四話「追求」
『伊賀さーん!』
マネージャーさんの時のように勢いよく部屋に突入する。
「あれ、高城君に比奈ちゃん。そんなに慌ててどうかしたかい?」
伊賀さんはそんな俺達を平然と迎え入れた。彼は余裕を持った大人だ。俺もこんな男になりたい。
「伊賀さんに訊ねたいことがあるんです!」
今回は前回のように本題をずらすことなく直球に訊く。
「あの、伊賀さんって昔、彩さんの恋人だったんですか?」
比奈の迫真っぷりはマネージャーさんの時よりも迫力が増した気がする。やはり女の子だから恋とかには敏感だったりするんだろうか。あとどうでもいいけど、俺達少し直接過ぎないか……?
「えーっと……どうしてそんな質問を?」
「そ、それは……」
比奈が言葉に詰まる。正直勢いに任せすぎてしまったようだ。比奈の代わりに一歩前に出る。
「実は俺達――」
ここでこの最近のことを話す。秋祭りに比奈と行ったこと。そこでマネージャーさんが比奈の憧れのアイドルだと判明したこと。それをきっかけにマネージャーさんの過去を調べ始めたこと。そしてその先にいきついたこと……伊賀さんがマネージャーさんの元恋人であり、スキャンダルに巻き込まれたのではないかということ。
伊賀さんはそれらを所々頷きながら真剣に聞いてくれた。
「なるほどね。そんなことがあったのか……」
「すいません、勝手に二人の過去を調べたりして……」
ここ最近はマネージャーさんが元アイドルだったという衝撃に流され、興味を理由に調べ始めた。よくよく考えれば二人のプライベートを漁っているみたいだ。ここまで来て思いなおすというのもどうかと思うけど……。
「わ、私も勝手に舞い上がって……嫌な気分にさせてたらごめんなさい!」
「いや、気にしてないから大丈夫だよ二人とも。むしろ興味を持ってしまったなら仕方ないよ。知らなかったなら衝撃的な事実だっただろうしね」
伊賀さんは笑っただけで負の感情を連想させる表情を何一つ浮かべず笑った。
「比奈ちゃんの質問だけど、確かに僕と彼女……もうばれてるし、彩さんって呼び方でいいかな。彩さんと僕は付き合ってたことがあるよ」
「本当にそうなんですね!」
比奈がぱああっと輝く。先程謝罪した時の彼女はどこに行ったんだろう。
「けどどこまで話していいものか……。彩さんは何か言ってたかい?」
「そうですね……俺達はこれからマネージャーさんを調べていくうちに色々知ることになるだろうって言われました」
マネージャーさんはあの時、俺達に全てを話そうとしなかった。夜が遅いとも言ってたし、後で話してくれるとも言ってたが……彼女の言い回しは俺達自身に真相を追求させるようだった。
「色々知ることになる、か。なるほどね。彼女らしい言い回しだ」
伊賀さんはうんうん、と一人頷いて納得する。
「僕と彩さんは恋人の関係にあった。その言い方から考えると、僕から言えることはそれだけかな」
「やっぱりこの先は自分達でってことなんですか?」
「僕は彼女じゃないからね。その言葉にどれだけの意味が含まれてるかはわからないよ。どういう意味に捉えるかは君達次第だ」
伊賀さんは俺たちに言い聞かせるような口調だった。
「ただ、これ以上の詮索は僕はオススメしないよ。別に過去を調べ上げるなとかそういうことを言ってるじゃない。決していい過去とはいえないから、むしろ不快な思いをしてしまうかもしれない。それに知ったとしても、もうどうにもならないことだからね」
彼の言葉にはどこか諦めのような感情が入っていた。結末のみを知ってるだけあって、何とも言えなかった。
「あの、一つ聞いていいですか?」
しばらく黙っていた比奈が口を開ける。
「二人はやっぱり好きあってたんですか?」
比奈はどちらかというと二人の関係のことが気になるようだ。普通はそういうもんなのかな、やっぱ。
「そうだね。相思相愛だったと思うよ」
「それはもしかして今も……?」
伊賀さんはそこで少し黙った。まさか本当に……?
「……その質問にはノーコメントってことにさせてもらうよ。どうしてそんな質問を?」
「私の勝手な想像なんですけど、二人の恋はスキャンダルによって滅茶苦茶になったと思うんです。当時は本当に大変だったと思います。私も一時期同じことを味わいましたし……。けど、彩さんも今は乗り越えてると思いますし、伊賀さんもそう見えます。……違いますか?」
比奈は窺うように恐る恐る聞いていた。
「うん、僕も彩さんも当時のことは随分前に乗り越えたよ」
「じゃあ」
答えを聞いた比奈の顔がぱあっと明るくなる。
「二人は以前みたいにお付き合いとかしないんですか? 彩さんはアイドルを辞めちゃったけど……同時にもう周りの目を気にする必要もないから、昔みたいに戻ることが出来るんじゃないんですか?」
比奈が言いたいことは昔のことじゃなくて、今の二人についてだったのだろう。当時は辛い目に遭っていた二人。俺たちの知り得ない苦労を体験し、それが終わった今はもう元の関係に戻っていいと。
しかし伊賀さんは黙って首を振った。
「やっぱり彩さんと伊賀さんはもう……」
「いや、比奈ちゃんの考えてることは僕の否定とは関係ないよ。お互いに好意があるかどうかは別として、今なら昔の関係に戻ることは出来る。けどね」
伊賀さんはとても話しやすい人物だ。それは彼がどんなに年上でも子供の俺たちの心境になって話してくれるからだ。
別に子供として見られることを悪くは思わない。だって俺たちは本当に子供だから。伊賀さん達に比べたらまだまだ経験不足もいいとこ。未熟者だ。
それを分かってるから俺たちは伊賀さんと今の関係を築けている。
今、俺の瞳に映る伊賀さんは大人の伊賀さんだ。大人と子供というものに明らかな境界線を引いている。それが意味することは、現在の伊賀さんとマネージャーさんの関係はまだ子供の俺達じゃ理解するにはまだ早すぎるということだ。
「大人も恋も複雑なものなんだよ」
だから彼のその言葉の本当の意味を理解することが出来るようになるのは、俺たちがもっと年月を重ねてからになると思われた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「色々事情があるんだね……」
伊賀さんとの会話を振り返りながら比奈と帰路に着いていた。
「難しいな、色々と」
その言葉に尽きる。今回の問題は俺たちの手に余るものかもしれない。
「……どうする? マネージャーさんと伊賀さんについてこれ以上調べるのはやめておくか?」
なんだか勝手にプライベートを覗き込んでいるようでもあり、追求しても得られるものがあるのかどうかも分からない。が、比奈は
「ここまで来たら二人に何があったか知りたいな。私の憧れのアイドルがどういう道を辿ったのか。どんなに失礼でも、苦い思いをするだけって分かってても、二人の過去は私達に何かを教えてくれそうな気がするから」
「……そうか」
彼女はそれでも過去を知ると決めた。なら、俺も彼女と同じ思いを分かち合おうと決意する。
「まあ、記者さんがまとめてくれるまで待つことしか出来ないけどな」
「いや、カズ君。そんなことないよ」
比奈は力強く、自信満々に答える。
「どういうことだ?」
「二人のこと以外にも私達は知らないことがあると思うんだ。私達でそれを調べてみない?」
「俺たちが知らないこと……?」
「恋だよ」
彼女は恥じらいなど一切せずに言い切った。
「私達、公開恋愛してるにも関わらず、恋ってどういうものなのかわかってないと思うんだよね。恋に意味を求めること事態がおかしいのかもしれないけど……二人の気持ちを少しでも理解するために恋がどういうものなのか、ある程度知っておくべきだと思う」
比奈は「恋の意味」を知ることで理解を得られると考えているらしい。
恋。恋か……。確かに言われてみれば、概念的なことは知ってても本質がどういうものかは分かっていない。
そもそも答えがあるかどうかも分からないが、色んな人の恋というものを調べれば自分達なりの答えを出せるかもしれない。もしかしたら公開恋愛にもいい影響を与えるかもしれないしな……。
「……そうだな。じゃあ、二人で調べてみるか。恋ってやつを」
俺たちは目を合わせて同時に頷く。
記者さんを待ってる間の目標は決まった。恋の調査隊がここに結成した。




