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八話「二人の幼馴染(後編)」

<side Yukari>


 中学三年の冬。その日は雪がパラパラと降っており、日が沈みかけている暗さと粉雪のバランスがとても綺麗で、すぐに帰るのはもったいないなと思ってた。だから私は久しぶりに沙良や和晃と出会った公園でこの景色を楽しもうと思い、そこに向かった。

 けれど公園には先客が二人いた。しかも顔見知りだ。白いコートに身を包んだ沙良とポケットに手を突っ込んで沙良と対面している和晃だった。

 三人が出会った所で偶然会うなんて珍しい。すぐさま私は二人に声をかけようとした。けど、その二人の様子がいつもと違う……何というか冬のしんみりとした空気が満ちていた。

 あ、これ私が入っていい場面じゃないと察し、声をかけるのは諦めた。でも親友の二人がそんな空気を醸し出して何をしてるのか気になってしまい、私は公園に生えている木々に隠れて二人の会話を盗み聞きした。今思えば凄く愚かなことをしたと思う。



「あと数ヶ月で卒業なんですね」



 雪のように透き通る声で沙良が言う。



「そうだな。……本当に後悔はしてないんだよな?」


「ええ。私は中学を卒業したらアキ君のお父さんの下で働きます」


「……ごめんよ。沙良の未来を勝手に決めちゃって」


「いえ、私はこれでいいんです。お父さんを助けるために自分が出来ることを自分でちゃんと選んだ結果ですから。アキ君には感謝しかないんです」


「その言葉がもらえただけでも救われるよ」



 二人が何を話しているのかは大体分かる。沙良のお父さんを助けるため、和晃が彼の父親に援助を求め、そのお金を返すため沙良が和晃の父親の秘書として働く……それはちょうど一年前くらいから始まった話だ。正式に沙良が働くことを決めたのはつい最近で、二人はそのことについて話していたのだろう。

 内容が分かっているからか、二人の会話はとても重く感じた。



「アキ君はどこの高校に行くか決めたんですか?」


「崎ヶ原高校に行こうかなって思ってる。学力的にも丁度いいし、割と自由な校風らしいから合ってるかなと思って。それに何より、家から近い」


「アキ君らしい理由です」



 沙良は呆れていたが顔には微笑が浮かんでいた。



「そういえば由香梨も崎高志望なんですよね?」


「そう聞いたな。狙う高校まで一緒になるとはなあ。とんだ腐れ縁だ」


「……自分で選んだとはいえ、その中に私が入れないのが残念で仕方ありません」


「いつでも顔見せろよって言いたいけど、ここ最近故郷でのんびりしてたって理由で色んな所飛び回るらしいからな。タイミング悪いなほんと」



 和晃の父親は所在が安定しない。

 日本の最北から最南は勿論、世界地図の端から端――つまり世界の様々な国を彼は飛び回っていると聞いた。数年に一度故郷に帰ってきて時間の許す限り家族との団欒を過ごすというのが高城家の普通らしい。

 ちなみに母親の方は和晃がまだ中学生だからという理由で常に故郷にいた。出張中の父にそれを待つ家族の図そのもの。けど和晃が高校生に上がった後はもう自立できる年だからという理由で母親は父についていくらしい。つまり、高校に上がったからあいつは早くも一人暮らしというわけだ。



「ですが高校卒業までに何が何でも一度はこの町に戻ってくるそうです。その時は一皮向けた私をアキ君に見てもらおうと思います」


「ああ、楽しみにしてる」



 二人の間に一瞬の沈黙が訪れた。和晃は通常時の平然とした顔をしていて、沙良はというと、顔を俯かせて指をモジモジさせていた。



「……えっと、ですね。アキ君をここに呼んだのはこういった未来の話をするためだけではないんです」


「しようと思えばいつでも出来る話なのも確かだしなあ。で、本題っていうのは?」


「極論ですが、これもある意味未来の話になります」



 そわそわしてて落ち着かなかった沙良が顔を上げて和晃をきっと見る。



「今お話したように、私は中学を卒業したらこの町を離れることになります。肩書きも世間一般的には社会人になります。アキ君と同じ立場になるのはアキ君が社会人になるまで訪れません」



 和晃は沙良の話を拝聴していた。



「ですから、こうして同じ学生である今だからこそ、やりたいことがあるんです。言いたいことがあるんです。これから変わっていく三条沙良じゃなくて、子供の頃からそのまま育った今の三条沙良として、あなたに」



 沙良はそこで一旦区切り、大きく深呼吸する。そして一度目を瞑り、慈愛の眼差しで、女の子の顔で彼女は言った。



「私はあなたのことが――高城和晃のことが好きです」



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 三条沙良は可愛い女の子だった。

 出会いは小学生に上がる前だったけど、初めて彼女を見たときから可愛いな、女の子らしいなと思っていた。特に私は元気でハツラツとしてるからおしとやかな彼女は特にそう感じた。

 沙良と親友であることは私にとって誇りだったのだと思う。

 女の子の中の女の子の沙良。普通の男の子の和晃。そしてちょっと男らしい性格の女の子である私。この三人のバランスは丁度良く、長い間共に過ごせた理由の一つだ。


 小さい頃――まだ恋というものを何も知らない時期は無意識で三人が集まり、純粋に遊べることが出来た。

 けど小学校に上がって何年か経つと、徐々に恋という言葉が嫌でも目に付くようになる。私は当時はそんなものわからなかったけど、沙良はその頃から自分の想いに気づき始めていたのかもしれない。

 小学生高学年になると沙良に和晃のことが好きだとカミングアウトされた。その時は素直におめでとう、と言えた。応援するよ、とも言えた。

 沙良の気持ちを知ってから私は少し遠巻きに二人のことを見るようになった。最初は寂しさを特に感じることはなかった。だって私の好きな二人が仲良くしてるんだ。嬉しいはずがない。そして少しずつ二人はお似合いのカップルだななんて思うようになっていった。

 しかしその気持ちが加速していくと同時――自分はちょっとずつ心が締め付けられるような気持ちになっていった。理由はすぐにはわからなかった。


 中学に上がると、常に三人組だった私達が崩れていった。というのも、沙良と和晃が二人で遊ぶ回数が増えていった。私も暇があれば二人に加担するし、特別な日は変わらず三人で過ごした。

 二人が遊ぶことに心がモヤモヤしていたが、沙良の気持ちを知ってる身ととしては応援することしかできなかった。


 そのモヤモヤの正体にはっきり気づいたのは中学一年の最後の月だ。高校受験に受かり、卒業を控えた中三の先輩が私に告白してきた。彼は私たちの学年でも度々話題に上がる先輩で実際に話したこともある。とても誠実で優しい人。気遣いも出来て、私なんかにはもったいないくらいの人。

 告白なんてされたのは始めてだったから、されたこと事態は嬉しかった。けど先輩に「好きです。付き合ってください」と言われた時、何か違うと感じた。

 想像した。先輩と道を歩く姿を。どうでもいい話をして笑いあう私と先輩の姿を。なのに――先輩として思い浮かべていたはずの男は和晃の姿だった。

 そこでようやく自分が感じていた感情の正体は恋心だったのだと気づくことになる。

 だけど気づくのが遅かった。沙良もあいつのことが好きで、しかもあいつと沙良はお似合い。私は沙良ほど女の子らしくないって自覚している。自分の気持ちを曝け出して沙良と勝負しようにも完敗することが目に見えていた。

 これはきっと気づいてはいけないことだった。私は自分の想いを知って即座にそれを自分の奥底へとしまいこんだ。

 あいつへの気持ちをなかったことにする。忘れたことにする。そしたらいつか好きなんて気持ち本当にどこかになくなってしまって、前みたいに何も考えずに笑うことができる――。

 だから私は二人の前でいつもどおりに振舞った。沙良は中学を卒業するまでに和晃に告白する、と言った。私は早く二人がくっついて欲しいと願った。そのために黙っていてと頼まれていた沙良の父親の話を和晃に話した。あいつには助ける力がある。それを実行すれば二人の繋がりはますます太くなり、距離もぐっと縮まるだろうと思ったからだ。

 二人がくっつけば、この気持ちとすっぱりお別れすることができる。諦めることができる。二人が恋人同士になることをひたすら願い、それだけを考えた。


 そのはず……だったのに――



「和晃!」



 放課後、私は和晃を呼び止めた。彼は階段の踊り場に立っていた。窓から差し込む夕日の光が和晃と私を照らす。



「ん? 何だ、由香梨か。そんな慌ててどうした? 一緒に帰りたい、とかなら普通に待ってるぞ」



 あいつはその時も変わらぬ顔でいつもの笑顔を私に見せてきた。



「そうじゃなくて! 何で、何で――」



 私は沙良が和晃に告白するところを偶然にも見てしまった。その結末も当然、知っている。



「沙良の告白を断ったの!?」


「――――」



 和晃の動きが止まり、顔から笑みが消える。



「……情報伝わるの早すぎだろ。由香梨がこういった話には詳しいとは知ってたけど、流石に驚いた」


「今どうして私がその話を知ってるかは問題じゃない。――答えて、和晃」


「何で沙良の告白を断ったか、か。悪いが言えない。例え由香梨であってもだ。彼女の名誉に関わることだし、言い方は悪いけど由香梨には関係ない。だから――すまない」


「何で和晃が謝るのよ……! 私だってそれぐらいわかってる!」


「……由香梨。大事な親友の事だから怒るのも納得できる。けど俺も沙良も真剣に考えた結果だ。心配する必要ない。難しいかもしれないけど、今は落ち着いてくれ」



 そんなの無理だ。私はあの時の全てを見ていた。告白後の二人のやり取りも、その後涙を流してそれでも笑顔を浮かべていた沙良の顔も。それなのに落ち着けるはずがなかった。



「もしも、よ」


「……何だ?」


「もし私も和晃のことが好きだって言ったら、答えてくれるの……?」


「はあ? 何言ってるんだ、おま……」



 和晃の言葉が止まる。私は彼の顔をまともにみれなかった。スカートの裾をギュッと掴んで、顔を逸らして、今にも涙が出そうだった。顔もこれ以上ないくらい熱い。



「――マジなのか、それ」



 私はそのまま頷いた。



「はあ……くそ、まいったなあ……」



 和晃は困ったように眉をしかめ、右手で頭を掻いた。



「沙良を断ったのって、私が好きだからとかそんなんじゃないよね?」


「……ああ。残念だけど、俺に好きな人はいないよ。だからその、由香梨とは付き合えない。ごめん」


「謝らなくてもいいわよ。だから……好きじゃないから、以外に付き合えない理由があるなら教えて」


「まず、由香梨と一緒にいたり、話したりすることは楽しいよ。それに男子どもが由香梨って可愛くね?なんて話したりして、異性として意識したこともある。正直俺なんかにはもったいないくらいだ。だから、付き合えないのは俺のせいだ。俺は――未来が怖い。不安なんだ。一年前からこの世界に対する見方がちょっと変わった。些細な変化だけど――それは確実に俺を蝕んだ。今後由香梨と付き合って、それを幸せに感じてしまったら、俺はズルズル堕落するんじゃないかって。きっと今までのように過ごせなくなる気がする。多分だけど、俺は今後かなり苦しむ。その苦しみにきっと君も巻き込んでしまう。そうなって欲しくない。全部、俺の勝手で我侭だ。ごめん。本当にごめん」



 俯いた和晃の顔が影で見えない。

 彼の言葉は文面は違えど、内容は沙良に対しての回答とほとんど変わらなかった。

 この後沙良は涙と笑顔を浮かべてた。けど私には――想いを内包しすぎていた私の感情は爆発した。



「和晃が自分のことを酷評してるのはよくわかったわ。けれど、そんなので私が納得するとでも想ってるの?」


「……由香梨?」


「――私はあんたのことが好きなのよ!? そこに和晃自身のあんたは関係ないじゃない! 自分をどんなに下に見ていたとしても――私から見たら和晃は常に一番なんだよ? 未来が怖いから、私といると堕落してしまうから、なんて自分勝手な理由を受け入れるわけがない! あんたは分かったように言ってるけど、全然分かってない!」



 私は胸の内に溜め込んでいただけで彼に対する想いの大きさはきっと自分でも想像できない程になっていた。その反動で奥からドロドロとした感情が壊れた水道のように溢れてくる。



「私はきっと、あんたが何をしても傍にいてやれる! 励ましてあげられる! 不安だっていうなら、その体を優しく抱きしめてあげることも出来る。私の全てを差し出すことだって出来る。あんたのためなら――あんたと一緒にいれるなら何でもする。一緒に苦しんで、助け合って、時には逃げ出して……それでいいじゃない。私たちは漫画の主人公じゃないんだよ? 無敵じゃない。弱い人間よ。弱いから集まってるんじゃない。それなのに弱いから一人がいいなんて、言い訳にもならない。一緒に、いてよ。あんたが望むことも何でもする。和晃の要求なら私は何でも許容できる。それがあんたに対する私の気持ちよ」



 ずっと一緒にいた。それこそ沙良と出会う前から。

 皆で仲良く遊んで、その中でも特に仲良くなって、一番長い時間一番近くにいて和晃を見てたのは私だ。和晃以上に私はあいつを知っているかもしれない。

 和晃といると楽しかったから。和晃がいないとつまらなかったから。

 沙良と二人で遊ぶように、私もあいつと二人で遊べたなら、どんなに楽しかっただろう。嬉しかっただろう。いつもより女の子っぽいコーディネイトをして、和晃を驚かせて、ドキドキさせたい。

 私の中の基準は全部あいつだった。あいつが標準だった。だからあいつ以上の人間なんて表れるわけがなかった。

 好き、好き好き好き好き――。どうして、どうしてこの気持ちを抑えないといけないの。私は――私はこんなにも想っているのに。



「我慢なんて出来るはずないよ……一緒にいるのが当たり前だったのに、その当たり前を崩すことなんて出来ない。そしてそれは、私だけじゃない。言わなかっただけで沙良もそうよ。彼女も内心、同じようなことを思っていたはずよ。あんたが――和晃が沙良とくっついていれば、私は醜い私を曝け出す必要なかったのに! ねえ、どうしてよ! こんなに好きだって言ってるのに、こんなに想ってるのに……私も、沙良も、駄目なの……?」



 いつから私は狂ってしまったのだろう。私が和晃を好きだって気づいた時から? 沙良が和晃を好きって告白してきた時から? あの告白現場を見てから? それとも――和晃と出会ったその時から?

 もう何もわからない……。


 

「…………それでも、駄目だ。どんなに由香梨が俺のことを好きだったとしてもだ。それは付き合う理由にはならない。俺の言い訳も自分勝手なように、由香梨の好きって気持ちの押し付けも自分勝手なものだ。……それは由香梨が一番分かってるんじゃないか?」


「――――!」



 和晃の言うとおりだった。そんなの分かってる。

 沙良が駄目だったから、私にもチャンスがあるかもしれないと、あの時考えてしまった。

 だから私が沙良よりも和晃のことを想っていると、力になれると言えば、彼の隣を独占できるんじゃないかと考えた。

 自分の全てをぶつければ、和晃は傾いてくれるんじゃないかと思った。


 そう、私は――ずるくて、醜くて、ただひたすら弱い人間だ。



「うん、そうよ。私はそういう女よ。幻滅したよね? 私も私に幻滅した。慰めなんていらない。私は高城和晃といると狂っちゃうから……もう、一緒にはいられない。ここでさよならよ」


「――それは、とても残念だ」


「それは、私もよ」



 彼に背を向けてその場を離れる。その間に一度も後ろを振り向くことはなかった。


 その日の帰り、私は三人が出会った小さな公園にいった。

 ゆっくりと公園内を回り、そこで行った遊びを回想し、今までの思い出を連想した。

 小さい頃、特に白熱した砂場でのお城建て。その舞台となった砂場はこの日、黒く湿った砂しか存在しなかった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 私と和晃が絶交状態になってから数ヶ月。高校の受験が終わり、無事崎ヶ原高校への進学が決定した。

 ちなみに風の噂だと和晃も見事受かったとこの時聞いていた。どうせ同じ学校に行っても、一言も言葉を交わさないとなんて考えていたけど。

 受験が終わったということは沙良とのお別れも近づいてきてるという証拠だ。和晃と前々からこの時期にお別れ会をやろうという計画になっていたけど、私は仮病を装って辞退した。それにその方が沙良にとっても嬉しいはずだもの。私は出発二日前くらいに彼女に顔を会わせればいいかな、と思っていた。

 この溜まった鬱憤を晴らすため、溜まっていた漫画やゲームで発散しよう! 今日は趣味の日よ! と一人思い立った時、玄関のチャイムが鳴った。

 誰かと思い、玄関に向かうとそこにいたのは沙良だった。



「あれ、沙良。私のうちに来るなんて珍しいね。そうだ、丁度ゲームでもしようとしたところだし、一緒にどう?」


「いえ、今日は結構です。そしてゲームでもしようとしてたってことは暇ってことですよね? ならついてきてください」


「……どうしたの沙良? 何かいつも以上にアグレッシブね……!?」


「ごちゃごちゃ言ってる暇があったら早く来てくれませんか、由香梨」



 沙良からどす黒いオーラが放出されていた。彼女のどんな人にも敬語っていうのがここまで怖く感じたのは初めてだった。

 私は逆らえるはずもなく彼女についていくことにした。



「どこ行くつもり?」


「アキ君家です」


「アキ……って和晃の家!? そこだけは意地でも私行かな――?」


「何か言いましたか?」



 沙良はどこから取り出したのかバールのようなものを見せ付けてくる。とてもいい笑顔で。



「い、いえ何も」


「それなら良かったです。気絶させて運んだりなんてしたくありませんでしたから」


「それやったら警察に捕まるわよ!?」



 脅しをかけられて私は無理やり和晃の家に連れて行かれた。

 チャイムも鳴らさず、家の中にずかずか入っていき、リビングに到達する。するとそこには、



「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」


「和晃!?」



 何故か上半身裸で正座しながら延々とごめんなさいと呟く和晃の姿があった。



「良く出来ましたアキ君。もうやめていいですよ」


「あ、ありがたきお言葉……俺は幸せ者です」



 何このご主人様と家畜の関係図は。悪夢か何かかと本気で思った。



「さて由香梨。あなたも正座しなさい」


「え、でも……」


「アキ君と同じ目に遭いたいですか?」


「正座ですね、はい! します! させてください!」



 彼女に戦慄を覚えた私はこれ以上ないくらい気合を入れた正座をしてみせる。

 そうして、和晃と私が正座して並び、それを沙良が見下ろすという謎の状態になった。



「私は二人に言いたいことがあります。まずアキ君」


「な、何でしょうか」



 名前を呼ばれただけで和晃は震え上がった。関係は絶ったが、流石に元親友が変わりすぎて唖然とするほかない。



「アキ君は私に続いて由香梨も振ったんですよね?」


「え、ええ」


「それで由香梨は怒って、アキ君はそのまま由香梨の言うことに従い、仲違いした……合ってますか?」


「大体は……」


「そうですか。なら聞きますけど、何で由香梨を追いかけなかったんですか?」


「あ、いや、それはえーっと、由香梨はもう付いてくるな話しかけるなオーラを出しまくっていてですね、追いかけるのは無粋かなと思ったり思わなかったり……」



 和晃が話せば話すほど沙良の黒いオーラは大きくなっていく。存在そのものが大きくなっていくような感覚だった。



「……確かにその場ですぐ追いかけるのは難しかったかもしれません。ではアキ君、一つ質問ですが、二人の関係をそんなことで終わらせて本当によかったと思いますか?」


「そ、それは……」


「ここで迷った時点でそうは思ってないのが丸見えです。あのですね、アキ君。曲がりなりにも告白です。由香梨だって繊細な心を持っているんです。振られたんだからそれこそ傷ついてるはずですよね。それがわかってるなら、例え近づくのを拒否されても、親友として普通は慰めませんか? 何でそのまま絶交状態なんです? 女の子一人のアフターケアすらできないクズなんですか?」



 私の中でお姫様的なイメージだった沙良が、鞭を持った女王様のイメージに書き換わっていく。どうしてこうなった。



「それから由香梨。あなたも、あなたです」


 

 彼女のターゲットが私に移り変わる。その鋭い視線に思わず目を逸らしてしまった。



「私の告白を聞いて、激昂してくれたのは嬉しいことです。その際、アキ君に告白したことも私はいいと思っています。ですが、振られた後のあの見苦しい言葉は何ですか。由香梨はヒステリック持ちの子供ですか? そうじゃないですよね? 例えその場の感情で言っていたとしても、後で思い出して、考えを改めることは簡単ですよね? どうして意地を張っているんですか。バカですかあなたは」



 彼女の怒りのお言葉に何も言い返せない。下手に言い訳をしたら今の何十倍もの威力を持った言弾を飛ばしてくるような予感がした。



「全く、二人してうじうじと……。そういう態度が草食系男子なんて言葉を生み出す事に繋がっていくんですよ!?」


 

 それは違うと思うよ!?

 声に出すのが怖いので心の中でつっこんでおく。



「ここにこうして二人を集めたのはお説教をするため。あと私の気持ちを知ってもらうためです」


「沙良の気持ち……?」


「そうですよアキ君。まずはっきり言わせてもらいますね。私はアキ君のことが好きです。大好きです。由香梨と同じ……? いえ、それ以上にです。アキ君と地球、どちらかを選べって言われたら迷わずアキ君を選びます」


「そこは迷えよ!?」


 

 母なる大地にすら勝るのね沙良の愛は。



「いえいえ、私の愛はその程度じゃありませんよ? 最期の最期までずっと一緒にいたいです。他の女にとられるぐらいなら、その女とアキ君を殺して首を切り取ってボートに持って行きます」


「ヤンデレ!? お前ヤンデレなのか!?」


「それぐらい私の愛は重いってことです。流石にそんな馬鹿なことはしませんよ」



 しかし沙良ならやりかねない怖さがある。



「私がアキ君のことを好きなのは分かってもらえたと思います。そんな私がアキ君から離れることは死と同じぐらい辛いんです。けど、それ以上に――それこそ死ぬことより辛いことがあるんです。由香梨とアキ君。私の大好きなこの二人の仲が悪くなることです。私は由香梨のことも、アキ君と同じぐらい好きです。二人とも嫁にしたいくらいです」



 沙良が真面目なのか、ふざけているのか分からない……。



「そんな二人が喧嘩してる所を私は見ていられません。この町から出て、久しぶりに帰ってきたのに三人一緒じゃないなんてそんなの嫌です。私の始まりは、二人に声をかけられたことです。私は由香梨と和晃がいるから楽しめたんです。それは昔も今も変わりません。叶うならこの先も三人でいたいです。本当に最期まで一緒っていうのは無理でしょうけど……出来る限り一緒にいたいんです。ですから、二人とも変な意地を張るの、やめてください。時間も経って頭も冷静になってるはずです。自分自身と、そして相手を見つめなおしてください。もしもそれでやり直せるなら――また一緒に皆で遊びましょう」


 

 最後、沙良は笑った。彼女は信じている。私たちはお互いいがみ合う関係ではないと。振って振られた相手でも今までの関係に戻れると。



「えーっと、ちなみに和晃が私か沙良の恋人になったりしたらどうするのよ」



 でもここはきっちり聞かないと駄目だと思った。



「そんなの決まってます。アキ君は私と由香梨の共有物なので、どう足掻いても待つのはハーレムルートです」


「沙良、知ってるか? 日本は一夫一婦制なんだぞ」


「そんなの法律を変えて一夫多妻制にすればいいだけじゃないですか」


「お前の『だけ』はスケールでかすぎだし、変えられることを確信してるのがこええよ!」



  激しいツッコミを入れられても沙良は知らん顔。何この子恐ろしい。



「私の出番はここまでです。ここから先は二人で仲を深め合ってください。それでは」



 沙良はそう言い残して部屋を出て行った。後には上半身裸の和晃と私が正座の格好で取り残された。



「……何なの。まるで嵐のようだったわ」


「まさか久しぶりの会話がこんなに同意できるものだとは思ってなかったぞ……」


「……はあ、ほんとそれ。まったく……私にしては長いながーいシリアスだったのに、今回ので毒気抜かれちゃった」



 私は和晃の方を向く。こうして改めて喋ると思うとなんだか恥ずかしい。



「あんだけ言っておいて今更だけど、あの時のこと忘れてくれない?」


「忘れてって……言いのかよ。そりゃ凄い事言ってたけど、あれがお前の本音なんだろ? それを取り消すってのは……」


「いいや、大丈夫。取り消して。私、あれから考えたことがあるのよ」



 天井を見上げてため息をつく。



「あの時、私は何でもしてあげるって言ってた。けど、それじゃ駄目。私はあの時以前の私としてみてくれてた和晃が好きだった。私のことを無理矢理恋人の女の子として見て、接しられるのは嫌。私は自然体の私を和晃に好きになって欲しかった。だからあの時の私は――忘れて。確実に黒歴史だから」



 あの時、もし和晃が私と付き合うことになっていたら長続きはしなかったと思う。私は自己を変えて和晃と過ごし、和晃も私を特別な存在として見続ける生活。そんなの続くはずがない。

 私達がここまでやってこられたのはどちらも自然体の私達だったからだ。

 本当に和晃と付き合うんだとしたら、きっと私たちは特別な存在同士になることはない。親友の延長線上として以前と変わることのない付き合い方をすると思う。だってそれが一番楽しいし、嬉しいから。



「分かるとこうも簡単なのね。あーあ、今までが馬鹿みたい」


「沙良に馬鹿って言われてたしな」


「あんたはクズって言われてたでしょうが」



 下らない会話を交わして私達は笑いあう。これよ、これ。私が求めていたものは。



「これはまたよろしくってことでいいのか?」


「いいんじゃない? 一応仲直りの握手でもしとく?」


「一応しとくか」



 手を差し出して、握手する。強く、強く。十年以上続いた絆の硬さだ。



「私も新たな恋を探す努力はするけど……それまでは和晃のこと諦めないから」


「……え」


「当然でしょ。自然体の私を好きになってもらいたいんだから。何気ない日々を過ごしてそれで和晃に惚れられたなら本望よ。……その頃にはもう手遅れかもしれないけどね」



 なんて言って、ニヒヒと笑う。和晃も「そりゃ手強い」なんて呆れながら笑っていた。



「……由香梨はアキ君から離れていくんですかそうですか。分かりました。でも、私はアキ君一筋ですから。どこに行っても、どこまで行ってもバーニングラブです。ラブレターは許しません」


『どこから現れた!?』



 これは私と二人の幼馴染のお話。でも物語はまだ終わってない。まだ続いてる。

 三人の未来がどうなるか分からない。それでも確かな友情とおかしな恋心は存在して――それはきっとこの先も続いていくのだと思う。




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