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代替案

「おい!誰か早くエリスを起こして来てくれ!」

王都のシュミット伯爵邸に、早朝から男の怒鳴り声が響く。

側で仕事に精を出していた二人のメイドは、お互いの顔を見合わせ、片方が言いにくそうに口を開いた。

「エリスお嬢様には10時まで起こすなと言われております。ですからお起こしする事は出来ません」

それを聞いた男は、持っていた新聞を机に叩き付け、更に大きな声で怒鳴り声を上げた。


「口答えするな!いいから緊急の用事だと言って起こして来い!」

怒鳴り声の主‥ヘルベルトは、顔を真っ赤にしてブルブルと体を震わせている。

この邸に来てから、お世辞にも紳士的な態度を取って来たとは言えないヘルベルトだったが、今朝はとりわけ機嫌が悪かった。

メイド達も彼の様子がいつもと違う事を察して、慌ててエリスを起こしに行く。

行った先でも叱られる事は分かっていたが、今にも手を上げて来そうなヘルベルトに比べたら、そっちの方が余程マシだった。


「エリスお嬢様、起きて下さい!ヘルベルト様が緊急の用事だと仰っております!」

うーんと唸り薄目を開けてから、途端にエリスは不機嫌な顔になった。

「10時まで起こすなって言ったでしょ!何でこんなに早く起こすのよ!」

戸惑いながらもメイドは、簡単に事情を伝える。

「私達もその様にお伝えしました。ですが、相当にお怒りの様子で、とにかく起こして来いと大声を上げておられまして、仕方なくお嬢様を起こしに来たのです」

「怒っているですって?私にそんな態度取れる訳ないじゃない」

ただでさえ寝起きが悪いのに、早く起こされたせいでエリスはかなり不機嫌だ。

メイド達はそれでも怯まず、なんとか宥めて、エリスの身支度を整えた。

エリスはブツブツと文句を言いながらも、渋々階下へ降りて行く。

メイド達も一応言われた通りにしてはみたが、仕事とはいえ、この二人の態度にはそろそろ限界を感じていた。

特にヘルベルトについては、使用人達全員が反感を持っている。


この邸の主人はシュミット伯爵だというのに、使用人達を選び、取り仕切っているのは伯爵夫人であるというのに、エリスはともかく余所者のヘルベルトが、我が物顔で主人面をしているのには我慢がならない。

しかもナターリアを裏切った上でこの態度なのだから、使用人全員の納得がいかないのだ。


「この事は奥様にお伝えしましょう」

メイド達は密かにそう呟いた。


階下に降りたエリスは、新聞を広げ、そこに両手を突いて眺めるヘルベルトに、甘える様な声で話しかけた。

「酷いわヘルベルト、私が朝弱いのは知っているでしょう?」

声に気付きエリスの顔を見たヘルベルトは、先程までとは打って変わって優しい態度でエリスに言った。

「ああ‥ごめんよエリス。僕だって君に無理をさせるつもりはなかったんだ。でも、大変な事が起こったんだよ!」

「大変な事ってなぁに?そんな深刻な顔して、どうしたっていうのヘルベルト?」

「とにかく、この記事を見てくれ!見ればきっと君も驚く筈だから」

ヘルベルトに言われて新聞の記事に目を通す。

すると思いも寄らない記事が、目に飛び込んで来た。


ゲーリヒプレス紙社交欄

ナターリア・フォン・シュミット嬢と、アダム・フォン・ミュラー氏がご婚約。


「なん‥ですって!?お姉様が‥婚約!?」

「そうなんだよエリス、大変なんだ!よりによってアダムとなんて‥!これではシュミット伯爵家は、アダムとナターリアに奪われてしまう!君との未来が脅かされてしまうんだ!」

「ヘルベルト、落ち着いて。大丈夫よ、お父様は貴方にチャンスをくれたじゃない。貴方が結果さえ出せば、お姉様なんて出る幕もないのよ」

「しかし、僕はまだルーカスに教わり始めたばかりだよ?それに君は、アダムがどれだけ優れているのかを知らない。もし結果が出せなければ、僕が降ろされて、アダムが商会を任される事だって有り得るんだ。そうなったら‥どうすればいい?」

「お父様は一度決めた事を、簡単に変える様な人じゃないわよ。大丈夫、貴方を信じているわヘルベルト。私の為なら、どんな事でも出来るんでしょう?」

「‥でも、それとこれとは‥」

「まあ!酷いわヘルベルト!私への愛は偽りだったの?」

「いや、そんな事はない!君への愛は変わらないよ!」

「それなら貴方のやる事は一つよ。私達の未来の為に、頑張って!」

「分かったよ‥。とりあえず商会へ行って来る。君も他に何かいい手がないか、探しておいてくれないか?」

「考えておくわ。いってらっしゃい、頑張ってね!」

肩を落として玄関を出て行くヘルベルトを見送りながら、エリスは溜息を吐いていた。


ヘルベルトも知れば知るほど、気が小さくてつまらない人ね。

せっかく王都にいるのに、碌な所へ連れて行ってくれないし、愛を口にする以外、気の利いたセリフ一つ言えないんですもの。

面白かったのは、お姉様から私に心変わりした時だけ。

そのお姉様も他の人と婚約したなら、もうヘルベルトに未練は無いって事よね。

なんだかヘルベルトには、益々興味が無くなっちゃったわ。

それにしてもお姉様ったら、もう別の人と婚約なんて、よっぽど運がいいとしか思えないわね。

あんな地味でパッとしないガリ勉女に、魅力がある訳ないもの。

お相手は確か‥アダム・ミュラーといったかしら?

随分前に噂だけ耳にした事があるわね。

神童だとか言われていた気がするけど、確かにヘルベルトの様子から、相当頭のいい人である事は分かったわ。

頭がいいなら分かる筈よ、どちらが美しく可愛らしいのかがね。

お姉様ったら本当、可哀そうだわ。

私に譲る為だけの存在なんですもの。

飽きて来た頃だったから、ちょうどいいわね。


口の端を上げて、ニヤリと笑うエリスは、ヘルベルトに言われた別の手を思い付き、その後は上機嫌で一日を過ごした。

読んで頂いてありがとうございます。

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