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六話「雪の降る日」

 比奈と最悪の仲違いをしてから数日。

 あれから比奈とは一度も会ってない。それどころか連絡すら取れていなかった。メールを何度か送ったものの、返信はない。

 学校に来てくれさえすれば、どうとでもなるのに。

 彼女が学校に来ないのはひとえにドラマの撮影があるからだ。比奈は二学期の終わりまで仕事尽くしで、次に学校に来るのは年を越してから。

 それが比奈と会えない理由だった。


 最初は自分が間違った選択をしてしまったと後悔し、反省した。彼女に会ったらいの一番に謝ろうと考えていた。

 だが何度送ろうとも一切反応しない態度に俺はいつしか怒りを感じ始めていた。

 俺が悪いのかもしれない。けど、その反応はいくらなんでも酷いだろ、と。

 そういった経緯もあって、彼女に対してイライラが募り始めていた。

 彼女への怒りを自覚した瞬間、そのイライラは今回の件のみが原因じゃなく、隠し事をしていたこと、河北慶という男と一緒にいたことも関わっていることにも気付いた。



「……和晃君。何だか顔が怖い」



 隣から声をかけてきた人物は若菜ちゃんだった。



「ちょっと色々あってな。少しイラついてる」


「……一人にした方がいい感じ?」


「いや、若菜ちゃんと話してる方が不快な思いしなくて済むから一緒に行こう」



 足の進みを合わせて学校への道を進む。



「そういや、勉強会のご褒美はどうするんだ?」


「……成る程。今それを聞く」



 何が成る程なんだろう。



「……今言っていいのかどうか……」


「全然構わないぞ。ドンと来い」



 とはいっても、どんな要求が来るか分かったもんじゃない。ある程度覚悟は決めておかないと。



「……今度、二人で街に遊びに行こう」


「…………ん? それだけ?」



 若菜ちゃんは相変わらずの無表情で頷いた。

 もっと俺に厳しい要求を求めてくるかと思ったのに。思わず拍子抜けする。



「いいのか、そんなんで?」


「……そんなんでいい」


「はあ」



 別に誘ってくれればご褒美とか関係なしに遊ぶのに。……公開恋愛のこともあるから、あまりはしゃぐことは出来なそうだが。



「遊ぶぐらいなら、別に断ることもないよ。というか、いいのか? 今後宿題を写す権利をくれだとか、購買一人気のカレーパンを毎日買わせるとかじゃなくて」


「……和晃君の中で私、鬼畜なイメージな感じ?」



 てっきり、割とストレートに毒を吐いてくるタイプかと……。



「まあ、若菜ちゃんがそれでいいならいいけど……」


「……重要なのはご褒美の内容じらなくて、その日時。――和晃君、クリスマスイブは空いてる?」



 若菜ちゃんはどうしてか一瞬のためを作ってから尋ねてきた。



「クリスマスイブ……二十四日か。その日は――」



 比奈とも予定がない、と言おうとしてとどまった。

 何故、ここで比奈の名前が出る。

 若菜ちゃんは俺と比奈の本当の関係を知ってるからこうやって尋ねてきたんだ。

 そもそも、比奈もクリスマスイブには仕事が入ってたはずだ。今の彼女との状態がどうであれ、イブに彼女と会うことは出来ないのだから、ここでは全く関係ないじゃないか。



「――悲しいことに一日空いてるよ」


「……なら、その日でいい?」


「若菜ちゃんこそいいのか? 折角のクリスマスイブを俺なんかと過ごして」


「……家にいたらいたで、お母さんがうるさいから。何でもいいから予定入れたかった」


「そうなのか」



 若菜ちゃんも苦労してるな。



「じゃあ、クリスマスイブにデートってことでいいんだな?」


「――で、デート……う、うん。問題ない……」


「よし、了解」



 こうしてクリスマスイブ……恋人たちの日の予定が埋まる。

 恋人の関係じゃないけど、別にいいだろう。必ずしもその日を比奈と過ごす必要はどこにもないのだから。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 外は粉雪が舞っていた。

 空は曇り空だけど、雪が降る景色はとても幻想的だ。



「……こんな日はあの日を思い出すな」



 冬。粉雪。思慮深く感じる一日はどうしてもあの時のことを思い出す。



「……ここか」



 訪れたのは小さな公園だった。様々な意味で俺を形作った場所。

 あの日、俺は彼女に……三条沙良に想いを伝えられた。



「あれからもう二年か。早いなあ」



 雪が降りてくる空を見上げる。息を吐くと、白い煙が生まれる。



「なーに感傷に浸ってるのよ」



 声の飛んできた方に目をやる。



「……何だ、由香梨か」


「何だ、とは何よ。物思いに耽ってる一人の男子高校生に救いの手を差し伸べてるのよ? 感謝しなさい」



 なんてことを言いながら、彼女は近くにやってくる。



「それで、和晃はどうして公園にいたの?」


「由香梨こそ何でここに来たんだよ」


「雪が降ってて、かつちょっとしんみりとした気分だったし、ならここに来るしかないかなと思って」


「……俺も同じだよ」



 由香梨は俺から視線を外し、公園全体を見やる。



「そういえば、話したっけ? 二年前、ここで沙良が和晃に告白したのを見てたっていうの」


「いや、初耳だし、割と衝撃的な事実なんだが……」



 あまりにも自然に暴露されて、驚くことも出来なかった。



「あの時妙に情報が早いと思ったら、全部見てたんだな」



 全く気付かなかった。あの時は沙良の姿しか視界に映っていなかった。まさか誰かに見られてるとは思いもしなかった。



「目撃したのは本当に偶然だったけどね。……今日みたいにすぐ帰るのもったいないなと思って公園に向かったらいつもとは違う様子の親友達がいたんだもの。そりゃビックリするってもんよ」



 彼女はさっきの俺のように空を見上げ、白い息を吐き出す。



「あれからもう、二年も経ったのね……」


「時の流れって早いよなあ」



 まだ高校生の俺が言うべき言葉ではないのかもしれないけど。しかし確実に幼い頃より早くなったと感じる。



「あと一年で卒業。次ばかりは和晃と道を違えるわね」


「間違いない」


「ま、大きな分岐点とはいえ、やり直しは聞くからね」



 和晃を除いてね、と彼女は言った。

 彼女は上げてた顔を落とし、再び俺を見つめてくる。



「合ってるでしょ?」


「ああ。――タイムリミットまであと一年だ」



 正確には一年と三ヶ月か。

 俺は沙良と彼女の父親を助ける代償として鎖に繋がれた。

 その鎖から逃げようとしても、高校を卒業する日、鎖は伸びきって逃げることが出来なくなる。

 逃げ道を失った先に待つ道は文字通り一つしかない。もう他の道に逸れることは許されなくなるのだ。

 それを良しと考えるなら、巻きついている鎖は希望に繋がる命のロープになる。けど、それがよくないのなら、たちまち呪いにも似た鎖へと変化する。

 俺は納得しきれていない。ということは、俺は呪われているということだ。



「三年はやっぱり短いわよね。……この一年は有意義だった?」


「決して無駄な一年ではなかったよ。特に夏休みに入ってからつい最近までは」



 今年の前半がいらないものだったかと聞かれたら、そんなことはない。けど、来年のことを思うと、ダラダラと日々を過ごしてしまったような気にもなる。



「……変わったのは比奈に会ってから、か。大変なことも合ったけど嬉しい幸運だったのね。幸運じゃなくて運命だったのかもしれないけど」


「過去に起こった出来事だったら何でも運命になるさ」



 運命とは予定調和のことだ。しかし、実際に運命だったと感じるのは何かが起こった後。つまり特定の過去を運命と感じたら、それは運命になる……というのが俺の持論である。



「それもそうね。……ただ、彼女が和晃に道を示せるなら……私は二人を応援するわよ。それこそ、私に出来ることがあれば何でもする」



 彼女はあっけからんと笑う。白い雪の背景に彼女の姿が浮かび、魅力的な笑顔が一層強調される。



「気が早いぞ。まだ……現在進行形で問題山積みだ」


「そこは頑張りなさいよ!」



 バン、と背中を思い切り叩かれる。服を何重も重ねてたから衝撃しかなかったが。



「……はあ、全く」



 呆れてもう一度空を見上げる。


 雪はいつまでも俺たちに降り注いでいた。





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