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十一話「そして三日目が始まる」

 崎高祭最終日前夜。今日は若菜ちゃんに振り回されたり、かつてスキャンダルを捏造した記者に再会したりと中々に濃い一日だった。そんな風に今日一日を振り返っていると、明日の後夜祭ライブのことで梨花さんから電話がかかってきた。



「高城先輩今日は何だかご機嫌ですね。若菜先輩とのデートがそこまで楽しかったんですか? それともメイド服の私と戯れたことが嬉しかったんですか?」



 で、どこで話題が切り替わったのかこんな話になっていた。



「俺がご機嫌になるのは女の子関連だけじゃないからな!?」



 勿論その二つも若干ご機嫌の理由に含まれてますがね。



「もっと有益なことだ。一パック十個入りの卵が税込み六十八円で三パックも買えたんだぞ! そりゃあご機嫌にもなるさ!」


「は、はあ……」



 梨花さんはこの素晴らしさを分かっていないようだ。普段は一、良くて二点しか買えないのに(由香梨に時々協力してもらってる)、今日は何と三パックだ。晩御飯として作った卵焼きはとても美味しくて、感涙ものだった。



「まあ、ご機嫌なのはいいことです。明日は本当によろしくお願いしますよ?」


「任せとけ任せとけー」



 ヘラヘラ笑う。



「……若菜先輩に浮気だったり、メイドにセクハラ行為みたいなことは明日はしないでくださいよ」


「しないから!」



 そもそも浮気云々の前に独り身ですし。セクハラだって俺みたいな紳士がそんなこと……そこまでしてないはずだ。



「あのなあ、これでも俺はやる時はやる男って言われてるんだぞ」


「それは知ってます」



 適当にあしらわれるんだろうなと思って発言した結果がこれだ。



「そ、そうか。分かってるならいいや」



 まさかの返しに俺も普通の返事になった。



「ですが、明日は演劇部の劇を見に行く約束もあることを忘れないでくださいね。では私はここらで失礼します。また明日会いましょう、先輩」



 彼女は一方的に電話を切ってしまった。最後の最後に一言言い残していく辺りは抜け目ないな梨花さんは。大切な約束をそう簡単に忘れてたまるか。

 電話を終えた後はパソコンを起動し、インターネットを開いた。記者の男から貰った名刺に載っているアドレスを打ち込んで彼のホームページを開く。

 そのサイトは思ってた以上に内容が充実していた。比奈と知り合ってからアイドルとしての比奈の知識も大分仕入れたはずなのに、ここにはまだ知らない情報も結構載っていた。明日のライブについても、彼女のこんな所に注目!みたいな感じで読んでいて期待が高まるように上手くまとめられていた。流石はプロの記者ということだろうか。

 そんな風にパソコンを眺めているとアイドル本人から着信がきた。



「おー、比奈か。今日のリハーサルはどうだった?」


『ばっちしだったよ。喉の調子も良かったし、頭の中のシミュレーションも完璧!』



 聞いてて元気になるくらいはつらつとしてる。これはいい傾向だ。



「そうか。こりゃあ明日が楽しみだ」


『カズ君は今日どうだった?』


「そうだな……」



 今日一日の出来事をざっと話す。記者の男と再会したこともちゃんと話した。彼がどう心変わりしたのかもきちんと伝える。



『そっか。それは嬉しいことなんだよね』


「多分そうだ」



 あの男だと分かった途端怒りがこみ上げてきたりもしたけど、彼の境遇だったり心の内を聞けてよかったと思う。お陰で彼は最低ランクからちょっといいやつランクに俺の中で昇格した。



「今言ったあいつのホームページのアドレスはメールで送るよ」


『わかった。けど今はメール出来ないから……』


「そういや仮携帯かそれ」



 この前倉庫に閉じ込められた時、比奈の携帯は壊れてしまった。ライブが終わるまで直すことも変えることも出来ないので、とりあえず仮の携帯を持つという状況になっている。



『色々と感慨深いよね。ライブ一つやるにしても色々な人が携わってようやく出来ると思うと』


「そうだな。記者の男ですら、観客動員に影響を及ぼすかもしれないんだからな」



 あのサイトを見て比奈のライブに興味を持ったって人もいるかもしれない。



「明日は頑張ろうな」


『うん! 頑張る!』



 俺達の気合は十分だ。崎高祭最終日がいよいよ始まる。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 時計を確認する。そろそろ交代の時間だ。

 三日目も何だかんだで佳境に突入していた。クラスの仕事はこれで最後で、この後は演劇部の発表を見に行き、次はもう比奈のライブだ。ああ――楽しみだ。



「おーい、お兄ちゃん」


「ん? 恵ちゃんか?」



 お化け屋敷に入場するための列を無視してこちらに向かってくる女の子が一人。



「わざわざ来てくれたのか」


「比奈のライブもあるし、折角だからお兄ちゃん達にも会いに行こうと思って」


「その心遣い……お兄ちゃんは嬉しいぞ」



 正直お化け屋敷の受付は退屈だ。中から合図が来たら次の人に説明をして中に入ってもらう。それを延々と繰り返すのみである。お化け役の方が断然面白い。



「恵ちゃんも良かったらお化け屋敷入ってみてくれよ。この前の遊園地行った成果を確認してほしいし。友達と一緒に来てるんだろ?」



 文化祭に来るんだから誰か一人ぐらい友達を連れてきてるだろうと思っての発言だったのだが。



「……お兄ちゃん。あのね、聞いてはいけないことも世の中にはあるんだよ」


「お、おう……」



 普段の数倍大きくなったような迫力があった。アイドルっていうのは友達が少ないものなのだろうか。知っているアイドルがたまたま少ないだけ? 真相は俺にはわからない。



「和晃ー交代だー」



 丁度交代のならびになったので恵ちゃんと行動を開始する。後夜祭運営委員の本部の方にマネージャーさんが来ているはずなので挨拶しにいく。



「マネージャーさん、お疲れ様です」


「あら高城君……とその子は安岡さんだったわよね。そちらこそお疲れ様」



 本部の方は慌しかった。本番当日だし、その本番も数時間前だ。そりゃ忙しいはずだ。



「比奈はまだ来てないんですか?」


「仕事が少し延びてしまったらしいの。それと乗ってる高速道路が少し混雑し始めてるらしくて遅れてるみたい」


「……間に合うんですよね?」



 これで間に合わないとか言われたら洒落になんないぞ。



「メイクとか衣装合わせとかは急がないといけなくなるけど……遅れることはないわ。心配しなくて大丈夫よ」


「ならよかったです。じゃあ俺、他の委員会の人達に挨拶してきます」



 マネージャーさんと一旦別れて今度は梨花さんの所に向かう。



「梨花さんお疲れ。何か凄くどたばたしてるけど大丈夫か?」


「あ、先輩。正直猫の手も借りたい状況ですね。でも先輩は他にも大切なことがあるのでノーサンキューです」



 言い出す前から断られてしまった。



「入場に関しては大分緩く設定したこともあってか、予想以上に人が来てるらしいんです。この三日間で一番賑わってますからね今」



 比奈のライブ目当ての人がおまけとして文化祭も見に来てるということだろう。本来なら終わりに近づけば近づくほど人は少なくなる。そう考えると改めてアイドルの集客力は凄いと思える。



「慌しいですけど、準備の方はほぼ万全です。機器の調整が少し残ってたりするだけで、そう時間はかからないです。後は比奈さんが学校に到着するの待つのと、入場客の整理ですね」



 時計を見るとライブの開催まで二時間を切っていた。文化祭の終了は一時間後。そこから一時間開いてライブがスタートする。そして演劇部の最後の発表はおよそ三十分後。つまり劇が始まるまでは暇ってことだ。比奈がいたなら何かしらしてたかもしれないけど。



「よし、折角来てくれたんだし少しの間だけだけど学校一緒に回るか、恵ちゃん」


「お、流石お兄ちゃん。気が利くね。サービスとしてラブラブな雰囲気で行ってあげる!」


「今日は恵先輩と浮気ですか……。まあ、楽しんできてください二人とも」



 梨花さんは一言多いと思うんだ。恵ちゃんが隣で今日もってどういうことって聞いてきてるがスルーしよう。



「高城君!」



 出発しようとしたところで呼び止められる。名前を呼んだのはどうやらマネージャーさんのようだ。彼女は血相を変えてこちらに走ってくる。



「どうかしたんですか、マネージャーさん」



 彼女の慌てようは普通じゃない。何かあったんだろうか。



「おち、落ち着いて聞いて頂戴。たった今連絡が入ったんだけど――」



 マネージャーさんも冷静に話そうとしているが、表情はそれを隠せていなかった。冷や汗をかいていて、顔から血の気が引いている。体がそわそわしていて、目線もいまいち定まっていない。



「比奈が……じゃないわね。比奈の――」



 そして彼女はその一言を放った。








「比奈の乗った車が事故に遭ったらしいの――」



 

 




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