表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/183

二話「河北慶という男」

「……速報。私氏、進級の危機」


「それが本当ならふざけてる場合じゃないと思うんだが」



 今日の朝は若菜ちゃんと偶然遭遇した。現在テスト期間中のため、その話題が出たんだけど……。



「まあ、明後日から週末だし、明日明後日辺り恒例の勉強会を開こう。……今回は若菜ちゃんもちゃんと勉強すること。いいね?」


「……和晃君は私に死ねと言うの?」


「そこまで嫌か!?」



 無理せずワンランク下の学校に行けばよかったんじゃと少し思う。



「……ご褒美とかくれたら本気出す」


「学校のテストで同級生にご褒美を求めるとは何と強欲な。まあそれでちゃんとやってくれるなら一つや二つぐらい構わないぞ」



 若菜ちゃんが進級出来なかったりしたら大惨事だし。



「……よし、なら――」


「先に釘打っておくけど、世界の半分を寄越せとか、不可能なものは禁止。あくまで俺が出来る範囲で」


「……和晃君ってドS?」


「ドSかどうかはともかく、きちんと言っといてよかったと心底思ってる」



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 若菜ちゃんと教室に入るとクラスメイト達が一つの机に集まって騒いでいた。



「何だ何だ? 面白いものでもあるのか?」


「あ、和晃……」



 興味本位で近づくと一人の男子がそんな声を上げる。



「なあ、これ隠した方が……?」


「ううん、こういうことはちゃんと教えてあげないと……」



 クラスメイト達はバツの悪そうな顔を浮かべる。一体どうしたっていうんだ。

 机の中心にいた男子が雑誌を見せてくる。



「これは?」


「今日発売の週刊誌なんだけど、ここに香月さんのことが書かれてるんだ」


「比奈のことが……?」



 近づいて目を凝らす。

 ページの右端の方に「あの大物アイドルとイケメン俳優の浮気現場を目撃!?」なんて大々的に書かれている。



「またこういうのか。どうせガセだろ。踊らされるなって」



 俺と比奈のスキャンダル騒動の時ははっきり顔が分かるように撮られていたが、今回はそうじゃない。比奈に似た後ろ姿の女性と横顔の男が夜の街を歩いているという写真だ。ただの悪質なデマな可能性が高い。



「で、でももしこれが本当なら……」


「もっとよく見せてみ。俺なら本物かどうか見分けつくから」



 雑誌を渡してもらい、例の写真を見ようと顔を近づける。

 写真の女性を見ようとして――その前に隣の男の方に見覚えがあることに気づいた。

 こいつ……確かこの前見かけたやつだ。比奈は僕の彼女だ、とかほざいてたやつにそっくり。

 そいつがどうしてここに写ってる……?



「……和晃? どうなんだ?」


「ん? あ、ああ。これは比奈によく似た女性だよ。比奈とは全然違う人物」



 皆には心配をかけないように嘘をつく。

 男の正体が本当にあの時の男ならば……隣の女性が比奈だというのもあながちおかしくないのでは?


 ああ、くそ、面倒なことになってきた……!



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「この男がどんなやつか分かる?」



 翌日。俺は例の週刊誌を買って、別の用事のついでに訊ねてみた。



「この男の人ですか? 河北慶……。あまり聞いたことのない名前ですね。すいませんが、私では力になれないかと」


「そうか。ありがとな」



 その人物は梨花さんだった。

 日の目を出なかったとはいえ、元芸能人だし詳しいかなと思ったが結果はご覧の通りだ。



「でもどうしてそんなことを調べてるんですか?」


「あー……ちょっと気になってな。本当に比奈かもしれないわけだし」



 安易に本当のことは言えなかった。まだ疑惑を持っただけで確定ではない。下手にバラして噂が広まることだけは避けたい。



「本人に聞いてみるというのは?」


「昨日は仕事で休み。今日はいるんだけど、俺最近比奈に避けられてるんだよね。何でか知らないけど」


「先輩のことですし、悪戯のつもりでセクハラでもしたんじゃないですか?」


「お前は俺をどういう風に見てるんだ!?」



 そんなセクハラまがいなこと、ライブ衣装の撮影が許可されて、調子乗って「胸を、胸を寄せるんだ!」と力説した記憶と……あといくつかぐらいしかない。



「まあでも、力になれなかったことは素直に謝ります」


「律儀なのか失礼なのかわかんねえな……」


「それで話は変わりますけど、これ頼まれてたものです」



 梨花さんはルーズリーフを一枚手渡してくる。



「私に詩を書いてほしいだなんて、一体何事ですか? 頼まれたからには全力で書きましたけど」


「グッジョブ、梨花さん。これであっといわせることが出来る……!」



 彼女に頼んでいたものは次回のラジオで使うものだ。修学旅行をズタズタにした恵ちゃんへの報復のため、用意してもらった。



「あれ、和晃先輩じゃないですか。……どうしてそんな悪い顔してるんです?」



 さあどうしてやろうかと恵ちゃんのあんな姿やこんな姿を思い描いていると新たな人物が現れた。

 久々登場、演劇部の後輩である祥平だ。唐突な登場に隣にいた梨花さんが固まる。



「おお、祥平か。久しぶりだな」


「ええ、お久しぶりです。というのも先輩が部活来ないからですけどね」



 一言多いよ祥平君。



「部活行かない理由は崎高祭の時話しただろ。サボってるんじゃない。俺は俺のために部活行かないだけだ!」


「それただの言い訳じゃないですか。確かにあの時は納得しましたが、それはそれ、これはこれです。というか、むしろあの告白を聞いた後は、皆先輩のためにどうかにかしようとしますよ。そんな演劇部の良心を裏切って香月先輩といちゃいちゃいちゃいちゃして……」



 堂々と部活をサボることに決めた俺と、相変わらず小姑のようにネチネチと責めてくる祥平である。



「ま、のんびりしてられるのも今のうちです。三年生の卒業祝いには必ず出てもらいます。どんなに嫌がっても首根っこ捕まえて参加させるんで」


「ははは、この俺が首根っこ掴まれたぐらいでどうにかなると思ったら大間違いだ!」


「若菜先輩に香月先輩、必要ならば菊池先輩にも協力を要請します」


「女性を使うのは卑怯だぞ!?」



 けれどその三人が敵に回ったら勝てる気配がしない。ぐぬぬ……。



「それで梨花と先輩は何を?」



 祥平は梨花に顔を向けて訊ねる。



「か、勘違いしないでね。別に先輩と浮気してるわけじゃないから!」


「最初からそんなこと考えてもないけど……」



 梨花さんって好きな人の前だとテンパって駄目になるタイプだこれ。彼女の恋路は大変そうだ。



「梨花さんなら詳しいかなと思ってちょっと聞きたいことがあったんだ。祥平もよかったら見てくれるか?」



 梨花さんのために助け舟を差し出す。純粋に祥平にも聞いてみようという私情も入り混じっていたが。



「これの男の方……記事によると河北慶かわきた けいって書かれてるやつがどんなやつか知ってるか?」



 口に出したように、イケメン俳優の男は河北慶とかいう人物らしい。それほど有名な俳優というわけではないらしいが、俺はこの名前をどこかで聞いたことがあった。



「……河北慶ですか。知ってますよ。この人はどちらかというと舞台で活躍する役者ですね」


「おお、知ってるのか」



 聞いてみるもんだ。



「というか、先輩の方こそ何で知らないんですか。今度香月先輩とドラマで共演するはずですよ。初のドラマ主演ってことで結構取り上げられてましたし」


「比奈とドラマで共演……」



 そういえばいつだったか比奈が話してたような気がする。普段はあまりドラマとか見ないから、興味なくて受け流してたんだけど……そうか、だから聞き覚えがあったのか。



「どうしてそんなことを調べてるんです? まさかこの写真本当に……」


「いや、どこかで聞いた名前だなあと思ってちょっとな。ただの興味本位だ」



 最近比奈は仕事で忙しいのだけど、それはドラマの撮影もあるからだとマネージャーさんは言ってた。

 そこにドラマの共演者とのスキャンダル疑惑――二人の関係性と事実が重なり、より写真の真実性が増した。



「……本当にそれだけですか?」


「ああ。本当にそれだけだ」



 そのことを知るのはきっとこの俺だけ。

 本格的に雲行きが怪しくなってきた。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



『これが本物の河北慶かどうかは……わからないな。髪型も俺の知る河北慶と違うし……』



 俺は家に帰ると河北慶について調べてみた。

 祥平の言うように彼は元々舞台で活躍する役者であり、テレビの方にはつい最近出るようになったらしい。

 テレビの方では無名に近かったが、演技の実力は相当なもので異例の早さで主演に抜擢されたようだ。

 そんな河北慶の情報をさらに集めるため、俺は記者さんに電話をしてみたのだった。



『頼ってくれるのは嬉しいんだが、こればかりは本人に聞いた方が早いんじゃないか?』


「それなんですけど、比奈の様子が最近おかしくて……聞ける雰囲気じゃないんです。態度がおかしいのもこの河北慶が関係あるんじゃないかと思ったんです」


『なるほど。ちなみにこの写真が本物だったら高城君はどうするつもりだ?』



 どうするって言われても……。



「二人の関係に口出しするつもりはないです。俺と比奈はあくまで嘘の恋人同士ですから。けれど公開恋愛に何か影響出ちゃうかもしれないですし……」


『……うん、まあ、あれだ。高城君はもう少し自分を信じてみた方がいいと思うぞ。確かに君は本物の恋人じゃない。けど、彼女と乗り越えた壁が多いのも事実で、ただの友達というわけじゃないだろう? 仕事でもプライベートでも、彼女の中での君の地位は相当高いはずだ。きちんと話す場を作れば、ちゃんと話してくれるはずだ。今の状態に不安を感じているなら、早目にどうにかした方がいいんじゃないか?』



 記者さんは長い言葉で俺を諭す。



「……そうですね。何とか比奈と話してみようと思います」


『ああ、それがいいだろう。このことに関しては俺に出来ることは少なそうだからな。……この写真ぐらいは適当に調べておくけどな』


「ありがとうございます」



 おう、高城君も頑張れよと一言残して彼は電話を切った。


 俺は一体何を焦っているのだろう。突然の変化に戸惑ってるのだろうか。それでどうにか元の関係に戻ろうとしてる……のか?

 もう自分が自分で何をしたいのかよくわからない。



「このモヤモヤの正体を知るためにも……一度正面から向き合わないとな」



 明日は恒例の勉強会。そこで上手く二人きりの時間を作る。

 何もかも聞いて、話してスッキリしよう。


 明日に向けてそんな意気込みを入れた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ