表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
76/183

一話「第二回たこ焼きパーティー」

 ――修学旅行。

 学生生活の中でも特に珍しいイベント。人によっては学生生活で一番思い出に残るイベントにもなりうる。少なくとも高校二年生にとっては数多くの行事の中のメインイベントと認識されているのは間違いない。

 長い人生の中でも特別な数日間が始まるまで二十四時間を切っていた。


 さてその修学旅行二日目の自由行動班は今ではお馴染みのいつものグループだ。

 明日の朝の点呼から班単位で数えられるためその班とやらは割と重要である。

 目的の地である北海道には飛行機で行くことになっているが、空港までは各自で来いとのこと。それは構わないんだけど、いかんせん空港での集合時間が結構早い。

 いつもよりも一時間以上早く起きて出発しないと到底間に合わない。

 そこは気合で何とか……!というのが理想だったのだけれど、



「早起き? ふ……無理だな」

「自信ないけどやるしかないんだよね……」

「……絶対に無理」



 と班員の六人中三人が諦め宣言。

 ここでどうするかと考えることになったわけだ。すると由香梨が、



「なら、皆一つの場所に集まって、起きた人が皆を起こすってどう?」


「……それだ!」



 それだ、じゃないよ若菜ちゃん。



「あのな、一つの場所に集まるってどこに集まるんだ。前提からして無理じゃないか」


「ふーん……和晃がそれ言っちゃう?」



 由香梨が目を細めて冷めた視線を送ってきた。何なんだと思って周りを見てみると他の班員たちは目を爛々とさせてこちらを見ていた。



「えっと……まさか俺の家に泊まる気で?」


「それ以外に何があるの?」


 

 とまあ、今日の学校でそんな会話が繰り広げられまして。比奈以外のメンバーに猛攻をくらい、残念ながら俺は論破されてしまったというのが現状である。

 そして、連絡どおりならそろそろ――



「むさくるしい一人暮らしの家に来てやったんだから早く開けなさい」



 インターホンの画面越しにニヤニヤと悪戯な笑みを浮かべている由香梨がいた。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 うちに集まることはもう珍しいことでも何でもない。つい数週間前だって中間テスト対策で机を囲んでいたし。

 しかし今日はいつもとは訳が違う。



「流石に皆がここで寝泊りっていうのは初めてだからな。色々気をつけないと」



 懸念すべき事は多い。

 まず、一番は年頃の男女が同じ場所に寝泊りすることだろう。個人的にだったら止めはしないが、我が家で不埒な行為は何が何でもさせてはいけない。とはいっても、直弘は何だかんだで理性が強いやつだし、久志は理知的でそこらへんはちゃんとわきまえてる。つまり男性陣で一番危ないのは自分になるわけだが、以前比奈を泊めた時に理性を保てたのだし、きっと大丈夫だ!



「まあそれにこの六人なら馬鹿な真似はしないだろ」



 この問題に対しては皆を信頼しているのでそもそも考える必要もなかったかもしれない。が、



「いや、イレギュラーというのはいついかなる時も想定しておいた方がいいぞ」


「キメ顔で不安を煽るな直弘」



 慎重なやつだ。



「本当に分からないぞ。前回は『恐怖』がトリガーとなって覚醒したが……『性欲』もトリガーになる場合は不味いぞ」



 直弘はメガネのブリッジに手を当てながら久志の方を見る。

 


「そうか、ワイルド久志……!」


「その通りだ。覚醒条件が曖昧の今、一番警戒すべきは久志だろう」


「だからワイルド久志って何!? よくわからないけど不憫な扱いされてる気がする!」



 シリアス風味に語る俺たちに、何もわかっていない久志。

 そのまま無知のままで一晩過ごせれば万々歳なんだけど……。



「あんたらの馬鹿話は終わった?」



 男三人が最大の問題について話し合っていると、食卓の準備を終えた由香梨がやってくる。



「はい、本日は第二回たこ焼きパーティでーす」



 由香梨は食卓の上のたこ焼き器を見せながらイエーイパフパフと口にして一人で盛り上がる。

 席についてジト目で由香梨を見つめる若菜ちゃんと、微笑を浮かべて小さく拍手してる比奈という光景が何ともシュールだ。



「……今日のためにわざわざたこ焼き器持ってきたのか?」



 明日からの修学旅行に向けて一人一人の荷物は多い。たこ焼き器を持ってくるほど余裕があるとは思えない。



「ううん、違うよ。和晃の家に勝手に置かせてもらってた」


「何勝手に置いてるの? お前のだよね、それ。というかどこ置いてた! んなものどこにも見かけなかったぞ」


「この前床下の倉庫見つけてそこのスペースを拝借してたけど」


「そんなのあるの!? お前持ち主の俺より詳しいな!」



 由香梨はくだんの床下倉庫をパカッと開けて見せびらかしてくる。

 こんな便利スペースあるだなんて……親父が由香梨に勝手に教えやがったな畜生。



「色々と物申したい気分ではあるけど、話が進まないから抑えよう。……ってなわけで、はい注目!」



 一同が同じ部屋にそろった所で手を叩き、こちらに意識を集中させる。



「こんな大勢が泊まるのは初めてだ。それなりに準備も必要になる。手分けして家事を手伝ってもらうけど異議のある者はいるか?」



 これには流石に満場一致で『異議なし』の返答をもらう。



「よし、じゃあ役割分担だが……えっと、比奈は料理はあまり出来ないんだよな?」


「うんって言い切るのも何か嫌だけど、その通りだよ」


「オッケー。じゃあ晩飯の準備はいつもどおり俺と若菜ちゃんで。大丈夫だね、若菜ちゃん」


「……任せて」



 若菜ちゃんは肘を曲げて、無いに等しい力こぶに手を当てる。何とも頼もしい。テスト時の彼女と同一人物とは思えない。

 ……ちなみに若菜ちゃんのテスト結果は今までより多少良かったものの、後ろから数えた方が早いことはなんら変わらなかった。



「うし、じゃあ直弘と久志は風呂掃除と男性陣が寝る部屋の掃除と布団の準備。ちょっと仕事が多いが、任せていいか?」



「うん、任せて」

「このぐらいの仕事三分で片付けてやる」



 三分はどんなに急いでも無理だと思うけどね。



「じゃ最後の由香梨と比奈は女性陣の寝室の掃除と準備。これでいいかな」



「任せなさーい」

「私に任せて!」



 やる気を感じられない由香梨に早くも気合入魂中の比奈。極端な二人だこと。



「晩飯前に全て済ませろ、とは勿論言わない。こっちの調理が終盤に差し掛かったら呼ぶから、その時は皿を出すの手伝って欲しい。後わからないことがあったら遠慮なく聞いてくれ。何か質問は?」


「はい」


「比奈か。何だね」


「女性陣の寝室って、この前私が寝るはずだったところ?」


「そうだ。俺の部屋の一つ隣。間違っても前みたいに部屋にやって来るなよ」


「そ、そこは大丈夫。今日はホラー番組とか見てないから。菊池さんや中里さんもいるし、安心して」


「じゃあ問題ないな。よし疑問もなくなったところで各自作業に――」


『待て待て待て待て』



 俺と比奈の会話中静かだった周りが作業のスタートを邪魔する。



「何だ? 部屋の位置がわからないとか?」


「いや違うから! 普通のやり取りに見えるけどさらっと凄いこと言ってるからね!? え、何、比奈はこの前和晃と同じ部屋で寝てたの?」


「え? そうだけど……」



 まくし立てる由香梨に平然と答える比奈である。挙句の果てに変なことでも言ったかなといった風に首を傾げた。



「ライブの日のことだろ? 由香梨も促した側の一人じゃないか。何を今更」


「そうだけど、まさか同じ部屋で寝るだなんて予想してなかったわよ! ……はっ!? そうね……和晃もついに身に秘めた野生を抑えられなかったのね」


「さっきの話のやり取り聞いてたなら、それは違うってはっきりわかるよね?」


「でも考えてみろ、そういえば二人は恋のことについて訊ねてきたじゃないか。あの時のマネージャーさん云々っていうのは建前の可能性も……!」



 そして直弘が話しをややこしくしていく。



「比奈、白状しなさい! 大人の階段上ったって言っちゃいなさい!」


「上ってないよ!? 精神的に大人になっただけだよ!」


「ラジオでも言ってたが、それもわりかし凄いことだと思うぞ……」


「いやあ、まだちょっと早いけど、修学旅行って感じがしてきたね」


「……比奈が精神的になら、私は身体的に大人にしてもらう」


「若菜はどさくさに紛れて何を言ってるの!?」



 たちまち狂乱乱舞と化す我が家の食卓。俺はゆっくりと深呼吸して気持ちを落ち着かせ、



「お前ら、いい加減にしろよ――!」



 キレた。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「……ったく、静かに始めることは出来ないのか」


「……それが私達だから」


「ドヤ顔すんな」



 強制的に皆を散らかせ、どうにか作業を開始させた。

 俺と若菜ちゃんは調理場で並んで料理をしている。

 とはいっても今日のメインディッシュはたこ焼きなので、前回と同じく簡単なサラダやデザートぐらいしか作るものはない。



「しかし前回のたこ焼きパーティからまだ三ヵ月も経ってないのか。時が流れるのって遅いなあ」



 個人的には既に半年は経ってる気分だった。比奈と出会ってからは色々と濃いイベントが多すぎたのが原因だと思う。



「……この前の比奈と岩垣君は酷かった」


「……そうだな」



 前のたこ焼きパーティでは、比奈は慣れない環境に自分から線を引いていて、直弘はアイドルの比奈が目の前にいるせいで緊張して岩のように固まっていた。

 直弘はまあ仕方ないっちゃ仕方なかったが、比奈の場合は……。



「そう考えると、比奈もちゃんとこのグループに馴染めたよな」


「……まだ完全にとはいえないけど。でも、以前より全然まし」



 若菜ちゃんの評価は意外と手厳しい。

 まあ、まだ二ヵ月だ。たった二ヶ月で既に形成されていたグループに溶け切るには難しいものがあるかもしれない。これからじっくり仲良くなっていくだろう。若菜ちゃんが完璧といえるほどに。



「……それにしても、和晃君は本当に比奈を泊めたんだ」


「まあな。でも本当に変なことはしてないぞ。命に懸けて誓う」



 一ミリも手を出していないのは事実だ。心はかなり揺さぶられたけれど、現実では何も起きてない。故に確信を持って言える。



「……それは信じる。けど」


「けど?」


「……二人は本当に二ヵ月前と同じ関係なの?」



 何をふざけて、と口にしようとする。しかし若菜ちゃんの表情は一切崩れておらず、純粋な疑問であることがわかった。



「俺と比奈は何も変わってないよ。そりゃ少しは仲良くなったかもしれないけど。それは必然だろ? けどそれ以外は何の変化も無い」


「……簡単には信じられない。だって、ライブが終わった後から二人の距離感が近くなった気がする」


「気のせいだって。ライブ自体はまあ、色々なことがあったから好感度は大きく変化したかもしれないけどさ。でも若菜ちゃんが考えてるようなことは何にも無い。若菜ちゃんがそんなに気にする必要ないって」



 丁度タオルで手を拭いたところだったので、若菜ちゃんの頭をわしゃわしゃと撫でる。



「……和晃君はわかってない」



 頬を膨らませて睨み付けるようにして不満をぶつけてくるが、若干赤くなっている顔は嬉しさを隠しきれていなかった。



「さ、こっちの方は終わりも近い。皆を呼んでこよう」



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 



 何だかんだでたこ焼きパーティは前回以上の大盛況を見せて終了した。

 食器を片付けたり、テーブルを拭いたり、その他もろもろも最初の滞りは何だったというほどスムーズに進んだ。

 結果的に、明日が早かろうが寝るにはまだいささか早い時間に全て終了してしまったわけである。

 やることもなく、六人でのんびりとテレビを眺めるが、



「いまいち盛り上がらないわね……」



 修学旅行前夜のためか、テンションが微妙にいつもより高くてどうにか騒ぎたい模様。



「まあ仕方ないだろ。修学旅行的な本音話は六人でやっても何もないんだから」


「それに男同士、女子同士でしか話せないこともあるしな。このメンバーで暴露できることがない限り無理に語る必要はない」


「そういえば修学旅行中は男子と女子じゃ泊まる場所分かれてるんだよね」



 比奈の言うとおり、男子と女子が一緒になるようなことはない。

 一日目の夜はクラスの男女ごとに別れてペンションに泊まる。二日目の夜は場所を移してホテルに泊まるが、男子は上の階、女子は下の階で邂逅するチャンスは与えられていない。

 残念なことに漫画的な女子風呂を覗いてやるぜ!的な計画は立てる事自体が無駄となる。

 ……俺なりに完璧な作戦を考えていたのに。くそう。



「そ。だから気を使って比奈と和晃の設定をきちんと突き詰めようってしてたのに……とっくにしてたのは予想外」


「修学旅行にあたって彩さん、かなり過敏になってたからね。とことん練ったよ」



 修学旅行の夜はいわゆる暴露話というのがほぼ確実に行われる。その際、恋人関係を偽装している俺達はそういったことに追及された場合、どのように返したらいいのか、ボロが出ないのかと設定を今一度見直すことになった。

 俺、比奈、伊賀さんにマネージャーさん、それとなぜかゲストに恵ちゃんを迎え、おおよそ半日に渡る話し合いが行われた。



「ま、その辺はプロの方が意識高いしな。気持ちだけ受け取っておくということで」



 とまあ、そんな風に。明日からの数日間に向けての準備も大抵終わっているわけで。



「暇だ……」



 由香梨がぐでーっと脱力する。その姿からは女っ気を感じられない。



「ならトランプとかはどう? 一応と思って持ってきたんだけど」



 久志は荷物から一組のトランプを持ってくる。が、由香梨はそのままの体勢で、



「でもただトランプするだけじゃね……。罰ゲームでもあれば話は別だけど」


「あ、待って。罰ゲームといえば――」



 今度は比奈が荷物から袋を取り出す。中に入っているのは小麦色のクッキーだ。



「……どこからどう見てもクッキーだけど、それのどこが罰ゲーム?」


「これ、修学旅行に行く私達にって恵が作ってくれたんだけど――」



 若菜ちゃんの疑問に満面の笑みを持って答える比奈だったが、



「お前、恵ちゃんが作ったやつを罰ゲーム用にするのか!? もしやと思ってたけど悪魔か!?」

「いいぞーもっと言えー!」

「……清楚系ドS」

「ちくわ大明神」

「親友を笑顔でディスれるところがやっぱり肝が据わってるってわかるね」



「誰今の!? そして皆私に対してどんなイメージ持ってるの!?」



 それぞれの比奈の印象が垣間見え、彼女はうろたえる。

 約二名ほど私情とボケが混ざっていたけど。



「そうじゃなくて! このクッキーは恵がゲームとかするなら罰ゲーム用にしてって言ってたんだよ! 決して私が恵のことを無碍に扱ったわけじゃないから! 全然違うから!」



 そうやって少しムキになるところで可愛いと思ってしまうところをみると、自分はSなのかなと考えてしまう。



「恵がねえ……こんな美味しそうなクッキーを罰ゲームに使えだなて何を考えてることやら」


「……由香梨。暇ならつべこべ言ってないでやる」



 若菜ちゃんに起こされた由香梨は「とりあえず一回だけねー」と脱力したまま席についた。

 テーブルを六人で囲うように座り、持ち主の久志がカードを配っていく。

 やるゲームは変なローカルルールもない、シンプルで王道なババ抜きをやることになった。



「わーい、揃ったー」


「この程度造作もない」


 

 それでいいのかお前ら……。

 

 こんな風にやる気の感じられないテンションでゲームは進んでいく。

 ただ一人を除いて。



「やったー! 上がったー!」



 比奈だけはこのように全力で楽しんでいた。



「ぐぬぬ……負けた」



 若菜ちゃんは口だけ悔しそうにする。



「……このクッキーを食べればいいのよね? 比奈、これってロシアンルーレット的なやつか聞いてる?」


「一つだけ味が変ってわけじゃなくて、どれも同じらしいよ」


「……そう。じゃあ頂きます」



 いまいち罰ゲームといった感じのしない雰囲気だった。

 若菜ちゃんはクッキーを頬張り、無言で咀嚼する。そしてそのクッキーを飲み込む。



「どう、若菜? やっぱり普通に美味かったとかそういうオチでしょ?」



 由香梨は呆れ顔で感想を求める。

 若菜ちゃんは何食わぬ顔で口周りをハンカチで拭いて、そして、



「……皆に警告しておく」


「え?」



「……このクッキーを、甘く見てはいけない――」



 次の瞬間、若菜ちゃんは後ろに倒れこんだ。



「若菜? 若菜――!」



 由香梨の悲痛な叫びが部屋に響く。



「うろたえるな。息はしてる。気絶しただけだ」



 若菜ちゃんの左隣にいた直弘が冷静に状況を見極める。



「おい……目の前のクッキーが若菜ちゃんをそうさせた原因なのか……?」



 テーブルの中央に置かれているそれ。開ける前は四枚入っていて、若菜ちゃんが食べたことにより残りは三枚。つまり、このままゲームを続行する場合、



「この内の三人が同じ目に遭うっていうのかよ……!」



 その事実が他の四人にも伝わると場に戦慄が走る。

 もう誰もが先ほどまでののん気な様子から脱出していた。



 修学旅行前夜。 

 和気藹々としていたはずの空間は、今宵、命の火花を散らす戦場と化す――!




【残り五人】   

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ