三話「トランプロワイヤル(後編)」
【前回までのゲーム状況】
生存者……高城和晃、香月比奈、菊池由香梨、久保田久志
脱落者……中里若菜、岩垣直弘
残クッキー枚数……二枚
【残り二人】
先ほどまでの重たすぎる緊張感はひれ伏してしまいそうな威圧感へと変化していた。
理由は言うまでもない。
「……ん? カズ、俺の顔に何かついてるかい?」
こいつのせいだ。直弘VS久志の戦闘で目覚めてしまった彼――ワイルド久志。
彼はフフ、と見下げるように笑う。
「くそ、余裕見せやがって……」
「最大の脅威は既に排除したからね。余裕も出てくるよ。フフ、怖いか?」
多分、久志は意図的に煽ってきている。頭に血を上らせて思考を単純にさせようと考えているのだろう。
けどそんな馬鹿なことはしない。
冷静に久志を倒す術を考えなければいけない。そのためには、
「比奈、由香梨。一時休戦しないか? 三人で協力しないとこいつには勝てない」
直弘を正面から潰す実力を持つ相手に俺が真っ向からぶつかっても叩き落されるだけだ。
三人からしてもここで久志を負けに追い込むことは最終ゲームのためにも利害が一致する。だから協力を要請した。
「私は協力するよ。……と言っても、何をしたらいいかわからないけど。でもまず先に久保田君をどうにかしないと私たちがやられちゃう」
比奈はこちらについてくれるようだ。頼もしい限りだ。これに由香梨が加われば百人力なんだが……。
「私はパスね。三人で協力しても必ず勝てるとは限らないし。それに勝ち残れるのは二人。なら、和晃と比奈を蹴落とせばいい。ただそれだけの話よ」
由香梨は仲間になる気はない模様。あくまでも自分の好きなようにプレイし、勝利を得ようとしてるらしい。
「仕方ない。比奈、一緒に頑張ろう」
「うん!」
「話し合いは終わったかい? それじゃあゲームを再開しよう」
黙って見守っていた久志がゲームの開始を促す。俺はまとめておいたトランプを取り出す。
「ちょっと待って」
そこで何故か由香梨がストップをかけてきた。
「何だ?」
「私がトランプをシャッフルする」
「どうして急にまた」
「比奈と和晃は協力関係にあるわけでしょ? もしかしたらイカサマを仕込んでくるかもしれないわ。別にイカサマを否定するわけじゃないけど、今一番不利なのは私だもの。少しでも不安の芽は摘んでおきたいのよ。それに――」
由香梨は俺を指差して、
「あんた、シャッフル雑すぎよ! あれじゃあトランプに細かい傷が付いてもおかしくないわ。さっきのゲームもシャッフルの甘さが結構目立ってたし。あんなのになるくらいなら、私がシャッフルする」
と由香梨は俺を責め立てて、半ば強制的にトランプを奪う。
「久志君は私がシャッフルすることに文句ある?」
「いや、ないぜ。どうぞどうぞ」
久志の返答に由香梨がこれ見よがしにウインクをした。
「――――!」
「カズ君?」
「いや、なんでもない。まあ構わねえよ。由香梨に任せる」
こうして由香梨によるシャッフル&手札配りが進み、三戦目の火蓋が切られる。
俺と比奈は互いに目配せをしたり、気を遣いあってゲームを進めたが、
「あ……」
比奈が俺の手札を抜き取り、彼女の手札がゼロになる。
「ごめん、カズ君。先に上がっちゃった」
「……いや、大丈夫だ」
先に久志が上がる事態さえ起きなければ逆転はまだ可能だ。そのためには由香梨という障害はあまりにも曲者だが……。
「はい、続いて私も上がりっと」
比奈が上がって、由香梨がカードを引く相手がいなくなった。残り一枚だった彼女の手札は久志に引かれることになる。
「一対一、か……」
いいのか悪いのか、久志と真っ向から勝負することになってしまった。
「まあ、こっちの方が敵討ちのシチュエーションとしては盛り上がるよな」
残り手札は俺が一枚、久志が二枚というのもクライマックス感を感じさせる。
「それにカズが先行だから、俺の方が不利だしな」
不利だと口にするくせに、全く怯えた気配がない。
その余裕綽々の王者の風格はまさにラスボス。まだ最後のゲームじゃないってのに、登場が早すぎる。
「カズ君、頑張ってー!」
「和晃、ここで久志君を倒したら表彰ものよ。私を信じて戦いなさい」
「……私を信じてっていっても何も出来ないけどね」
久志が歪んだ笑いを浮かべる。
「さあ、カズ。右と左。どっちを取る?」
二枚のカードをシャッフルし終えた彼は手札を前に押し出す。
「そうだな。引く前に少しでもカードを重ねるのやめてくれないか? 由香梨と同じ、不安の芽は摘んでおくってやつだ」
「それぐらいならいいだろう。何か変わるってわけじゃないしね」
久志は左右の手に一枚ずつカードを持つ。
「さあ、来い」
手を伸ばす。久志の顔つきは変わらない。あまりにも堂々としすぎていて、本当にこっちを引いていいのだろうかという気持ちを湧かせる。
先ほどの直弘と似たような戦法だ。
その態度に引く側が迷う態度を見せたら甘い言葉で誘導する。そしてジョーカーを引かせるという手段だ。
右のカードに手を伸ばす。久志はニヤリと笑い、
「本当に右でいいんだな?」
「ああ――いいさ」
しかし俺は躊躇なくカードを引き抜いた。自信満々で取得したカードは自信の持つカードと同じ数字。
それが示すものは、
「俺の勝ちだ!」
二枚のカードを山に叩きつける。
「そんな……こうもあっさり……?」
「……いいや、正直由香梨がいなかったら負けてたと思う」
「そこでどうして菊池さんの名が出てくる!?」
久志は声を上げて問い詰めてくる。
「お前は読み間違えたんだよ、久志。さっき信じてっていっても何も出来ないって言ったな? そんなわけないさ」
由香梨の方を振り返る。
彼女は満面の笑顔でVサインを作る。
「表面上は俺と由香梨は非協力者だった。けど、シャッフルを交代した時に由香梨は『細かい傷が付いてもおかしくない』って言った。いやシャッフル如きで傷つかないだろって思わないか? 矢継ぎ早に言葉紡がれて流しちまったけど、あれが重要だったんだ。久志に確認を取った時に不自然なタイミングでウインクしたろ? あれ、由香梨がいたずらするぞーって時の癖なんだ。付き合いの長い俺だけがわかるサインだ」
俺は最後に揃えたカードを山から拾い出す。
「ほら、このカードをじっくりと見てみ」
比奈と久志が持ち上げたカードを凝視する。二人の顔がくっつきそうなくらいトランプに近づいて覗いていた。
「あ、すごーく小さいけどカードの横が削れてる!」
「比奈、ビンゴだ。それが久志に由香梨がカードを渡す前に細工したカードだ」
由香梨が最後に持っていたカードをよく目を凝らしてみると、本当に些細な傷が付いている。
「そんな……こんなのをカズは見抜いたのか? というか、そんなのイカサマじゃ……!」
「由香梨はイカサマの存在を否定しなかった。そこで誰もイカサマの事実を追及しなかった時点で、バレなければイカサマを承認するっていう暗黙が生まれたはずだ。そうだろう?」
屁理屈に近い言い分だが、間違ったことは言ってないはずだ。
「そんな……そんな卑怯な手に俺が引っかかるなんて」
「反則すれすれのことをしないと今の久志には勝てないってことだよ。言わせるな恥ずかしい」
とはいえ、と言葉を付け足して久志の正面に体を向ける。
「俺と由香梨の十四年間の絆を考慮しなかったのが一番の敗因だ。直弘の敵討ちってことで……やられたらやり返す。倍返しだ!」
最後のはただ言いたかっただけだ。
「……ごちゃごちゃ文句言っても、負けたのは俺だ。難癖つけるなんて男らしくもねえ。いいもの見させてもらったぜ」
久志は清々しい笑顔と共にサムズアップ。そして机に置かれたクッキーを一枚手に取り、
「……最後の勝負は正々堂々とやれよ」
「ああ、任せろ」
「うん。どうなったかは明日にでも教えてくれ――」
彼はそう言い残してクッキーを口に放り込んだのだった。
【残り一人】
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「残ったのは私達三人か……」
「えっと、今度は本当に正々堂々と勝負なんだよね?」
「ああ、久志と約束したしな。それに由香梨と俺が連携して比奈を倒しても何も面白くないし」
ビクビク怯える比奈に安心させるよう笑いかける。
一応、もうそういったことはしないという意思を示すため、トランプのシャッフルなどは比奈に任せてある。
「でも二人って本当に仲良いんだね。嫉妬しちゃうぐらいだよ」
「ま、ただの腐れ縁。幼馴染ってだけだけどね。あの久志君は私でも相当手余るから、倒せるなら倒したいって考えて一応仕込んでおいた細工を和晃が見つけたってだけだけどね」
「良く言うぜ」
さっきまでの戦いと違い、比較的平和だった。それほどまでにラスボス、ワイルド久志の存在がでかかったというわけだ。
「よし、配り終えた。それじゃあ」
「ああ、始めよう。泣いても笑ってもこれが最後だ」
長く苦しかった戦い。犠牲者を三人も出した。彼らのために、そして俺達の未来のために。俺達は最後の戦いに臨む。
ゲームが始まると皆真剣な顔つきに戻る。
少人数なため、一ターン一ターン、どれも重要になってどうしても慎重になる。そのためゲームは非常にゆっくり進んだ。
それでも着実にカードを減らしていく。いつしか最終戦もいよいよクライマックスに突入する。
その中で一番最初に上がったのは、
「勝ち確!」
由香梨だった。さっきまでと違って純粋なゲームの結果、彼女は見事クリアした。
「またいいシチュエーションだな」
場に残るトランプは残り三枚。そのうちの二枚が俺、最後の一枚を比奈が持っている。
つまり比奈がジョーカーを引いたらゲーム続行、ジョーカー以外なら俺の敗北が決まる。
「まさかこんなところでカズ君と対峙することになるなんて思わなかったよ」
「俺もだ。……比奈とは一度正面からぶつかってみたかった」
互いに見合い、トランプを差し出す。
最後の戦いは俺と比奈。一応カップル設定な俺達が戦うのは展開的に盛り上がるだろう。
「防御側は攻めと違って難しいな」
そう言って苦笑する。だが、それは演技だ。
正直な話、俺はこの時点で勝ちを確信していた。
比奈は言わずもがな仕事モードでゲームに臨んでいる。普段の比奈は純粋で真っ直ぐで、ちょっと子供っぽくて、好奇心に溢れすぎていたり、世間知らずでちょい天然気味だったりと、このゲームにおいては少なくとも普通の久志以上にちょろいかもしれない存在だ。
でも彼女にはそれを補う力がある。それが芸能人の時の彼女。アイドルとして、本気の力を出した彼女だ。
ドラマのヒロインにも抜擢された彼女には演技力がある。なので当ゲームにおいてもそれを存分に活かして勝負している。
それは俺だけじゃなく、戦った全員が簡単に見抜いたことだ。
俺も演劇部の端くれだが到底比奈には演技力では適わない。さっきの苦笑も比奈には見破られているだろう。
自分が彼女に劣っているとわかっていてなお勝てると思っているのは、彼女の仕事モードを一番間近で見ているのはこの俺だからだ。
普段の比奈に、仕事時の比奈。どちらの彼女もこの場において一番知っているのは俺だ。故にどちらの彼女で攻めてきても俺には手に取るように彼女の行動が読めるということだ。
「恒例の引っ掛けだ。ジョーカーは左にある」
彼女から見て左のカードを少し上に上げて存在を強調する。
俺の手札を見つめるのは真面目な彼女の顔。いつもの弱々しい少女の面影は消え、凛々しく毅然とした強い少女。
そんな彼女が選んだのは、
「なら私は右にしようかな」
「……俺の言うことは信じられないか」
あきらさまな演技をする。
普段の彼女なら少し疑心暗鬼になりながらも左を選ぶはずだ。しかし仕事モードの際はその逆を引く……と見せかけて左を――
だが、彼女が手を伸ばしてきたのは本当に右側のカード。
「……フ」
やっぱり、と思う。これも予想の範囲内だった。
そう、彼女は演技を重ねるに重ねて――一週回って戻るタイプだ。つまり結局は逆を引くということになる。
まんまと俺の思惑に嵌った。ジョーカーは右にある。比奈には悪いが俺の勝ちだ――!
「でも、普段の私なら左を選ぶと思うんだよね」
ひょいっと、そんな軽い擬音が飛び出しそうなくらいあっさりと。彼女の手の軌道が変わり、左側のカードが取られる。
「…………あれ?」
「カズ君。カズ君は私が仕事の時のノリで戦ってるって思ってたはずだよね? 半分正解、半分不正解だよ」
「何を……言って」
「確かに私は仕事モードだった。演技もしてた。そう、普段の私の演技をしてたんだよ」
つまり彼女はアイドル化状態の演技力でプライベート時の自分自身を演じていたということ。
俺は彼女が仕事モードであるということに捉われすぎて、彼女の考えた一歩先の思考に辿りつく事が出来なかった。
「そんなのありかよ……いつもの自分を演じるとか……。女って怖い」
普段の彼女も演じれるということは、彼女は日常の行動を計算して行っている可能性もあるということだ。何もかも演技でコントロールできるなんて末恐ろしい。いつもは天使の比奈に悪魔の片鱗が見えた。
「まあ、和晃の気持ちは分からないでもないけど、負けは負けよ。潔く認めなさい」
由香梨は最後のクッキーを差し出してくる。
「くそ、仕方ない」
それを受け取る。
ようやく、終わった。仲間同士の醜い争いは俺の敗北を持って。
そうだ、今感じるべきことは敗北感やクッキーに対する絶望感じゃない。ゲームが終わったことへの安堵だ。
「比奈、由香梨」
生き残った二人を讃えるように、彼女たちの名を口にして、
「……明日の朝は頼むぜ?」
最後にこれが修学旅行に間に合わせるためのお泊り会だったことを思い出させる。
言いたいことを伝え終わった俺はクッキーを口に入れる。程よい堅さのそれを口内で咀嚼し、やがて新感覚の刺激と味わったことのない味覚が俺を襲い――体の中で何かが弾けた。
意識が徐々に遠くなる。二人の心配そうな顔を瞳に焼き付けて、その意識を失った。
こうして一夜の惨劇は幕を閉じたのだった。
【残り二人/ゲーム終了】
茶番にお付き合い頂きありがとうございました。
次回からはちゃんとした本編になりますのでご安心ください。




