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魔王の覚悟

 魔王城の城内では、見敵必殺のトラップが乱れ飛んでいた。


「おお! あんなところに宝箱が! アゼル。貴様にくれてやろう。ミミックストラぁイクッッ!!」


「おおっと、こんなところにスイッチが! くらえ、地面から飛び出る槍の罠!」


 ミミックを発見しては投げつけ、スイッチがあったらとりあえず踏む。落とし穴があったらとりあえず突き落とし、ガーゴイルがいたら像そのものを武器にして殴りつける。


 死屍累々。

 敵を呼び寄せるアラームの罠が鳴ったとしても駆けつけてくる命知らずな者はもはやおらぬ。


 その後ろをついていくのはフルシェとレアメア、そしてシュラクであった。


「義姉上、この壺は素晴らしいですね。これはこのあたりの産物なのですか?」


「いえ。この様式はわたしも見たことが……。魔族の方々がお作りになったものなのかも」


「ああ。これは土邪精霊(ドロワント)と呼ばれる魔族が作ったものだな。魔族の領域でも評価の高い逸品だ」


 和気藹々。

 全ての罠が発動され、撤去されたあとの気楽な道のりであった。


 フルシェは飾り付けられた壺の口をぴーんと弾いて、その音に耳を傾ける。

 特に『世界』の外の様式を見るフルシェにとっては目移りするばかりである。とはいえ、皇族たる資質により無様にじろじろと眺めるようなまねはしなかったが。


(なるほど。これが未知を知る冥利、冒険者の楽しさのひとつなのやもしれぬな)


 見るものすべてが新しく、知識欲を掻きたてられる。


「階段を(のぼ)っていたら、上から岩が!

 岩石程度でアゼルが殺せるものか! 鉄球くらいもってこい」


 ずどぉぉぉん!


 ――すぐそばで繰り広げられる暴力の嵐にさえ目を向けなければ。


 フルシェが前方を見ると、ギヨメルゼートがローリングストーンの罠を真っ向から破壊しているところであった。

 まあ、そんなことはどうでもよろしい……。


「ふふ。街に戻ったら妾も邪竜王殿と共に冒険者になる申請をしてみるか」


 フルシェは自嘲気味に笑った。

 多少は自覚していたのだが、どうやら己には英雄譚(えいゆうたん)冒険譚(ぼうけんたん)憧憬(どうけい)を抱きすぎる(ふし)があるらしい。

 幼稚に言ってしまえば英雄願望とでもいうべきか。


 皇族が冒険者になったと知ったら、帝国の臣民たちはどう思うだろう。


 ――と、そんなことを考えていたときだった。

 

「フルシェ殿、危ない!」


 シュラクの声がフルシェをハっとさせた。


(しまった!)


 顔を上げるとそこには拳ほどの大きさの岩が迫っていた。

 ギヨメルゼートがローリングストーンの罠を破壊したときの破片である。

 

 敵地のなかでの油断。

 超常の2人に守られることに慣れきってしまったゆえの失態。

 いつものフルシェであればすぐさま籠手で払いのけることができる程度のものだが、油断していたせいで瞬時の反応が遅れてしまったのだ。

 

 まずい。


「うおおお!!!」


 そのフルシェの危機を救ったのは、『闇の剣獣』シュラクであった。

 フルシェの前に立ちふさがるように仁王立ちしたその背中に、ぐさりと岩の欠片が突き刺さる。

 

「シュラク殿!?」


 よろめいたシュラクの腕がフルシェを抱く。


(魔族の胸板とは厚く、そしてなんと熱いのだろう)


 フルシェが思ったことは場違いにもそんなことだった。


 抱きしめあったまま、見つめ合う人間の女と魔族の男。


「無事か。フルシェ殿」


「…………」


「……フルシェ殿?」


 ――吊り橋効果というものがある。

 不安や恐怖を強く感じている時に出会った人に対し、恋愛感情を持ちやすくなるというアレだ。


(なるほど。(わらわ)はこういうシチュエーションに弱いのだ)


 英雄譚に憧れ、なおかつ自分が英雄であるべしと生きてきたフルシェにとって、このような、いわばお姫様のようなシチュエーションはまさに望むところであったのだ。


☆★☆★


 そして――


『ふふ、魔力のこもっていないときのシュラク殿の毛はなんとも言いがたい柔らかさであるな』


『フルシェ殿。その……なんというか、あまりモフモフされると我の威厳というものが……。皆が見ている』


『よいではないか。よいではないか。それに、『フルシェ殿』などと他人行儀な呼び方はやめてほしい。フルシェと呼んでくれまいか』


『フルシェ殿、毛がごわごわしますゆえ!』


『はは、そなたがフルシェと呼んでくれるまでやめはせんぞ!』


 きゃっきゃうふふ。


 ――なんだこれ。

 水晶玉に映り込んだ映像を覗き込んだパルパは空を仰いだ。

 

「恋ですな」


 訳知り顔で言ったのはフリューゲルである。

 歴戦の老将軍はクラゲの触腕のようなものをぷるぷると震えさせながら笑っていた。


「恋ぃっ!? ありえんだろう、人族と魔族だぞ!?」

 

「さようですか? よくよく考えてみると、南の地の方々は、北にある魔族と人族の因習をご存じないでしょうし、不思議なことでもないでしょう。その発端となる可能性のあった侵略もあっさりと撃退されておりますし。

 むしろ同情心のほうが(まさ)っておるのではないでしょうか」


「む……」


 あっさりと撃退された、と言われてパルパはうめいた。

 目の前の危機のためにすっかり忘れていたが、魔王軍団最大勢力があっという間に屠られたことは記憶に新しい。


「だが、しかし……敵だぞ?」


「だからこそ燃え上がるのでしょうな」


 どこか他人事のように語るフリューゲルに、パルパはうらめしげな目を向けた。


「……フリューゲル。楽しそうだな?」


「ええ。かの地の方々が見た目に惑わされぬと知って、好ましく思っておりまする。我々は海魔でありますゆえ(・・・・・・・・・)


 その言葉にパルパはぞくりと背筋が冷やした。

 海魔は魔族の中でも迫害されてきたため、大魔王様の配下のなかでも特に忠誠が薄い。


 最大戦力たる軍勢は失われ、頼みの綱の四天王は不在。そして圧倒的な脅威はこの謁見の間に迫りつつあるのだ。


 裏切る理由は多々あろう。


 ことここに至ってパルパは覚悟を決めた。


(大魔王様、わたしに力をお貸しくだされ)


「よいだろう。わたし自ら討って出る! 我が雄姿、とくとその目に焼き付けるがよい!」


 パルパはマントをひるがえし、謁見の間を後にした。

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