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エピローグ

 夜道を一人で歩いていた。夜歩くということは別段珍しいことじゃないけど、ここ最近は誰かが隣にいたから寂しいものがある。

 酔った伊賀さんを不安になりながらも見送り(ちゃんと自我はあったから大丈夫なはず)、彼と別れた後に帰路についていた。

 

 今日は疲れた。

 色々な感情や思考、それと事実と向かい合ったからだ。頭の中は悲しさや切なさや嬉しさや怒りやら……喜怒哀楽の感情がぐるぐる渦巻いていた。

 クールダウンが必要だ。そう感じた俺はこうして道を歩いている。

 秋の夜風は涼しいと通り越して肌寒い。


 途中小さな公園の傍を通り過ぎる。この公園でも様々なことがあった。

 雨の最中涙を流していた恵ちゃんが立っていたり、ライブ後に比奈と二人で踊ったり……今日も何かあるかもとありもしない期待をして敷地に踏み入っていく。

 するとブランコに人影があった。儚い外灯が照らし出すその人物は――



「……比奈、か?」


「あ、カズ君」



 彼女はブランコに乗っていた。キイと錆びた鎖の音が鳴る。



「女の子が……それも可愛いアイドルが夜に一人でこんなところにいるなんて危ないぞ」


「わかってる。わかってるけど……何でか風を浴びたい気分だったの」



 彼女は空を見上げる。その横顔はどこか儚げだった。



「――彩さんに会いに行ってたんだ」



 夜空を見上げたまま彼女は呟いた。

 彼女も俺と同じで、いてもたってもいられなくなったのだろう。



「そこでもっと詳しく色々なことを聞いたよ。おまけに人生とアイドルの先輩としてアドバイスをもらっちゃった」


「俺もだよ」



 彼女と同じように星を見上げる。



「俺も、伊賀さんの所に行ってた。それで色んなことを聞いた。多分、とっても大事なことを」



 綺麗な夜空だった。小さく光る星も、一際目立つ明かりを放つ光も、大小様々の星が広がっている。



「そっか」


「そうだ」



 短いやり取りを交わして二人で夜空を見上げる。俺たちは今、同じ景色を共有しているのだろう。



「世界って複雑だよね。恋も、人生も、大人も、子供も――どれも複雑」


「同意だ。めんどくさいし、難しい」



 盗み見するように彼女を見る。夜空を見上げ、白くて綺麗な肌がくっきりと浮かび上がる横顔。月のように儚く、星のように明るい。

 いつかそんな彼女と困難にぶつかり合う日が来ると伊賀さんは言っていた。

 その時が来たら俺は――

 


◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 今回の出来事は係わった四人には総合的にプラスに働かなかっただろう。

 俺と比奈はマネージャーさんと伊賀さんに話を聞いて、感銘を受けたかもしれない。

 けどそれに対する代償があまりにもでかすぎた。聞いた俺達ですら大分堪えているのだ。大人二人は俺達以上にもっと……。


 きっと今日の出来事は俺や比奈が「大人」になるための一つの通過点。

 複雑な感情を抱き、何かを得るための礎となる。

 それがどんなものかはわからないし、そもそもわかる日が来るかどうかも怪しい。


 けれど今確実にわかる事は、芽が出るかもわからない種を植えられたこと。

 そしてもう一つ。「恋」というものを互いに意識するようになったこと。


 それが、アイドルに恋した青年と青年に恋したアイドルが俺たちに残していったものだった。




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