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追放

商会を出たヘルベルトは、いつもの様にシュミット伯爵家からの迎えの馬車が、停まっている場所へと向かって歩いた。

ところがその場所へ行ってみると、馬車の姿は何処にも見えない。

いつも時間に正確な御者らしくないと、不審に思ってはみたものの、おそらく渋滞にでも巻き込まれているのだろうと考え直し、暫くその場で待ってみた。

しかし、かれこれ30分は経とうというのに、一向に馬車は現れない。

元々短気で待つ事が嫌いなヘルベルトは、痺れを切らして大通りへ向かい、やって来た辻馬車にそのまま乗り込んだ。

夕暮れ時の混み合った時間に、乗り心地の悪い辻馬車に揺られ、おまけに普段から現金を持ち歩く習慣が無かったせいで、辛うじて持っていた僅かばかりの小銭は、伯爵邸より大分離れた場所までの料金にしかならない。

辻馬車を降りたヘルベルトは、かなりの距離を歩き、ヨレヨレになりながら伯爵邸の門に辿り着いた。

その頃には、不機嫌な様子も最高潮で、頭から湯気でも出そうな位、相当に激怒していた。

ムッツリとした顔で門に近付き、横柄な態度で門番を怒鳴る。


「主人の帰還だ、さっさと開けろ!」

怒りのままに顎を上げて門番を睨めば、当然素直に従うだろうと思っていた。

ところが予想に反して門番は、ヘルベルトに怯む事もなく、無表情で冷たく言い放つ。

「ご主人様の命令で、貴方様を通す訳には参りません」

「なんだと!?ご主人様?何を言っているんだ、早く開けろ!」

「いいえ、開ける事は出来ません。貴方様が来られたら報せる様に言われていますので、後は執事さんと話して下さい」

門番の言う事が理解出来ないヘルベルトは、当然強く言い返したのだが、門番は「執事と話せ」の一点張りで、決して門を開けようとはしない。

その内二人いた門番の一人が邸の方へ向かい、残されたもう一人はヘルベルトをまるでいないものの様に扱った。

何度も暴言を吐いてはみたものの、全く相手にされていない事に気付いたヘルベルトは、苛立ちながら腕を組み、執事のヘルマンが来るのを仕方なく待つ。

暫くすると邸から、二人の男性が門へと歩いて来るのが見えた。

その内の一人は門番で、もう一人はヘルマンだ。

ヘルマンの姿を確認したヘルベルトは、最高潮に達した怒りの感情を、真っ直ぐヘルマンにぶつけた。


「おい!お前は一体どういうつもりだ!何故迎えも寄こさず邸にも入れない!?」

怒鳴り付けるヘルベルトに、顔色一つ変える事もなく、ヘルマンは懐から封筒と鍵を取り出し、門の内側からヘルベルトに対峙した。

「勘違いされている様ですから、はっきり言わせて貰います。まず貴方は我々の主人でも何でもなく、そして客人ですらありません」

「な、なんだと!?誰に向かって物を言っているんだ!!」

怒りのあまりガシャンと音を立て、鉄で出来た門の格子を掴んで揺するヘルベルト。

ヘルマンは呆れた様に溜息を吐き、封筒を開けると、中から数枚の紙を取り出した。


「まだご自分の置かれた状況を、理解されていない様ですから、順を追って説明致します。まずこの邸ですが、本日より奥様の名義に変更されました。ですからこの邸の主人は、旦那様ではなく奥様になります」

「なんだって!?‥それじゃあ‥客人ですらないと言ったのは‥」

「ええ、奥様は貴方を客人として認めないと仰いました。そして二度と邸に入れるなとも、命令されております。ですがお優しい奥様は、ただ放り出すのではなく、邸に代わる貴方の滞在場所を、用意して下さったのですよ。既にそこへ貴方の荷物は運んでありますから、この鍵をお渡しいたしましょう」

格子を掴んだまま呆然とするヘルベルトの手を取り、ヘルマンは持っていた鍵を手の平に乗せた。


「これは‥どこの鍵なんだ?」

「商会が所有する従業員寮の鍵です。部屋番号は鍵に書いてありますから、お分り頂けるかと思いますよ。同じ階にはルーカスも住んでいますので、寮のルールで分からない事があれば、彼に聞いたら良いでしょう」

「寮だと!?あんな狭くて汚い所に、僕の荷物を運び込んだのか!?」

「‥勝手に処分しなかっただけ、いくらかマシではないでしょうか?貴方には相当な金額を、お支払い頂かなければなりませんから」

「支払い?何を言っているんだ?」

「ああ、こちらも説明が必要ですね。この邸の名義は奥様になりましたが、金銭面での管理はナターリアお嬢様になったのですよ。そこでお嬢様は貴方がこちらの邸に来てからかかった経費を、全て請求する様にとの指示を出されました。ですからこれをお渡し致します。これは貴方がこの邸で壊した物や、宿泊費、食費等の明細と、全ての金額を合計した請求書になります」

そう言ってヘルマンは持っていた数枚の紙と、それの入れてあった封筒をヘルベルトに渡した。

驚きのあまり声も出ない様子のヘルベルトは、渡された紙に目を通し、それから情け無い声を出す。


「こんな‥370万トルクなんて大金、かかっている筈が無い‥!」

「何を仰っているのですか?これでも相当値引きした金額ですよ。毎日の送迎は辻馬車を基準に計算しましたし、当家での食費もレストランよりは安く見積ってあります。それに宿泊費だってかなり安い筈ですが?なにしろ普通、当家並の設備が整った宿に泊まるとしたら、もっと高くなりますから。まあ、一番高いのは、貴方が壊したティーセットや、蹴飛ばして傷付けた家具調度品になりますかね」

「‥それでも、こんな金額になるのはおかしい!それに請求なんて認めないぞ!ナターリアには慰謝料だって払ってあるんだからな!」

これが切り札だと言わんばかりに、強気の姿勢で叫ぶヘルベルトを、ヘルマンは冷ややかな目で睨み返した。


「貴方は、慰謝料の意味を分かっておりますか?いえ、分かっておられないから、その様な事を仰るのでしょうね。それはつまり、ご自分の行いがどれ程ナターリアお嬢様を傷付けたかなんて、全く理解していないという事。そればかりか反省すらしていないのでしょうね。その様な方とこれ以上話しても、時間の無駄というものです。さあ、さっさとこの場を去り、寮へ向かったらどうですか?」

「いいや、僕は認めないぞ!開けるまでここを動くものか!」

渡された請求書と鍵を、丸めてポケットに突っ込み、ヘルベルトはまた門の格子を掴んだ。

「そうですか‥それでは仕方ありませんね。こちらも実力行使させて貰いますよ。テオ、ノアに警察を呼んで来る様伝えなさい」

ヘルマンが門番の一人にそう言うと、テオと呼ばれた門番は頷き、邸に向かって歩き出した。


「け、警察だと!?大袈裟な‥!」

「いいえ、少しも大袈裟ではありません。その様に大声で叫び、中に入れろと凄む貴方は、もう立派に伯爵家に対する迷惑行為で、警察沙汰に出来ますよ。理由は‥そうですねぇ、借金を踏み倒そうとして暴れた‥とでも説明しておきますか。まあ、検挙されても一晩我慢すれば、解放して貰えるのではないでしょうか?」

冗談めかしに言うヘルマンではあるが、目は真剣で、本気で警察を呼ぶつもりなのだと、さすがのヘルベルトも悟った。

そこまで言われてしまっては、どう足掻いても受け入れては貰えないだろう。

下唇を噛み、苦悶の表情を浮かべたヘルベルトは、クルリと背を向けスゴスゴと歩き出す。

かなりの距離を歩いた後で、足はもう棒の様だ。

けれどちっぽけなプライドが、寮までの辻馬車代を貸してくれとは言えず、他に方法も見つからないので歩く他無い。

「くそっ!!ナターリアだと!?今頃になって復讐のつもりか?自分に魅力が無いから僕に捨てられたというのに、こんなの逆恨みじゃないか!しかもご丁寧に請求書まで作成するとは、なんて可愛げの無い女なんだ!まあいい、兄上に頼めばこの程度の金くらいは、都合してくれるだろう。ついでに家も借りて貰って、エリスを呼んで二人で暮らそう。どうせ僕達二人の仲を、引き裂こうという魂胆なんだろうからな。せいぜい目論見が外れて悔しがるがいいさ」

ブツブツと悪態をついて、疲れた体を奮い立たせようとするヘルベルトが、やっとの思いで寮に辿り着いたのは、もう夜中と呼べる時間だった。

只今ある資格の勉強をしておりまして、学校なんぞに通い始めております。

その為更新が大分スローペースになるかと思いますが、飽きずに読んで頂けたらこれ幸い!な感じですね。

いつも読んで頂いてありがとうございます。

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