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十五話「後夜祭ライブ」

 学校に戻ってきた俺達を出迎えてくれたのはマネージャーさんと梨花さんだった。



「高城先輩! 比奈さん!」



 二人はバイクから下りた俺達の元へやってくる。



「彩さん! 遅れてすいません!」



 比奈ががばっと頭を下げる。



「貴女のせいじゃないわ。謝ってる暇があるならすぐ準備よ! いける?」


「はい!」


「なら行くわよ!」


「わかりました! カズ君、また後で!」



 比奈とマネージャーさんは嵐の如く去っていった。再開の余韻なんてない。状況が状況だけにそんな暇もないのだろう。



「本当に迎えに行ってきたんですね」


「まあな。慌しかったけど楽しい二人旅だったよ」



 残った梨花さんはのんびりと話しかけてくる。



「それで会場の方は……どうなってるんだ?」



 時間にして約一時間の遅刻。その間に来客者が大幅に増えたようで、駐輪場、駐車場ともに満杯になっていた。外にもあふれ出しているほどだった。乗ってきたバイクも停められるスペースがなく、学校の敷地内だけど普段駐車場として使ってない場所に誘導されて停めたぐらいだ。

 察するにかなりの観客がいる。耳を澄ますと会場となっている校庭の方から人が騒ぐ声が聞こえる。



「どうなってるかは実際に見てもらった方が早いと思います。私についてきてください」



 梨花さんに言われるがままついていく。途中校舎の中にも大勢人がいることに気づいた。校庭に収まらなかった人はここから見ていたりするのか?



「今どうなってるかここからなら見えるはずです」


「あれって……」



 ステージには数人の人間がいた。声は聞こえないのに細かな体の仕草で感情がこちらにも伝わってくるような動き。ステージの後ろにはハリボテの背景がある。ステージ上の人間達へのライトの当て方も見覚えがある。



「演劇部……なのか」



 そう、ステージに躍り出ている人物はどれも見覚えがある。顔まではっきり見えるわけじゃないけど、独特な動きは見覚えがある。体型も見知った人物のものだ。分かるだけで部長、祥平、若菜ちゃんの三人は確実に舞台の上にいる。



「どうして演劇部が……?」


「それもまた説明します。一旦控え室に向かいましょう」



 遠くからだが、彼らの演劇をしっかりと目に焼きつける。梨花さんが大分遠くなったところで急いで彼女を追い始めた。



「あ、お兄ちゃん!」



 控え室の一つとなっている教室に入ると恵ちゃんがまず目に付いた。

 彼女は何故か汗をかいていて、疲れているように見えたけど満身創痍でもあった。



「あ、やーっと帰ってきたのね」


「流石の俺も……疲れたぞ」



 そのすぐ後ろには同じように汗をかいてぐったりしている由香梨と直弘がいた。夏バテでもないだろうに。どうした。



「ここまでの経緯は俺が説明するよ」



 久志が手に持ったスポーツドリンクを手渡してくる。礼を言い、一口飲んでから彼の説明を聞く。



「まず安岡さんが俺達の所に来たんだ。そこで何が起きてるか聞いたよ」



 そういや行く前に久志達を頼れって恵ちゃんに言ってたな。でもそれがこういう結果に繋がった理由は予想つかない。



「俺達は何とかしようと必死で時間稼ぎの案を考えたんだ。そこに丁度いいタイミングで安岡さんに連絡がきたんだ」


「本当にいいタイミングでね。私達の様子を見ているんじゃないかってくらい正確だったわ」



 部屋に入ってきたマネージャーさんが横から言葉を入れてくる。



「マネージャーさん。比奈の方は?」


「もう一つの控え室で化粧と衣装の付け替えをしている最中よ。私が言いたいことは伝えたから、もうお役ごめんよ。本番前の励ましは高城君の仕事よ」



 確かにその仕事は割り振られてたけど……まだ有効なのかあれ。



「……っとごめんなさい。話を逸らしてしまったわね。事務所のほうから安岡さんに連絡が来たのよ。比奈のライブにゲスト出演してもいいとね。不自然なくらい、いいタイミングだったわ」



 ああ、そういうことか。

 語り手が久志に戻る。



「でもそのお陰で案が浮かんだんだ。安岡さんを中心に何人かをステージに上げて、比奈に関わることをする。やったのは比奈の学園での様子を語ったり、クイズをしてみたり。あとは安岡さんが菊地さんを弄って、直弘がツッコんだりとか」


「なるほど」



 恵ちゃんがステージに上がる時に選ばれたメンバーが由香梨と直弘だったわけだ。三人はステージの上で出来る限りのことをして場を繋いでくれたってわけだ。



「恵ちゃんに由香梨、直弘。ありがとな」


「私にしてくれたことを考えたらこれぐらいお安い御用だよ」


「正直私は恵に弄られるだけの要因だったけどね……感謝してるなら後で飲み物でも奢ってちょうだい」


「これも好きなアイドルのためだ。お前のためじゃない。それよりも早くライブが見たいぞ……!」



 三者三様の言葉。三人共、本当にありがとう。



「久志は出なかったのか?」


「俺は舞台で映える様な人間じゃないしね。代わりに裏でずっと動いてたよ」


「なるほど。久志もありがとな」


「そこの三人に比べたら俺は大したことしてないよ」



 はははと久志は苦笑する。



「次の疑問だけど、何で演劇部がステージに?」


「まあ三人で一時間も時間稼ぎは無理ってことでね。俺がどうにかしようと試行錯誤してたら演劇部の方がやってきて……そうだな、もうすぐ演目も終わるし直接聞くのがいいんじゃないか?」


「私もそう思うわ。ステージの横にも簡易控え室があるからそこで待機してるといいわ。そこからステージがどうなってるかも見えるし一石二鳥だと思うわ。比奈も準備が完了次第そこに向かわせるから、その時相手してやってちょうだい」



 二人に促され、俺は控え室から出て行く。そしてステージの裏を目指した。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 ステージの横でじっくり見れたのは十分程だった。クライマックスからの観賞だったために内容はいまいちわかんなかったけど……それでも彼らの熱の籠もった演技はしかと見させてもらった。これで少しは約束を守れたことになるだろうか。

 演劇が終わった後、十数分程度の間が空いてからライブがスタートとなる。俺が演劇部の皆と話したり、比奈のやる気を押し出すのもその間にやることとなる。

 演劇を終えた部活のメンバーが続々と控え室に戻ってくる。



「皆さん、お疲れ様です」



 俺は彼らを迎える。俺がいたことに皆目を丸くして驚く。そんな中、肩に腕を回してきて豪快に笑ったのは部長だった。



「おう、和晃。ちゃんと彼女を助けてあげたか?」


「それはもう勿論!」


「ならよし!」



 肩をバンバンと叩かれる。さっきまで全力を尽くしていたためか、彼の腕は汗でじんわり濡れている。



「ほんの少しでしたけど……皆の演技見せて貰いました。凄い迫力でしたよ」


「お、そうか? こんな大勢の人を前に演技するのは初だから流石に緊張したけどな。まあでもそれならよかった」



 次におずおずと祥平が前に出てくる。



「お帰りなさい、先輩」


「ただいま。……遅れたけど、これで少しは約束守れたかな?」


「ええ。ありがとうございます」



 部長と違って彼は汗一つかかず、済ました顔で礼を言ってきた。祥平らしいや。



「でもどうして皆がステージで演劇してたんだ?」


「……黒瀬君の提案」

 


 若菜ちゃんが口を開いて説明する。



「……時間稼ぎが必要だから、先輩を見返すためにもやってやろうって彼が。皆賛成して、スタッフに頼み込んで急遽やらせてもらった」


「そういうことか……」


「ちなみにあの時の黒瀬君はすっごく熱意が入ってたよ。いつものクールぶってるあんたはどこ行ったの、みたいな」


「ちょ、里美先輩!」



 祥平が顔を赤くして里美先輩の口を閉じようとする。けど他の女子達も里美先輩に乗っかって、果てには男子どもの餌食になっていく。



「失礼しまーす。カズ君に……演劇部の皆さん?」



 そこに比奈がやってくる。ライブ用の衣装を身にまとった新鮮な彼女だ。



「よっしゃ、皆退散するぞ。ここからはお前の番だ。頑張れよ」



 肩に部長の手がおかれ、静かに期待をかけられる。俺は確かにそれを受け取った。

 演劇部の皆が出て行くと、俺達二人と数人のスタッフが残る。スタッフも何故か俺達を二人きりにしようとしている。お陰でやけに静かになった。



「いよいよライブか」


「うん。覚悟はきめてたし、シミュレーションもばっちりだったんだけど、こういざ本番となるとどうしても緊張してくるね」



 比奈は苦笑する。



「それにしてもライブの衣装って凄いな。普段の服装と違ってフリフリじゃないか」



 彼女の衣装は白を基調としたドレスに近い。所々の部位には淡い緑色のラインや模様が入っている。スカートもヒラヒラしていて膝の上までと少々短い。少し派手だがウエディングドレスのような清楚さを感じさせる衣装だった。 



「どうかな? 似合う?」


「ああ。ファッション雑誌のトップを飾っても違和感ない。写メっていい?」


「……いいのかな?」



 冗談で言ったつもりが割りとマジで考えられた。



「後でマネージャーさんの許可が出たらグラビアアイドルを撮るカメラマンばりに写メってあげよう」


「それは正直遠慮したいかな。……それでカズ君。一つ、お願いがあるんだけど」


「何だ?」


「私に活を入れて欲しい」


「活?」



 活ってあれか? よく試合前とかにやる、「行くぞ! おー!」って円陣組んで手を合わせるみたいな。



「そう、活。私に気合を入れて欲しい」


「十分入ってるように見えるけどなあ」


「気持ちの問題だよ。やってくれればもっと頑張れると思うから」


「わかったよ。けど……」



 どうしようか。相手が男だったら問答無用で背中を思い切り叩いて「さあ行ってこい!」と大らかに叫ぶんだけど、女の子相手じゃそんなことも出来ないし。



「だからといって頑張れの一言じゃどうも物足りないしなあ」


「してくれるならどんな方法でもいいよ」



 と言われても。両腕を組んで頭を捻って考える。



「……ハイタッチだ」


「ハイタッチ?」


「そう、ハイタッチ。手を高く上げて互いに手のひらをぶつけ合う。割とメジャーなやつ」


「それはわかるけど、どうなのかなそれ……」



 どんな方法でもいいって言ってたじゃないですかあ!



「いや、ほら私達一応カップルって設定でしょ? 恋人同士でハイタッチってあんまり見ないようなって思って」



 それもそうだ。普通のカップルならキスとかして送り出しそうだし。でも俺達はそういった関係じゃない。



「……この公開恋愛だって新しい試みだろ? だったら恋人同士のハイタッチも新しく試みてみよう。世界一ハイタッチの似合う恋人達を目指してやろうぜ」


「ハイタッチの似合う恋人……いいと思う!」


「よし、それじゃあ行くぞ」



 お互い手を上げて、空中で手のひらをぶつけ合う。パチンと心地よい音が部屋に鳴り響く。



「――行ってこい、比奈!」


「――任せて、カズ君!」



 彼女のはスタッフの指示によってステージのすぐ横に待機する。そしていよいよ時間が訪れ、彼女は舞台の上に躍り出た。

 後夜祭ライブが、始まる。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 辺りはもうすっかり暗い。灯りがなければ人の顔もまともに判別できない。

 ステージもまだ暗い。比奈は既にステージの中央で待機してるはずだ。

 灯りがともる。照明は中央にいる比奈だけにそそがれる。



「――それではまず始めに一曲目。いきます!」



 彼女が叫んだのと同時、ステージ全体が明るくなる。真っ直ぐに伸びた光が乱舞する。光と同時に激しいギターサウンドが鳴り響く。心地よいドラムの音がリズムよく紡がれる。

 イントロが終わると彼女の歌声が飛び出す。いつもの人々を魅了するような優しい声色は感じない。ただ激しく、いつもより低音で心を揺さぶってくる。

 これは彼女の曲の中でも数少ないロック調の曲だ。開幕からこんなものを持ってくるのか!

 身体が芯の底から震え上がるのを感じた。開始数分で俺は彼女のライブに虜になっている。激しく興奮していく。

 曲の最後にギターが荒ぶり、音が止まる。一瞬の間、曲の余韻を楽しむと次に観客がわああああと沸き経った。正直近所迷惑だろうなと思うぐらい大きな歓声だ。

 薄暗かったステージが全体的に照らされ、全貌がはっきりする。彼女は観客の方へ一歩、二歩と近づき、



「皆元気ー!?」



 彼女は元気よく観客達に問いかける。彼らはその返事としてうおおおおおと叫ぶ。熱いなお前ら。



「今日は私のライブに来てくれてありがとうございます。それと、ライブの開演が遅れて本当にすいませんでした。私が来るまでの間、友達の皆さんが場を繋いでくれました。遅れた私を待ってくれていた皆に、それと助けてくれた友達に心から感謝します!」



 彼女は一呼吸置き、



「皆を待たせた分、皆が期待してた以上のものを見せてあげる! 今日一日が生涯最高の日だったっていうくらいに……皆、覚悟してね!」



 再び観客が沸き立つ。



「それじゃあ二曲目、いきます――」



 二回目の演奏が始まる。今度はさっきの激しい曲とうってかわって、明るい曲調のものだ。比奈が得意とするタイプのものだ。

 先程の力強い歌声はどこにいったのかと思わせるほど、繊細で美しい歌声だった。その中にも前へ向かっていく強さやらを感じることが出来る、聴いていて元気になってくる。

 観客も一曲目みたいに唸ることはなく、手に持ったサイリウムを曲のリズムに合わせて振っている。

 二曲目が終わると観客たちはまた沸いた。



「はい、皆――」



 比奈は曲の合間に観客たちに語りかけている。彼らも彼女の言葉一つ一つに反応を示す。

 一緒に仕事をすることはあれど、こうしてアイドルらしく振舞っている彼女は新鮮だ。ステージの上にいる女の子がいつも隣にいることが信じられないぐらいだ。それほどあそこに立つ彼女は貫禄がある。



「凄いわね」



 いつの間にかすぐ傍にマネージャーさんがいた。



「ノリに乗ると比奈はもの凄いわ。その一端がここに現われたわね」



 これで一端って……全部出したらどうなるんだ。



「初っ端からこんなに飛ばせてるのも高城君のお陰ね。……一体何をしたの?」


「いえ、そこまで大したことはしてないはずなんですが……」



 俺達にとっては大切なものでもたかがハイタッチだ。あれをするだけで比奈はこうも見違えてしまうのか。



「しかしこうして比奈の姿を見ると……色々と思い出すわね。私も昔は――」


「え?」



 マネージャーさんが何か言おうとした所で観客が言葉を遮った。

 どうしたのかと思って再びステージに視線を移すと、彼女のデビュー曲が流れ始めていた。

 もう一度視線をマネージャーさんに戻すが、彼女はやれやれといった顔でライブに注目しなさいと指で示した。


 そこからは比奈のライブに見惚れていた。

 ステージの正面で見ている観客たちと同様に曲ごとに一喜一憂し、彼女の一言一句も見逃さずに拾い、舞台の上に立つ彼女をひたすら目で追っていた。

 ステージ上の彼女は凄い。ステージを縦横無尽に動きながら歌声を紡ぎだす姿は美しい蝶のようで。口から飛び出す清廉の音色は天使のように優しく、包容力を感じさせる。彼女が歌に合わせて一挙一動する時はしなやかであり、精巧でもあり、輝く白鳥のようだった。

 

 声を出す暇もなく、ただただ見とれるしかなかった。俺は彼女に釘付けで、気がつくと――ライブももう終盤になっていた。

 彼女が歌っている曲はバラード調の曲だ。観客たちも緩やかにサイリウムを左右に振って、彼女の歌声を聞き入ってる。

 ライブが終わってしまうのかと思うと、しんみり来るものがある。今日は時間の都合でアンコールはなしらしい。これに関しては遅刻の弊害といえるだろう。

 曲が鳴り止む。彼女は満足げに笑顔を浮かべた。歌いっぱなし、動きっぱなしで疲れているはずなのにそんなもの微塵も感じない。



「そろそろライブの方も終わりが近づいてきました。……今日は私のせいでアンコールがあっても出来ないそうです。本当に申し訳ありません」



 彼女は頭を下げて真剣に謝る。



「ですが今日ここに来た皆を宣言どおり必ず満足させてみせます。次――ラストの一曲はここで初披露の新曲です」



 その一言でまた観客が沸く中、彼女がこちらをちらっと見たような気がした。気のせい……か?



「この曲は私が公開恋愛をしたことで生まれたものです。今までの曲の中で最高の出来になっているはずです。更に、とても盛り上がる曲です。だから、皆! 意気消沈するのはまだ早い! 最後まで盛り上がっていこう! じゃあ、いくよー!」



 ステージでパアンとクラッカーが弾け飛んで軽快な音楽がスタートする。

 その曲はとても明るい恋の歌だった。好きな男の子を想う女の子が彼のために色々するんだけど、中々愛情が伝わらず、けれどポジティブに男の子を振り向かせようとする元気な女の子の恋の歌。歌詞を聴いているとその男の子も女の子を意識している描写もあったりする。

 比奈の言ってたとおり、ノリノリな曲で聞いているこっちももどかしいけどポジティブになるといったわけの分からない感情が生まれてくる。

 Bメロが終わり、ラストのサビに入る前のイントロに入る。何故か音楽のボリュームが少し小さくなる。彼女は一歩前に出て、声を上げる。



「――この曲は、さっきも言ったとおり公開恋愛のお陰で生まれたものです。そして今日、私がここに来ることが出来たのもその公開恋愛の相手が迎えに来てくれたからです。私は彼にとても感謝しています。だから、カズ君。私の元に来てください!」


「……え?」



 彼女は堂々とステージの横……つまり俺の方を見ているのだ。



「えっと、これは……」


「行きなさい、高城君」



 マネージャーさんは静かに言う。



「お姫様が呼んでいるわよ」


「――はい!」



 俺は意気揚々とステージに出て行く。脇に来てくれた比奈に片手を掴まれ、ステージの中央に連行される。観客は咆哮のような叫び声を上げる。なんか物投げられたりしないよね? 大丈夫だよね?



「はい、カズ君」



 未だ呆然気味のところにマイクを渡される。比奈がすっと後ろに下がる。俺がマイクパフォーマンスをやれってことか、これ。

 俺は覚悟を決めて一歩前に出る。大勢の観客たちが前方に拡がる。



「元気そうだなお前らー!」



 こういう時、俺は煽っていくスタイルの方がいいとわかっている。丁寧なんて無礼講だ。ありったけに叫んでやる!



「比奈の彼氏の高城和晃だー! お前らが俺によくない感情を抱いているのは百も承知だ! 正直気分を害されたってやつもいるだろ!」



 後ろの方で物を投げるポーズをとる人間を一人見つける。距離的に届かなさそうだからいいけど怖いな。ああもう、黙って俺の話を聴いてろ!



「だけど! 今の俺は比奈の彼氏じゃない! 純粋に、真っ白な比奈の大、大大大ファンだ! 心の底からこれでもかってぐらいライブを楽しんでる! お前らもだろ!? ライブ最高に楽しんでるんだろ!?」



 俺の言葉に観客たちがわきはじめる。



「今日は、お互い敵意はなくそう。ライブを楽しもう! 最高の気分になろう! 疲れた、なんて言わせないぞ? 最後、もうあと少しの辛抱だ! ここでさいっこうに盛り上げなくて香月比奈のファンといえるか!? だからお前ら、盛り上がっていくぞ! テンション上げてけ! 今日一番でかい声を腹の底から絞り出しやがれ!」



 うおおおおおおおと観客たちの歓声が今日一番のものとなる。

 俺は比奈の方を振り向き、交代の意思を出す。前後の入れ違いの際に俺達はハイタッチして交代した。



「それじゃあ、ラストいくよー! 皆準備はいい!?」



 最後の曲のサビが流れ始める。今まで以上にノリノリなメロディで観客たちもこれでもかというぐらいリズムに合わせて手を叩く。俺もステージの後ろで手を上げて皆に見えるように大きく手を叩く。

 曲が鳴り終わる。けれど観客の拍手喝采はいつまでも止まらない。皆がステージ上の比奈を称え上げている。



「皆! 今日は本当にありがとう!」



 再び歓声。興奮はなりやまない。心臓の動悸が速い。

 

 これを最高のライブではなかったら、一体何を持って最高とするのだろうか。俺も、皆も、当然比奈も。そして俺達のために協力してくれた皆も。この素晴らしいライブを聴いて感動してくれていると信じたい。この余韻にいつまでも浸っていたい。

 俺は今なら心の底から叫ぶことが出来る。公開恋愛をやっていて本当によかったと。俺、高城和晃はアイドルと公開恋愛中だってな! 




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