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五話「恋って何だ?」

 テスト前になると皆で集まって勉強会なるものをする。今日は二学期中間テストの勉強会の日だった。いつものメンバーが俺の家に集まり、勉強していた。



「それで、そこが……」


「ふむふむ……安岡は勉強教えるの上手いな。教師を目指すのもいいんじゃないか?」



 今回の勉強会には新メンバーが二人いる。一人は言うまでもなく比奈だ。もう一人は暇だーという理由で比奈についてきた恵ちゃんで、今のところ指導が上手いと好評な様子である。



「……で、中里さんは分かったかな?」


「…………これで分かったらこんなに苦労しない」



 そんななか、若菜ちゃんは相変わらず苦戦していた。教えている久志が難色を浮かべる。

 二年生になってから恒例となったこの勉強会は教える側と教えられる側に分かれている。

 教える側は俺、久志、由香梨と今回から恵ちゃんの四人。この中で一番頭が良いのは意外にも由香梨だったりする。

 教えられる側は決まって直弘、若菜ちゃんの二人。そこに今回から比奈が追加される。

 けど直弘も頭が悪いわけではなく、一部苦手なものが極端に苦手なだけで、それも的確に指導すれば理解してしまう。比奈も地は悪くなく、単に人より多忙なため勉強時間が少ないのがこちら側にいる原因である。他の人より穴が多いというだけで、そこを埋めてしまえば彼女も大丈夫そうだ。

 で、一番の問題は、



「……こんなのを理解しろなんて、百メートル走で世界記録を出すのと同じぐらい無理……むしろ世界記録出す方が簡単……」



 お前は何を言ってるんだ。

 訳の分からないことを呟きながら机に伏せて死んでいる若菜ちゃんが最大の問題児だ。それこそどうしてこの学校に入れたんだというくらいに。うちの高校、一応進学校なんだけどな……。

 勉強会での若菜ちゃんはいつも以上に投げやりで、先程のような迷言が毎回残される。ある意味で若菜ちゃん無双である。



「まあ、なんだかんだで大分時間経ってるし休憩にするか」


「賛成! 超賛成!」



 若菜ちゃんがガバッと起き上がる。その俊敏な行動は目の前の彼女が本当に若菜ちゃんかどうか疑ってしまう。

 それぞれ買ってきたお菓子とジュースを机に置くと今さっきまで勉強してたのが嘘のような光景になる。



「……勉強会の後の糖分摂取は大事」


「あんた大半はわからないって言って机に伏せてただけじゃない」



 そんなほのぼのとした会話が繰り広げられるなか、俺と比奈は顔を見合わせ、互いに頷く。



「比奈とお兄ちゃん、二人で見合ったりしてどうかしたの?」


「いや、この場を借りて皆に聞きたいことがあってな」



 その言葉に俺たち以外の人間が首を傾げる。



「俺と」


「私に」


『皆の恋を教えて欲しい!』



 恋について教えてくれ、と個人が言うのはとても恥ずかしいため、あらかじめ決めていた、二人で同時に聞いてみる作戦を実行してみた。

 皆の反応はというと、



『……………………は?』



 誰もが素っ頓狂な顔をしていた。一同が一斉に間抜け顏をするその光景は是非ともカメラを用意しておけばよかったと後悔するほど滑稽だった。



「あんたら……ついに頭狂ったの?」



 割とマジ口調で訊ねてくる由香梨。やばい、このままじゃあ狂人認定されてしまう……!



「か、カズ君、私達が予想してた反応と違う……どうしよう」



 比奈は比奈でオロオロしだすし。



「人は予想通りにいかないから面白いんだ! まだ慌てる時間じゃない! とりあえずスクワットして落ち着こう!」


「わかった! 腕立て伏せだね!」


「落ち着けあんたら!」



 どうやら先の一言がこの場全体に混乱を生んでしまっている模様。

 息を整えるため深呼吸をする。気持ちが落ち着いたところで、顔をキリッと引き締め、否定する。



「違う、そうじゃない」


「何でカッコよくきめたの?」



 駄目か? 若菜ちゃんが後ろで何故か興奮してるしいいかなと思ったんだけど。



「とにかく事情を話してみろ……」



 途中から呆れていた直弘が口を挟む。

 これ以上誤解が広がる前に何故あんな事を言ったのか、かいつまんで説明する。



「……というわけで恋について知りたいと思ったわけです」


「経緯は理解したけど、あえて言わせてもらうね。あんたらアホでしょ」



 一同頷く。



「あのな、阿呆ことは良き事なりって言うだろ!」


「誰が言ったの!?」



 味方のはずの比奈からツッコミが飛んでくる。



「でも真面目に恋について教えてって言われてもな……」



 久志が苦笑いする。



「別に誰が好きな人教えろとかそういうことじゃないからな。皆にとって恋ってのはどういうものなのか……要するに恋愛観ってやつを教えて欲しいんだ」


「簡単に教えられるものでもないと思うけど……」



 その言葉に俺と比奈以外は納得したようだ。

 このままじゃ埒が明かない。やや強引にでも聞き出してみた方が案外いけるんじゃないか?



「とりあえず恵ちゃん、答えてみてくれ」


「え? 私?」



 突然指名されたことに驚いたのか、彼女はちょっと飛び上がった。



「恵ちゃんが恋人らしくないーって喚いたから俺たちはデートすることになったんじゃないか」


「確かに。そんな恵なら答えを期待出来そうだね……!」



 比奈は未だに恵ちゃんを信じているようだ。彼女の純粋な期待感が恵ちゃんのハードルを上げていることに気付く日は果たして来るのだろうか。



「え、あー、その、何? 恋、恋よね?」



 案の定パニクる恵ちゃんである。



「恋が何かって言ったら、好きな人同志が一緒にいることだよ。そう、よくラブピースって言うし――」


「はい次! 直弘!」



 何か色々駄目だと判断した俺は次を指定する。

 ズドーンと落ち込んだ恵ちゃんには後でアイスを与えればどうとでもなる。



「また唐突に来るな……」


「俺は直弘には期待してるぞ。ほら、この前言ってたじゃないか。ついに四十人の女の子を攻略したって」


「いや、昨日ついに五十の大台を突破したところだ」



 メガネをクイッと上げて、レンズの奥の瞳を光らせる。流石クラスでも恋愛ゲームマスターと呼ばれるだけある。



「しかし深く考えたこともなかったな。恋か……」



 直弘はしばし腕を組み思案する。



「……当然例外もあるが、恋愛シミュレーションでは女の子に何かしらの問題が発生して、主人公がその問題を解決する。それがきっかけで女の子は主人公を好きになり、主人公も女の子を好きになる。これが王道のパターンだな。まあ、これを現実に当てはめるのは難しいが……」



 彼はふむ、と一コマ置いて、



「例えば一緒に困難を乗り越えられる存在。悩みやトラウマを包み隠さず話せる存在。そういった存在の異性に対しての想いは恋だと言っていいんじゃないか?」


「お、おお!」



 恵ちゃんが残念だったから正直期待してなかったのに、凄くまともな答えが返ってきた。



「流石直弘……伊達に修羅場を体験してるだけあるな」


「そりゃあな。双子ヒロインはいつもドロドロな三角関係になって大変なんだ……」



 そしてこの落差である。



「でもありがとな。直弘の意見、確かに理解した。この勢いで次行こう、次」



 さて誰にしようか……。



「よし、久志の考えを聞かせてくれ!」


「……俺の?」


「ああ、どうせいっぱい恋とかしてきたんだろう畜生」



 ついつい嫉妬で口が悪くなってしまう。



「別にそんなことはないんだけどな……。あと俺のは直弘程立派な意見じゃないよ」


「恵ちゃんのみたいのじゃなければ何でもいいぞ」


「お兄ちゃん、一応年月的にお姉ちゃんの私をバカにしたね!?」



 確かに合ってるけど、文章的には矛盾してるよ恵ちゃん。



「うーん、そうだなあ。時間っていうのは、皆同じものだけど、それぞれ違うものだよね。ややこしいけど言ってることわかる?」


「ああ」



 時間というのは全人類どころか地球上の生物全てにおいて平等だ。けどその時間をどう使うかは人それぞれだ。

 携帯なんかに例えてみればわかりやすいかもしれない。同じ機種で、性能は全く同じ。でも電源をつけてみると、人それぞれ違うアプリを取っていたり、アドレス帳に登録してある人達も全く違う。

 外見が同じでも中身は違う、とでも言えばいいだろうか。



「時間は人のために使うこともあるけど、基本は自分のために使う。この時間を無条件で相手のために費やすことが互いに出来ることを恋じゃないかって思うんだ」



 好きな人と同じ光景を見たり、同じ体験をしたり、相手と時間を共有すること。

 当たり前のことかもしれないけど、言葉にまとめてみると意外と深いものだ。



「なるほど。やっぱり人によって考え方ってのは違うな」


 

 しかも謙遜してた割に普通に立派な意見だったし。

 さて次だが……。久志の隣に座っていた由香梨を見る。由香梨の恋愛観か……うーむ。



「……若菜ちゃんはどう?」



 個人的な事情で由香梨を飛ばし、若菜ちゃんを指名する。



「……私の番?」



 勉強してた時の慌てぶりはどこにいったのか、いつものクールな彼女だった。



「……私は……そうね」



 若菜ちゃんは俺と比奈を見比べてから話し始める。



「……諦められないもの。例えどんな障害があっても、求め続けるものが恋……だと思う」



 若菜ちゃんは三人の中で一番言葉数が少なく、そしてシンプルだった。それが余計に力強さを感じさせた。



「そういうものか……。なんだかんだで皆ちゃんとした考え持ってるなあ」


 素直に心から感心する。

 さて残りは由香梨になるが……。



「さて、次は私かな?」



 彼女を見ると、今か今かとウズウズしていた。いや、でもあいつはなあ……。



「……由香梨はいいや」


「差別!?」


「どうしてなの、カズ君?」



 比奈が聞いてくる。



「いや、由香梨とは長い年月過ごしてるから、何となく考え方とかわかるんだ。だから必要ないかなって思って」


「本当に私の考えを分かってるのかなー?」



 由香梨は楽しげに、俺からしたら意地悪げに笑ってる。というか明らかにおちょくってきてる。



「三人も聞ければ満足だ。由香梨はパス!」



 話させたら何を言い出すか分かったもんじゃない。何か言い出す前に強引に話を切り上げる。



「まあ、当たり前のようなことばかりだけど、真面目に考えると底が深いものだよなあ。後出来たら本気で恋してる人間にも意見を聞ければもっと『恋』ってやつを知ることが出来そうなんだけどな」


「…………ねえ、和晃。それ大真面目に言ってる?」


「……? 真面目に言ったらマズいことか?」


「いや、別に……」



 はあと一同がため息をつく。

 何なんだ?と比奈と顔を合わせると、彼女もよくわからないといったジェスチャーをした。

 それを見て、一同は更に頭を抱えた。謎である。



「まあ、とにかく恋してる人の意見を聞きたいなら梨花に聞いてみたらいいんじゃないの?」


「そっか。梨花さんがいたか」



 翔平に恋する乙女を忘れるとは我ながら不覚である。



「まあ、あれよね、今回の意見をまとめると」



 由香梨がこの話題を締めくくりにかかる。



「一緒にいると楽しくて、それでいて価値観が合致した時、相思相愛だといえる……って感じ? 合ってる?」


「……いや、分からない」



 全くもって恋とは複雑だ。伊賀さんも同じことを言ってたけど……。もしかたら伊賀さんも恋に関しては全て理解してるわけじゃないかもしれない。そう感じたのも一人の人間が生涯で恋の全てを理解するのは無理だと思ってしまったからだった。




梨花さんの恋愛観は次話をお待ち下さい

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