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EX.2「死の呪い」

※今回のお話は世界観を壊す恐れがあります。具体的に言うと霊的な要素が入ってきます。世界観を壊したくないという方がいたら今回は読まないことをお薦めします。

「失礼しまーす」



 仕事終わりに俺は伊賀さんに呼び出されていた。どうやら仕事とは関係ない要件らしい。伊賀さんが私用で呼び出すなんて珍しい。

 というわけで比奈もおまけでついてきて、伊賀さんがいる部屋に入る。



「あ、和晃君に比奈ちゃんも来てくれたか。二人ともお疲れ様」



 伊賀さんは相変わらず爽やかな笑顔を浮かべている。疲れた時の清涼剤だ。



「勝手について来ちゃったんですけど、私いても大丈夫ですか?」


「ああ、構わないよ。むしろ比奈ちゃんも聞いてくれた方が良いかもしれない。真剣な話だ」



 伊賀さんが顔を引き締める。



「不審に思うかもしれないけど、真面目に答えてね」


「は、はい」



 身構える。



「和晃君、最近どこか心霊スポットに行ったりしたかい……?」


「はい……?」



 予想外の質問に俺の中のシリアスが吹っ飛んでいった。けど伊賀さんは変わらず真剣だ。



「……信じられないかもしれないけど、僕の家系は霊感が強いんだ。僕もある程度霊的なものを感じることが出来るんだ」


「まさか俺に悪霊でも取り憑いてたりでもするんですか?」



 冗談のような言葉に伊賀さんは、



「……かもしれない。あくまで感じるだけで視えたりはしないんだ。でも和晃君からはよくないオーラみたいのを感じるんだ」



 と大真面目に答えた。俺は「は、はあ」と困惑するしかなかった。



「ふざけてるように見えるけどかなり深刻な問題だよ。その手の人に見てもらった方がいいかもしれない。信じる気になったらすぐに言ってくれ。知り合いの霊媒師を紹介するから」



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「俺が取り憑かれてるねえ」



 伊賀さんと別れた後、比奈と街を歩いていた。

 もし本当に取り憑かれているとしたら考えられることは一つしかない。遊園地のお化け屋敷だ。そこで足首を掴まれたことしか思い当たらない。

 けど、突然取り憑かれてるなんて言われても、いくら伊賀さんでも簡単に信じられない。



「比奈は幽霊とか本当にいると思うか?」


「うーん、いないとも考えにくいけど、近くにいるかどうかって言われたら素直にうんとは言えないよね」


「そんなもんだよなあ」



 感覚的には実は私宇宙人なんですと告白されたようなもんだ。宇宙人はいるかもしれないけど、こんな身近にいるわけねえだろ、と。

 例え本当に霊がいたとしても、今のところ害はないし……やっぱり思い違いなんじゃないか?



「あ、危ない!」



 突然上の方から声が飛んでくる。え、と驚いて立ち止まる。目の前で花瓶が派手な音を立てて地面に激突した。破片が辺りに散らばる。



「ご、ごめんなさい! 怪我はない!?」


「ああ、はい。何とか大丈夫です……」



 もう一度事件現場に目を向けると黒猫が俺を凝視しながら前を横切っていった。



「ね、ねえカズ君、これって……」


「信じない。俺は幽霊なんて信じないぞ」



 比奈が心配そうな目で見ている。しかし俺は認めない。都合よく起きた事故を超常現象だなんて言ってたまるか!

 先程よりもより大胆に歩く。警戒なんてしない。大丈夫だ。何も起きたりしない。



「カズ君!」



 目の前の信号は青なのに、車が突然曲がってくる。俺は咄嗟に前方に駆け抜ける。

 無事なのはよかったが、足がもつれて体のバランスを崩し――すぐ横にあった消火栓が突如暴走し、地面に倒れた俺を溢れ出る水が体を濡らしていく。



「か、カズ君……生きてる?」



 周辺にいた人物が俺を中心に集まるなか、比奈がオドオドしながら近づいてくる。

 俺はゆっくりと立ち上がり、



「み、認めない! 俺は悪霊なんか認めないぞ!」


「お願いだから認めて! 本当に死んじゃうよ!?」



 必死の懇願が彼女の口から飛び出た。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 全く持って不本意だが、俺は伊賀さんに霊媒師を紹介してもらうことになった。

 中々認めようとしない俺に、比奈が今にも泣きそうになってしまったので渋々受け入れることにしたのだ。



「ふむ、これは……」



 俺のことをジロジロ見ていた霊媒師が口を開く。



「貴方……呪われてますね。かなり強い呪いだ、これは」


「呪いって……」



 悪霊が取り憑いてるんじゃなかったのか?



「鎖……のようなものが見えるね。足首に繋がれてる」



 足首って……それ完全にお化け屋敷の時じゃないですかやだ!



「よくわからないですけど……解除出来るんですよね?」



 伊賀さんの紹介のお陰でお金も割り引きされるようだし、ちゃっちゃと終わらせてしまおう。

 だが、霊媒師は凄く申し訳なさそうな顔をして、



「すまない……これは私には手が余り過ぎる……」


「え」


「呪いの進行がとても早いんだ! この道を極めた者でも解除出来るかどうか……!」


「あ、あのー……」



 邪魔にならないよう離れて座っていた比奈が手を上げる。



「呪いを解除出来なかったらどうなるんですか?」



 霊媒師は顔を逸らして小さな声で呟く。



「……早目に親御さんに顔を見せておきなさい」



 霊媒師の顔を覗きみると涙を浮かべていた。

 ……これ、そんなにヤバいやつなの?



「えっと、呪いの進行が早いって何か原因があるんですか?」


「とても珍しい呪いでね。呪われた原因の地点から離れれば離れるほど、それもスピードが速ければ速くなるほど進行が進むという特殊なものだ。本来はもっとゆっくり進行するはずなのに……君、何か心当たりはないかい?」



 原因の地点から速く離れる出来事……。思い出すのは比奈と二人でバイクに乗ったこと。



「それ私のせいだ!」



 比奈も答えに行き当たったらしい。でも自分のせいだと思い至るのはちと違うぞ。



「あ、あの、もうどうすることも出来ないんですか!?」



 比奈が縋るように訊ねる。霊媒師は難色を浮かべて答える。



「……呪いそのものじゃなく、呪いの元をどうにか出来ればあるいは……」


「カズ君!」



 比奈が肩を掴んでくる。彼女の腕は震えていて、必死なのが窺える。



「行こう……もう一度あの遊園地に! カズ君を死なせたりなんかしない!」



 衝撃的なことの連続で頭が追いついていない状態だけど。残された道はそれしかないようだ。



「あ、ああ。方法はわからないけど、とにかく行ってみよう!」



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「というわけでやってきました遊園地!」


「どういうわけ!?」



 以前やって来た遊園地のお化け屋敷の前で悠然と立ちはだかる俺と比奈と、困惑にみちた久志。



「……カズ君の命が懸かってるの。だからお願い。久保田君、協力して!」


「何を!? それに命が懸かってるってどういうこと!?」



 自らの疑問を叫ぶ久志を半ば引きずるようにしてお化け屋敷に入っていく。もう猶予はあまり残されていないのだ。



「うわあああああ!」


「比奈、今のは?」


「怖さレベル二……まだまだだね」


「二人とも鬼か!?」



 入って早々悲鳴を上げる久志である。

 彼を連れてきた理由は、紛い物であそこまで怖がれるなら本物が出た場合それ以上の反応……まだ見たことのない怖さレベル六を観測し、幽霊が出たと分かるかもしれないからだ。

 ちなみに怖さレベルというのは文化祭準備期間の間にランク付けされた久志の怖さメーター(悲鳴で判定)の程度である。

 あいつには悪いと思う。けどそれ程こちらも追い詰められているのだ。


 怖さレベル四以上の反応を見せず、お化け屋敷の中程まで進む。そろそろ、前回足首を掴まれた地点だ。



「……何だ?」



 そこに足を踏み入れた瞬間、空気の質が明らかに変わった。何だか肌寒い。



「カズ君、これ……」


「ああ……確実にいる」



 もう幽霊を否定することなんて出来ない。わかる。分かってしまう。ここには人じゃない『何か』がいる。



「久志、大丈夫か……?」



 完全に黙ってしまっていた久志に気をかける。だが彼を見てギョッとした。

 久志は……いや、『奴』は顔をうなだらして、手もぶらんと重力に任せて下ろしてしまっている。



「……まさか、お前なのか? お前が俺に呪いとやらをかけたのか?」



 比奈が服の裾をぎゅっと握ってくる。小声で離れるなよ、と言う。



「……ああ、そうだ。俺がかけた」


「何で俺に……目的は?」


「目的、か。そんなのどうでもいい」



 『奴』が顔を上げる。目が異常だ。禍々しく光っている。久志の体のはずなのに、「久志」を感じることが出来ない。



「久志を……返せ!」


「断る! この体は俺が貰う! こんないい顔をしてるんだ。とことん利用してやる。そして今度こそ女の子とイチャイチャしてやるんだ! はははははは!」


「…………」


「呪いも解いてやらない! ……絶望で何も言えなくなったか?」



 『奴』は高笑いを繰り返す。



「あの、まさかだけど、ただ女の子とイチャイチャしたいがために体を乗っ取ったのか……?」


「ああ、そうだ! 俺は生前、醜いという理由で女の子と付き合えなかった! 顔が悪いのがいけない! 顔が良いだけで女の子二人両脇に抱えてお化け屋敷とか入ってきてよお! そりゃ呪うしかねえだろ……! で、もう一度俺のとこにやって来たと思ったらお前以上のイケメンが来やがる。そいつの体を貰って、女を喰って喰って喰って、喰いまくる!」



 こいつ……ただの下衆だ。俺はこんなやつに命を奪われかけていたのか。



(か、カズ君、気持ちは察するけど窮地は逃れてないよ!)



 比奈が小声で伝えてくる。

 そうだ。どんなにくだらない理由でもピンチなことに変わりはない。

 どうする。どうやって久志を取り戻し、俺の呪いを解除する――?



「最期の慈悲だ! 死ぬまでの間、その女と過ごしてるがいい! じゃあな!」


「くっ――」



 策が何も浮かばない。こんな、こんな終わり方でいいのか? こんなところで物語を完結させていいのか!?



「待つんだ!」



 『奴』がこの場を離れようとした瞬間、誰かがこの場に入ってくる。

 その人物は、本来ならこの地点でお客を追跡するスタッフ――そう、以前俺を追いかけ、直弘に気遣われ、久志を介抱した男だ。



「誰だ、お前は……?」


「俺は遊園地のお化け屋敷のスタッフだ! 驚かせようとしたのに、話し声が聞こえたからつい聴き入ってしまってここにいる!」



 あんた何やってたんだ?



「お前はいい男がモテると思ってるが、それは勘違いだ!」


「急に出て来てお前は何を言ってるんだ?」



 今回ばかりは『奴』の言葉が的を得ている。



「俺を見ろ! そんなに悪い顔じゃないだろ!?」


「あ、ああ……。こいつの顔ほどじゃないが、悪くない」


「そうだろ!? けど俺は……今迄に一度も付き合ったことも、いや、女の子とフラグを立てたことすらない。何故かって? 俺は女の子とあまり絡まなかったんだ。付き合うにはコミュニケーション能力が必要だ。女の子相手だと俺は動揺してしまって、会話が少なくなってしまうんだ。お前は女の子の前で楽しく会話出来るのか!?」


「……わからない」


「言っておくけど、楽しく会話が出来ないとどんなにイケメンでも恋人は出来ないぞ! むしろ、あいつ顔はいいのに口は……と裏で言われるぞ! お前はそれに耐えられるのか!?」


「む、無理だ……」


「なら、素直に引いた方がいい。変に今の自分にこだわるより、新しい自分を信じて生まれ変わった方が得策だと思わないか?」


「そ、そうかもしれない……」


「ならもうやめるんだ。今ならまだお前はやり直せる。天国に行くことができる。そこに行ったら、きっと性格も見た目もかっこいい男に生まれ変われるはずだ。だから……呪いを解除して、そのイケメンに体を返してやるんだ」


「で、でも、来世でいい男になれる自信はないし、俺は呪いとやらをかけちまった……。天国に行けるかどうかは……」


「行けるさ!」



 スタッフは四つんばいになった『奴』の肩に力強く手をのっける。



「俺がついてる! 俺が見守ってやる! ……本当だったら女の子の方がいいんだろうけど、俺にはこんなこと頼める女友達はいないから……。でも全力でお前のことを応援してやる。何なら、天国に行けるよう今からいいことをしよう! ここはお化け屋敷だ! 人を驚かす施設だ! 俺とお前で協力すれば最高のお化け屋敷になる。そして日本で、いや世界で一番怖いお化け屋敷にした業績をもったら、きっとお前の罪を上回る善行になるはずだ! そのために……俺の手を取るんだ」


「あんた……」



 スタッフは立ち上がり、『奴』に手を差し出した。『奴』は恐る恐る彼の手を掴む。



「信じて……いいんだな?」


「ああ! 世のモテない男を代表して宣言する! 俺はお前を支え続けてやる!」


「――あり……ありがとう!」



 一筋の涙を流して――次の瞬間、久志が力をなくしたように急に倒れこむ。スタッフが久志の体を受け止めてくれる。

 そして俺の方も、掴まれた足首が何だか軽くなったような気がした。きっと呪いとやらが解除されたのだろう。



「スタッフさん……ありがとう。あんたがいなかったら俺や久志は今頃……」


「何、感謝されるほどのことでもないやい。遊園地のスタッフとして、そしてモテない男として当然の事をしたまでだ」


「本当にありがとうございました」



 比奈が彼の前に出て深く頭を下げる。すると彼は顔を赤くしてしおらしく返事した。ああ、確かに言ってた通りだ。

 信じられないような出来事の連続だったけど、一連の事件はこれで幕を閉じた。今回の事件は憎しみを持った男の積年の恨みによるものだった。それが呪いという形で現れたということだ。



「う、うーん?」



 横にしていた久志が暢気な声を上げて起き上がる。



「えっと、ここは……? カズと香月さんと……誰? 一体何が……?」


「大丈夫そうだな。本当によかった。あと、久志。お前に言いたいことがあるんだ」



 心から安堵する。彼を呼ばなかったらハッピーエンドは迎えられなかったかもしれない。

 今回の功績者の一人、久保田久志。俺達三人はそんな彼に声を揃えて言ってあげる。



『イケメンだからって慢心するなよ』


「香月さんまで!? そしてそれどういう意味!?」



 久志の高らかなツッコミで一連の事件に幕は下ろされたとさ。




今回、霊とスタッフの言葉が妙に熱が入っていたように感じるのはきっと気のせいです。

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