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アダムと一緒にラーム商会へ行った私は、そこで働く人々から熱烈な歓迎を受けた。
行ってみるまでは貴族令嬢の身でありながら、働こうなどという私を、恐らく奇異の目で見るだろうと予想していたのだが、ここの人々はアダムが「私の婚約者であり、仕事上でもパートナーとして働いて貰う」と紹介すると、嫌な顔どころか拍手で迎えてくれたのだ。
これはどういう訳なのか理解出来ずに戸惑っていたら、ここの全従業員は発展的な新しい考え方を持っているので、古いしきたりに囚われないのだとアダムが説明してくれた。
アダムは最初に秘書のヨゼフさんを紹介し、私は当分ヨゼフさんに付いて仕事を覚える事を言い渡された。
そしてこの日の殆どはラーム商会傘下の商会を、順番に視察して周る事となった。
視察を兼ねた顔見せは、戻る頃にはすっかり日も沈む時間となったが、とても実りのある一日で、働いているのだという実感がある。
それにやはり現場を見て感じた事や、実際どの様に運営しているのかを知らなければ、机の上でいくら考えても見当違いなアイデアしか浮かばないだろう。
今日一日こういった事を経験して、汽車の中でアダムの言った意味がやっと理解出来てきた。
当面はヨゼフさんに学んで、知識を身に付けなければならない。
けれどそれこそが私の望みで、そのせいかかつてない程のやる気が湧いて来た。
夕食の時間を大分過ぎた頃、私とアダムは邸に戻った。
先に連絡を入れておいた為、あまり待つ事もなく夕食を食べる事が出来たのだが、夕食の後にハンナから思いも寄らない事を聞かされる。
それは今日王都にある我が家で仕入れて来た、様々な情報だった。
まず一つ目は我が家でのヘルベルトの悪しき振る舞い。
学生時代や婚約期間に私の前では一度も見せた事のない、まるで人が変わった様なヘルベルトの振る舞いを聞くと、私には信じられない気持ちがあったのだが、アダムは有り得ると納得していた。
「今だから話すけど、ヘルベルトは元々そういう所があったんだよ。自分より弱い者や下級生に対してはいつも横柄な態度で、学院でも良く思っていない人は多かったんだ」
言いにくそうに、それでも正直に話すアダムに、私は知らなかったと自分の見る目のなさを口にする。
「君にだけは知られない様、あれでも努力していたんだろうね。どうしても君を手に入れて、ちっぽけな野望を叶えようとしていたのだから」
「‥そうね。ヘルベルトの目的は、最初から私ではなくて、我がシュミット伯爵家の跡継ぎになる事だったのだもの。エリスとの件でそれが分かって、自分の見る目の無さに嫌気が差したわ。貴方は知っていたから言ったのでしょう?」
「あの言葉は‥すまない、あんな事を言って後悔しているよ」
「いいえ、その通りだったのだから、貴方が謝る事は無いのよ。お陰で勉強になったのだし、こうして働く事も出来る様になったのだもの。でも、やはり我が家での振る舞いは許す訳にはいかないわね。ハンナ、お母様に手紙を書いて頂戴」
「既に送りましたよお嬢様。執事のヘルマンさんからも手紙を託されましたので、こちらに戻ってすぐ送りました」
相変わらず仕事の早いハンナは、言うまでもなく既にやるべき事を済ませている。
さすがだと褒めようとしたら、それよりも重要なのはエリスの事だとハンナは言った。
もう一つの情報、エリスの不可解な行動についてだ。
ハンナはエリスがアダムに近付こうと画策していると言う。
それもあの、夜会での一件で勘当されたカールという男を使って。
「あくまでも私の予想ですが、エリスお嬢様は‥今度はアダム様に狙いを定めたのだと思います。ですからアダム様、どうか夜会へ行かれません様、お願い致します」
ハンナは真剣な面持ちで、アダムにそう頼んだが、アダムはその言葉を笑って打ち消した。
訝しげな顔をするハンナに、アダムが説明を始める。
「ハンナ、王都での私はラーム商会の代表、エイダム・ヒュールとして夜会に出る事はあるが、私個人として出る事はないんだよ。だから招待客の中に、アダム・ミュラーという名前が載る事は無い。それに私の正式な名前はアダム・フォン・ミュラーだ。彼等は最初から間違っている」
アダムの言葉に私とハンナはなるほどと頷く。
これならばエリスがどんなに探しても、中々見付ける事は出来ないだろう。
そう思ってホッとしていると、アダムは急に悪戯っぽい笑顔を浮かべて私を見て、次の瞬間思いがけない言葉を口にした。
「彼等がアダム・ミュラーを探しているのなら、会わせてやるべきだろう」
思わず耳を疑ったが、アダムは笑顔を浮かべたままだ。
私は胸の奥がザワザワと騒いで、その言葉の意味を理解する事が出来なかった。
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