七話「彼のクリスマスイブ」
早いもので十二月も終わりに近づいていた。
結局、あれから今日まで比奈と連絡が取れることはなかった。
けど、もういい。今日はそのことは忘れてしまおう。最近憂鬱気味だったから今日くらい弾けよう。
「……和晃君、おはよう」
「お、来たか。でも、集合時間より三十分早いぞ?」
「……和晃君はもっと早いけどね」
そうだな、なんて言って笑う。
今日は十二月二十四日。恋人達の日、クリスマスイブだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「どこか行きたいとこある?」
「……映画館、水族館、遊園地、カラオケ、ラウワン、カフェ、スカイツリー、東京タワー、浅草、新宿――」
「オッケー。とりあえず行ければどこでもいいんだな?」
後半は都会に行きたいという野望が漏れ出していた。それもありだけど……今日は電車も混んでるだろうし、近場がいいかな。
「じゃあ隣町のアウトレットモールに行くか」
それに久しく行ってなかったし。最後に行ったのは……確か、比奈と恵ちゃんの奇妙な三人デートの時か。
二人で駅まで歩いて電車に乗り、隣町に赴く。
アウトレットモールに行こうと提案したのは、近場のデートの定番であり、若菜ちゃんが羅列したカラオケ、映画などが揃っているからだ。
アウトレットモールの入口には大きなクリスマスツリーがあった。まだ昼間だというのに、葉に巻き付いたネオン達は激しく自己を主張している。そんな手荒い歓迎を受けながら、いつもの数倍賑わうアウトレットモールに足を踏み入れる。
「……これとかどうだ?」
「……うーん……」
俺達は映画館の前にいた。上映している映画のポスターを眺めながらどの映画を見るか頭を悩ませている。
「……これ、ドラマの劇場版だから、和晃君は分からないと思う」
「何とかなる気がするんだけど」
「……駄目。同じ目線で見たい」
若菜ちゃんは頑なに「一緒に」見ることに拘る。
「だったら、さっき眺めてた映画でいいんじゃ……」
「……だ、駄目。あれは私たちには早すぎる」
俺が指差すのは最初に若菜ちゃんが注目した映画のポスターだ。日本で作られたちょっと切ないラブストーリーだ。
デートとかではこういった恋愛映画がお約束じゃないのだろうか。というか、若菜ちゃんの「早すぎる」とはどういうことだろう。
「……やっぱり無難にこれでいい」
結局、俺達が視聴を決めた映画はアメリカで作られたCGアニメーションの映画だった。子供連れの家族から、恋人同士までと幅広い層に愛される鉄板の映画だ。
二人でチケットを買い、ポップコーンやジュースなんかも購入して、劇場に突入する。そこからは純粋に映画を楽しんだ。
「面白かったなー」
「……話題作なだけある」
映画の内容は最初はコミカルだが、終盤に近づくにつれて熱く切なく、爽快感を持って終了した。この手の映画はストーリーの流れとか大体似通っているが、それでも安定した面白さを持っているものだ。
少し遅いお昼も兼ねて、カフェで先の映画の事を語る。それぞれ気に入ったシーンを口や簡単なアクションで再現して大いに盛り上がる。
ランチを終えた後は肌寒いからスポーツをしたい、という流れになり、アウトレットモールから少し離れた所にあるボーリング場に行くことにした。
「くらえ、回転投球!」
「……離れた所に当てるにはまず投射角を考えて……」
などと後々思い出したら後悔しそうなテンションでボーリングに臨んだ。
俺と若菜ちゃんは時に協力しあい、時に対立しながらゲームを進めた。
最終的にゲームに勝利したのは俺だったが、一番達成感があったのは、もうこれ無理だろってぐらい距離の空いたピン達を二人で考え投球し、見事スペアを獲得したことだろう。
楽しくて一ゲーム延長したため、三ゲーム程行なった。そのため、外は暗くなり始めていた。
アウトレットモールで夕食を食べることは決めてたのだが、まだ夕食には早いということでボーリング場の一つ上の階層にあるゲームセンターに行くことにした。
「……ゲームセンターはうるさいからあまり好きじゃない」
「こればかりは慣れだからなあ」
ボーリング場よりも遥かにやかましいBGMに、筐体を叩く音……ゲーセンに馴染みのない人間にはけたたましくて仕方がないだろう。かく言う俺も騒がしすぎるのはあんまり好きじゃないが……。
喧騒から出来る限り離れるために音ゲーエリアを避けつつ進み、暗々しい雰囲気の場所から明るくポップな所――UFOキャッチャーが並ぶエリアに出る。
「……これ本当に落とせるの?」
若菜ちゃんが適当なUFOキャッチャーを見ながら質問を投げてきた。
「難しそうに見えるけど、取れないことはないよ。……数千円持ってかれるけど」
以前、直弘がフィギュアを獲得するために英世が何人も消えていくさまを隣で見ていたことがある。
ゲームをするわけでもなく、のんびりとゲーセンの中を見て回る。
すると少し遅れてついてきていた若菜ちゃんがあるUFOキャッチャーの前で止まる。
「若菜ちゃん? これ、欲しいのか?」
「……え、あ、そ、そんなことは……」
中を見ると可愛らしいうさぎのぬいぐるみが景品になっていた。胸で抱えられるぐらいのサイズで落とすのは少し難しいかもしれない。
「謙遜すんなって。俺に任せなさい」
これ見よがしにシャツをまくり、財布から硬貨を取り出しチャレンジするが……一回目は位置を少しズラした程度だった。
更に一枚硬貨を投入し、位置をズラす。何度か挑戦して少しずつ、少しずつ降下口の近くへ移動させていく。
「……そこ!」
途中、若菜ちゃんに横から見てもらって奥行きの位置を教えてもらったりしながら幾度となく挑み、そして――
『落ちた!』
ようやく目当てのものが落ちて二人ともガッツポーズする。
「はいこれ。クリスマスプレゼント」
落ちてきたぬいぐるみを取り出して若菜ちゃんに手渡す。
「……あ、ありがとう、サンタさん」
「ゲーセンで獲った商品をプレゼントするサンタってどうよ?」
なんて言いつつも若菜ちゃんは今日何度目かの満面の笑みを見せてくれた。
……ただ、彼女の笑顔を見ていると同時に申し訳ないという思いが湧いて少し胸が痛んだ。原因はわからない。でも何となく深く考えてはいけないと、特に若菜ちゃんの前ではそれを表に出しては駄目だと本能が警告していたのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ゲーセンを出た後はアウトレットモールに戻り、適当な店を選んで夕食を取った。
そこでものんびりと時間を過ごし、二十時を回った所で帰る運びになった。
アウトレットモールは昼よりも活気が湧いていた。入口のクリスマスツリーの前も人で賑わっている。彼らを祝福するかのようにクリスマスツリーのイルミネーションが点滅を繰り返す。
「……和晃君。今日はありがとう」
輝くクリスマスツリーを背後に若菜ちゃんが感謝を告げる。
「俺の方こそありがとうな。今日は楽しかったよ。若菜ちゃんはどうだった?」
「……凄く、凄く楽しかった。クリスマスプレゼントも貰ったし」
彼女はさっき獲ったうさぎのぬいぐるみを大事に胸で抱えている。
「本物のサンタならもっと高価なプレゼントをくれると思うけどな」
「……私にとってはどんなに高価な物よりも嬉しい。――けど」
若菜ちゃんはぬいぐるみをギュッと強く抱えた。
手に冷たい感触があった。明るくて分かりにくいが、雪が降ってきたようだ。
「――私はもっと……それこそ値段で付けられないようなプレゼントが欲しい」
彼女は周囲の雑踏のせいで今にも掻き消えそうな声を出した。しかしその声は覚悟を決めたような意志の強さも含まれているように思えた。
「……そのプレゼントはずっと、ずっと欲しかったもの。けど、貰えるかどうかはわからないから」
若菜ちゃんは一度地面に視線を落とし――意を決したように顔を上げる。
俺は目の前の女の子の表情に見覚えがあった。それは若菜ちゃんとは違う女の子――三条沙良と雪の降る公園で向かい合っていた時とほとんど同じ表情を若菜ちゃんはしているのだ。
瞳は不安げにさまよい、今にも涙が浮かびそうで。唇は震え、不安と恐怖が入り混じっていて。俺の顔を正面から捉える頬は赤く蒸気していて。ちょっとした拍子で崩れ落ちてしまいそうなのに、けれどそこにははっきりとした強い覚悟が表れている。そんな表情だ。
そういった過去の経験もあり、今の彼女がこれから何を言おうとしているのか検討がついてしまった。まさか、若菜ちゃんが俺なんかを、という驚きはでかい。しかしそれ以上にこれから放たれる彼女の言葉を真摯に受け止めなければならないこともわかっていた。
だから俺は彼女の言葉を待つ。
「……和晃君。私、ずっと前から和晃君のことが……あなたのことが――」




