エピローグ
あれから、今回の一連の出来事について擦り合わせを行った。そこから読み取れたことは、俺と比奈は互いを尊重し過ぎた結果、凄まじいすれ違いと勘違い起こしていたことだった。両者の意見を見つめ直し、改めてきちんと話し合い、もう一度想いを確かめあって――今度こそ正式に偽物から本物のカップルに昇華した。
とはいえこのままハッピーエンドとはいかず、喜んだのも束の間に恋人同士になった俺たちが始めにしたことは、
『申し訳ありませんでした!』
各位関係者に頭を下げることだった。
今回の事件は外的要因があったとはいえ、全て自分達が行き過ぎだ想像をしてしまったが故の事だ。
迷惑をかけた人間に心からの謝罪を繰り返したために、土下座の価値が下がってしまったように感じる。
今日もまたこの身を地に伏せねばならない。
「土下座でも満足出来ないようでしたら、俺、切腹を……!」
「お願い死なないでカズ君! カズ君が死ぬぐらいなら私が……!」
「それは駄目だ!」
「あんたらは謝りたいの? それとも夫婦漫才を見せつけたいの?」
毎回こんな風ではないが、今日までで殆どの人に謝り回った。
最初にしたのはドラマの関係者。撮影中だというのに盛大な迷惑をかけたため、真っ先に頭を下げた。同時に俺と比奈の本当の関係のことも話させて貰った。それを話さないと、あの時の行動に理由を付けられないからだ。驚愕する人が多かったけどすぐに「あんな情熱的な告白を見せ付けられたらねえ」と不本意な納得をされた。
個人で一番迷惑をかけたのはやはり河北慶だろう。彼にも誠心誠意謝辞をさせて頂きました。ついでに比奈との諸々は何だったのかという答えも教えて貰った。それらをまとめると、
・河北慶と美人な女性が二人で歩いていたのは、横の繋がりがあったらしい比奈のお姉さんとパーティ会場に向かう所だった。不穏な会話の内容は今回のドラマのことを比奈のお姉さんと話していただけのこと。
・河北慶と比奈が夜の街を歩いていたのは比奈を安全な所まで送るため、またゴシップ記者から逃げるための苦肉の策。
・比奈と向かいあっていたのは撮影のため。本来なら主人公とヒロインが抱きしめあう所で俺が乱入してきたらしい。
……なんともまあ、事実を知るといかにしょうもない勘違いをしてたのだろうと気落ちする。意外と嫉妬深い性格なのか、俺。
余談だが、河北慶は笑って許すどころか「君、面白いね」と気に入られる始末。別の意味であいつが嫌になった。
次に詫びを入れたのはマネージャーさん。公開恋愛をやめると言ってからずっと心配していたらしくて、事の詳細を知るとプリプリ怒った。けど最終的には俺達のことを祝福してくれた。ついでに伊賀さんにも報告した所、今度秘訣を教えるよとか言ってたんだが、一体何を教えてくるつもりなのだろうか。
その次は恵ちゃん。俺達の関係が決定的に崩れた瞬間を目撃させてしまったので、とてもとても心配していたそうだ。事態の収束と結果を報せると他の誰よりも激怒した。結局、お詫びとしてスイーツパラダイス一回分奢りの約束を取り付けるはめになった。
それが今日までの後始末の様子だ。
ここでは詳細を語らないが、クラスメイトや梨花さんなどにも詫びを入れている。
だが一番謝意を見せなきゃいけない相手にまだ見せていない。その相手とはもちろん……若菜ちゃんのことだ。
今日はいつものメンバーで集まって事の成り行きを話し、きちんとけじめをつけるつもりだった。
「……まあ、事情は分かったわよ。最終的に二人は付き合うことになったってことでいいのよね?」
「ああ、そうだ」
由香梨に頷き返すと、隣で直弘が「俺の知らない所でそんなことが」と何故かショックを受けていた。
直弘はさておき、チラリと若菜ちゃんを盗み見る。彼女は相変わらず無表情だ。内心はどんなに複雑な思いを抱えているのだろう。俺はどんなことをすれば彼女に許しをもらえるのだろう。
「……私から二人に言いたいことがある。いい?」
若菜ちゃんが小さく手を上げる。俺と比奈の顔がサーっと青くなる。どんなお咎めを受けるのだろう? ただの土下座じゃ生ぬるい。ローリンジャンピング土下座ぐらいしないと駄目なんじゃ……!
若菜ちゃんは俺達の前に立って、ビシイと指を差した。
「……まずは私の意思を表明する。和晃君、私はあなたのことが好き」
すると何故か突然のカミングアウトをしたのだった。唖然とする俺達を置いて彼女は続ける。
「……例えあなたに好きな人がいても、私は諦めない。公開恋愛中は寝取られ大歓迎って和晃君言ってたよね?」
「あ、ああ」
でもそれは俺じゃなくて比奈を対象にした台詞のはずだったんだけど……。
「あ、あんたはそれでいいの、若菜」
由香梨が困惑しながら若菜ちゃんに確認する。
「……和晃君には自分らしく生きろって言われたから。こう見えても私、結構執念深い。だからそう簡単には諦めない。というわけで、比奈。いつかの宣戦布告のようにさせてもらうから」
若菜ちゃんは最後に比奈に視線を向ける。当の比奈は目を瞬かせていて、状況に対応しきれてないみたいだけど。
「なら俺からも一言いいか?」
混乱の最中、今度は久志が手を上げて立ち上がる。
「この場を借りて俺も言いたいことがある。俺は中里さんの――いや、これからは若菜……はちょっと恥ずかしいから若菜さんと呼ばせて貰おう! 若菜さんのことが好きだ!」
若菜ちゃんと久志を除いた皆は思い切り噴き出した。
「……私は手強いよ?」
「知ってる。けど俺もそう簡単に諦めきれないからね。いつか振り向かせてみせるよ」
「……生意気ね」
指名された若菜ちゃんは余裕を感じさせる笑みを見せる。何で告白されたというのに二人は堂々としているんだ……。
「わ、訳が分からないわ。頭痛くなってきたから私今日は帰る」
「お、俺もだ。今日は色んなことが一度に起き過ぎた」
二人は頭を押さえながら帰る準備を始める。
「……由香梨が帰るなら私も。今日は特別に二人にさせて上げるけど、次からはそうはいかない」
「あ、俺も帰る前提なんだ……。まだ時間もあるし二人で遊びに行かない?」
「……お断りします」
そんな風に気が付けば二人きりになっていた。皆が帰った後もしばらくの間衝撃で動くことが出来なかった。
「な、何だったんだ、今の……」
「私達の悩んでいた事がすごくちっぽけに思えてきた……」
突然嵐が発生して、被害を出すだけ出してすぐに霧散したような気分だった。
「比奈の言う通り、振り返ってみると些細なことだったのかもしれないな。自分が馬鹿馬鹿しく思えてきた」
若菜ちゃんに対面するという最初の緊張感が抜ける。
「傍から見たら些細なことかもしれないけど、私達にとっては重要なことだったんじゃないかな?」
比奈はそう言うと俺の方へやってくる。
よくよく考えてみると、今は恋人と部屋で初めての二人きりだ。そう考えると心臓が早鐘を打ち始める。
比奈は数センチの隙間を空けて隣に座る。彼女がこんなに近い距離にいるのは初めてではないけど、付き合い始めてらだと経験したことがないからか妙な緊張感が生まれる。
比奈もまた顔を赤くしてソワソワしていた。彼女も俺と似たような気持ちを描いているのだろうか。
「わ、私達恋人同士……なんだよね?」
「あ、ああ」
まともに彼女の顔を見れない。今彼女を見たら、恥ずかしさで逃げ出してしまいそうだ。
「こ、これから私達どうしようか……」
どうしようって!? これから何が始まると言うんですか!?
……なんて思いが真っ先に浮かんだものの、俺は比奈と交際することになってからある一つの決意をしていた。
「なあ、比奈。確かに俺達はか、カップルになったけどさ、今迄と同じようにいこう」
大事なことなのに天井に視線をさまよせながら口を動かす。
「えーっと、それは……?」
「言葉の通り、今まで以上にベタベタするわけでなく、だからって喧嘩中の時みたいに距離を取れってわけでもない。付き合う前と同じように、俺と比奈のありのままの姿でいよう」
変に意識し過ぎても、それが原因で何かが起きる可能性もある。特に俺達は。
それにもう一つ懸念すべきことがある。
「事情を知ってる側はともかく、俺達の関係は外から見れば何も変化してないわけだ。現に公開恋愛を続けるってマネージャーさんにも言っちゃったし。比奈は公開恋愛の公言覚えてるか?」
「公開恋愛宣言のことだよね?」
「ああ、そうだ。比奈が活動してる限りは手を出さないって思いっきり言ってるんだ。だからその……公開恋愛を続けるなら、キス以上のことは出来ないってことになる。あんなの口約束で、守られる保障なんてどこにもないんだけど。ただ信用を勝ち取るためにも、出来ることは続けたいと思う。それに今回付き合うことになったきっかけを考えると俺はまだまだ子供だってのが分かった。もっとはっきり、君に好きといえるようになるまで。君を心から信頼することができるようになるまでそれ以上のことは待ってほしいかな、なんて思うわけですがどうでしょう?」
途中から箱入り娘の言い訳みたいになって自信をなくし、最後は確認を取る始末。俺の駄目なとこってこういうとこなんだろうなあ……。
「私もそれでいいと思う。周囲から本当に恋人同士って認められればき、キス……とかしても何も言われなくなると思うし。そ、それに私達にそういうことはレベル高すぎだと思います! だ、だからお互いがやりたくなったらというか、そういう雰囲気になるまで大事なものは取っておけばいいかなと思うんだけどどうでしょうか?」
ブルータス、お前もか。
「概ね同意見って解釈でいいのかな、これは。じゃあ俺達は今後も今までと変わらず精進していくってことで」
これ以上変に話を続けても八方塞がりになりそうなので無理矢理まとめに入る。
「りょ、了解。私の初めてはちゃんとカズ君のためにとっておくから……!」
「……何の初めて?」
「え? そ、それはキスとか……そ、それ以外も……」
問い詰めると途端に顔を上気させて視線をうろうろさせる彼女。最終的には言葉に詰まって「うう……」と何だか瞳をうるわせてこちらを見上げてくる。比奈さんそれあかんです。完全に牝の顔してますわ。
「比奈。一つだけ追加」
顔を逸らして言う。
「何?」
「俺を誘惑するの禁止」
「誘惑した覚えなんてないけど!?」
貴女にした覚えがなくても俺はされてるんです。じゃあなんだ。天然で誘惑してるってことか? もしそうだとしたら比奈は魔性の女だ。魔女だ。そこがいいんだけど!
混乱も頂点に達し、いよいよ恥ずかしさと気まずさに場が支配される。どうしよう……。
「ね、ねえカズ君」
「な、何だ?」
「私達の間では必要以上の過敏なスキンシップは禁止だけどさ」
「お、おう」
「……二人で一緒にいるだけくらいなら、いいよね?」
普段の彼女よりも甘い音色を放っていた。こと恋愛に関しては比奈の方が積極的な場面が多々見られる。そこはやはり女の子ということだろうか。
「……それぐらいなら、全く問題なし」
「じゃ、じゃあ隣にいってもいいよね……?」
比奈は数センチの隙間を詰めて、ピッタリと体をくっつけてくる。彼女は頭を肩に乗せてくる。さらさらの黒髪が俺の頬をなぞりこそばゆい。良い匂いが鼻腔をくすぐる。 いつもより体温の高い彼女の肌を服ごしに感じる。
ドキドキが止まらない。というか比奈さん。誘惑禁止って何個か前に言ったよね……?
でも今この時を終わらせたくなくて。俺はさらに言葉を加える。
「手を繋ぐのも許容の範囲内だ」
と言って彼女の手を握る。
「カズ君の手、暖かいね」
「比奈の手は少し冷たいな」
少ない文字数で会話をしながら、ただ手を繋ぐだけから、指と指を絡ませあう恋人つなぎに発展させる。
「私はこうしてるだけでも満足だよ。今はこれ以上を望まない」
「俺もだ。比奈が隣にいてくれるならそれでいい」
「私も……」
隣の女の子の存在を強く認識するために、少しだけ絡み合う指に力を入れる。
俺達はしばらくの間寄り添いあっていた。
お互いの温もりを感じていつまでもいつまでも。
今年は暖房器具はいらないかな、なんてくだらないことを考えながら――……。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
きっと二人のスタート地点は同じだった。
だけど道が違った。異なる道を進みながら俺達は道の先を目指していたのだと思う。
でもそれももうおしまいだ。ようやく俺達は同じ道に出たのだ。横に並んで並走することが出来る。
バラバラだった二人の物語は、本当の意味で二人の物語に成り得たのだ。
ここからは二人一緒に。
俺と比奈の物語はまだまだ続いていく――――




