方法
少し短めです。
私の目的はシュミット伯爵家を守る事。
そしてヘルベルトに父の出した条件を、達成させない事。
でも父の運営するシュミット商会に、利益を出させない訳にはいかないので、どうすればいいのかという事を、ここ最近ずっと考えて来た。
ところがだ、私が机の上で頭を抱えている間に、アダムは私の考えも及ばない事を、やって退けていたのだ。
「なんというか‥貴方には、さすがという言葉しか浮かばないわ‥」
「さすがって‥まだ立ち上げたばかりの商会を、なんとか運営しているだけで、さすがと言われる程の事は、やっていないよ」
「いいえ、私、調べたんですもの。ここ一年で急成長している商会を。それが貴方の立ち上げた、ラーム商会だったのよ。貴方はきちんと、経営者としての結果を出しているわ」
私の言葉が気になったのか、アダムは片方の眉をピクリと上げた。
「調べたって事は‥君もお父上の事業を、手伝っているという事かい?」
「いいえ、雑用をしながら、領地の管理を学んでいる最中よ。私が調べたのは、個人的に知っておく必要があったからなの。アダム、聞いてくれる?貴方には話しておくべきだと思うの」
アダムは一度頷いて、黙って私の話に耳を傾けた。
私は父の出した条件と、シュミット商会の置かれた状況、そしてルーカスについてを話して、そこからラーム商会に辿り着いた事と、まさかそれがアダムの商会だとは思わなかったという事も素直に伝えた。
「そうか‥なるほどね。ヘルベルトがシュミット商会を任された事は、商会の関係者から少し聞いていたよ。でも、出された条件については知らなかったから、てっきり伯爵は君の妹とヘルベルトに、伯爵家を譲るつもりなのかと解釈していたんだ。だから君の事が心配になってね、こっちの夜会に顔を出しては、少しずつ情報を集めていたんだよ。そうしたら根も葉もない噂を耳にして、出所を調べたら君の妹の交友関係からじゃないか、だからどうしても許せなかった。どうして君が‥そんな目に遭わなければいけないのかってね。でも、さすがは伯爵だ、その条件ならヘルベルトには無理だろう」
「私もヘルベルトには無理だろうと思ったわ。彼の経済学の成績は、酷い物だったもの。でもルーカスがいる限り、侮る訳にはいかない。それに、我が家の為には、利益を出して貰わなければならないのよ。だからどうしたらいいのか、ここの所ずっと考えていたのだけど、何をするにしても私自身が成長しない事には、何も出来ない事に気付いたの。では、私は何をするべきか?‥‥アダム、一つ無理なお願いをするわ。私を貴方の商会で、働かせて貰えないかしら?」
「なんだって!?」
私の言葉に驚いたアダムは、珍しく取り乱した様子を見せた。
「働くって、君は伯爵令嬢だよ?そんな事を許可出来る筈がないだろう?」
「そうね、私のお願いしている事は、普通に考えて有り得ない事ですものね。でも、何もせずにはいられないのよ。だから貴方の所で働きながら商会のノウハウを学んで、働く事で貴方に受けた恩を、少しでも返せたらと思ったの。無理なお願いは承知の上で、もう一度言うわ。私を貴方の商会で、働かせて貰えないかしら?」
真っ直ぐにアダムを見つめながら、私はアダムの返事を待った。
私の言っている事が、この国の階級社会では有り得ない事だというのは充分承知している。
それでも、ここで引く訳にはいかない。
ただ静観しているだけの自分では、何も変わらないのだから。
アダムは暫く考え込み、一つ溜息を吐いてから私に答えた。
「私の所で学んだ後に、君は何をするつもりだい?君の事だ、ただ学ぶだけで終わらせるつもりはないのだろう?」
「‥やはり貴方には読まれてしまうわね。実はシュミット商会に対抗出来る組織を、作ろうと考えているのよ。大きな商会の殆どは、名のある貴族の所有でしょう?だから小規模な商会を運営している、一般階級の人々に交渉して、一つに纏めれば対抗出来るのではないかと考えたの」
「‥‥対抗組織を作った上で、シュミット商会に行く筈の発注を、君の組織が横取りするという構図かな‥。悪くはない考え方だし、いずれそのやり方をする組織も現れるだろうな。でもそれにはかなりの時間を要する。ナターリア、はっきり言って伯爵の出した期限内に、そのやり方を実現するのは不可能だ」
的を射た事をピシャリと言い渡されて、私は何も言えなくなった。
黙り込む私の様子から心情を察してか、アダムは少し困った顔をしている。
やがて何かを思い付いたのか、言いにくそうに口を開いた。
「ヘルベルトの件を解決する方法が、一つだけ浮かんだよ。でもその方法は、君にとってあまりいい方法とは言えない。君に嫌な思いをさせてしまうだろうからね」
アダムの言葉に顔を上げる。
失いかけていた希望に、火が灯される感覚だ。
何も浮かばなかった私にとって、その方法を聞かずにいられる訳がない。
「どんなに嫌な思いをしても、それがヘルベルトの邪魔になるなら、私は喜んで受け入れるつもりよ。だから教えて、それはどんな方法なの?」
アダムは一瞬躊躇ったが、深呼吸の様な深い溜息を吐いて、私の目を真っ直ぐ見つめながら、その方法を口にした。
「君が私のパートナー‥つまり婚約者になるんだ」
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