謝罪
クリスタル宮での休日から数日、私とアダムは相変わらず毎日を忙しく過ごしていた。
そんなある日の昼時、ラーム商会に思わぬ訪問者が訪れる。
それはクリスタル宮で出会った、ヒューイとネリーの兄妹だった。
「やあエイダム!近くに用事があったから、昼食でもどうかと思ってね、誘いに来たよ」
突然の訪問にも関わらず、人懐こい笑顔で約束もなく誘うヒューイに、アダムは苦笑いを浮かべている。
それでもその気安さが許されるのは、彼等の付き合いの深さ故なのか、特に文句を言う事なく、アダムも重い腰を上げた。
いつもなら手が空いた時に、軽くつまめる程度の物を口にするアダムではあるが、こんな風に誘われたら断る訳にもいかないのだろう。
それにヒューイは友人でもあり、大事な取引先でもある。
椅子の後ろに掛けてあったジャケットに袖を通し、アダムは出かける準備を始めた。
「ナターリア嬢、貴女も是非一緒に行きましょう!実は今日は、エイダムよりも貴女を誘いたかったんですよ」
「えっ!?私‥ですか?」
何故私を誘うのかと思い、チラリとアダムの方を見る。
アダムも予想していなかった様で、一瞬驚いた顔をしていたが、一つ溜息を吐くと、ゆっくり頷いた。
「そ、それではご一緒させて頂きます‥」
「ああ良かった!内心断られるんじゃないかと、ヒヤヒヤしていましたよ」
人懐こい笑顔を浮かべたヒューイは、大袈裟に喜んでみせる。
そのヒューイの後ろで隠れる様にして立つネリーは、チラチラとこちらの様子を伺っていた。
この間は視界の端にも映らなかった私を、警戒しているせいだろうか?
何となく気が重かったけれど、ヒューイに促されるまま、私達は食事に向かう事になった。
近くに用事があったと言う割に、ヒューイはレストランの個室を予約しており、席に着いて早々、四人分の料理が頼まなくても運ばれて来た。
これに私が目を丸くしていると、アダムは「確信犯だからねヒューイは。これには慣れるしかない」と言う。
ヒューイはしたり顔で「そうなんだ。サプライズ好きなんだ私は」などと悪びれもなく言ってみせた。
思わず笑ってしまいそうになるのを堪えて顔を上げると、真っ直ぐに私を見るネリーと目が合う。
目線を外す訳にもいかないので、ニッコリ微笑むと、ネリーは思い詰めた様な表情で立ち上がり、私の横に立った。
「あの‥‥この間はごめんなさい!私、すご〜く失礼な態度を取りました!」
頭を下げて謝罪するネリーに、驚きはしたがむしろ申し訳なくて、私は慌ててネリーに謝罪をやめる様促す。
「そんな、気にしていないから、頭を上げて」
「でも‥」
「いいの。本当に気にしていないから」
おずおずと頭を上げるネリーの表情は、叱られた子犬みたいにシュンとしている。
小柄で人形みたいに可愛らしいネリーが、小型の愛玩犬と重なって思わず頭を撫でた。
頭を撫でるなんて逆に私が失礼ではないかしらと、思わず取った馴れ馴れしさに手を止めると、ネリーはエヘヘと笑って私の手にスリスリ頭と頰を擦り付けた。
なんて可愛いのかしら!
ずっと撫でていたくなるわ。
そんな感情に支配され、笑顔でネリーを眺めると、隣にいるアダムが咳払いをした。
ハッとした私がソロリと手を引っ込めると、ネリーは名残惜しそうに元の席へ戻る。
それからは終始和やかに食事は進み、全員が食べ終わるとヒューイが口を開いた。
「突然で申し訳なかったですねナターリア嬢。実は妹がどうしても、貴女に謝罪をしたいと言って聞かなくて。それに私もエイダムと、商談を進めなければいけなかったから、ついでと言ってはなんだが、こんな形になってしまいました」
「わざわざそんな、謝罪なんて‥。本当に気にしていませんから、逆に申し訳なく思います」
「いえ、自分の行動には責任を持つというのが、我が家の家訓です。ですから私も妹の意思を尊重したのです。しかし、やはり貴女はエイダムが選んだだけの事はある。美しいだけでなく、知的で思慮深いんですね」
「そ、そんな過剰評価をして頂くほど、私は優れた人間ではありませんよ」
「いや、さっき訪ねてみて気付きましたが、貴女は商会で働いてもいますよね?友人の欲目と取引先という立場から言わせて貰うと、ミュラー商会は貴族令嬢のお遊び程度では勤まりません。例え婚約者と言っても、エイダムは能力の無い人間は雇いませんよ。これがお世辞でも何でもない私の評価です。お分かり頂けましたか?」
人懐こい笑顔を浮かべたヒューイに、アダムも満足気に頷く。
こんな風に評価して貰えるとは思わなかったが、あの短い時間で色々と見抜くヒューイの洞察力には驚いた。
やはりアダムの友人なだけあり、只者ではない人物だという事が伺える。
「お兄様、もういいかしら?私、ナターリア様ともう少しお話がしたいの」
不意にネリーがヒューイの上着を引っ張り、自分に注意を向かせる。
「あ、ああ、ナターリア嬢、悪いんですが少し妹に付き合って貰えますか?どうやら貴女と買い物に出かけたいらしいので」
期待を込めてワクワクと瞳を輝かせるネリーは、やはり小型の愛玩犬を連想させてとても可愛らしい。
これを断れる者がいるだろうか?
私は迷わず返事を返した。
「ええ、喜んで」
途端にパアッと嬉しそうな顔に変わるネリー。
思わず撫でたいという欲求に駆られたが、そこはグッと拳を握って我慢する。
けれどアダムには見られていた様で、笑いを堪えている様子が目に入り、羞恥で顔が赤くなった。
握っていた拳にそっと手を重ねるアダムは、とびきり優しい笑顔で囁く。
「僕等はここで商談を進めているから、遠慮なく行っておいで。あまり長い時間は許可出来ないけどね」
コクンと頷きネリーを見ると、既に立ち上がって用意をしている。
思えば同性の女の子と、仲良く買い物に出かけた事など無かった。
姉妹とはいえエリスとだって、一緒に出かけたりはしなかったのだ。
いや、一緒に出かけたいとは思えなかったのが原因だろう。
思いがけずに舞い込んだ、この初めての経験に、私の胸も期待で一杯になった。
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