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十四話「アイドルの大ファン」

※今回のお話では高速道路をバイクで二人乗りする場面がございますが、

本来なら免許を取ってから3年以上及び20歳以上の条件を満たしてないといけません。

 あくまでフィクションとしてお楽しみください。

「大丈夫そうですか?」


「大丈夫どころか最高だ。祥平は本当にバイク好きなんだな」


「ええ。こいつは俺の最高の相棒ですよ。こいつに施した細かい改造の数々――そもそもこのバイクはですね……」


「ストップ! 今お前のバイク談義をのんびり聞ける時間ないから!」



 祥平が不満そうな顔を見せる。

 俺は祥平にバイクを停めてある場所に案内してもらったところだ。その途中、梨花さんと恵ちゃん、それとマネージャーさんと合流してここにいる。



「それじゃあ高城先輩。最後の確認です」



 梨花さんがこれからの経緯を改めて教えてくれる。



「比奈さんがいるサービスエリアまでのルートは一応携帯の方に画像を送ってあるんで、迷ったらそれを見てください」


「ああ」



 とはいってもそんな複雑なルートは特にない。最短距離で高速に乗って、特定の場所で降りて反対車線に移動するといった簡単なお仕事だ。あれぐらいなら一目で覚えられる。



「それと比奈さんの所に着くまでが一時間。帰りは……渋滞のことも考えると大体二時間ぐらいです」


「……ライブは一時間遅れでスタートって感じか」



 それに一時間遅れで済むかどうかもわからない。もっと早く戻って来れるかもしれないし、倍以上の時間をかけて戻ってくるかもしれない。道中の交通状態とか渋滞が長かったりとかでいくらでも変動する。こればっかりは運だ。



「本当に高城君に任せていいのよね?」



 マネージャーさんが不安気に聞いてくる。



「最善は尽くします」


「……ただ送り迎えに従事すればいいって話じゃないわ。飛ばしすぎて高城君が怪我したなんてことがあったら……」


「免許とってから無事故ですよ、俺。それにたまーに調子こいてスピード出した時も事故の事だけは常に懸念してましたし、今回もなるべく早くそして安全に行きますよ」



 スピードを出したといっても大分前の話だけどな。免許取って、運転も慣れた頃に田舎で少しブイブイいわせたぐらいだ。

 とにかく事故を起こさないように注意だ。待ってくれてる比奈のためにも危険なことだけは絶対にしない。



「……お兄ちゃん。比奈をよろしくね」


「ああ! 恵ちゃんもライブの方、出来る限り時間稼ぎお願いな」


「うん、任せて! 私のアイドル力見せてあげる」



 女子力みたいに「力」をつければ何でも有りなのだろうか。

 まあ恵ちゃんに関してはあんまり心配していない。合間を縫って親父に連絡しといたから、彼女自身が力になることもきっと出来る。



「先輩。気をつけて」


「……おう。祥平」


「はい」


「本当に悪かった。バイク借りたこともだけど、演目ももうすぐのところ案内してもらったりして」



 祥平には感謝してもしきれない。



「別にいいですよ。ちゃんと彼女を迎えに行ってあげてください」


「任せろ。あと、皆に伝えておいてくれ。発表頑張れって」


「……わかりました」



 祥平と拳を合わせる。先程の本音の言い合いで俺達の間の溝は大分埋まったように思える。



「それじゃあ、行ってきます!」



 たくさんの人に見送られて俺は出発する。



「あ、そうだ。先輩!」



 アクセルをかけようとした所で祥平が大声で俺を呼んだ。



「ちゃんとガソリン代払って下さいよ!」


「わかってるよ! 俺別にケチじゃないからな!?」



 かっこよくきめようとしてもどこか締まらないのは相変わらずだった。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 何度かバイクに乗って走ったことはあるけれど、今日ほど車を追い越したのは初だと思う。速度も制限速度ギリギリまで出している。危ないところはちゃんと徐行もしてる。

 安全に、早く。ただ比奈の所に行くという一心で高速を駆ける。

 そしていよいよ比奈のいるサービスエリアにやってくる。



「比奈!」



 サービスエリアの建物内にあるカフェに比奈はいた。遠くから彼女を見ると何だか気落ちしてるように見えた。だが、俺を見つけると彼女の顔はぱあっと明るくなる。



「カズ君! 本当に来てくれたんだ」



 彼女は席から立ち上がってぱたぱたとこちらにやってくる。


「そりゃ迎えに行くって言ったからな。比奈の方こそ本当に待ってくれたんだな」


「待ってるって言った手前、動こうにも動けないしね」


「それもそうか」



 こうして直接比奈が無事ということを確認できて頬が緩む。いつもの彼女の様子に安心感を感じる。



「よし、じゃあ時間が勿体ないしすぐに行こう」



 のんびり出来た時間もほんの束の間。時間は刻一刻と争うのだ。

 ここまで比奈を送ってくれた運転手さんに挨拶と事故処理のこと、それから彼女の送り迎え等を話す。マネージャーさんにも連絡をいれ、比奈と合流し今から学校に戻る旨を伝える。



「よし、ちゃんとヘルメットは被ったか?」


「う、うん」



 すぐ背中から比奈の篭った声が届く。



「二人乗り事態は初だから戻りは無理しないように行くつもりだけど……それでもきちんと掴まってろよ」


「え、えーっと、こうすればいいんだよね」



 彼女は後ろから俺の腰に手を回す。その状態でギュ―っと思いっきり体を密着させられる。

 こんなの……お化け屋敷や三人デートの時なんかの比じゃない。女の子って凄い柔らかい!

 とこんな邪な考えが浮かばないわけではないが、緊急事態なので必死に頭から追いやる。煩悩退散!



「そう、そんな感じだ。でも力入れすぎると疲れるから気楽にな」


「わ、わかった」


「うし、じゃあ出発するぞ。少し走ってみて大丈夫そうならそのまま車道に出るからな」



 再びエンジンを稼動し、アクセルを回す。徐々にスピードを上げて車の波へ突っ込んでいった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 そろそろ入った方がいいかな?

 俺は時期を見極めて進路変更を取る。渋滞がようやく緩和されてきたところで給油を兼ねた休憩を取ろうと考えたのだ。

 バイクを停めてヘルメットを脱ぐ。ふうと疲れのため息が出た。車の間を縫う作業と後ろに人を乗せる緊張感に挟まれてここまで来たのだ。比奈と合流するまでの道の方が長かったのに、合流してからこのサービスエリアに辿り着くまでの方がよっぽど疲れた。



「お疲れ、カズ君」



 比奈もヘルメットを脱いで一息ついていた。



「比奈も疲れただろ。中でちょっと座ろうか。最初で最後の休憩だからな」



 建物内に入り、フードコートで二人分のコーヒーを注文する。



「渋滞もほぼ抜けたし、後は普通に走るだけだ。時間は……この調子でいくと梨花さんの計算どおりになりそうかな」



 一時間遅れ、か。まあ俺にしては上出来だろう。



「でも本来だったらもう始まってるんだよね、ライブ……」


「……そうだな」



 ファンにとっては待ちに待った比奈の初ライブだ。なのに本人の遅刻で開演も遅れてしまっている。彼らは一体どんな思いなのだろうか。

 そう考えると会場の方は無事なのかどうか不安でたまらなくなってくる。恵ちゃんが上手いことやってくれればいいんだけど……。



「確かにライブの方も気になるけど、今は少し別の話をしよう。気分転換しないとだしね」



 と比奈が提案してくる。快諾し、頭の中で話題を探す。



「乗り心地どうだった? 二人乗りは初めてだから正直自信ないんだけど」


「私もバイク乗るの初だから大したこと言えないけど、快適だったと思うよ、多分」


「疲れたりしなかったか?」


「それは大丈夫。養成所のダンスレッスンに比べたら余裕だよ」



 彼女の養成所時代はさぞ凄まじかったんだろうなあ。



「でも余裕こいてられるのも今だけだ。ここからはさっきまで以上にスピード出すからな」



 何となく脅してみる。



「う……ま、まあ何とかなるよ」


「何ともアバウトな期待だな……。でもさっきも言ったとおり無理はしないから。俺に任せなさい」


「うん、任せた」



 彼女はあははと笑う。



「そういえばあのバイクどっかで見たことあるんだけど……もしかしてカズ君の車じゃない?」


「あれは祥平のだよ。無理言って貸してもらったんだ」



 代償として貸し一つにグーパン一回だ。安いのか高いのかよくわからない。



「祥平ってカズ君の後輩だよね? あれ、そういえば……」



 比奈が何か思い出したようだ。



「そういえばその後輩と演劇部の発表見に行くって約束してたんじゃなかったっけ?」



 比奈にも約束のことは話してあった。若干梨花さんも絡んでいたし、一つの話題として普通に喋っただけだ。

 比奈の質問に頷く。



「その約束は……どうなったの?」


「……破った。俺の意思で。比奈を迎えに行くために」


「大事な約束じゃなかったの?」


「ああ、そうだ。けど俺にとっては比奈を迎えに行く方が大事だったんだ」



 その気持ちは本当だ。自分の本音を知る前から比奈の方に天秤は傾いていた。



「そうなんだ。……演劇部の皆さんに悪いことしちゃったかな」


「比奈は関係ないよ。全部俺の責任だ」


「私が待ってるとか言わなければ……!」


「比奈、ストップ。こうしてもう来ちゃったんだ。今更たらればって話しててもどうしようもない」



 俺は肩をすくめてとぼけて見せる。もう決着は着いたんだ。これ以上言う必要はない。



「……ちょっと真面目な質問してもいい?」



 比奈の顔つきが変わる。さっきまでコロコロ変わっていた表情が統一され、真剣な表情に変わる。



「構わないよ」


「うん、じゃあ……カズ君はどうして私の事を助けてくれるの?」



 どんな質問が来るかと身構えていたがそれは思った以上に大した質問じゃなかった。



「カズ君は公開恋愛の時も、まだあんまり親しくなかった私のことを助けてくれたし、私がクラスに馴染めるよう裏で手配してくれたって菊地さんから聞いたし、それに恵のことも……諦めかけてた私に叱咤してくれたし……嬉しいし、凄く凄く感謝してるけど、何で私にそこまでしてくれるのかなって。カズ君にとっては普通のことなのかもしれないけど……でもやっぱり色々考えちゃうんだ」



 しかし比奈の方はとても深刻で。出会いから今までにずっとその疑問を抱え続けてたんじゃないだろうか。確かに俺本人にとってみればどれもこれも些細なことなんかじゃなく当たり前のようにやって来たことだ。

 それに何故当たり前のようにやってたのかということも、祥平との本音のぶつかり合いで把握することが出来た。

 要するに彼女の質問は祥平の質問と同じものなのだ。俺があの時口に出した答えがそのまま彼女の質問の答えだ。

 それはいい。いいんだけど……あの臭い台詞を彼女に言えというのか。想像しただけでも恥ずかしいんだけど。何か代わりになるような、いい答えはないだろうか。



「ファンだからだ」



 何となくファンという三文字が口から出た。



「ファン?」


「そうだ。最初は俺にも責任があったからって理由もあった。恵ちゃんの事は恵ちゃんのためを思ってやったことだしな。今回のはまるで別。比奈のファンだからここに来た」


「う、うん……?」



 さっきまでシリアス顔だった比奈がわけわからないといった顔つきになっている。



「比奈と接していくうちに、普段の比奈を知ってさ、その分普段とは違うアイドルの比奈も俺には眩しく映ってた。で、いつの間にかアイドルの比奈のファンになってた。今の俺の部屋は凄いぞ。香月比奈マニアがいたら嬉しさで卒倒するレベルになってるからな」


「えーっと、ありがとうって言えばいいのかな……?」



 比奈はまだ困惑しているようだ。

 もう少し言葉を考えて発言する。



「要は俺は比奈の大ファンなわけだ。だから比奈のライブを間近でじっくり見たかったんだ。その気持ちが抑えられなくて比奈を迎えに行ってしまった。とまあこんな感じか。とにかく俺は早くライブを見たいんだ。休憩の時間を取っているのだってもどかしい。学校に行きたいだなんて思ったの人生で初ってほどにな!」



 立ち上がり、手を広げる。

 比奈はきょとんとしている。……流石に無理があったかな? 



「あは、あはははは、滅茶苦茶すぎるよ、カズ君」



 と思ったら比奈は突然笑い始めた。今度は俺の方がきょとんとしてしまう。



「そんなに私のライブが楽しみだったの?」


「あ、ああ、そうだ! 全校生徒の前に立って大声で宣言出来る程に」


「ほんとに?」


「ほんとにほんとだ」



 自分でも言ってて無茶苦茶で。可笑しくて笑いがこみ上げてきた。



「もし、私が遅刻したせいで私に興味を失って、皆帰っちゃってたりしたらどうする?」


「俺は見るぞ。比奈には観客一人のライブをやってもらう。俺専用のライブだ」


「それも何だか楽しそう」



 急がないといけないのはわかっているのに、今この瞬間が愛おしい。永遠に続いて欲しい。



「例え、比奈のファンが誰一人いなくなったとしても、俺だけは比奈のファンであり続ける。それはつまり比奈を助けてくれる味方がいなくなったとしても、俺だけは比奈のことを信じて、助けてやる。力になってやる。ずっと応援してやる。比奈が望む限りずっと一緒にいってやる。何たって俺は比奈の大ファンだからな!」



 何だか告白まがいのことを言った気がする。だから最後にそれとなく否定の一言を入れてみたりした。

 俺の言葉を聴いた比奈は静かに目を閉じて語る。



「……私、電話でカズ君のことを待ってるって言ったけど、あれって考えて出た言葉じゃないんだ。自然と口から零れた言葉」



 比奈は手を結んでそれを胸に押し当てる。その仕草は一体何を示しているのだろう。



「それと実は私、バイク乗るの結構不安で……。普通の車と違って体を生身で晒してるから、守ってくれるものがなくてちょっとビクビクしてた。けど乗り心地は快適だった。走ってみたら不安なんて吹っ飛んだ。それは多分、カズ君のお陰。カズ君なら信じられる、安心できる。だからバイクに乗るのも、迎えに来てくれるっていうことも、全部あなたに委ねることが出来たんだと思う」


「…………」


「あの、カズ君? 何か反応してくれないと私もちょっと恥ずかしいんだけど……」



 比奈の顔が見る見る赤くなっていく。



「え、あの、その、つまり、私もカズ君のこと信じてるよってことで。別にちょっと不安だったりしたけどカズ君の顔見たら安心しちゃって大丈夫と思えたーとかそういうわけじゃ!」


「……キャラがおかしいぞ」



 言葉でわかるテンパリ具合である。



「まあ、他にも色々あった気はするけど……とりあえず今は俺と比奈はお互い信じあってるってことにしないか?」


「そうしよう!」



 折衷案に凄く食いついてくる。



「じゃあ今回俺は比奈が最高のライブをやってくれるって信じる」



 比奈の方をじっと見る。今度は比奈の番だと言わんばかりに。



「え、えっと私は……カズ君に最高のライブを見せられるよう信じる……?」


「……頑張るとかでいいんじゃないか?」


「が、頑張る!」



 本当に大丈夫だろうか。



「じゃあ頼むぞ。ファンである俺を失望させないでくれよ」


「――私も自分にとって最高のものを作り上げてみせるから。心配しないで」


「よし、行こう。ライブ会場に」


「おー!」



 いつもは普段の比奈とばっか触れ合っているけど、今日はアイドルとしての比奈とも大きく近づけたと思う。お互いまた距離が縮まり、やる気も十分。

 二人でバイクに乗って、同じ風を感じながら俺達は進む。

 



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