許可
翌日の昼には、昨夜の内に連絡を寄越したアダムが我が家を訪問し、私達の婚約の話を両親へ伝えた。
父も母も最初は驚いていたが、急な話ではあるが反対する理由がないと、素直に喜んでいる。
予想通りの答えが返って来たとはいえ、やはり婚約の裏にある物の事を考えると、両親の顔をまともに見れない。
一方のアダムは俳優並の演技力で、以前から私に想いを寄せていただとか、ヘルベルトに先を越された事を悔やんでいるだとか、上手い作り話をしては、熱っぽい視線を私に送り、お互いが本当に望んでいるかの様な空気を作って場を盛り上げている。
私は愛想笑いを浮かべるしかなかったが、元々話術の巧みなアダムに両親はすっかり引き込まれ、終始アダムのペースで話は進められた。
「ご両親にだけはお話しておきますが、実は私も商会を運営しているのですよ」
唐突に切り出したその話に、父は首を傾げている。
「私達だけにとはどういう意味なのだね?商会の運営ならば隠す必要もないとは思うが?一体何という名前の商会なのか、教えて貰えるかね?」
「ラーム商会‥と言えば分かりますか?」
「ラーム商会!?いや、アダム君、それはおかしい!あそこの代表はこの国の者ではなかった筈だよ?」
「ええ。私は隣国ハイネンへ留学しておりましたので、ハイネン語で呼ばれた名前を使って商会を立ち上げました。名前を出さなかった理由について、一番は自分の力だけで勝負したかったという所もありますが、この通り歳がまだ若い事から、若僧だと侮られる恐れがあると考えたからです。まあ、この辺りの事情は伯爵も良くご存知でしょう」
「確かに君の言う通り、新しく事業を始める際には、やはり年齢や経験を重視する所が多いね。特に我が国ではそういう傾向が強い。いや、なるほど!君が優秀だとは噂で聞いていたが、ラーム商会が君のだったとはね。しかし、それを今話すという事に、どんな理由があるのだね?」
父からの質問に答える前に、アダムはチラリと私を見た。
これは勘で合図なのだと分かる。
アダムは本題を切り出すつもりだ。
「ラーム商会は軌道に乗って来たとはいえ、まだまだ新参者の枠から抜け出せていない状況だという事は、伯爵もご存知ですよね?ですから私もあまり王都から離れる訳にはいかないのです。しかしそれではナターリアと会う機会が、殆ど無くなってしまいます。せっかく長年の想いが通じたというのに、そんな状況では私が耐えられません。ですからご両親に許可を頂きたいと思いまして‥‥ナターリアを一緒に王都へ連れて行く事を、お許し頂けますか?」
そう、これが今日の本題。
ここで許可を得られなければ、計画は台無しになってしまう。
さっきの甘い作り話は、この本題を切り出す為の物だったのだと感心しつつも、私は息を呑みながら、父の様子を伺った。
「ナターリアを王都へ‥とな!?」
口元へ手を当てて、父は黙り込む。
何かを考える時の父の癖だ。
それは母も良く知っていて、普段なら考えが纏まるまでそっとしておくのだが、今日は父の考えが纏まる前に口を開いた。
「恋人同士を離れ離れになんて、してはいけませんわね。私は旦那様が反対しても、ナターリアを王都へ送りますよ」
「ハーミア、な、何を言い出すのだ!?」
「あら、旦那様は野暮な父親になるおつもりですの?もしそのおつもりでしたら、私も一緒に王都へ行こうかしら?」
「い、いや待て、私は反対とは言っておらぬぞ。‥ただ、王都の邸にはエリスがいる。ナターリアの気持ちを考えたら、エリスと毎日顔を付き合わせるのは、避けたいのではないかと思ってな」
「まあ!何でエリスの為に、ナターリアが我慢しなければなりませんの?まさかあの裏切者と一緒に、王都の邸を使っている訳ではありませんよね?」
「‥‥‥」
言葉に詰まり黙り込む父。
これは母の言った事を肯定しているのと同じで、当然次に母がどういう反応をするのかは予想出来た。
私も母と同じ気持ちだ。
父は黙っていたが、エリスだけならまだしも、ヘルベルトまで王都の邸にいるのは、我慢ならない。
みるみるうちに怒りの表情に変わる母が爆発する直前に、先を読んだアダムが口を開いた。
「実はナターリアには、叔母の邸に滞在して貰いたいと思っているのです。私も王都にいる時は、そこを使わせて貰っているので、そうすれば常に一緒にいられるかと思いましてね。もちろん叔母も一緒ですので、結婚前に間違いが起きる様な事はないと約束しますよ。叔母も未亡人で寂しがっておりましたから、いい話し相手になれるのではないかと思いますがどうでしょう?」
叔母と聞いて母には心当たりがあったらしく、その人物だと思わしき人の名前を聞いた。
「ミュラー家の親戚筋で叔母様と仰るのは、もしかしてフィッシャー侯爵夫人の事ではごさいませんの?」
「はい。叔母をご存知でしたか」
「まあ!フィッシャー侯爵夫人でしたら、こちらからお願いしたいぐらいの方ではないですか!あの方のドレスが流行を作ると言われている程、ズバ抜けたセンスをお持ちですし、社交的でお顔も広く、ナターリアには欠けている部分を、全てお持ちの方ですわ!旦那様、今後の事を考えたら、ナターリアを侯爵夫人の元で教育して頂くのが一番ですわ!まさか‥この提案に反対なさいませんよね?」
「‥私は問題が解決すれば、それでいいのだよ。君がそう言うのに、私が反対出来ると思うかい?」
「でしたら決まりですわね!そうだわ、侯爵夫人に手紙を書いて、ナターリアの事をお願いしますと伝えなければいけませんわね。あとそれから‥ナターリアの荷造りも始めましょう。そうそう、王都へはいつ頃向かう予定ですの?」
「出来ればナターリアの準備が整い次第、こちらを発ちたいと思います」
「それでは急がなければなりませんわね。ナターリア、ハンナに言って荷造りを始めさせなさいな」
「はい‥」
あまりの急展開に返事しか返せなかったが、反対されなかった事には胸を撫で下ろした。
それにしても全てアダムに頼りっぱなしな所が、悔しくもあるし情け無くも思える。
「あともう一つ、明日の新聞の社交欄に、私達の婚約の記事を載せようと思いますが、よろしいでしょうか?」
ふと思い出した様に、そう口にするアダム。
そんな話は聞いていないと訴える様に見つめると、軽くウインクを返してくる。
これはどういう意味なのだろう?
「ええ、もちろんですわ!ねえ、旦那様?」
「ああ。アダム君に任せるよ」
両親はもちろん反対する筈もなく、明日の新聞には私達の記事が載る事が決まった。
それからアダムが暫く父と二人で話す事があるからと言うので、私と母はそれぞれに王都へ発つ準備を始めた。
暫くして話が終わると、アダムが帰るので見送りなさいと母に言われる。
玄関先まで一緒に歩きながら、先程の新聞記事について尋ねてみた。
「アダム、さっきの新聞の話は、どういう事なの?」
「あれはヘルベルトに対する宣戦布告だよ。商会を任された以上、社会情勢を知る為に新聞には必ず目を通す筈だからね。まずは驚かせてやろうと思って、思い付いたんだ」
「なるほど‥確かに驚くでしょうね。貴方が私と婚約なんて、思ってもみないでしょうから。でも後で貴方が困る事にならない?この関係はいずれ解消する時が来るのに、今後の事業に影響が出ないとも限らないわ?」
「ナターリア、何も心配はいらないよ。君はこれから覚える仕事の事だけに集中するんだ。まずは三ヵ月で、一通りは覚えて貰うつもりだからね。それから徐々に仕事を移行して行く。私は厳しいから、人の事に構っていられる余裕は無いよ」
そう言われると身が引き締まる。
今のところアダムに頼りっぱなしで、何も出来ていないのだ。
目的の為にもアダムに恩返しする為にも、まずは私自身が学んで、結果を残さなければならない。
「精一杯頑張るわ。遠慮なく鍛えて下さい」
「それじゃあ遠慮なく。こういう事にも慣れて貰う必要があるからね」
「えっ?」
スッと目の前にアダムの顔、と同時に額に柔らかな感触。
一瞬の事で唖然としていると、アダムは何事もなかったかの様な顔で私から離れ、ヒラヒラと手を振りながら馬車に乗り込んだ。
そのまま馬車はゆっくりと走り出し、門の先へと進んで行く。
すぐに馬車は見えなくなったが、私は額から広がる熱を感じながら、いつまでも玄関先に立ち尽くしていた
読んで頂いてありがとうございます。




