨大な魔力の込められた魔剣達が暴走を起こし、凄まじい爆発を起こしていく。

 エルフィスザークの魔眼さえ凌駕する威力の爆発を前に、伊織は――


「そ、そんなッ!?」


 ――爆発すら置き去りにして、ディオニスの目の前に迫っていた。


「――この程度の速度で、届くと思ったのか?」


 目を剥くディオニスへ、神速の一撃が叩き込まれた。

 "三重加速"すら話にならないその一閃に、ディオニスは防御の姿勢を取ることしか出来ない。

 翡翠に輝く太刀の一閃を受けた瞬間、


「ぶぁああ!?」


 世界が反転した。

 どちらが上で、どちらが下なのかの判別がつかなくなる。

 感じる浮遊感に、ようやく自分が宙を舞っていることを悟った。


 水で体を包み込み、衝撃を殺す。

 正常になった視界の中で、真っ直ぐにこちらへ走る影を見た。


「……来るな、来んじゃないッ!!」


 "鬼化"の魔力に物を言わせた、大量の剣での物量攻撃。

 回避出来ぬよう、あらゆる方向、タイミングからの掃射。

 それに加えて、時間差で"壊魔"を発動して確実に仕留める。


 ここ数年、ディオニスはこの手法であらゆる敵を屠ってきた。


 だというのに、


「なんで効かないんだよォおおお!?」


 あらゆる方向からの掃射は尽く躱される。

 剣が砕かれ、"壊魔"の爆発すら伊織は斬り裂いてみせた。

 それまで甚振られていたとは思えない、圧倒的な魔力と膂力。


 この力をディオニスは知っている。

 数年の間、共に戦った忌々しい英雄の力だ。

 魔力で強化された身体は鬼族すら凌駕し、放つ魔術は魔族すら及ばない。


 装備が届かないように何重もの細工を施し、何体もの強大な魔族と戦わせて疲弊させ、騙して毒を飲ませ、逡巡している不意を突いて、ようやく殺せた化物。


 非力な人間が持っていい筈のない力だ。


「ふざけるなァ! お前は、お前ら劣等種は、僕に見下されてりゃ良いんだよォ!!」


 こんな現実は認められない。

 あのようなゴミが自分を越えるなど、あってはならない。

 広い部屋の中で何度もバックステップし、ディオニスは必死に伊織から距離を取る。


「――あぁ、そうだ」


 剣嵐の突破し、迫る伊織の位置取りを見て、ディオニスの顔が笑みに歪んだ。

 そして、新たに無数の剣を創造する。

 その鋒が向けられたのは、伊織ではない。


「愛しのエルフィスザークちゃんが、無防備だよォ!?」


 壁に寄りかかり、戦いを見守るエルフィスザークに向けて、ディオニスは剣を掃射した。

 消耗し切ったエルフィスザークに、それを躱す術はない。

 そして、反吐が出る程に甘いあの男は身を呈してエルフィスザークを守ろうとするだろう。


 ――そこを串刺しにしてやるよォ!


 そのビジョンに満面の笑みを浮かべたディオニスは、



「――"魔技簒奪スペル・ディバウア"――」



 瞬間、部屋が闇に飲み込まれたかのような錯覚を覚えた。

 

「え……」


 エルフィスザークに放った全ての刃が消滅していた。

 それだけではない。

 ディオニスが背後に展開していた剣が、入り口を覆っていた結界が、部屋の中に仕込んでおいた罠が。

 ありとあらゆる魔術が、瞬く間に消え去っていた。


「な、な……」


 この技を、ディオニスは知っている。

 "英雄アマツ"が使いこなしていた、周囲の魔力を奪い、喰らい尽くす固有魔術。

 

「――お前の方が、よっぽど無防備だよ」

「ひッ」


 伊織の一閃。


「柔剣・第五鬼剣――"砕衝"」

「な、舐めるな――ぁ!?」


 迫る一刀に、ディオニスが構えた。

 魔術攻撃ですら受け流す剣技、柔剣。

 伊織の攻撃を受け流し、カウンターを叩きこもうとして、

 

「ばッ!?」


 受け流そうとした瞬間、柄に衝撃が走る。

 その衝撃に、柄を握っていた左手の指の骨が砕けた。


「ぎあぁああああああああ!!」


 かつて、教えを請う伊織に優越感を覚え、気まぐれに教えこんだ剣技。

 カウンター技の多い柔剣を攻めに転化した、ディオニス固有の剣技――"鬼剣"。

 それが今、ディオニスに襲いかかっていた。


「嘘だ」


 吹き飛びながら、ディオニスが魔術を放つ。


「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だッ! こんなの! 嘘だッ!」


 剣だけでなく、水弾、水の蛇、己の使えるありとあらゆる攻撃を無作為に連発した。


「――――」


 禍々しき水球から大蛇を繰り出す。

 英雄アマツは一刀の下に切り払う。


 数百もの水圧弾を撃ち放つ。

 英雄アマツは最小の動きで回避する。


 最高の魔力で水流を浴びせる。

 英雄アマツは一言で魔術を消し飛ばす。


 たとえ全力で牙を剥こうとも。

 いかなる奸計を使おうとも。

 英雄アマツは正面から水鬼ディオニスを追い詰める。

 

 凌駕など不可能。

 幻想は見させない。

 否定すら許さない。


 なぜ救国の英雄と呼ばれたのか。

 なぜ魔王を最も追いつめられたのか。

 その武技が、魔術が、全てを物語っていた。


「ありえないッ! こんな、こんなことッ!」


 否定を口にしようとも、目の前の現実は変わらない。

 それでも、ディオニスはそう叫ぶしかなかった。

 その様子に、伊織が皮肉げに口元を歪める。


「『諦めない心は大切だけど、時には現実を見ること大切だよ』だったか?」

「……!」

「今のお前に、そっくりそのまま返してやるよ」

「ア……アマァアアアツ!!」


 魔術を消し飛ばしながら、伊織がディオニスへ迫る。

 長い鍛錬の末に身に付けた喪失魔術も、"水鬼"の称号に相応しい水魔術も届かない。


 ありえない。

 おかしい。


 あいつは見下されているべきなのに。

 地面に無様に這いつくばって、許しを請うべきなのに。


「どうして、どうしてお前が僕を見下してるんだよおおおお!!」


 迫る伊織の目は冷めていた。

 まるで、汚物を見るような目付きだ。


 見下されている。

 僕が、この水魔将が。


「だ、だめだ」


 ディオニスが拒むように首を横へ振る。


「駄目だ駄目だ駄目だッ! 人間の分際で、僕を見下すなぁああああ!!」


 全ての魔力を込めた、渾身の"壊刃装填"。

 一本の剣にありったけの魔力を込め、更にその上から水魔術で強化した最大の一撃。

 先ほどまでの伊織達ならば、為す術もなく消し飛ばされていたであろう威力。


 だが。

 

「――なぁ、ディオニス」


 一振り。

 それだけで、その一撃は跡形もなく消し飛んだ。


「ひ」

「仲間だったからあまり気付かなかったけど」

「やめろッ! 言うな! 言う――」


 それは、最もディオニスが聞きたくなかった言葉だった。


「――お前って、案外弱いんだな」

「ああああああああああッ」


 人間に、あのアマツに見下されている。

 その現実に、ディオニスが絶叫する。


「……英雄の頃の俺の力量からすれば、だけどな」


 自嘲気な呟きは、耳に入らなかった。


「こんな、こんなのおかしい! どう考えたって間違ってる!」


 問答無用。

 目の前に、伊織が迫る。


「待て……待て待て待て待て待ってくれッ!」


 "魔技簒奪"で奪いとった魔力を剣に乗せ、真っ直ぐに。


「分かった! 返す! これ返すからッ!」


 ポケットに閉まっておいた『要石』を取り出し、伊織へ見せる。

 だが、止まらない。


「あああ、謝る! 悪かった! 僕が悪かったからッ!」


 止まらない。


「そ、そうだ! こ、こいつらどうなってもいいのかッ!」


 指を鳴らし、大量の女性を封じ込めた結晶を表に出す。

 中に入っている女性は絶望と苦しみの中で既に絶命しているが、それでも伊織は止まるはずだ。

 脅そうと手を持ち上げて、ディオニスは既に目の前に剣を振りかぶった伊織がいることに気が付いた。


「まって、待って待って待って待って待てってばぁ!」

「――――」

「なかまっ! ぼ、僕達仲間だろ!? 何年も一緒に旅しただろ! そんな仲間を、君は殺すのかッ!? ほ、ほらアマツ、昔はよく――」


 早口で並びたれられる戯言。


「――お前はもう、黙ってろ」


 それを断ち切り、圧倒的な魔力を纏った剣が振り下ろされた。


「ひぃああああああああッ!?」


 空間が歪む感覚。

 それだけを感じ、ディオニスの意識は刈り取られた。



まだ終わらせないよ

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