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EX.3「待つ者達」

<side Hisashi>



文化祭も終了間近になってようやく忙しさが大人しくなり始めた頃。



「久志と直弘と菊地さん、知り合いが呼んでるよー」


「……誰だ?」



 たまたま近くでお化け役をやっていた直弘が呟く。本当に誰だろう? 一応まだ仕事中なんだけど……。

 俺と直弘は役を代わってもらって教室の外に出る。



「久志お兄ちゃんに直弘お兄ちゃん!」



 俺達の事をお兄ちゃん付けで呼ぶ人物は一人しかいない。安岡恵さんだ。最初は呼び方に抵抗があったけど、今では大分慣れた。



「安岡か。知人に会いたい気持ちはわかるが、だからって呼び出すのはあまりよくないぞ」



 直弘が説教をする。



「ご、ごめんなさい。……けど、緊急事態だから、急がないとって思って……!」


「緊急事態?」



 俺と直弘は揃って首を傾げる。



「げ……何であんたがここにいるのよ」



 あきらさまに嫌な顔をした菊地さんが合流する。



「ようやくきた! 三人共、話を聞いて!」



 また一揉み起こるのかと思ったが、そんなことはなかった。むしろ彼女を待っていたようにも思える。三人を呼び出したんだから当然な気もしないわけではないけど。

 菊地さんはこの状況をいまいち理解できていないようだ。しかし安岡さんは構わず話し始めた。

 話の内容は現在起きている問題のことだった。凄く要約すると香月さんにトラブルが起きたみたいで、カズが彼女を迎えに行くことになった。けど香月さんのライブの開演が遅延することは確実でその時間稼ぎをしなければならない。そこでカズが俺達三人を頼れって安岡さんに言ったらしく、こうして呼び出されたということらしい。



「相当大変なことになってるようだな」



 ふむ、と直弘が思案する。



「はあ、和晃も勝手なこと言ってくれちゃって」



 菊地さんはため息をつく。



「ま、まあとにかくもう少し詳しい事情を聞いてみるのもいいんじゃないかな? とりあえず後夜祭委員の本部行ってみない?」



 俺は二人にそう提案する。

 安岡さんの説明だけで全ての状態を理解することも出来ないし、何より個人的に思うことがある。だからもう少し踏み込んだことをしたかった。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 クラスの方に一言断りを入れて俺達三人は後夜祭委員の本部にやってきた。



「梨花、連れてきたよ」


「皆さんが高城先輩の友人ですね。わざわざ来てくださってありがとうございます」



 丁寧に出迎えてくれたのは後輩の女の子だった。一年生なのに後夜祭委員の委員長をやっている凄い子だ。それと間違いじゃなかったら彼女は香月さんと一度グループを共にした元アイドルだ。



「あら、君たちは……」



 さらにもう一人俺達を出迎えてくれる。一度だけ見かけたことがあるメガネをかけた大人の女性。確か香月さんのマネージャーだ。どうやら俺達のことを覚えていてくれたらしい。



「何が起きてるかもう少し詳しく教えてくれませんか?」



 訊ねて、二人から現状を更に詳しく教えてもらった。



「今、手が空いてる人がほとんどいなくて……それに時間稼ぎの案も中々いいのが思い浮かばないんです。他の文科系の部活に協力を要請してるんですが、いいお返事が頂けません」



 何でも発表の場をもらえるのはありがたいが香月比奈のライブの前座としてとなるとハードルが高くて

簡単に引き受けることができないらしい。

 なら素直に遅延を認めればいいんじゃないかという意見も出たが、なるべくなら回避したいとのこと。それはアイドルとしての香月さんはとても不安定な位置におり、少しのマイナスが芸能生命を絶ってしまってもおかしくない状況下にあるようだ。



「他の部活も駄目、素直に開演を遅らせるのも駄目か。……打つ手なしだな」



 直弘のその一言が現在の俺達を物語っていた。

 打開案が出ず、この慌しい空間の中、ここだけが静かな場所となってしまった。どうしようもなく、空いてる席に勝手に座らせてもらった。



「……というか本職や元アイドルにも思いつかないことを考えろというのか……?」



 直弘が根本的なことに疑問をもってしまったようだ。



「それでもカズが俺達を頼ってくれたんだから、ちょっと頑張ってみよう」


「そう言うお前は何か思いつきそうなのか?」


「……ここで何か一つアイディアを出せたら説得力上がるんだけどね」



 結局自分も袋小路だった。



「しかし久志が自分からやる気を見せるのも珍しいな」



 直弘は感心したように言う。



「……直弘が言ってたカズの『異常』ってのがわかったんだ。中身は間違ってるのかもしれないけど、合ってたとしたら今回頼ってきたのは前に言ってた『その時』ってやつじゃないのか?」


「いや違う」



 彼は即座に否定した。



「あくまで今回頼まれたのは香月のためだ。あいつ自身のためじゃない。だから違う。……わかるか?」


「……言われてみればそうだ」


「男二人で何意味深な会話してるのよ……」



 向き合うようにして座っていた菊地さんがじとーっと見てくる。

 彼女の言葉で俺達三人はまた思案する。それでも行き止まりから抜け出せる様子はなく……。



「……皆、お兄ちゃんや比奈のことを本気で助けようとしてるんだね」



 そんな俺達を横で見ていた安岡さんが呟いた。



「……二人に変わって私が言っておくね。皆、ありがとう。もう考えなくていいよ。決めた。私が時間までステージの上に立つ!」



 え、と一斉に彼女の方を見る。



「でも安岡さんはライブに出ちゃいけないんじゃ……」



 彼女は日の目を浴びていないものの、事務所に所属している身で、勝手に公の場に出るようなことはしていけないはず。なのに、なんで……。



「確かにそうだけど、ここで状況を打破することが出来るのはそれしかないよ。元々比奈とお兄ちゃんに助けられたからここにいるわけだし。私も二人を助けることが出来るなら、何かしたいから……!」



 安岡さんの決心の言葉。それを聞いた菊地さんは立ち上がり、安岡さんの正面に立つ。そして、



「――痛いっ!」



 何故か安岡さんのおでこにデコピンを放った。



「ゆ、由香梨お姉ちゃん、これは……!?」


「恵、あんた馬鹿じゃないの?」



 菊地さんははあとため息をつく。一瞬怒りを浮かべた安岡さんも彼女の様子にきょとんとしている。



「そりゃ恵が出れば時間稼ぎは余裕かもしれないけど、和晃が頼んだのは私たちにでしょ? あいつは恵に時間稼ぎそのものを頼むつもりはなかったってことよ。ここで恵が出て、またアイドルの道を閉ざすなんてこと和晃と比奈の二人が望んでると思う? あの二人があんたに望むものは一つよ。人気アイドルになることだけ。こんなとこでそのことが叶わなくなって……表には出さないだろうけど、二人とも悲しむはずよ」


「た、確かにそうかもしれないけど、他に考えはないじゃない。比奈の夢をここで終わらせるのも――」


「いいえ、大丈夫。私がステージに出る」



 今度は菊地さんに視線が集まる。



「比奈のライブでしょ? 皆比奈のことを待ち望んでる。だから比奈の学校生活の様子とかを語れば少しは時間稼ぎが出来るかもしれない」


「で、でも突然出ても、観客は当惑するだけじゃ……?」


「まあ、和晃の公開宣言ほど突然何言ってるんだって状態にはならないでしょ。なら何とかなるはずよ」



 なんともまたアバウトな。



「……菊地一人じゃ不安しかない。俺も出よう」



 続いて直弘も立ち上がる。



「何よ、私が頼りないっていうの?」


「そういうわけではないが……アイドルの香月にこの中で一番詳しいのは俺だ。いて損はないだろう」


「……直弘君も素直じゃないよね」



 直弘と菊地さんが笑いあう。安岡さんは隣で困惑していた。



「あのね、私たちだって二人を助けたいのよ。損得勘定抜きで単純に友達としてね。特に私なんかは昔から助け助けられって感じだったしね。別に理由なんてない」


「ま、後で昼飯でも奢ってもらうぐらいはしてもらうけどな」


「それいいね」



 二人は今度は悪い笑顔を浮かべる。

 俺は……どうなのだろう。今回やる気になったのも先程口に出した「その時」だからなんじゃないかといった理由があるからだ。純粋に友達として助けたいかどうか……。

 俺はカズに感謝してる。それはまだ仲良くなる前の出来事のお陰だ。あれは多分、他の人から見れば些細なこと、普通に過ごしていたら忘れてしまうようなことなんだろうけど、俺にとっては衝撃的だった。カズもまた無意識だったんだろうけど、それがカズに興味を持ったきっかけであり、今ここにいるのもそれがあったからだ。

 だからあいつを助けるということは友達としてより恩人として、という気持ちが勝ってしまっているのではないか。ある意味では友達として対等になれてないんじゃないか……?



「おい、久志。何を思い詰めた顔をしている」



 直弘が俺を見下ろしてくる。



「ごちゃごちゃ考えてるようだが、そんな必要ないだろう。自分に素直になればいいだろう。まあこれはお前だけに言えたことじゃないけどな」



 素直になれ、か。確かにこれは俺にじゃなくてあいつに言うべき台詞だな。ごちゃごちゃ考えるのはやめよう。友達として、そして恩人として俺はカズを助けたい。それでいいじゃないか。

 俺が立ち上がったのとほぼ同時に安岡さんの携帯が鳴った。



「――え? いいんですか? 私がライブに出て」



 それは安岡さんがライブに出ていいという許可の電話だった。またタイミング良くかかってきたものだ。


 皆が動き始める。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 安岡さんの出演が決定した後、俺達は話し合った。

 時間まで安岡さんを中心に菊地さんと直弘がサポートという形でステージに立つ。ステージで何をするかは全てアドリブでいくようだ。少し不安を覚えたけど、三人がその結論を出したからいいとしよう。

 残った俺は再度他の部活に出演を依頼することにした。俺は舞台に立って何かするような人間じゃないということで裏方に回りたいと申し出た。

 三人でどうにかするといっても一時間通しては無理だ。それに本当に一時間遅れで二人がやって来るかどうかもわからない。だからやっぱり他に間を繋げる何かが必要だ。

 しかし学園祭の開催時間はもうとうに過ぎている。どの団体も片付けているような状況だ。さっきよりも困難を極めそうだ。



 そしてライブの開演時間になっても結局見つけることはできなかった。やっぱり三人に頑張ってもらうしかないのか……。

 既に三人はステージに立っているはずだ。見に行きたいという気持ちもあるけど同時に申し訳ない気持ちもあって見るのはやめておいた。



「また人を探してきます」


「……こうしてお願いとしか言えないのが悔しいわね」



 香月さんのマネージャーが悔しそうに顔を歪める。彼女は香月さんの連絡やその他の非常事態に備えこの後夜祭委員の本部から離れることが出来ないようだ。そしてそれはここの委員長も同じ。

 動ける人数は限られている。それこそ自分もステージに出る事を覚悟しておくぐらいには。

 再び立ち上がって探しに行こうとした時だった。突然ドアが開いてゾロゾロと人が入ってくる。



「祥平君に……演劇部の皆さん」



 委員長が言ったように彼らは演劇部の集団だった。その中に中里さんがいるのも確認できた。

 彼らの一人が前に出てくる。あれは確か演劇部の部長だ。



「和晃達が戻ってくるまでどうにかしないといけないんですよね? それ、俺達にやらせていただけませんか?」



 その提案は願ってもないものだった。



「祥平君、いいの……?」



 何故か委員長は恐る恐る尋ねていた。祥平君と呼ばれた人物は微笑して、



「俺が高城先輩を助けたいって言ったんだ。あの人の思いは十分伝わった。もう迷いはない。先輩が香月先輩を助けるように、俺も先輩に手を貸してあげたい」


「……というわけです。普段はツンの祥平がようやくデレたんでこれは何とかしないとっていうのが俺達の意思です」


「ちょ、何言ってるんですか!?」



 彼らはてんやわんやと騒がしくなる。



「……久保田君」



 その中から中里さんが俺のところにやってくる。



「……劇をやるにも背景とか、そういった準備が必要。猫の手でも借りたい状況。手伝ってくれる?」


「俺なんかでよければ何でもするよ」


「……ありがとう」



 そう言って彼女が微笑む姿はとても絵になっていて、俺の心臓がドクンと跳ねた。



「……凄いわね。まさかあちらから来るなんて願ったり叶ったりだわ」



 心臓がドキドキして、顔が熱を持って赤くなるのを感じてテンパリそうになった所を香月さんのマネージャーが声をかけてくれたお陰で正気に戻ることが出来た。



「そうですね。これもカズの人望というか何というか……」



 香月さんのライブには多くの人が関わっている。それはまあ社会の仕組み上当然のことだ。

 けどここに集まった人達と今舞台にいるであろうあの三人は違う。純粋にカズと比奈のためにやってやろうという思いで動いてくれている。

 もしかしたら、カズが香月さんを助けたいという強い思いが、色々な人達に感染して彼の周りに集まってきているのではないか。それはわからないけど、多分あいつの周りにいるのはいい人達ばかりというのは確かだ。


 皆が待ってる。カズと香月さんのことを。勿論俺もその一人だ。

 二人のために皆が一つになって事に取り掛かろうとしてる。

 だから安心してくれ。無事に戻ってきて、そして俺達に二人の凄さを見せてくれよ――




四章十四話での舞台裏でした。そして四章番外編はこれで終了です。次回から五章突入。

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