八話「崎高祭一日目」
「崎高祭一日目だ! 野郎共、楽しむぞー!」
彼の言うとおり、本日より崎高祭開始である。今日一日はいつものグループで学校を回る予定である。
ただ、初っ端から皆圧倒されていた。うざいくらいに弾けている彼は誰がどう見ても久保田久志だ。
「なあ、久志に何があったの?」
「私達が聞きたいわよ……」
若菜ちゃんと比奈に至ってはあまりの変貌振りに引いている。
「俺の推測が正しければ、この一週間で溜りに溜まったフラストレーションが解放されて、いつもとは違った久志……あるいは本人も知らない自分自身が表れたのではないかと思う。名づけてワイルド久志だな」
「ネーミングセンスの欠片も感じられない名前をありがとう」
直弘の言った推測とやらは現実味を感じられない。が、昨日の密室倉庫といい、そもそもアイドルが絡まれているところを助けるといった時点でリアリティがどうだの関係ないな。
「皆ー! 歩くの遅いぜ! 早く来いよ! ひゃっほー! 久志さいこー!!」
直弘の言うとおりなら、久志をああしたのは俺達クラスに原因がある。だから面倒を見てやらないといけないんだろうが……面倒だし、うざい。早くも頭が痛くなってきた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
学内の様々な出店を六人でのんびり回る。総合として六割ぐらいが食飯店で、残りがお化け屋敷だったり、簡単な劇だったりする。今のところは食べ歩きといった形で、腹が満たされない程度に胃に収めている。
「この近くにお化け屋敷あるし、行ってみようか。うちのクラスと違ってどんな感じなのか見てみたいし」
「よーし! そうと決まれば行くぞー!」
ワイルド久志のテンションは相変わらずだ。
「こうして歩いてるだけで楽しいね」
隣にいる比奈が言う。
「自分達で作ったお祭りだしな。そりゃ活気も溢れるわな」
久志に圧倒されたりもしてるけど、比奈も大分ウキウキしている。よくわからない出店があったり、興味ある物を見つけると目を輝かせる。好奇心の強い小学生みたいだ。
ちなみに今日六人が一日中一緒に回るのは比奈が関係している。彼女は明日はリハーサル、明後日は一日仕事と、崎高祭を楽しめるのは今日だけなのだ。それを見かねた俺達は仕事を二日目三日目に回して、比奈と一日中遊びまわることにしたのだった。
「このお化け屋敷は二人で一組組んで入ってくださいだって。どうする?」
由香梨がこのグループを仕切っていた。
「分かれるしかないんじゃないか?」
「別にそれはいいんだけどね、岩垣君、彼をどうするかよ」
皆その「彼」に目を向ける。
「何だ! 皆して俺を見て! わはははは!」
「……このワイルド久保田君、どうするの?」
「……この状態で怖いものを見たらどうなるのか気になる」
「じゃあ中里が久志と一緒に入ればいいんじゃないか?」
「……断る」
即答だった。久志の扱いが憐れすぎる。
「じゃあここは遊園地のお化け屋敷と同じで、平等にいきますか。それでオッケー?」
一同頷く。
「それじゃあ、いくよ。じゃーんけーん――」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「このクラスも結構凝ってるね」
「怖い?」
「うん、ちょっと」
あははと比奈は苦笑する。
グループ分けの結果、見事香月比奈という大当たりを獲得した。久志と組んだお方は直弘である。入る直前までぐあああとか唸ってたけど大丈夫だろうか。若菜ちゃんと由香梨は……きゃっきゃうふふとやっているのかな。
「でも比奈ってこの前は逞しかったよな」
「あれは……緊急事態だったから。実際は普通だと思う」
何かあるたびに悲鳴を上げるやつが隣にいたらそりゃ逞しくくなるよな。ここは表面上の彼氏としていい所を見せてやりたい。
「確か進んでいって、奥にある札を取るんだよな」
このお化け屋敷は指定の物を取って、ゴール地点でそれを見せるといった形式だ。
「わっ!」
「きゃっ!」
「うぉっ!」
遊園地の時とはまた違う脅かし方。意外とこういうのもビックリするものである。
「うーん……普通じゃなくてちょっと苦手かも」
比奈はそう言って、俺の服の裾をギュッと握ってくる。可愛らしくて女の子らしい仕草のそれは胸に来るものがある。流石メインヒロイン!
その後は順調に進み、札も取ってゴールも近くなってきた。
「もう少しだぞ」
「う、うん」
さらに強く裾を握ってくる。最後だから警戒してるのだろう。このまま頼りになるところを……。
「うおおおおっ!?」
突然足首に何かが触れた。
「カズ君!?」
思わず重心が下がってしまい、比奈に体を預ける形になってしまった。
「ど、どうかした?」
「いやその、足首に……」
怖いものには耐性がある方……なのだが、前回の一件で足首対するものに関しては過剰に反応するようになってしまった。
「くっ……最後の最後で恥を晒してしまった……」
その後は特に何もなくゴールしたがお化け屋敷を出た後、悔しさのあまり言葉に出た。
「足首に関しては仕方ないよ。大丈夫。カズ君が頼もしいっていうのはわかってるから」
彼女は天使の微笑で俺を受け入れてくれる。比奈さんマジ女神。結婚しよ。
「それで久志はどうなったんだ?」
お化け屋敷を終えて一番気になったのはそれだった。ワイルド久志と化した原因であるお化け屋敷に入り、彼は一体どんな変貌を遂げたんだ……?
「俺がどうかした?」
いつものように平然とした顔で返事された。
「あれ? え? 普通になってる?」
「いや、だから普通って何だよ。皆もそう言ってるんだけど、さっぱりわからなくて」
先に戻っていた由香梨と若菜ちゃんに目を向ける。二人とも首を傾げて、わからない意を示した。
「あれ、岩垣君?」
そして何故か端でうずくまっていた直弘である。大好きなアイドルに話しかけられたというのに彼は、
「聞くな……」
「え?」
「何があったのかを俺に聞くな!」
彼は知ってはいけない真実を知ってしまった直後であるかのような迫力を出していた。
中で一体何が起こったっていうんだ……。男二人の変貌の謎が一番怖かった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
色々回ってるうちにお昼の時間になっていた。一度長い休憩をとろうということで近くにあった焼きそばの店に来たのだが……。
「あら比奈じゃない」
先に店にいた見知らぬおばさんが比奈の名を呼んだ。
「あれ、お母さん?」
訂正。熟れた果物の方が美味しいことを示すかのようなまだまだ綺麗な比奈のお母さんだ。
「来てくれたんだ。でも今日は何もないよ」
「ライブは三日目でしょ。わかってるわよ」
お母さんはあっけからんと笑う。比奈の人を和ませ優しい気持ちにさせる笑顔は母親譲りなんだな。
「……比奈のお母さん?」
「あ、ごめん。紹介しないとね。この人は私の母親なんだ」
「比奈の母親です。うちの娘が迷惑かけてごめんなさいねえ」
『いえいえこちらこそ』
全員で頭を下げるその姿はいかにアイドルを無碍に扱ってるかがわかる。……まあ、一人の普通の女の子として見ているって考えればいいことかな。
「皆のことも紹介するね。えーっと彼女が由香梨っていって――」
友達を紹介する比奈は嬉しそうだ。今まであまり友達がいなかったのも含め、アイドルという普通とは違う道を辿ったということもあるため、俺達一般人以上に何か思い入れがあるのかもしれない。
「それで……この男の子が高城和晃君っていうの」
「初めまして。比奈の……って公開恋愛のことは知ってるのか?」
そういえば比奈の親御さんと会うのはこれが初めてだ。
比奈に尋ねる。公開恋愛のことも知ってるし、本当のことも知ってるよとのこと。
「娘さんにはいつもお世話になってます。あと色々とすいません。本当に……」
「謝ることはないのよ。むしろ私の方からお礼を言うべきだわ」
「いやいやいや。そんな恐縮です」
「えーっと、私達はどうすればいいかな?」
俺と比奈とそのお母さんが話し込んじゃってる感じだ。居心地が悪いということはないだろう。けどどうしたらいいかもわからない妙な立場に立っちゃってるんだろう。
「お友達同士話してなさい……と言いたいところだけど、高城君とは少し話したいわ。少し借りてもいいかしら」
「いいですいいです。煮るなり焼くなり好きにしちゃって構わないです」
「由香梨、後で覚えとけ」
俺の所有権はお前が持ってるんじゃねえからな!
というわけで、俺と比奈と彼女のお母さんの三人で席を囲む。今更ながら結構凄い状況だなこれ。失礼のないようにしないと。
「それであなたが比奈の彼氏役なのよね」
「は、はい。でも比奈……香月さんとは健康的……じゃないな、一人の親友として健全な交流をしてます」
「別にいつも通りの呼び方で構わないわよ」
「いやでもこの場ではちょっと恥ずかしいというか……」
「あらあら。真面目で誠実なのね。良い人を貰ったじゃない、比奈」
貰ったって……完全に結婚前の台詞じゃないですか。
「カズ君は良い人だってずっと言ってるよ」
「この子ったら、家では高城君のことばかり話すのよ。本当は付き合ってないはずなのに、それが信じられないくらいに」
「ちょ、お母さん!」
目の前で微笑ましい親子のやり取りが繰り広げられる。うちではまずこんなことはないからな。少し羨ましい。
「でも本当にうちの娘が多大な迷惑をかけて……高城君が世間では悪い人みたいに言われてるのはうちの娘が関わっていますし。いつか感謝と、謝罪をしたかったの。娘が迷惑をかけてごめんなさい。そして、娘を救ってくれて……ありがとうございます」
年が離れた人に頭を下げられるのはあまりいい気分じゃない。でも相手からは誠意の気持ちをひしひしと感じる。それを受け取らないのはもっと失礼だ。
「見捨てようと思えば、見捨てることも出来ました。けど比奈と関わっていこうと決めたのは自分の意思です。俺がやりたかったからやっただけで、比奈に責任は一切ありません。今となっちゃテレビに出てるアイドルとこうして仲良くできて、果てには一緒に仕事しちゃったり、プライベートで遊んだり、俺なんかには過ぎたご褒美です。それに俺が勝手なことをしちゃったせいで、こうして公開恋愛なんていう不純極まりないことが起きちゃってるわけですから。娘さんを巻き込んでしまって本当にごめんなさい」
だから俺も誠心誠意を言葉と態度で伝えた。
「カズ君……」
「本当に良い人なのね、高城君は」
「そんなことないですよ。変な人間だとは思いますが」
「自覚あったんだ!」
「そこ驚くところか!?」
親御さんの前でコントやらせないで!
「ふふ、少し心配も合ったけど、無用だったようね。高城和晃さん。これからも末永く比奈のことをお願いできますか」
「はい! 勿論……って末永く?」
「ええ、比奈が嫁にいくことになったら私が二人を全力でサポートするわ」
『お母さん!?』
スタートすらしてないのに気が早すぎる!
「あらあらお母さんだなんて……。今から孫の顔を見るのが楽しみだわあ」
「お母さん何言ってるの!?」
ああ、確かにこの人は比奈のお母さんだ。会話して、何となく比奈らしさが感じられた。ただ比奈以上に曲者だ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
比奈の母親に会うという事態も起こったりしたが、その後は特筆すべきような出来事は起きなかった。でもステージに行って軽音部の演奏を聴いたり、普段は興味ない文化部の発表を見たり、季節はずれのカキ氷早食い対決をしたりと楽しい一日を過ごしたのは確かだった。
「楽しかったー!」
比奈も大満足のようだ。
「これで明日からはもっと頑張れる! 皆、今日はありがとね」
「別に私はいつものように過ごしただけだよ」
「……私も由香梨と同じ」
「それに俺達も十分楽しかったしな」
「そうそう。……前半の事は何故か記憶がないんだけど」
比奈にこいつらを紹介してよかった。そして、俺もこいつらと友達で本当に良かった。
「ただ気になることが一つあるんだよね」
由香梨がニヤニヤと意地悪く笑う。
「二人はさ、比奈のお母さんとどんなこと話してたのかなって。チラチラ見させてもらったけど、比奈は顔を真っ赤にするし、和晃も慌ててたじゃん」
「由香梨、今日は大人しく帰ろう。無事一日を終えよう。な?」
「カズ君の言うとおりだよ!」
どうにかして言い逃れようとするのだが……。
「隠し事は良くないと思うなー」
「……白状しないと大変なことになる」
「ふ、二人とも目が怖いよ……」
「和晃、話の内容によっては二人きりで話し合いだからな」
「カズ、素直に言った方が楽だと思うよ」
「お、お前ら腕を掴むな、腕を」
残念ながら、一日を終えたという言葉に「無事」という二文字は付けられそうになかった。




