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エッチなお店にいらっしゃい

視点移動してます。

 アブドラミルの、歓楽街にある一番大きな店。


「ふんふふーん」


 鼻歌を歌いながら、開店の準備をしているのは元魔王の四天王のひとり、サキュバスのサリュラだった。


 機嫌がいいのは今日だけではなく、この国が建国されてからずっとである。なぜなら、


(この街はなんて素晴らしいのかしら! 人がたくさんいて、活気にあふれている!)


 この街の住人ときたら、お金を払ってわざわざサキュバスに精をしぼられにくるのである。

 まさにサキュバスたちにとっての理想郷であった。


(ふふふ。このままわたしは夜の女帝として、ひとつの権力の頂点に君臨してやるのよ!)


 と、そのときだった。


「姐さーん! お客さんですよ!」


 配下の一人。副店長のサキュバスが声をかけてくる。

 厄介そうなお客さんは断っておけと言ってあるので、やってきたのはお得意さんかあるいは、なんてこと一瞬考えたが、


「は、早く! サリュラの姐さん! お願いします」


「? どうしたの、そんなに慌てて」


 その声に焦りのような者が見えて、サリュラは首をかしげた。


 この副店長。四天王の腹心だけあって、この街でもトップクラスの実力を持つ。

 そこいらの冒険者などダース単位であしらえるはずなのだが。


「いいから早く! お願いします!!」


「はいはーい。いま行きまーっす。……って、ぶーっ!?」


 とサリュラは目を見開いた。

 そこにいたのはかつての上司のさらに上司。


「だだだだ……だいまおうさまぁぁぁ!?」


 ――大魔王様。

 遥か雲の上の存在だった。


★☆★☆


(やべー)


 席にジバトレを案内したサリュラはキリキリと胃が痛むのを感じていた。

 何がやばいって、もういろいろだ。


 まず大魔王様がエッチなお店にきてることがありえない。

 このお店、キャバクラとソープが一体になったような作りになっている。


 来る客はみんなピンク色の夢を見るためにやってくるのだが、


 ズズズ……


 大魔王様ったら、ラスボスの風格で険しい表情を浮かべているのである。


 あ、いたたまれなくなったお客さんがまた一人出てった。

 超営業妨害である。


 そしてもうひとつ。


「ぶっすー!!」


 キレかけた様子のギヨメルゼートが、ずごごごごっとストローでコップの酒を飲み干す。


 酒を飲むのに、わざわざストローを用意させているあたり、完璧にあてつけである。


 キリキリキリ。

 ああ、胃が痛い。


 いまこの状況から救い出してくれるなら、サリュラはきっと誰の靴を舐めることもいとわないだろう。


 だというのに、


「へー。ジバやんはわざわざ大陸の北の方から人を探しに来たんだー?」


 アゼルパインがジバトレに馴れ馴れしく話しかける。おいバカ、やめろ。


 そこにギヨメルゼートへの気遣いはなく……


 みしぃっ。


(うひぃ……)


 サリュラ以外だったらぶっ倒れるであろう殺気が渦巻く。

 いや、サリュラもここで倒れてしまいたい。


 だがしかし!


(こ、これもパルパ様のためよ!)


 探し人とはおそらくパルパのことだろう。

 裏切者を処分しにきた。恐らくはそんなところか。


 だがしかし! いまは違うとはいえ、かつての主君。

 友誼はいまだ残っているのだ!


 ……まあ、そのパルパはこの国の王妃たちと一緒に隣の席で息をひそめているわけだけど。


 サリュラが琥珀色の酒をロックにして差し出すと、ジバトレは一気にぐいっとあおった。

 そして懐から一枚の写真を取り出す。


「うむ。この娘を探してな」


 ジバトレが取り出したのは、パルパの若かりし時代の写真だった。

 パルパがこちらに派遣されたのが50年前だから、そのときのものだろう。映写機で撮ってあったらしい。


 その姿を見たアゼルパインがひと言。


「へー。けっこう可愛いじゃん」


 ぴきぃっ。

 ギヨメルゼートの殺気だけで、酒を注いだグラスが割れる。

 

(ああ、胃が痛ひ……)


 ――この6ヶ月で大陸中の情報を集めてわかったことがある。

 現在、この大陸には3大勢力とでもいうべき国家がある。


 ひとつは人族最大の版図を誇るジオル帝国。

 ひとつは天使が降臨し、その庇護のもとで版図を広げるエルメセラ神聖光国。

 そしてジバトレ率いる大魔王帝国。


 そのうちのジオル帝国は実質、この2人に膝を屈しているわけで。


(なんでエッチな店に3大勢力のうちの2つが集まっているんだろう……)


 せめて、もうちょっと雰囲気のある店でやってくれ。

 その表情に気づいたというわけではなかろうが、アゼルパインがサリュラに尋ねる。


「でさあ、サリュラに聞きたいんだけど、この子しらない? 家出娘とか行方不明者ってだいたいこういう店に世話になりにくるっていうじゃん?」


 知ってる。

 いまあんたらの真後ろで顔を真っ青にしてる。


「あ、あのあの……その娘を探してどうされようと?」


「ふむ。そうだな。我が娘のようなものだからな、無事かどうかだけでも知りたいのだ」


 ゴゴゴ……。

 そして醸し出される大魔王オーラ。


 サリュラは思った。


(ぜってーウソだ。どう見ても始末する気だ)

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