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二話「憧れのアイドル」

「マネージャーさん!」

「彩さん!」


「な、何!?」



 鬼気迫る俺たちにマネージャーさんが驚いて一歩退いた。



「二人ともどうしたの? 今日は祭に行ってきたのよね? 比奈は和服も着てるものね」


「そう、祭に行ってそれで――」


「楽しかった?」


「はい、それはもう! りんご飴とチョコバナナはやっぱり美味しかったです!」


「俺はイカ焼きが特に美味かったですね! 祭の食べ物はいつもと違う!」


「食べ物以外にも射的でカズ君がぬいぐるみを落としたのはかっこよかったです! 貰ったぬいぐるみは大切にします!」


「なんか恥ずかしいなおい!」


「……まあ、とりあえず二人とも充実してたようね。でも明日の学校はちゃんと行くのよ。いいわね?」


『はい!』



 俺たちが部屋を出て行くのを、マネージャーさんが手を振りながら見守ってくれる。



「今日は楽しかったな」


「うん!」



 俺たちはドアを閉めて互いに満面の笑みを浮かべ――…………。



『違う、そうじゃない!』



 バアンと大きな音を立てて再入室する。マネージャーさんが驚いて少し飛び上がったのを俺は見た。



「ど、どうしたの二人とも?」


「祭が楽しかったって言いに来たんじゃないんです!」


「彩さんに問い詰めたいことがあってここに来たんです」



 テンションが迷子のせいかよくわからない状態になってしまったが、本題はちゃんとある。

 というわけで俺たちは再びマネージャーさんに迫る。



「これ……この写真って彩さんですよね?」



 比奈があの屋台から貰ってきたポラロイド写真を見せつける。マネージャーさんは無言でそれを受け取る。



「あら……また懐かしい写真ね」



 彼女は自然に、それこそ挨拶をするぐらいにあっさり言い放った。



「ということは、やっぱりマネージャーさんは元アイドルなんですか?」


「ええ、そうよ。ちなみに隠してたわけじゃないわよ。ただ言う必要なかっただけで」



 同じようにさらりと言ってのける。



「じゃあ……本当に彩さんが私の憧れのアイドル……」


「比奈……」


「うん……」


「こんなに近くにいて何で気付かなかった!?」



 マネージャーさんが憧れのアイドル疑惑を持った時から常々思っていたことを叫ぶ。



「だ、だだだって尊敬する人が、遠い目標の人がこんなに近くにいるなんて普通考えないよ!」



 比奈は半分涙目で言葉を返してくる。手をグーにしてそれを縦に振り続けているのを見ると相当焦っていることが窺える。



「でも比奈が分からなかったのはおかしいことじゃないわ。私、アイドルを引退してから簡単な整形をしてるもの。あくまであの芸能人に似てるってぐらいにするためにね。むしろ高城君はよく気づいたわね」



 俺もマネージャーさんに似てるって思っただけだ。気づいたわけじゃない。



「そうだったんですか……でも!」



 比奈がマネージャーさんの手を掴む。



「彩さんが私の憧れのアイドルであることに変わりはないです……!」



 ここからだと後ろ姿のため顔は確認出来ないが、比奈の瞳はキラキラ輝いているのは容易に予想出来た。



「比奈の憧れのアイドルって確か……貴女がアイドルを目指すきっかけになった要因よね?」


「そうです! それが彩さんだったんですよ! 有名になったらいつか会いたいと思ってたんです! あの、サイン貰っていいですか!?」



 現アイドルが昔のアイドル兼マネージャーにサインを求める姿は見てて滑稽だ。



「と言ってもアイドルだったのは一昔前の話のことよ。それに……」



 マネージャーさんは後ろの壁にかけてある時計をチラッと見る。



「夜も大分遅いわ。話なら今度してあげるから、今日はやめておきましょう。両親には連絡したの?」


「してないです……」



 現時刻を見た比奈はあきらさまに青ざめていた。比奈の親御さん……特にお父さんは厳しいようだし仕方ない。



「ちょ、ちょっと連絡してきます!」



 比奈は慌てて部屋を出て行き、俺とマネージャーさんの二人が取り残される。



「本当にマネージャーさんが比奈の憧れのアイドルだったんですね」


「……そのようね」



 マネージャーさんは比奈がいなくなったことで落ち着いたのか椅子に腰かけた。



「最初比奈の口から聞いた時は耳を疑いましたよ。嘘だろって」


「まあ当然ね。高城君も普通は身近な所にアイドルなんていないと思わないわよね?」


「……はい」



 比奈と出会うまでこの街にテレビに出てるような人がいるなんて考えたこともなかった。



「話は変わるけど……高城君には一つ頼みたいことがあるの」



 少しグッタリしていた彼女は背筋を正してこちらを向いた。



「何ですか?」


「ここ数日間は特に比奈をよろしく頼みたいの」


「えっと、それは……?」



マネージャーさんは何故そんなことを改めて頼んできたのだろうか。



「高城君は私のことを知った比奈がこれからどうするか予想つくかしら?」


「うーん……」



 比奈の憧れのアイドルに対する想いは見た感じかなり神格化されてるようだし……。



「比奈なら……暫くの間マネージャーさんのことを考えそうですね。彼女、どこかで道を誤ったらヤンデレとかになってもおかしくない気がしますし」


「……高城君もさらっと比奈の悪口を言えるようになったわね」



 そう言うマネージャーさんだったが、俺の言葉を否定することはなかった。



「でも高城君の言う通り、昔の私のことを考えると思うわ。その過程で色々知ることになるかもしれない。だからよろしくお願いしたいの」



 色々知ることになる。それは一体どういう意味なんだろう。



「不思議そうな顔をしてるわね。でも高城君が比奈と一緒にいてくれるなら、すぐにわかるわ。……それを前提に言わせてもらうと比奈が高城君と出会ったのは本当に幸運で、素晴らしいことだったと思うのよ」



 マネージャーさんは儚い笑顔を浮かべ、自分に言い聞かせるような言葉を並べた。



「すいません、少しでも説明が欲しいんですが……」


「それもそうね。一つだけ先に教えておくわ。私がアイドルを辞めた理由は――」



 そして俺は彼女の次の一言である程度の理解と納得を得てしまった。







「――スキャンダルが原因よ」






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