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予感

王都にあるシュミット伯爵家の裏口には、ハンナの姿があった。

ハンナは注意深く辺りを見回し、自分の姿を見ている者がいない事を確認すると、使用人通用口からそっと邸の中へ入って行った。

通用口のすぐ横には厨房がある。

この邸の食材は主にこの通用口から搬入するからだ。

ハンナは厨房へ入ると、まず最初に料理長へ声をかけた。


「料理長、お久しぶりですね。ご無沙汰しております」

下ごしらえ中だった料理長は、ハンナの姿を目にすると、作業の手を止め親しげに近付いて来た。

「誰かと思ったらハンナじゃないか!いつ王都へやって来たんだい?」

「それについて話があります。皆さんもここに私がいる事は秘密にして、今から話す事を聞いて下さい」

再会の喜びも束の間、すぐ真剣な表情で話し出すハンナに、厨房にいる料理人や休憩に来ていた数人のメイドは耳を傾けた。


ハンナは慎重に言葉を選びながら話を始めた。

ナターリアが王都にいる事は万が一の事を考えて話さず、伯爵夫人の使いで来たのだと前置きをする。

ここの使用人達を信用していない訳ではないが、雑談にナターリアの話でもされたら、エリスの耳に入らないとも限らないからだ。

もし仮にナターリアが王都にいる事をエリスが知ったら、援助を減らされている今のエリスなら、間違いなくナターリアに会おうとするだろう。

そして都合の悪い時にだけ見せる媚びる様な表情で、ナターリアに援助を申し出る筈だ。

私の不用意な発言で、お嬢様を傷付ける様な事になってはならない。

そう考えた上で話さないと決めたのだ。


ハンナは最近までこの邸にヘルベルトが滞在しているという事が伯爵夫人に知らされておらず、その為かなり腹を立てているという事を話した。

自分は様子を見て来る様、わざわざ王都へ遣わされたのだと言うと、使用人達は喜びの声を上げた。

「ヘルベルト様の態度には、納得出来ない所が多く、こちらから奥様へお報せしようと思っていた所です。しかし、さすがは奥様ですね、ハンナを遣いに寄越すなんて。ハンナ、一人ずつ呼ぶので話を聞いて、全て奥様に伝えて下さい」

たまたま休憩にやって来てハンナの話を聞いたこの邸の執事のヘルマンは、メイドを交代させながら一人ずつ厨房へ呼んだ。


メイド達の話はハンナの想像以上に酷い物で、どのメイドもヘルベルトの態度の悪さや、この邸の主人の様な振る舞いについて、苦言を呈している。

エリスはエリスでわがまま三昧で、ヘルベルトの留守に友人という男性を頻繁に呼んでいるとの事だ。

近頃は同じ男性がほぼ毎日の様にやって来ては、暫く話をして帰って行くのだと言う。


「同じ男性ですか‥シュミット伯爵家のご令嬢ともあろう人が、何という軽はずみな真似をなさっているのでしょうか‥。これは奥様にしっかりと報告しなければなりませんね。ところでその男性というのは、どこの誰なのか分かりますか?」

「分かりませんが、エリスお嬢様はカールと呼んでいました。特徴は焦げ茶色の髪に茶色い瞳で、右目の下にホクロが二つ並んでいます」

メイドが的確にその男性の特徴を説明したので、以前エリス主催のお茶会へ招待した男性客を頭に浮かべた。

ハンナの特技は一度見た人の顔と名前を忘れない事だ。

説明された特徴から、すぐにどこの誰なのかが思い当たった。


「‥その男性とエリスお嬢様は、どんな話をしていたのか分かりますか?」

少し悪い予感がして、もっと突き詰めた情報を聞き出そうと、ハンナは更にメイドに尋ねる。

「私もお茶を運んだだけですので、あまり内容は分かりませんが、確か‥"アダム・ミュラーの出席する夜会"と話していたのを覚えています」

メイドの話した内容に、ハンナは一瞬表情を変えた。

それでもすぐ元の冷静な仮面を被って、自分の動揺を悟らせない様振る舞う。

その後はエリスの行動パターンや外出頻度を聞いて、一通りの使用人達から話を聞き終えた。


ハンナは「必ず奥様に伝えます」と約束をし、来た時と同じく慎重に邸を出ると、表の通りで辻馬車に乗り込んだ。

務めて平静を装ってはいたが、頭の中はさっきから良からぬ考えがグルグル回っている。

出来ればこの予感が当たらないで欲しいとは思ったが、長年エリスを見て来たハンナには当たっているだろうという確信があった。


お嬢様とアダム様が戻られたら、真っ先にこの事を報告しよう。

結果お嬢様に不快な気分を味わわせてしまうかもしれないけど、アダム様なら大丈夫だとは思うけど、先手を打っておく必要があるのだから。


ゆっくり走る辻馬車に苛立ちながら、ハンナは焦る気持ちを抑えて前を向いた。

読んで頂いてありがとうございます。

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