愛とスキル
「お、おおお……」
フルシェの横で、オレアンが呻いて呆然と立ち尽くしていた。
本来であれば彼こそが冒険者たちの仲裁をするべき立場であるが、いったい誰が責められようというのか。
じゃれ合いにしか見えないが、あの二人が互いに繰り出しているのは常人にとっては必殺の一撃である。
余波だけでギルドの屋根が消し飛び、冒険者たちが逃げ出す。
いや、それだけではない。
ふるふると震える指で義姉が向こうのほうを指さす。
「見てください、フルシェ様。街の壁が……」
かつて、勇者と邪竜王の戦いではあまりの力に地形が変わったというが、まさにこのことか。
プラムスの周囲を囲む街壁がぐらぐらと揺れ、その一角が崩れるのが見えた。
Q.なぜ冒険者ギルドの内側で外の光景が見えるのか。
A.すでに冒険者ギルドの建物が消し炭に変えられたから。
いや、建築物だけではない。
冒険者ギルド内で販売されていたオーガの攻撃を防げる盾も、ドラゴンをも退治できるドラゴンスレイヤーも、正規軍から払い出された火炎槍も、すべて消し炭になった。
では、ここで被害状況詳細を見てみよう。
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閃光のギッシェの場合
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閃光のギッシェ――ギッシェ・ヴァンダムという男の本質を一言で言うのであれば人斬りである。
彼の目的は剣の道を究めること。
そのためであれば肉親であろうと、ありとあらゆるものを斬り捨てることもいとわぬ男である。
ある意味で、この『世界』は幸せだった。
ギッシェという人間が生まれた時代に、たまたま『世界』の外という場所が知られ、そこに異質な魔物たちがいることが判明したのだから。
時代が時代であれば、彼は最悪の盗賊や辻斬りにでもなっていたかもしれぬ。
だが、彼もすでに齢を40を超え、壮年の期を過ぎようとしていた。
であるというのに、いまだ修行の道は半ば。最近の彼は焦燥感に駆られるように、魔物を斬り捨てることに躍起になっていたのだった。
だが、
(これはチャンスだ)
突然降ってわいた幸運。
目の前にいる2人がギッシェよりも遥かな高みにいるのは、見た瞬間にわかった。
いったいどのような鍛錬を積めばその域に行きつくのか。あるいはそもそも人類であるのかすらもわからぬが、彼らを斬り捨てればギッシェの剣はさらに高みに――あるいはその極みにたどり着くのだろう確信があった。
もちろん正面から対峙すれば敵わぬ。
だが、超常の2人はパンクラチオンのように殴りあい、隙を晒しているのだ。
(いまなら殺れるっ!)
さらに彼の持つ刀、『ヴァイトゥエルブ』は人斬包丁として完成の域にある。
帝国の技術研究所で生み出された新金属『エティン』と、古から継がれてきた刀剣鍛冶師の妙技が混ざりあい生み出された、まさに神刀とも呼ぶべき武器なのである。
そこにギッシェの技があわされば、この世に斬れぬものなどない!
ギッシェは腰だめに剣を構えて、精神を集中させた。
狙うタイミングは彼らのどちらかが一撃を食らった瞬間である。
そしてその機はすぐに訪れた。
アゼルという青年のパンチが、少女の顔面に見事にめり込んだのだ。
(今だ!)
「秘技、第六天翔剣!」
スキル。
この超常の現象は200年前に『発見』されたものだ。
脆弱であるはずの人間が魔獣相手に勝利できるようになったのは、スキルという技術のおかげと言ってもいい。
人類がここまで勢力圏を拡大してきた原動力なのである。
鍛錬に鍛錬を重ね、世の理を解明した者だけが扱える神々からの贈り物。
そのなかでもこの極限のスキルを使える者は、ギッシェの他には剣聖と呼ばれるフリューゼくらいのものだろう。
「ぬんっ!」
理屈ではない。
スキルを使った瞬間に、ギッシェの肉体が自分の意志を離れたようなすさまじい動きを見せる。
本来の肉体の限界を超えた動きが、ギッシェの筋繊維を酷使する。体中が軋んで悲鳴を上げる。
ヴァイトゥエルブの刃は少女の首筋に吸い込まれるように疾り、
(殺った!)
ギッシェは確信した。刹那の後には少女の首が空に舞うことを。――だが、
ぺちん。
返ってきたのはまるで蠅叩きで人を叩いたような感触であった。
「え?」
もしもこれが岩のような感触だったりしたなら、まだ理解の範疇であったろう。
おおよそ、剣技が通じないときというのはそういうものなのだから。
ギヨのほうは斬りつけられたことに対して意に介した様子はない。むしろアゼルという少年の拳のほうがよほど危険物であると思っているに違いなかった。
「おらぁっ! 仕返しのヤクザキック!」
「ぐえーっ! ならばこちらも仕返しのドロップキックじゃ!」
ぎゃーぎゃーわーわー。
「馬鹿な! オレのスキルがあのヤクザキック以下だと!?」
ギッシェは自分のアイデンティティがガラガラと崩れていく錯覚にとらわれた。
だが、数瞬のあとには体の芯がわなわなと震えだす。
(許せるものか! いままでスキルの研鑽を積んできた時間が無駄だったなどと!)
「ならばこれでどうだ。裏奥義、封神滅刃!!!」
それはかつて、神すらも殺したとされるスキル。
闇の教団に伝わる秘伝を奪い取り、血のにじむ思いで習得した技である。
この技をつかえば、ギッシェもその反動でしばらく動けぬほど。故に裏奥義!
あのフリューゼすらこの技は使えぬであろう!
「うざいぞ、小僧」
だが、神をも殺す必殺の刃は無造作にガシッとつかまれた。
刃を避けて摘まむ、とかではない。無造作に手のひらでガシっと。
「馬鹿な! エティンだぞ!?」
ダイヤすらも切り裂くと言われた魔道科学の粋が通じぬなど誰が想像しただろう!
「隙ありぃっ!」
「ちぃっ」
くしゃ。
さらに、ギヨが切先3寸を器用にぷちっと千切って、粘土をこねるようにグシャグシャと丸めた。
「馬鹿な! エティンだぞぉぉっ!?」
割れる、ならわかる。折れる、でもわかる。ぷちっと千切るとは何事か!?
さらに、まるで小さな砲丸のようになったそれを、ヒップアタックで強襲してきたアゼルに対して、
「これでも喰らって死ねっ!」
投げつけた。すさまじい速度だった。
あ。あいつ死んだな。とギッシェは思った。……が、
「ぬん! 秘技、モストマスキュラー!」
アゼルが”ぐっ”とポージングすると同時、彼の筋肉が膨張した。
ビリィっと服が破れて見事な筋肉が露出。&見事な笑顔で100点満点である。
砲丸――ヴァイトゥエルブの切先だったものはガイーンと弾かれて、天井に空いた穴から空のかなたに消えていった。
「なんだそれはぁぁっ!?」
思わず叫ぶと、アゼルはニコォっとボディビルダー特有の笑顔をギッシェに向けた。
「説明しよう! モストマスキュラーとは”最もたくましい”という意味のポーズ! そう! このポーズをとったオレはたくましくなって、まさに無敵なのだ!」
スキルではない。というか、スキルであってたまるかコンチクショウ。
いったい何が起きているのか。もはやギッシェの脳みそは限界であった。
「なんなんだよ、お前! その技はなんだ!? 新スキルか!?」
「スキル? 違うぞ、これは”愛”だ」
「愛!?」
アゼルは言いながら、手を首の後ろに回し、アブドミナル・アンド・サイに移行。
直訳すると『腹筋と脚』。下半身をアピールするポーズである。
「筋肉は鍛えれば鍛えるほど美しくなる。いま鉄球をはじいたのはスキルなどという花拳※ではない。トレーニングという名の愛の帰結なのだ」
アゼルはさらに「共に鍛え、共に喜び、共に笑い、共に泣く、いついかなる時も決して裏切ることのない唯一無二の親友、それが筋肉だ」と言った。
(何言ってんだこいつ)
ギッシェは思った。
こいつはバカだ。だが、しかし強い。
アゼルはさらにダブルバイセップスに移行すると、ギッシェに向かってニコォっともう一度笑顔を向けた。
「ふっ。せっかくの出会いだ。お前にいいことを教えてやろう。
男は度胸。そして度胸は胸筋から生まれるのだ。
見たところ、お前には筋トレが足りないな。棒きれを振り回すのはそのあとでよかろう」
「オレの剣を棒きれだと!?」
「……そういえば昔、聖剣をずいぶん雑に扱っとったよな。初めは棒を持つサルかと思うたぞ」
「うっせえ! おい、お前。それ貸せ。その千切られた剣だよ。――くらえ、オレの華麗なる剣技! ソードパンチ!」
さきほど千切られた剣をギッシェから奪い取り、腰だめに構えて正拳突き。
違う。それ絶対剣技じゃない。
だって、握ってるのが柄じゃなくて刃のほうだもん。
だが、ギッシェはツッコまなかった。
ツッコんでしまうと、これ「え? 聖剣突きってそういう意味じゃないの?」って言われそうだったから。
ぎゃーぎゃーわーわーと戦いを再開した二人をよそに、ギッシェは空を見上げた。
(オレはもしかすると勘違いをしていたのかもしれんな)
冒険者ギルドから見る空は美しかった。
さっきまで息苦しさを感じるほどに圧力のあったギルドの分厚い壁は、きれいさっぱりに消えうせて、不思議な解放感があった。
ギッシェはその光景に、”剣に拘っている自分”という殻を破壊されたような、そんな自由さを感じたのだ。
「ふっ。愛か」
よし。今日から修行をやり直そう。筋トレをしよう。
※花拳:実戦には向かない演技のための拳法




