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一話「冬の訪れ」

「うわ、さむ!」


 外に出ると冬の冷風に襲われる。体をさすりながらいつものように玄関に鍵をかける。

 一年の最後の月がやってきた。もうコートやマフラーを身につけないとやってられない。

 数ヶ月前まで長袖一枚で充分だったのに……子供の頃より時が経つのが早くなっててビックリだ。

 しかし冬っていうのは、外に出たらまず寒いって言うのが恒例だよなあ、なんてことを考えながら通学路を歩いていると、見知った後ろ姿を見つける。



「おーい、比奈ー!」



 手を振って彼女を呼び止める。



「あ……カズ君。おはよ」


「ああ、おはよ。今日も寒いな」


「うん、そうだね」



 比奈は小さく笑った。

 よしいい感じだ。今日こそは――。



「それで――」


「あ、えっとごめん。私、他の子と一緒に約束してるから……先行くね」



 比奈は俺の返事を待たずに小走りで先に行ってしまう。



「……またか」



 ここ最近、比奈と会うといつもこんな感じだ。何というか避けられてる気がする。

 もしかして恋人気取りで話しかける俺に嫌気がさしたか?

 修学旅行の時、いらん知識を吹き込まれて俺に悪いイメージを持ったとか……。



「朝から修羅場ねー」



 呆けていると後ろから声を掛けられる。



「……由香梨か」


「由香梨か、とは失礼ね。朝から女子高生に話しかけられる喜び、とくと味わいなさい」


「別に嬉しいって感情が湧くことはないんだが……」



 今度は由香梨と横に並んで歩き始める。



「で、どうしたの? 夫婦喧嘩でもした?」


「夫婦じゃないし、喧嘩もしてない。本当に他の友達と約束あったか、逃げられたかのどっちかだ」


「てことは一方的に拒絶されてるのね」



 まあそういうことだ。



「……お前さ、比奈に何か吹き込んだか? 修学旅行の後から少しずつおかしくなってるんだ。俺には由香梨が変なこと教えたとしか思えない」


「心外ね。変なことは何も言ってないわよ。せいぜい私とあんたの過去を話したぐらいね」



 じゃあそれが原因?

 でも、俺達の昔を知って変わる所なんてあるか?



「……二人は別に本当の恋人じゃないんだし、あまり気にする必要はないんじゃないの? 比奈にも比奈の事情があるんだし。和晃も比奈に言えない事情というか、言ってない事情あるじゃない。たまには比奈以外にも他の子に目移りするのもいいんじゃない? 若菜とか……私とか」


「何だそのアピール。……修学旅行の後からそういったネタ多すぎだ」


「やっぱり私も溜まってたんでしょうね。色々なものから解放された気分」


「それはよかった。……で、お前はまだ俺のことをそういう風に見てるのか?」


「さあね。ま、私はこの自然体の私に惚れてほしいわけだしね。和晃が私に惚れてる時は他の男子も私に惚れてると思うわよ」


「……性格悪いな、お前」



 由香梨は悪戯がばれた子供のように笑う。そんないい笑顔をされるとどう返したらいいか分からなくなる。

 ふと空を見る。正直あまりいい天気とはいえない。

 今年の初雪もそう遠くないかもしれないと思った。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「比奈、何か落としたぞ」



 教室で彼女の落し物を拾い、渡す。



「あ、ありがと」


「気をつけろよ。あと今日食堂で皆と食べるつもりだけど、比奈はどうする?」


「ごめん、私今日も他の子と……」


「ん、了解」



 彼女の意向を確認し、自分の席に戻る。



「今日も駄目だったのか?」



 戻ると直弘が出迎えてくれた。



「ああ。……嬉しいことのはずなんだけど、どうしてかモヤモヤするな」


「それは今まで二人がベッタリ過ぎたからだな。クラス内のカップルとしては健全になってると思うぞ」


「……俺達そんなベッタリなんてしてないぞ?」


「和晃。それは俺達第三者にはのろけのようにしか聞こえないからやめとけ」



 のろけた要素が一体どこにあったというのか。



「しかしこうも付き合いが悪くなるのは……お前、香月と痴話喧嘩でもしたのか?」


「同じようなことを朝言われたよ。答えはノーだ」


「じゃあ、お前が一方的に怒らせるようなこと、もしくは嫌われるようなことをした覚えは?」



 ここ最近の比奈と関係ある自分の行動を思い返してみる。



「……あ」


「思い当たる節でもあったか?」


「この前携帯でエッチなサイトを開いてるところを後ろから見られた……」



 あの時の絶望感は親にアダルトサイトを見てる瞬間を目撃されたようだった。

 あれを超える最悪のイベントはないといってもいい。



「……聞いた俺が馬鹿だった。あとそのサイト後で教えろ」



 後で教えろという辺りこいつも馬鹿だと思う。



「真面目な話、香月は何か事情があって和晃と距離を置いてるんじゃないか?」


「何かって例えば?」


「それは分からん。が、そういった可能性があるんじゃないかという話だ。少なくともそれは好きでやってることじゃなく、仕方なくといった感じだ。つまりお前と香月の関係は何も変わっておらず、状況だけが変わった状態といえる」


「……それだと何の気負いもする必要ないってことか」


「まあ待て。そうすぐに結論を出すんじゃない。今のはあくまでポジティブに……二次元寄りの考えだ」



 いやどうして二次元的な方向で考えたんだ。ここは俺達のリアルだぞ!



「現実的に考えるなら……俺達や和晃にも言えないような隠し事をしてるんだろうな。隠してる内容によっては和晃とお前の関係すら変化してる可能性もある」



 隠し事か。由香梨も比奈には比奈の事情があると言っていたけど……。



「隠し事するのは一向に構わないけど、出来たらもう少し分かりにくくしてもらいたいところだ」


「それについては香月は元々友人が少なかったというのが理由だと思うがな。ま、どうにか二人の時間を作ってそれとなく聞いてみるのが一番じゃないか?」



 それもそうだ。

 現状、彼女には俺の知らない何かが起きた、もしくは変化があった。その程度しか分からない。

 下手に結論を出すのを急ぐ必要はない。



「しかしどうして俺は本当に恋愛相談みたいなことをしてるのかね」



 直弘は不満気にそんなことを呟いた。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 比奈に何かが起きようと俺の生活が一変するわけじゃない。

 食材がなくなってきたのでまとめてスーパーで買った。

 この季節は手軽に出来てかつ美味いもの――鍋ができる。一人鍋パーティだ。

 晩飯に思いを馳せながら歩く。横断歩道に差し掛かったが、信号が赤だったので歩みを止める。

 その信号を待つ群衆の中に周りから浮いている男女がいた。大きなスーパーの袋を両手に持った男子高校生も珍しいとは思うが。

 珍妙な二人組みの一人は金髪の男性で、時折見せる横顔はとても整然とした顔付きをしていた。もう一人は背が高く、美人な女性で、この寒さの中、パーティに赴く令嬢のような格好をしている。

 貴族の美男美女カップルだろうか。二人の周囲の空気が輝いているような気がした。

 こういう人もいるんだなと思いながら俺は視線を信号に戻そうとする。



 ――あとは香月比奈ね。



 だが、二人の会話から聞き慣れた名前が出てきた。

 比奈の話題? いかにも上流階級の二人が比奈の何を話しているんだ?

 気になってしまった俺はそのまま耳を立てることにした。



「――成る程。大体分かったわ。それで貴方と比奈の関係はどういったものなの?」



 信号が赤から青に変わる。

 止まっていた時間が動き出す。





「香月比奈は――僕の彼女だ」





「――んなっ!?」



 今あいつ何て言った? 僕の彼女? は? どういうことだ?

 真相を問いただそうと追いかけようとするが、大きな荷物と人ごみのせいで二人との距離はみるみる離れていく。それはまるで俺と比奈の関係を表しているようで。



 ――本格的な冬が訪れる。それは波乱と共にやってくる。





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