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二話「トランプロワイヤル(前編)」

【前回までのゲーム状況】

生存者……高城和晃、香月比奈、菊池由香梨、

       岩垣直弘、久保田久志

脱落者……中里若菜

残クッキー枚数……三枚

【残り三人】

 この場にはかつてない緊張感が生まれていた。

 比奈も、由香梨も直弘も、久志も……俺も同じように固唾を飲んでそれを見ていた。


 テーブルの中央に置かれている三枚のクッキー――否、地獄への招待状だ。


 こういった罰ゲームに対して一番しれっとしてそうな若菜ちゃんがわざわざ遺言を残して倒れたのだ。冗談でも笑えない。



「……何か、このままゲームを続ける雰囲気をかもし出してるけど、中断して中里さんを介抱する選択は取れないの?」



 久志が平和に終わらせる意見を出す。だが、



「駄目だよ。このクッキーはお手製だから……きちんと食べてあげないと」



 友情精神からゲームを続行するしかないと考えているのが比奈だ。



「それに盛り上がってきたところでわざわざ止めるのも癪でしょ。命に別状はないんだし、大丈夫よ。……若菜の仇もしっかり取ってあげないとだしね」



 そして、敵討ちとゲームそのものに燃えているのが由香梨だ。



「今、俺達にこの二人を止めることは出来ない。故にやるしかないんだ、久志。中里も和晃がお姫様抱っこしてたって後で伝えれば、彼女にとって本望だろう」



 よくわからない戯言を並べながら二人に乗るのが直弘。

 ちなみに若菜ちゃんは俺が運びやすいという理由でお姫様抱っこしてベッドに移動させておいた。案外気持ちのいい寝顔をしていたので放置で大丈夫というのが俺達の判断だ。



「……やっぱり、俺達にはゲームを続ける道しかないのか……!」


「そういうこった。諦めろ久志」



 平穏を望む彼に声をかけ、俺はまとめておいたトランプを取り出す。



「皆の意見が揃った所でゲーム再開だ。……覚悟はいいな?」



 神妙な顔で皆頷く。


 再び始まる。クッキーを賭けた、一晩限りのバトルロワイヤルが――!



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 第二ゲームが始まった。競技は変わらずババ抜きだ。

 最初の方は手札も多いため、仮初ののん気さを出すことが出来る。

 本番は誰かにリーチがかかってからだ。


 そんな生まれて初めて経験するかつてない緊張感を感じるババ抜きを一抜けしたのは――俺だ。



「よっしゃー!」


 思わずガッツポーズ。

 ババ抜きで一抜けしたことをここまで喜べることはこの先一度もないだろう。


 ただ自分が一抜け出来たのは自分に実力があるからではない。単純に運が良かっただけだ。

 プレイヤー五人のババ抜きでは不確定要素が多く、何かを仕掛けても大して意味はない。

 ただでさえババ抜きは運で左右される事が多い。だから今は五分の一を掴み取った喜びを純粋に味わおう。


 俺が喜びに浸っていても、ゲームは続く。

 一人抜けたことによって負けることを意識し始めた残りの四人は徐々に焦りが生じ始めていた。

 その凄まじいプレッシャーの中、上がることができたのは、



「やったー!」

「危なかった……」



 比奈と由香梨である。無事生き残った彼女たちは安堵の顔を浮かべる。

 残ったのは直弘と久志の二人。直弘が二枚に、久志が一枚。久志がジョーカー以外のカードを引けば彼の勝ちなのだが――



「本当に右でいいのか?」


「くっ……」



 ――ババ抜きの真骨頂はここからだ。

 二人になったことによって激しい心理戦が開始される。



「じゃあ左か……?」


「久志がそう思うならそれでいいんじゃないか?」



 実際には二分の一の確率だが、相手を揺さぶって引かせるカードを誘導することができる。

 そして追い詰められているのは直弘のはずなのに、彼が場における主導権を握ってしまっているのは確定的に明らかだった。


 多分、久志と直弘が一対一になった時点で直弘の勝ちは確定だった。

 何故なら久志は直弘と違って純粋で優しい。それはこういったライアーゲームでは致命的な弱点だ。

 人を騙すことに躊躇のない――心を弱らせ、自身の勝ちを確信しドヤ顔すら浮かべている悪魔に勝つことはきっと出来ない。



「さあ、引け。引くんだ」



 直弘の手札を引こうとする久志の手が震えている。そのままゆっくりと腕を伸ばしていき――触れる直前、彼の震えが突然止まった。



「直弘。君には癖がある。君が嘘をつくとき、僅かだけど眉毛がつりあがるんだ」



「な――!?」



 驚いたのはギャラリーの俺達もだった。あの久志が直弘に勝負を仕掛けた。その事実が衝撃だった。

 直弘も最初は驚いていたが、すぐに体勢を立て直し、すまし顔をする。



「久志にしては随分とよくできたハッタリだ。だが、そんなもので俺を揺さぶれると思うな」


「……じゃあ、一つ質問。右のカードはジョーカーかい?」


「ああ、そうだ」



 直弘は自信満々に言い切った。久志の言ってることが本当かどうかはわからないが、少なくとも今彼の眉毛はつりあがらなかった。



「そうか……」



 久志は落胆した顔でつぶやいて、



「じゃあどうして君は一度も眉毛をつり上げなかったんだ?」



 と、右のカードを引いた。

 引いたカードの絵柄を見せ付けるよう表と裏を反転させる。彼の引いたカードは、ジョーカーではなかった。



「な、に……? 俺が……負けた……?」


「ああ、俺の勝ちだ。直弘なら、俺の言ったハッタリを逆に利用するだろうと思ってね。あの質問のとき君が眉毛をつり上げていたら真実に、つり上げなかったら嘘になると信じてた。結果、見事に俺の思惑にはまったね」



 久志は直弘の性格を読んでいた。彼ならば、弱みですら、相手のハッタリですら利用して久志を倒そうとする――その容赦ない性格を久志は利用したのだった。

 久志の本当の思惑にまんまとはめられた直弘は負けた。大逆転。誰もが考えていなかった展開だった。

 


「……和晃、これは」


「ああ、わかってる」



 俺達の知ってる久志は汚い心を持つ直弘を騙すことなんか出来ない。

 出来るとしたら、それは別の何かだ。つまり、俺達の前にいる久志は久志であって、別の久志――そう、



「――ワイルド久志」



 かつて文化祭のお化け屋敷の実験台となっていた久志は、その時の恐怖やストレスが溜まりすぎたのか性格を一変する形でそれらを発散させた。

 負けたら、テーブルに置かれている地獄行きのクッキーを食べねばならない。カードを引く直前の久志はその恐怖に支配されていたのだろう。そして恐怖はたまりにたまり、再び「恐怖」をトリガーにあのワイルド久志へと覚醒したのだ。



「最大の敵は倒した。直弘に比べたら残りの三人は弱い。だから……倒させてもらうぜ」



 久志はニヤリと笑う。

 ツッコミどころは多々あるが、こちらとしては笑えない。

 正直最悪の状況だった。このゲームにおいての強者は直弘、由香梨が二大トップだった。直弘は前述の通り、由香梨はかなりトリッキーなやつで、ここ一番の時に強いのと、こういったゲームにおいて思考が読みにくいのがあげられる。

 だが、その内の一人を易々と倒してしまった。今の久志は思考も読めない、ハッタリも効かない、騙しあいもできる。

 これを最強と言わずして何という。俺達は目覚めさせてはいけないものを目覚めさせてしまった。



「直弘、ボーっとしてないで早くクッキーを食べるんだ」


「あ、ああ」



 勝者の強み。久志の言うことに直弘は逆らうことが出来ない。

 直弘はクッキーを手に取ると俺の方を向いて、



「和晃……俺の、仇を。この化け物を倒してくれ……!」



 最後にそう言い残して、彼はクッキーを口の中に放り込んだ。



「直弘……なおひろ――!」



 名前を叫んでも返事はない。ただの屍のようだ。

 


「必ず……必ず勝ってやる。ワイルド久志、お前の好きにはさせない!」



 久志に指を突きつけて宣戦布告を行う。久志は愉しげに口を歪め、



「なら全力でかかってこい。俺も手加減はしねえ。さあ、ゲームを再開しよう――」



 また一人、脱落者を出し、第二のゲームは終了した。

 でもまだ終わらない。クッキーがなくなるまでは。

 戦いは苛烈を極め、いよいよ後半戦に突入する――――。





【残り二人】

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