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第一話 『瞼の裏の地獄』

 目を閉じれば、いつでも思い出すことができる。

 瞼の裏に焼き付いた、あの地獄を。

 この身を愚弄し、星を奪い取ったあの不届き者達の姿を。


 この憎悪を忘れることはないだろう。

 幾星霜の時が流れようと、決して。

 すべてを滅ぼし、星を奪い返して、ようやく復讐を果たすことができる。


 そのために、まずは邪魔者を排除しなければならない。

 あの二人がいる限り、復讐を始めることすらできないだろう。

 だから、相応しい場を整え、消し去ろう。


 我は魔を統べる者。

 営みの光を犯し、堕とす者。

 故に、我が名は――――。



「――――」


 瞼が開かれ、金色の双眸が眼前を睥睨する。

 その場には、戦闘員として魔王軍に所属しているすべての魔族が集まっていた。

 誰一人として無駄口を叩かず、皆緊張の面持ちを浮かべてる。


「数日前、最後の五将迷宮が陥落した」


 静まり返った部屋の中に、低い男の声が響く。

 その端的な言葉を発したのは、銀髪金眼の魔族だ。

 名を、オルテギア・ヴァン・ザーレフェルド。

 今代の“魔王”だ。


「そして、四天王は“雨”を除いて戦死した」


 感情の乗らないオルテギアの言葉に、魔族達は息を呑む。

 

「三十年前と同じだ。あの時も迷宮が陥落し、四天王が死んだ。そして、人間と亜人が結託し、勇者を旗印に我らを滅ぼそうと魔王城へ攻め込んできた」


 オルテギアは続ける。


「座して待てば、再び繰り返されるだろう。魔族が人間どもに迫害される日々が。そして、魔族が根絶やしにされる日も、そう遠くはないだろう」


 長い戦争の中で、消えていった街、村は数え切れない。

 敗北すれば、間違いなく魔族は滅ぼされる。

 戦士、非戦士の区別なく、最後の一人になるまで殺されるだろう。

 その未来を想像し、魔族達は屈辱と怒りに体を震わせる。


「――問おう。貴様らにとって、この三十年はどうだった?」


 オルテギアは問う。


「安寧の地で休息は取れたか? 死に脅えることなく過ごせたか? この世界は、貴様らに優しかったか?」


 その問いに首肯できる者など、この場には誰にもいなかった。

 みな人間と争い、敗れ、この城に集まっているのだから。

 街を破壊され、村を焼かれ、人間の脅威から家族を守るために魔王軍に入った者も決して少なくはない。


「今、魔族は最後の聖地まで奪われようとしている。無論、此度の戦いで敗北すれば、我らは二度と日の目を見ることはないだろう」


 淡々と、オルテギアは言う。


「人間は非力だ。だが、力で及ばぬと知って、奴らは魔術を編み出し、技術を発展させ、知恵を磨いてきた。奴らの腕は、もはや我々の首元に届くだろう」


 そこで、オルテギアは息を吐く。


「ならば、どうするか」


 一呼吸区切り、そして言った。


「――簡単なことだ。魔族を害する物には、こちらから牙を突き立てればよい」


 オルテギアの声音に、初めて熱がこもる。


「魔術を編み出し、技術を発展させ、知恵を磨いた。――それが何だと言うのだ。貴様らの牙は、そんなものに阻まれるほど脆弱ではないだろう? その磨き上げた凶牙をもって、奴らの浅知恵程度、噛み砕いてみせよ!」


 オルテギアが、前に踏み出した。


「蹂躙するのだ、人間どもがこの地を侵せぬように!

 根絶やしにするのだ、二度と我らを脅かすことができぬように!」


 すべての魔族が、オルテギアの姿を目に焼き付ける。


「貴様らの生まれた意味を、貴様ら魔族の存在を、奴らに刻むがいい!」


 オルテギアがマントをはためかせ、赤く光る魔王紋を晒しながら言った。


「我が名は“魔王”オルテギア・ヴァン・ザーレフェルド! 魔王軍の勝利と、魔族の安寧をここに約束しよう!」


 すべての魔族が、咆哮した。




 ――グランシルク帝国、帝都ヴァンデル。


 帝城会議室にて、同盟軍による最後の会議が行われていた。

 王国、連合国、帝国、教国、亜人自治区。

 これら五つの勢力が、魔王軍を打倒するための作戦を組み上げている。

 

「では最後の確認だ」


 同盟軍会議の主催者である皇帝が、作戦の概要を滔々と読み上げる。

 

 魔王軍の拠点地である魔王城は、レイテシアの中央大陸に陣取っている。

 各国からは海で隔てられており、直接進軍することはできない。

 唯一、連合国とは地続きになっているが、隔てるように巨大な山があり、進軍するのは困難だ。


 また、教国と帝国の進軍を阻むために、東部と南部に砦が設置されている。

 周囲には無数の魔物や魔族が巡回しており、魔王城へ辿り着くのは容易ではない。

 四天王やオルテギアが出てくれば、近付くことすら困難になるだろう。

 魔王城へ乗り込むには、魔王軍の主要戦力を分散させる必要がある。

 よって、同盟軍は海を渡り、北部、東部、南部の三方向から同時攻撃を仕掛けることにした。

 

 北部は、王国と亜人自治区が担当。

 東部は、教国が担当。

 南部は、帝国と連合国が担当することになった。


「メルト様のお告げも、お忘れのないよう」

「ああ、もちろんだ」


 教国の代表である教皇の言葉に、皇帝は頷く。

 ほんの数日前、再びメルトからのお告げがあった。

 その内容は『此度の戦いにすべてを投じること』。

 

 人間、亜人、魔族――これらの因縁は今回の戦いで決着する。

 ここで敗北すれば、待っているのは魔族の繁栄と、それ以外の滅亡だ。

 故に、メルトは同盟軍に一切の出し惜しみを禁ずるお告げをした。


「我らが勝利するには、すべてを出しきらねばならん」


 よって、すべての国は持てる戦力をすべて投下することとなった。

 また、指揮を高めるため、皇帝と教皇は自身も戦場へ赴くことを宣言した。

 帝国には皇族しか使えない魔力付与品マジックアイテムが、教国には教皇の聖唱魔術があるため、彼らの存在は大きい。

 それを受けて、連合国は戦場に赴く代表者を選抜、亜人自治区からも何名かの区長が戦争に参加することとなった。


「王たる私が戦場に赴くなど……」


 唯一、国王だけは参加に難色を示したが、他国からの圧力によって参加せざるを得なくなった。

 

 こうして、同盟軍と魔王軍のどちらも戦の準備を整えた。

 


 虚空迷宮の一件の後、俺達は情報収集を行っていた。

 特に、人間と亜人の同盟軍についての情報をだ。


 今回の復讐対象は、これまでの奴らとは訳が違う。

 奴の下に辿り着くには、魔王城に忍び込む必要がある。

 だが、魔王城には凄まじい数の魔族と魔物が控えており、忍び込むことすら困難だ。

 よしんば辿り着けたとしても、オルテギアを殺せる可能性は極めて低い。

 いや、はっきり言って、俺達だけで魔王軍を相手にするのは不可能だ。


 だからこそ、今回の復讐には同盟軍に協力してもらう。

 ここしばらくの情報収集と、アイドラーからもたらされる情報を組み合わせて、同盟軍のおおよその動向は掴めた。

 同盟軍が魔王領へ乗り込む日もそう遠くはないだろう。

 

 同盟軍に関しては、期待以上の戦力があった。

 これならば、魔王軍も相当な戦力を割かねばならないはずだ。

 特に聖堂騎士のマリア・テレジア・シュトレーゲンとやらは、三十年前にいれば間違いなく勇者パーティのメンバーに選ばれていた人材だ。

 彼女がいれば、あるいは“雨”を魔王城の外へ引っ張り出すことも可能かもしれない。


 同盟軍には、できる限り魔王軍を引き付けてもらう。

 その隙に、俺達は手薄になった魔王城へ潜入し、オルテギアを殺す。

 これが、今回の作戦だ。


 正直に言って、成功率はそれほど高くない。

 不確定要素が多過ぎる。

 とはいえ、このタイミングを逃せば、次の機会が巡ってこない可能性も高い。

 同盟軍を最大限に利用する以外、俺達に勝機はないのだ。


 こちら側の戦力は、俺、エルフィ、ベルディア。

 そして、アイドラーだ。

 オルテギアに恨みを持つアイドラーは、全面的な協力を申し出てきた。

 まだ完全に信用したわけではないが、現段階ではアイドラーは有用だ。

 それに、アイドラーが俺の考えている通りの存在なら、恐らくは――。



「やあ、伊織君。可愛らしいボクの登場だよ」


 待ち合わせ場所に行くと、既にアイドラーが待っていた。

 今回、魔王領に潜入するにあたって、アイドラーとも行動をともにすることになった。

 潜入するには、アイドラーの魔術は打ってつけだろう。


「このままベルディアに乗って、魔王領に突入するのかな?」

「ああ。同盟軍は、遅くても十日以内に魔王軍に攻撃を仕掛ける。それよりも先に戦場の下調べをしておきたい」

「うん、そうだね。同盟軍は三手に分かれるみたいだし、ボク達もどの方向から魔王城に侵入するのか決めておかないといけないしね」

「とりあえず、詳しい話はベルディアに乗ってからだ」


 そう言って、アイドラーに背を向けた時だった。


「ねえ、伊織君」


 服の裾を引っ張りながら、アイドラーが堅い声音で呼びかけてきた。

 振り返ると、アイドラーは険しい表情をしていた。


「何だ」


 一瞬の間をおいて、アイドラーは言った。


「――君、死相が出てるよ」


 死相、か。


「……だとしても、オルテギアへの復讐をやめる理由にはならないな」


 どんなことがあろうとも、最後まで復讐は成し遂げてみせる。

 そう。例え、死の危険を犯してでも、必ず。


「そっか。……なら、ボクも覚悟を決めないとね」


 そんな声が、聞こえた気がした。

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