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支配

口を開けたまま言葉を失くして、呆然とネリーを見つめる私に、ネリーは慌てて説明を始める。

「あ!急にこんな事を言っても、おかしな事を言っているとしか思えないわよね。あのね、私達の両親は再婚同士で、私とお兄様は血の繋がりが無いの」

驚いたけれど、ああ、それなら理解出来ると、やっと言葉の意味が頭に入って来た。

それからは冷静にネリーの話に耳を傾け、黙って続きを聞いてみる。


ネリーとヒューイは幼い頃にそれぞれの片親を亡くし、ネリーが10歳、ヒューイが13歳の時に親同士が再婚したのだと言う。

それまでネリーの母親の実家である、ローウェン準男爵の持つ田舎の領地で育ったネリーは、いきなり決まった再婚で、慣れない都会に出て来る事になったのだと。

知り合いのいない中で環境も変わり、心細い思いをしているネリーに、何かと手を差し伸べてくれたのがヒューイだったのだそうだ。


「私はね、最初からお兄様の事を、一人の男性としか見られなかったの。でもお兄様はそうじゃなかった。いつだって子供扱いで、妹としか見てくれなかったのよ。だからお兄様が恋人を作る度に、好きな人が出来たと言っては大騒ぎをして、恋人に構っていられない状況を作って来たの。お兄様なら絶対に、私を優先させるのは分かっていたから‥」

前回初めて会った時に、アダムが『ネリーのは恋ではない』と言ったのには、こんな理由があったのかと妙に腑に落ちた。

「‥それでは気持ちが伝わらないばかりか、変に誤解を与えてしまうのではないかしら?」

「ええ‥でも、他に方法が見つからなかったの。いっそ嫌われでもすれば、諦めもつくだろうと思ったんだけど‥お兄様はそうせずに、最も残酷な方法を取る事にしたのよ。お兄様自らが私の縁談を取り付けて、逃げ場の無い状態にしてしまったんだもの‥」

俯きながら目を伏せるネリーの目尻には、少し涙が滲んでいた。

こんな時には、何と声をかけたら良いのだろうか?

かける言葉が見付からなくて、正直な気持ちを口にする。


「ごめんなさい‥何と言ったら良いか‥」

「ううん、いいの。謝るのは私の方だもの。いきなりこんな話をして、ごめんなさい。でも、私がエイダムを好きだと、誤解させたままでは気分も良くないでしょう?それに私も、ただ誰かに聞いて貰いたかっただけなの。お陰で気持ちが軽くなったわ」

「‥‥‥」

「ああ、そんな顔しないで。ナターリアが優しくて話しやすい人だったから、私は話しただけ。そうでなければ話さないわ。それがナターリアの魅力ね。だからエイダムは、ずっと忘れられなかったんでしょうね」

忘れられないとはどういう事かと、首を傾げながらネリーに聞き返す。

「忘れられないって‥私を?」

「ええ。ハイネンに留学中のエイダムは、いつも女の人に囲まれていたのよ。でも、誰にもなびく事は無くて、どんなにお付き合いを申し込まれても、必ず断っていたの。忘れられない人がいるからって。それはナターリアの事なんでしょう?」


唐突に言われたその言葉に、ズキンと胸が痛み出す。

初めて聞いたその存在に、体を巡る血がザワザワと騒ぎ出し、どうにも落ち着かない気持ちに支配される。

私はそれを悟られまいと、運ばれて来たコーヒーに手を伸ばし、口の中をゆっくりと苦味で満たした。

そうすれば冷静になれると、半ば自分に言い聞かせて。

これは一種の自己暗示だ。

そのせいか愛想笑いを貼り付けて、ネリーに向ける事が出来た。


「‥ネリー、そろそろ戻らないといけないわ。仕事の途中で抜けて来たから、やる事がまだ残っているのよ」

「あ!そうよね、強引に引っ張って来てごめんなさい!」

会計を済ませて二人で立ち上がり、また会う約束をしながら、元のレストランへと歩き出す。

そうして歩きながら、私は湧き上がる複雑な感情を整理するのに費やした。


アダムにとっての忘れられない人‥

そんな人がいたという事を、聞かされてはいなかった。

しかしどうして?

アダムほど魅力的な男性が、どうしてその人と結ばれていないのか‥?

恐らく何かの事情があったに違いない。

きっとその人を忘れたくないから、女性避けの為に私と婚約したのだろう。

それならば少しは私も、役に立っているのかもしれない。

いずれ解消するというのが、前提の関係なのだから。

それならばもっと努力して、解消する時期を早めなければならない。

忘れられない人の存在を聞いた途端、アダムにとって余計だと思える感情を、抑えられない自分に気付いてしまった。

蓋をして奥にしまった筈だったのに、いつの間にか隙間から溢れ出て、隠すのが難しい程染み込んでいたのだ。


一つ深呼吸をしてから、もう一度自分のやるべき事を思い出す。

私の目的はシュミット伯爵家を守る事。

その為には何としてでも、エリスとヘルベルトを排除しなければならない。

やり遂げるまでは何度でも、呪文の様に繰り返そう。


レストランに戻り、元居た席へと向かう私達に、気付いたアダムが笑顔を向ける。

この笑顔は本来私に向けられる物ではないのだ。

そう思った途端に、胸をナイフで抉られた様な痛みを覚える。

どうしようもないこの痛みは、エリスとヘルベルトが二人並んだ姿を見ても、感じた事は無かった。

そして痛みだけでなく、切なさにも支配されて、ぎこちない笑顔をアダムに返すのが精一杯だった。

読んで頂いてありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「アダムにとっての忘れられない人‥ そんな人がいたという事を、聞かされてはいなかった。 しかしどうして? アダムほど魅力的な男性が、どうしてその人と結ばれていないのか‥?」 お前じゃい!…
[一言] 本筋のザマーはいつになるのでしょうか?
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