第六話 『牙剥く悪意』
それから、走り去ってしまったカレンにはすぐに追いついた。
出口の手前で、ジャンと共に待っていたからだ。
「……取り乱してしまって、申し訳ありません」
こちらに気付き、カレンはまだ青い顔のまま頭を下げてきた。
紐でまとめられた赤髪が揺れる。
「大丈夫です。気にしないでください」
「うむ。腹が減ったから、早く城の外に出たかったしな。むしろありがたいくらいだ」
「お前はさっきいっぱいパン食ってただろうが」
赤くなった目元を擦り、カレンが俺達のやり取りにクスリと笑う。
強がっているのが分かる痛々しい笑みだ。
「エルフィさんのお腹が減っているようですし、帝都で軽く昼食を取ってから、帰りましょうか」
気丈に振る舞うカレンに頷き、武器と荷物を受け取ってから、俺達は帝城を後にした。
◆
それから二時間後。
昼食を摂り、役立ちそうな物を購入した俺達は帝都を発った。
大城門が遠のいて行くのが見える。
「エルフィ。オリヴィアの事だが……気付いたか?」
「無論だ。小狡いようだが、頭の方はそれ程良くないらしいな」
こいつなら気付いていただろうな。
「一連の出来事と、お前の話を聞いていれば嫌でも予想はつく。あの女との会話でも情報を得ることが出来たしな」
「となれば、後は尻尾を掴むだけか」
あいつの屋敷に直接乗り込んでもいいが、その前に一つだけ懸念事項を潰しておく必要がある。
それさえ済めば、どうとでも出来る。
「…………」
エルフィとの会話の後、カレンへ視線を向ける。
時間が経ったことで、多少は落ち着いたようだ。
外見からして、カレンはまだ二十になったばかりといった所だろう。
まだ辛いだろうに、あれから平静を保っている。
当主代理で帝都に呼ばれ、それまで与えられていた重要な役割を取り上げられたばかりだというのに。
視線に気付いたのか、カレンが俯いたまま口を開いた。
「依頼したばかりだというのに、お見苦しい所ばかりを見せてしまいましたね……」
「気にしなくていいですよ。こいつなんか、常に見苦しいですし」
「解せんぞ伊織」
一瞬だけ笑みを浮かべ、再びカレンは表情に影を落とす。
そして自嘲するような表情で、言葉を続けようとした。
「オリヴィア・エリエスティールなんかの言葉を真に受けないでください」
「え……?」
ガッシュの面影を残す顔に、驚きが浮かぶ。
「ガッシュは……ガッシュさんは、無責任なんかじゃない。戦いが苦手なのに、困っている人を放っておくことが出来ない優しい人でした」
「……伊織さん」
「あの女に悪しざまに言われる筋合いなんてないし、それを気にする必要もないんです」
人を利用することしか、食い物にすることしか考えていない女が、ガッシュを馬鹿にする資格なんてない。
「だからカレンさんは気にせず、領地の事を考えて待っていてください。今回の件は依頼通り、俺達が解決しますから」
赤い瞳を丸くして、カレンがこちらを見ている。
数秒の間を置いて、彼女は両頬を手の平で叩くと、
「……分かりました。私は、今の私に出来ることを精一杯やります」
血色を取り戻したカレンが、力強く頷いた。
ガッシュと同じで、この人は強い。
だけど――――。
「……いや」
頭を振って、その先は考えないようにした。
◆
それから数時間後。
俺達はレイフォード領へ帰ってきた。
すっかり日が暮れてしまっており、外からは虫の鳴き声が聞こえている。
夕食後、カレンは書類の整理の為に自室へ向かっていった。
俺とエルフィも自室で荷物の整理や意見のすり合わせなどを行った後、ガッシュの書物庫で読書に勤しんでいる。
求めているような情報はなかったが、"英雄アマツ"に関する本が多かった。
俺がいなくなってから、ガッシュは何をしていたのだろうか。
「暗くありませんか?」
本を読んでいると、使用人が灯りを付ける魔力付与品マジックアイテムを持ってきてくれた。
その時に、ふと気になったことを訪ねてみた。
「この辺りに、ラームの村ってありますよね? 今、どうなっていますか?」
帝国に来た時にお世話になった村の一つだ。
行くつもりはないが、どうなっているのかが気になった。
使用人は顔を曇らせてから――
「もう三十年近く前に、魔族によって滅ぼされてしまいました」
「―――、そう……なんですか」
「その場にいた全員が惨殺されていまして……旦那様も嘆いておられました」
「じゃあ……」
世話になった村の名前を幾つか口にする。
その度に使用人は首を振り、魔族によって滅ぼされたのだと言った。
「……なるほど」
使用人は気まずそうな顔をして、部屋から出て行った。
埃っぽい書斎にいるのは、再び俺とエルフィだけになる。
「……大丈夫か、伊織?」
「気にしてないさ。流されて甘い理想を抱いていた頃の話だからな」
「流されて……?」
「ああ」
ラーム村をはじめとした沢山の村を見た。
戦争によって被害を受け、苦しんでいる人が沢山いた。
そんな人達を見捨てられないと、自分の身を犠牲にしながら戦っていたルシフィナに俺は憧れたのだ。
「俺はそういう"演技"をしていたルシフィナにまんまと載せられて、救うだとか平和だとか叫んでいただけなんだよ。……そろそろ部屋に戻るか」
愉快な気分ではないが、今更に気にするようなことじゃない。
今は復讐の方がよほど大事なのだから、気を取られている余裕もないしな。
話を終わらせて、立ち上がろうとした時だ。
「――本当にそうか?」
エルフィの視線が真っ直ぐこちらに向けられていて、体が強張った。
「……そうだよ。俺が英雄だ何だと言い出したのは、仲間達に影響されたからなんだ」
流されて生きてきて、流されて戦って、流されて理想を抱いて。
俺は流されてばかりだ。
だから、流されず、自分で決めようと誓ったのだ。
俺は絶対に、復讐を成し遂げてみせると。
「……そうか」
何か引っ掛かるような反応を見せながら、エルフィも立ち上がった。
パンパンと服を叩き、埃を落とす。
「…………」
灯りを消し、俺達は部屋の外へ出た.
◆
「……申し訳ありませんでした」
部屋の前に、ジャンが立っていた。
そして顔を合わせるなり、頭を下げられた。
「何の謝罪だ……?」
「森で魔物から助けてもらった時から、ずっと失礼な態度を取っていたことです」
……急だな。
驚いている俺達に向けて、ジャンは語った。
「オリヴィア・エリエスティールは危険です」
迷宮を占拠する以前から、彼女は何かとガッシュに嫌がらせを行っていたという。
悪評を流したり、使用人を買収しようとしたり。
「以前、私の前にも現れ、自分に従うように言ってきたことがあります」
そんな一件以来、ジャンはカレンに近づく者全員に警戒していた。
オリヴィアに雇われているかもしれないと考えたからだ。
ガッシュが行方不明になってから、より一層、ジャンはカレンを守る為に気を張っていた。
だから、俺達にも強く警戒していたらしい。
恩を売って、レイフォード家から何かを奪おうとしているのではないかと。
「どうして、それを俺達に話したんですか?」
「馬車でカレン様に言った言葉を聞いて……その、何というか、貴方方なら信用できると思ったのです」
頭を下げ、ジャンは俺達に懇願してきた。
旦那様もカレン様もとてもお優しい人だと。
そんな二人をどうにか救ってあげて欲しいと。
「任せて下さい」
頷き、それを了承する。
言われるまでもない。
「ありがとうございます……!」
「それで、何か用があってここに来たんじゃないんですか?」
指摘すると、ジャンは思い出したように咳払いをした。
「カレン様がお二人をお呼びしております。なんでも説明をしたいとか」
「説明?」
エルフィが首を傾げると、ジャンは意を決したように告げてきた。
「――旦那様が失踪なされた日のことについてです」
◆
依頼された日に一通りの説明は受けていた。
しかし、情報が増えるのに越したことはない。
ジャンに案内され、カレンがいる部屋へ向かった。
夕食を摂った広い部屋だ。
「お呼びしてしまってすいません」
案内を終えると、ジャンは部屋から出て行った。
それからカレンに促され、席についた。
「ガッシュさんが失踪した時についての詳しい状況、でしたよね」
「はい」
カレンは改めて当時の状況について語った。
ガッシュは結界の様子を確かめに行って、そのまま失踪した。
その時に数人の使用人を連れて行ったようだが、誰もガッシュが消えたことに気付かなかったという。
迷宮の中に入ってしまったのでは、という意見も出たが、結界を解かなければ迷宮には入れない。
迷宮の結界を解いた形跡はどこにもなかった。
結界が張られている迷宮には、領民も近寄らない。
ガッシュ達の姿を見た領民はいなかったようだ。
「ガッシュさんは、迷宮ではないどこかにいる、ということになりますね」
「……領内はくまなく探したのですが、どこにも見つかりませんでした」
ガッシュはどこにいるのか。
一体、どうやって姿を消したのか。
謎はこんな所だろうか。
「その時にいた使用人は、――――」
ブチン、と。
唐突に部屋の灯りが消えた。
それまで照らされていた部屋が、唐突に闇に覆われる。
「……魔力切れでしょうか?」
そう呟き、カレンが席を立つと同時。
「――エルフィッ」
「ああ!」
カレン目掛けて突撃したその気配を、俺とエルフィが同時に迎え撃った。
懐にしまっておいたナイフを投擲すると、刃が肉に突き刺さる手応えを感じる。
それと同時に、別方向へエルフィが魔眼を撃ち込んだ。
『――――』
魔眼を喰らった何かが、力尽きて地面に落ちる音が聞こえた。
こちらも連続でナイフを打ち込み、相手の動きを封じる。
「何事ですか!?」
それから数秒の間が開き、部屋にジャンが飛び込んできた。
手に灯りを持っており、それで闇に覆われていた部屋が照らされる。
「……ひっ」
部屋の中には、二匹の大蛇が転がっていた。
紫色の表皮に斑模様の浮かんだ、人一人を容易に飲み込むことが出来る魔物だ。
「……"酸撃大蛇"か」
酸撃大蛇は鉄すらドロドロに溶かす胃液を吐き出す危険な魔物だ。
帝国に生息しているが、この近くには存在していない。
「あ、危ない所でした……。一体、どうしてこんな魔物が……」
カレンは顔を青くして腰を抜かしている。
ジャンも同じような表情だ。
「……決まりだな、伊織」
「ああ」
最初から予想はついていたが、これでハッキリした。
――オリヴィア・エリエスティールは魔物を操れる。
そしてもう一つ。
この屋敷の中に、オリヴィアに通じている者がいる。




