レベル61 だって人間だもの、これを無視しちゃ駄目ですよ
「じゃあ、新しく入った連中に、特に含む所はないんだな?」
「ああ、別に。
ちゃんとやってると思うよ」
トオルの質問にサトシはそう答えた。
二週間ほど一緒にやってみての感想である。
実際に色々と思うところはあるかもしれないが、問題になるほどのものはないのだろう。
「それならいい。
でも、何かあったらはっきり言えよ。
ため込んだり、何も言わないのが一番まずいからな」
「はいよ。
そんな事しないって」
「どうだか」
こればかりはそうなるまで分からない。
だが、トオルはサトシのその言葉を信じる事にした。
同じような聞き取りは他の者にも行っていた。
作業でやりづらいところはないか。
どうにかしたいと思ってる事はないか。
それらを確かめ、何か問題がないかを見つける。
あるいは、良いところはどこかを聞いていく。
見つけた問題は、可能ならば改善したかった。
それが出来なくても、皆で共有して解決に乗り出していきたかった。
良いところもまた、それを上手く用いていきたかった。
そして、皆で共有して雰囲気を良くしたい。
こうやって聞き取りをしていく事で、少しでもこの一団を滑らかに運営したかった。
ただ、仲間から話しを聞く理由はそれだけではない。
一番知りたいのは、そりが合わない人間はいるかどうか。
その一点であった。
作業もそうだが、人間関係には特に気を使う。
仕事が出来るかどうかよりも、そちらの方が重要だった。
これが拗れると、仕事全部が動かなくなる。
技術や連携が上手くいかなくても、それは多少滞ったり、一時的な停止で終わる事が多い。
しかし、人間関係の破綻や不和は、集団全体を破壊する。
そうなったら、回復は不可能だ。
いがみ合った人間は必ず互いの足を引っ張り合う。
お互いに邪魔をしあって、能率を落とす。
相手を無視できればいいが、同じ職場にいればそれも出来ない。
それが負担や心労になる。
心労は衰弱か激昂になる。
最低でも、当事者二人が使い物にならなくなる。
それでも、それだけで終わってくれるならまだ良い。
人間関係の破綻で一番の恐ろしいのは、集団や組織全体に影響が及ぶ事だった。
いがみ合ってる人間達を、周りは気にする。
それがまた余計な物事に心身を用いる事になる。
場合によってはいがみ合いやいさかいに巻き込まれ、騒動を大きくしてしまう。
だからこそ、そんな事にならないように気をつけておきたかった。
「そりが合うかどうか」というのを聞き出す、あるいは見極めようとしてるのはその為だった。
人間関係に理屈はない。
合理的に割り切れるという事は決してない。
例え殺し合うに足る理由があったとしても、気が合う者同士は全てを許しあえる。
反対に、どれほど好条件が積み重なっても、そりが合わなければ殺し合いにすら発展する。
しかもこれが全てに優先する。
持って生まれた気質や人間性などは、それ以外の要因を全て喪失させる。
我慢する事も出来るが、自分を抑えるための努力を負担していく事になる。
だからこそ、気の合う人間で組まねばならない。
また、今はまだ上手く動いている。
(このままいければいいけど)
それが願望でしかない事は重々承知している。
それでも、一応は順調に動いている今の状態が、今後も続いてくれるよう願ってはいた。
その為に聞き取りを続けていく。
新人達も例外ではない。
今の状況で満足してるか、困った事はない。
上手く出来ない事はないか。
何でもいいから情報を得るために。
答えは概ねそれらは想定の範囲内におさまるものだった。
「攻撃がどうしても上手く当たらない」
「終わった事を言い忘れる事がある」
「指示を聞き逃してしまった」
よくあるミスばかりである。
どうしても発生してしまう小さな失敗であった。
やり方の工夫ではどうしようもない、「今後気をつけような」というような内容が多い。
だからこそ、こればかりは対処のしようがなかった。
レベルアップや、自分自身が気をつけられるようになるまで。
仕事や作業に慣れる事で、やるべき事が習慣になるまで頑張るしかなかった。
強いていえば、続ける事が唯一の解決手段であろうか。
あるいはそれらにも、抜群に効果のある対処法があるのかもしれない。
しかしトオルはそれを知らない。
知らないから、相手を励ますしかなかった。
問題の解決にはなってないが、それ以外に言うべき言葉がなかった。
そんな中で、村から来てる新人に必ず聞いてる事があった。
「村の中で、こいつには来て欲しくない、って奴はいるか?」
既に入ってる人間にも言える事だが、それだけは確実に聞き出していった。
既にいる人間をどうにかする事は出来ないが、これから入ってくる者ならば融通がきく。
その中に、どうしても一緒にいたくない人間がいるかどうか。
それだけは確認しておかねばならなかった。
無能なのも困る。
だが、相性の悪い人間はそれよりも困る。
どれほど有能でも、他の人間に悪影響を及ぼす輩ならば入れるわけにはいかなかった。
奥方と坊ちゃんという最悪の実例を思い出す。
あのような存在を、自分の一団に入れるつもりはなかった。
(けどまあ、こんな事を考えなくちゃならなくなったんだな)
以前ならばそこまで悩む事もなかった。
サトシ達とはそれなりに上手くやっているから、こういった事も考えずに済んでいた。
だが、今はサトシ達がいる。
既にいる貴重な仲間が離反する事だけは避けたかった。
いずれそういう時も来るかもしれないが、それを最悪の形で迎えたくはない。
その為にも、余計な問題になりそうな要素は排除していくつもりだった。
人数が多くなった故に、既にいる人間の事を考えねばならなかった。
(いっそ、新人を入れる時は、皆にも面接をしてもらおうかな)
それで大丈夫だと見極めた人間を、次にトオルが面接するようにしていく。
そういった二段構えの採用手段を考えてしまう。
もちろん、前世における面接を思い出しての事だった。
まさか自分が選ぶ側で迷ったり悩んだりするようになるとは思わなかった。
一緒にやっていける人間がいないかと、周旋屋で悩んでいた時もそうだった。
いつの間にか偉くなったものだと思う。
そして、選ぶ側であり受け入れる側としての大変さを感じていく。
(採用って難しいよな)
やってみるまで分からなかった悩みである。
その苦悩にこの日も苛まれる事となった。




