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EX.1「長い一日の最後の試練」

「もしもし……あ、お母さん?」



 ライブが終わり、余韻に浸るため公園を訪れ、調子に乗って二人でダンスしてみたりした今日一日。そんなとてつもなく濃い一日もあと一時間半程で終わる。

 寄り道したせいで大分遅くなってしまったため、比奈は家に連絡を入れている。親……特に父親はそこらへん厳しいらしい。まあ、女の子である上に可愛くてしかもアイドルで知名度も高いから心配なんだろう。俺がいつか父親になってそんな娘がいたらうるさい親父になる自信がある。



「うん、うん……あ、お父さん怒ってる……?」



 比奈の声のトーンが落ちていく。……すいませんお父さん。寄り道しようって言ったの自分なんです、はい。



「え? もう一回言ってくれる? ……え、本当に? いや、いやいやいやいや」



 彼女の知らない所で罪悪感を感じていたら急に彼女の声が大きくなった。どんな会話が繰り広げられてるんだろう。



「そ、そんなの無理だって! ……って、お母さん? おーい。おーい」



 少し離れて電話していた困り顔をした比奈が戻ってくる。暗くてわかりにくいが、若干恥らいみたいのが浮かんでる……?



「どうかしたのか?」


「……うん、あのね、お父さんが怒ってるから、今日は友達の家で泊まってるってことにしてくれるって」


「いいお母さんじゃないか」



 比奈が困り顔なのも泊まれる友達を探さないといけないと考えてるからだろう。で、あまりそういった人物が浮かばないから困っていると。

 そういうことなら心配はいらない。近くに由香梨の家がある。今から連絡すれば彼女はきっと快諾してくれるはずだ。



「……えっと、それで」



 しかし彼女は何故かもじもじしながら言葉を続けた。



「……お母さんが折角だからカズ君の家に泊まってこい、って……」


「俺の家に泊めればいいんだな! ……え?」



 俺の家? マイハウス? 比奈が? え?



「な、ななな何言ってんだ!?」



 いいお母さん撤回! 色々と危ないお母さんだ!



「だ、だよね! 普通そうなるよね!?」



 比奈もここぞというばかりに賛同してくる。



「当然だ! 高校生男子という飢えた狼の地に女の子が入ってくるのはマジ危険!」



 自分の事を飢えた狼とか言ってる気がするけど今は些細なことだ。



「由香梨に連絡してみる! 家近いし、頼めば泊めてくれるはずだ」



 携帯を取り出して電話をかける。



『こんな時間に何? 疲れてるから今日は早めに寝たいんだけど』


「ああ、すまん。実は頼みがあって――」



 脇目も振らず本題へ直行。由香梨なら即答でいいよって言ってくれる……かと思ったが、



『……今の話聞いてると、すぐ帰りたくないからってあんたが寄り道したから遅くなったんでしょ?』


「……はい」


『なら和晃が責任とらないと駄目でしょ。だから今日は駄目。比奈にはまた別の日に泊まらせてあげるって言っておいて。明日、土産話期待してるからね。おやすみ。ばいばい』



 反論の余地すら与えられず電話を切られる。通話が切れた後のツーツーという音が何だかむなしい。



「……カズ君どうだった?」



 無言で首を振る。



「だけど、まだだ。まだ終わらんよ」



 電話帳を開いて共通の友人である女の子を探し、比奈を泊めてくれる子を見つける。誰か一人でも承諾してくれればいい。たったそれだけの簡単なお仕事だ。



 というわけで片っ端から連絡してみたけれど、結論を言うと見つからなかった。

 クラスの女子たちはここからだと遠い、既に寝てるのか連絡が取れない、彼氏なんだからといった理由でお断りされた。恵ちゃんと梨花さんにも尋ねてみたが、むしろ一緒に泊まれと「昨晩はお楽しみでしたね」状態を奨めてきやがった。若菜ちゃんに至っては「うちに比奈を泊まらせるから私が和晃君の家に泊まりに行く」と訳わかんないことを言ってきた。



「ぐ、くっ……! 薄情者達め……!」



 友達が困ってるというのに、何故見捨てる! 俺は悲しいぞ!



「仕方ないよ。今日は私が家に帰るよ。お父さんに少し怒られるだけだからそれくらい――」


「いや駄目だ!」



 こうなったのはある意味俺のせいだ。わざわざ比奈が痛い目に遭う必要はない。



「……こうなりゃ仕方ない。俺の家に泊まってけ!」


「で、でも……本当にいいの?」


「ああ。……今日、俺は比奈を、比奈は俺を信じるって言ってくれたよな?」


「う、うん」


「俺は絶対にその信用を裏切ることはしない。どんなに二人きりであっても、必ず!」

 

「……私、その辺のことは最初からカズ君のこと信頼してるけどね」



 えへへ、と比奈は照れ笑いをする。

 彼女の言葉は嬉しい。嬉しいけど、今の俺には逆効果だ。そういった純粋さが、ときめくようなことをされると理性が……!


 崎高祭最終日。長くて濃い一日の最後に待っていたもの。それは比奈を迎えに行くことよりも、大切な約束を果たせないと直接謝罪にしにいくことよりも辛くて苦しい試練。自分自身の理性との戦いだった。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「お、お邪魔しまーす」



 比奈は俺の家に何度か上がったことあるはずなのにこそこそした挨拶だった。

 が、家主である俺も、



「ど、どうぞ」



 と完全にきょどっている。

 だって仕方ないじゃない! 女の子と二人きりだよ! 世間一般では男の一人暮らしの家に女の子が上がったら脈ありとか言われてるんだぞ!? 想定外の事態とはいえこんなことになったら平静でいられるか!

 とりあえずリビングに案内して寛いでくれと促す。けど両者とも寛げる余裕などどこにもなかった。



「えっと、やらなきゃいけないことは……」



 違うことで頭を悩まして煩悩を外に追いやる。しなければならないことを頭の中でリストアップする。晩飯の準備、風呂の準備、空き室の簡単な掃除に布団の準備……意外とやること多いな。お陰でようやく冷静になってくる。



「よし、じゃあまずは風呂を沸かしてくるか。適当に待っててくれるか? テレビとかも勝手につけちゃっていいし、漫画とか見たいなら見ていいから。お風呂沸いた後は先に入っちゃってくれ。その間に晩飯の用意するからさ」


「ありがとう。けど何もしないのは申し訳ないから、何か手伝うよ」


「いいって。お客さんだし。それに比奈はライブで疲れてるだろ? だから俺に任せておきなさい」



 由香梨に主夫の素質ありといわれたぐらいだ。



「全部任せるのは私のプライドに関わってきちゃうんだ。出来ることなら何でもするから」



 比奈は不満そうな顔をする。俺に全てを任せることが不服みたいだ。……彼女のことだから、きっと誰かに任せて自分だけ楽するのが許せないのだろう。優しい子だ。



「……わかった。じゃあ、風呂沸かしておいてその間に寝室と晩飯の準備一緒にやるか」


「よしきた!」



 比奈は勢いよく立ち上がる。やる気に満ち溢れてる。ライブで疲れてるはずなのにその体力はどこから来るんだろう。

 そんなわけで早速二人で作業に取り掛かるのだった。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



『ご馳走様でした』



 晩御飯を食べ終える。食事の殆どは俺が作った。比奈は前も言って多様にあまり料理をしたことがないそうなのでお皿の準備などのサポートに徹してもらった。

 最初は戸惑っていた俺達も一緒に動くうちにそれもなくなり、いつもの調子に戻っていた。例え二人きりでも関係ない。俺達はいつもの俺達だ。



「じゃあ先風呂入ってきなよ。洗いものしてるから」



 これは俺がやると意地を通したために自分の仕事となっている。飯を食った後はお風呂に入ってもらって、のんびりしてもらう。食事中に会話したところ、やっぱり疲労はあるので変に夜更かしせず寝るといった風になっている。



「うん、分かった。……あ」



 浴槽に向かって足を進ませかけた比奈の動きが止まる。



「……そういえば、着替えがない……」


「…………」



 ハプニング発生。そうだよ着替えだよ。めちゃくちゃ重要なことじゃないか。何がいつもの俺達だ。明日を迎えるまで例外的な事ばかり起きるだろこれ。

 どうしようかと悩んだ結果、昔着ていたパジャマを引っ張り出して着てもらうことにした。下着については……どうしようもなかった。

 とまあハプニングがあったものの何とか切り抜ける。一つ一つ逆境を越える度に達成感を感じる。

 さて比奈はお風呂に向かった。しばしの孤独タイムである。俺はこの間に体から煩悩を完全に取り除いておかねばならない。何故なら、次に比奈を見るのは入浴後の、しっとり濡れた彼女である。いつもと違う様子にドキドキして己の野生が解放されてしまうなんてことがあったら洒落にならない。

 あと勘違いしないで欲しいが煩悩を取り除くといっても精神的にだ。身体的なんて今はリスクが高すぎる。ハイリスクハイリターンだ。それは避けたい。

 頭の中で最近の授業の内容を思い出す。文化祭が終わったら次は中間テストだ。それに備えないといけない。煩悩退散、学力来訪。微分積分、指数対数――。



「――はっ!?」



 気がつくと俺は裸になってシャワーを浴びていた。浴槽には当然俺一人である。



「お、おお! やればできるじゃん俺!」



 やるときはやる。それを証明した瞬間だった。

 意識が戻ったところで今日一日をのんびり振り返ることにする。

 今日は本当に長い一日だった。比奈が事故に遭ったことに驚き、その彼女を迎えに行くことになって、そのために祥平と正面からぶつかって、比奈を迎えに行った後はライブを見る。

 浴槽に浸かるといつも以上に気持ちよく感じた。何だかんだで俺も疲れてたようだ。

 ……それにしても、このお風呂、さっきまで比奈が入ってたんだよな。………………――――。



「――はっ!?」



 いかんいかん。別の意味でトリップしそうになっていた。

 再び邪な思いを消すために別の事を考える。えーっと、そうだな……。



「きゃあああああああ!」


「何だ!?」



 突如、比奈の悲鳴が聞こえた。何だ。まさか強盗でも入ってきたのか!?

 慌てて浴槽を出てタオルで最低限体を拭く。で、パンツだけはきちんと履く。間違ってもエッチなハプニングなんか起こしてやらないからな!

 と謎の対抗を見せて比奈がいると思われるリビングに駆け込む。



「どうした!?」


「あ、カズ君……」



 比奈の目に涙が浮かんでいる。怯えた表情をしている。そんな彼女が指し示したものは、



「……怖かったかもしれない話?」



 比奈がこくこくと頷く。

 大人気のホラー番組だ。今日新作やってたのか……。比奈はそれを見て悲鳴を上げた、と。



「……よかった。強盗でも入ってきたのかと思った」



 蓋を開けてみれば大したことないお話だった。パンツ一丁で部屋をうろつくわけにはいかないので洗面所に戻るとしよう……。

 だがそんな俺の手首がガシっと力強く握られる。



「……比奈さん?」


「ご、ごめん。けど……ひ、一人にしないで……」



 瞳をうるうるさせて上目遣いでそう頼まれた。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 お泊りとか、そういったことにハプニングはつきものだ。それは漫画や小説でも、リアルでも。

 そして今、今日どころか今世紀最大かもしれないハプニングに見舞われてる。



「……わ、我侭いってごめんね」


「い、いや別に気にしてないさ」



 問題あるとしたら自分の精神状況だけだし。

 今、俺達は就寝に就こうとしている。別々に部屋を振ったはずなのにどうしてか同じ部屋に二人いる。それも彼女が本当は怖かったかもしれない話、通称本怖を見たせいで一人で寝るのが怖いらしい。

 どうして今日本怖がタイミングよくやってるんだよ!? もう秋だよ!? 夏にやれ! お陰で心臓の高鳴りが聴いたことない程荒ぶってる。

 落ち着け、落ち着くんだ。ここで美女と野獣をやってしまってはいけない。静まれ俺の心臓。プリーズエターナルハート。



「か、カズ君」


「は、はい!」



 少しでも彼女から意識を逸らすため、彼女の方を見ないように寝返りを打っていた。だから彼女の声は背中から飛んでくる。



「少しだけ……お話しない?」


「あ、ああ、賛成だ」



 むしろそうしてくれるとありがたい。少しでも違うことに頭を使わねば。



「……今日のライブ、成功したのかな、あれ」


「……どういうことだ?」


「私は出来る限りのことをしたつもりだけど……やっぱり遅刻しちゃったりして観に来てくれた人達に申し訳ないことしちゃったから……ふざけるなって思ってる人もやっぱりいるんじゃないかなあって」



 いない、とは断言できないだろう。あの中には遅刻したことに怒ってる人も少なからずいただろう。一人ひとり考え方、感じ方は違うんだ。どういったことでもそういったイレギュラーは発生する。



「……ごめんね。自分のことばっかりで。私自身がしっかりしないといけないことなのに。アイドルになって少しはポジティブになれたはずなんだけどなあ……」


「……俺は、正直言うと比奈が遅刻してくれてよかったって思ってるよ」


「え?」


「だってほら、比奈が遅刻したお陰で俺は比奈ともっと仲良くなれた気がするし。それに険悪だった祥平とも幾らか仲を解消できた。不謹慎なのかもしれないけど、少なくとも俺は遅刻してくれてよかった」



 他の人のことは知らない。けど自分は彼女の遅刻のお陰で多くの得をした。



「それにライブは最高で、俺との約束を果たしてくれた。それだけで俺は十分だ。……きっと、今日のことは生涯忘れない」



 どんなに年を取っても、今日一日の出来事は心に残り続ける。彼女と二人でバイクに乗ったこと、一緒に笑いあったこと、ライブを観たこと、他にも俺達のために動いてくれた皆のこと、全て。



「……そっか。カズ君に言われると嬉しいね」



 彼女は満足げに、静かに答えた。そして、



「こんな私だけど、これからもよろしくね」



 何て言って来た。



「ああ、こちらこそ」



 こうして俺達は互いの絆を改めて確認しあう。俺達はまだまだ二人で歩み続ける。それがどこまで続くはわからないけど、当分しばらくは。


 優しい気持ちに包まれるとさっきまでの緊張感はどっかに吹っ飛んでいた。気がつくと比奈も気持ちよさそうな寝息を立てていた。

 おやすみ、比奈。また明日だ。



◆ ◇ ◆ ◇ ◇



 翌朝。俺は誰かの声で起こされる。



「カズ君、時間やばいよ!」


「……え? 誰?」



 寝ぼけ眼を声のする方に頑張って向ける。

 比奈がいる。……比奈? そういえば昨日……。

 ぼんやりしていた意識が覚醒していく。そして同時に何故すぐに彼女の声と気づかなかった疑問も生じる。



「比奈、もっかい喋ってみて」


「え?」



 声が明らかに違う。これは……。



「ババア声だ!」


「違うよ! あと凄く失礼だよそれ!?」



 でも目を閉じたら完全にババアだ。

 彼女の声は枯れていた。昨日のライブが原因だろう。



「喉大丈夫なのか?」


「結構声出すの辛いね……。でもカズ君、そんなことより時間!」


「え?」



 時計を見る。その時刻は遅刻するかどうかギリギリの時間。



「うっそ、マジかよ!」



 横になっていた体を起こして、活動を開始する。


 そんな風に、朝は慌しく過ごして。学校に行ったら行ったで、皆に昨日の夜のことや、比奈の枯れ声を徹底的に弄られた。

 香月比奈と過ごす日々はいつも通り波乱万丈だ。



  

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